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第一話 異世界

第一話 異世界


授業が全て終わり、終業の時間となった。スレイは、今日一日ですっかり仲良くなったレイナと一緒に帰ろうと、忽然と姿を消してしまったレイナを探す。

「レイナー?」

しかし、彼女の姿はどこにも見当たらなかった。どこにいってしまったのかと辺りを見回す。

「さてと……」

どこからか、レイナの声が聞こえてきた。それを聞いて、スレイは駆け出す。

「レイ……!?」

レイナの赤髪が扉に吸い込まれる。スレイは両目をこすり、よく周りを確認した。彼女が入っていった部屋……普段生徒や先生達から開かずの扉と呼ばれている部屋であった。学校にあるどの鍵を使っても開けることは出来ず、またどんな開錠術を使っても開けることができなかったその部屋は、いつしか学園の七不思議のうちの一つとして取り扱われるようになり、スレイも入学した当初は何度も見に行ったが、近頃では興味もなくなり、全く近づかなくなった部屋であった。

ドアが徐々に閉まる。それを見たスレイはいても立ってもいられなくなり、彼女の姿を追って、ドアを開いた。



もともと城を買い取って学校に改造したこの建物は、学園であるにも関わらず、相応しくない施設がいくつもあった。錬兵場、武器倉庫、地下墓地、さらには牢獄なんてものまである。買い取った理事長は、この部屋もそんな部屋の一つだろうと気にせずに学校を始めたといわれていた。そして、学校が始まって約80年。この部屋は一度も開けられることなく長い時が経過したと言われている。

そんな部屋に入ることができたスレイは、感動と好奇、わずかの不安で胸を一杯にしていた。

真っ暗な通路であるためか、レイナの姿は見えなかった。しかし、この狭い通路は一本道だったので、スレイは必ずレイナに会えると信じて通路を進んだ。

数分も歩いただろうか。曲がりくねった、狭くて細い通路を進むと、突然、開けた場所に出た。

天井からはステンドグラスのようなものを通して色とりどりの光が差し込み、明るく、そして美しく照らされていた。

「ほう、珍しいな。妾のもとを尋ねてきた者はな」

その部屋の中央、足の高い椅子に座り、見下ろす、いや見下すように見る女性がそこにいた。

「あんたは……誰だ?」

学校指定の制服でも、学校指定の教師用の制服でもない、白い袈裟のような服を着ている。黄金に輝くストレートヘアはまっすぐ伸び、彼女の腰まで伸びている。いままで生徒や先生のなかに見かけたことがない、美しい女性だった。

だが、そんなことよりも彼女から立ち上るオーラのようなものがスレイを圧倒する。どう見ても普通の女性だというのに、後光のようなものさえ見えてきそうだった。

「妾か? 妾は……神、とでも名乗っておこうか」

女性はからからと笑う。不審な目でスレイは神と名乗る女性を見つめる。

「おお、忘れておった。妾はここを訪れる者に奇跡を起こすという役目を持っているのだった。では汝に問おう。汝に願いはあるか?」

意味のわからない問いかけだと思いつつも、彼女に聞き直す。

「願い……?」

「そう、願いだ。妾は汝をここではない世界に送り、汝の願いを叶えさせる役目を負っている。それは異世界での出来事ゆえ、この世界には一切干渉しない。汝の願いが叶った後、その世界から帰りたいと望み、妾のもとを訪れれば汝はこの世界に帰ってくることが出来る。その際、持ち帰ることが出来るのは、経験のみだ。ゆえに、妾は汝の即物的な願いを叶えることはできない。汝が異世界でそれを手に入れた後、この世界に帰ってきてしまうとそれは消滅してしまうからだ」

スレイは考え込んだ。この神と名乗る女が何を言っているかはいまいち理解出来なかったが、早い話、願いを叶えてくれるということらしい。それなら、彼には一つ、叶えたい願い、という好奇心から来る興味があった。嘘か真かはわからないが、スレイの目の前にいる女性は願いを叶えると言っている。ダメで元々頼んでみるのも悪くはない。

「俺は……。」


まばゆい光にスレイの姿が包まれ、消える。その様子を神は薄い笑みを浮かべながら見守っていた。

「それにしても、面白いことを言う男じゃの。それに、いきなり神と名乗った妾を信じておった。さて、どんな結末がヤツに待ち受けているのか。幸か不幸か、吉か凶か、はてまた生か死か。毎度人の運命を見るのは楽しきことぞ。」

神は笑みを浮かべたまま、スレイの行く末を見守るように、目を細めた。



「う……」

スレイはうっすらと目を開く。彼の目の前には緑と黒の壁が広がっていた。

「く……なんなんだ……?」

彼は起き上がり、壁だと思っていたものが、背の低い草だということ、そして暗い森で倒れていたことに気づいた。

「いつつつ……なんなんだ、あの女……」

彼は神と名乗った女性のことを思い出す。願いを叶えるというから信じたが、ワケの分からない場所に飛ばされ彼は憤っていた。

「それともアレは夢か……?」

スレイは立ち上がると、軽く腰を捻って伸びをする。なぜこんな森で倒れていたかはわからなかったが、とりあえず彼は歩き始める。もしかすると、学校の校舎裏に広がる森の中かも知れない。

「クソ……暗いな……」

彼は空を見上げる。遥か上方は葉の屋根に覆われ、一切の光が通ってこない。

「夜か……? とにかく早く森を出なきゃな」

スレイは特に当てもなく歩き始める。じっとりっとした空気が彼の周りにまとわりつき、嫌な気分にさせる。

「くすくす……」

彼の後ろから黒い影が覗く。

「スレイさんはいつまでこんなところをさまようつもりなんでしょうかね」

その影も、彼の後を追って歩き始める。しかし、スレイはその事には気づいていない。

……その状態が30分も続いただろうか、いい加減彼は歩くのが嫌になってきていた。

「あークソ。ホントにここは裏の森か……? あるいは……あんまり考えたくないな」

近くの木に背中を預け、座り込む。そのとき、彼は初めて視線を感じた。

「おい……誰かいるのか……?」

視線は黙って笑う。姿を表すことはなく、薄気味の悪い微笑を浮かべたまま、何かは彼を見つめる。

「おい、答えろ!!」

「くすくす、ばれちゃいましたか」

木の影から少女が現れる。ごく普通の少女。腰まで届くロングの茶髪が印象的な少女だった。顔つきはやや幼く、丈の長いスカートにふわりとしたブラウス。頭には暗いオレンジのバンダナを巻いているその格好が、よりどこにでもいそうな村娘を連想させた。

「こんにちは、お兄さん。こんな暗い森までご苦労様です」

「お前は……?」

彼の問いかけには答えず、彼女はスカートの端を持ってくるりと回る。彼女の体から光のようなものがあふれたように思えたが、おそらくそれは気のせいなのだろうと考えた。

「この森は魔女が住んでいるんですよ」

「魔女?」

御伽話の中でしか聞かないような単語に彼は首を傾げる。それを見て、少女は薄ら笑いを浮かべた。

「そう、魔女。『この世界』の人が忌み嫌う魔性の女。魔法と呼ばれる業を使い、数々の奇跡と破壊を生み出す神秘の存在」

「待て、『この世界』ってどういう意味だ!?」

彼の心臓が鼓動を強くする。全身から冷や汗が噴き出し、背中がぐっしょり濡れて気持ちが悪かった。

「あなたなら意味がわかるんじゃないですか? 異世界に住まうスレイ=レヴァナント君?」

「なんで……俺の名を……?」

スレイの頭の中で警鐘が鳴る。この状況は確実にヤバイと、今すぐ逃げるべきだと第六感が告げる。しかし、彼は彼女前から動かない。いや、動くことができない。

「くすくす、そんなことはどうでもいいのです。あなたが必要としているのは、この森から脱出する方法、あるいはそれに類する何か、ですよね? 私があなたの名前を知っている理由なんて、あなたには必要ないのです」

彼女の口が歪む。それはいびつな弧を描き出し、真っ二つに裂けたトマトのように赤い切り口を見せる。

「この森に住む魔女は心優しいから、助けてくれますよ。もし、魔女に会いたいというならこっちの方へ」

彼女は森の暗い道無き道の一本を指さす。

「私の言葉を信じず……あるいは一人孤独が好きだというのならこっちの方へ」

彼女は逆側の方向を指さす。

「まっすぐ、目的地が見えるまで歩けばたどり着くことができますよ。どちらを選ぶかはあなたの自由なのです」

「お前は……何者なんだ……?」

スレイは再び彼女に問いかける。それに対し、彼女は優雅に答えた。

「私は……適当に村娘Aとでも名乗っておきますです。私はあなたがこの世界に来たときから、いえ、来る前からあなたを見ていましたです。最初に見かけたとき、実に面白そうな方なので手助けすることに決めたのです。だから私はあなたの味方なのです。私の言うことを信じるといいのですよ」

「俺の……味方?」

「はいです」

いまいち信用に足りない人物ではあったが、『こちらの世界』で初めて会った人物だ。しかも俺の事情を知っているようだ。彼女を信じなければ、また森の中を延々さまよわなければならないだろう。スレイは素直に彼女の言葉を信じることに決めた。

「魔女か、あるいは外への道か……。普通は外への道を選ぶべきだろうが……」

「くすくす、そんなことをしたら確実に後悔するのですよ?」

少女は妖しく笑う。

「ホントに、人間を大釜で煮て食っちまうような魔女なんじゃねぇだろうな?」

「どこの世界の人間ですか? そんな魔女はこの世界にいませんよ」

「っつうか、そもそも魔女って何だよ?」

彼女は小さな声で笑った。

「くすくす、少しこの世界について教えた方がいいかもです」

「おう、教えろ。まったく意味わかんねえ」

彼女は懐から一枚のカードのようなものを取り出した。いや、材質から見て札、と言った方がいいだろうか。和紙のような少し古めかしい印象を与えるその紙切れには、黒い文字で様々な記号や文字が描かれている。

「いきますですよ」

彼女は指先で幾何学的な模様を描く。円の中に四角や三角を入れただけの模様。それは光となり、札に吸い込まれる。

「な、何が……!?」

彼女はその札はスレイへとかざす。そして、小さな、それでいて美しい声で呟いた。

「“光撃シャイニングブラスト”」

札が激しく光り、札に描かれた魔法陣が大きく広がる。光の線によって虚空に描かれた魔法陣は、見ただけでわかるほどのエネルギーを内包して、激しく振動する。やがて、陣の中心に光が集中し、目もあけられないほどの輝きを放つ。そして、それは先ほどの美しい声とは対象的な、暴力的な力を持った一閃と化し、破壊を伴ってスレイへと襲いかかる。

「ひ、うわああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

耳を覆いたくなるような悲鳴を残し、スレイの姿が光に包まれる。一瞬遅れて破壊音が響き、彼の背後にあった木が音を立てて倒れる。

「おま、いきなり人に向けて危ねぇじゃねえか!!」

「だって、教えろって言ったから、教えただけじゃないですか」

「それにしたってやり方があるだろうが!!」

彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべて、チロっと舌を出す。どう考えても故意にやったとしか思えなかった。

「身をもって知ってもらった方がいいと思っただけです」

「ったく……。で、これが魔法か。ホント、よくあるRPGみたいだな」

スレイは自分の世界のビデオゲームを思い出す。光を敵にぶつけて攻撃。よくある攻撃魔法だった。

「周囲にあるマナクルという不可視のエネルギーを魔力を使って変換し、目的の効果を発揮する。それが魔法というものです。魔力は筆、魔法陣は方程式、魔法は解。方程式の通りにマナクルが変換されれば魔法は結果を紡ぎますです。ただし、魔法陣を描くのに必要な魔力が膨大すぎて必要な魔力が足りなかったり、そもそも方程式がメチャメチャだった場合は魔法として成り立ちませんです」

「数学と同じか……?」

「はいです。実によく似ているのです。インクが足りなければ方程式は書けませんです。方程式が間違っていれば正しい解は得られませんです」

彼女はにっこりと笑った。彼女が手に持っていた札がみるみる黒く変色し、灰となって崩れ落ちた。

「札は使い捨てなのです。でも、世の中には札より頑丈な魔導書に魔法陣を書き込んで、持ち歩いている人もいるです。重たいので、好まない人も多いです。大多数の魔法使い、魔女が札で魔法を使っているのです」

「魔法って便利なもんだな。方程式をいじれば生活にも役に立つんじゃないのか?」

彼女は、いままでとは違う笑みを浮かべた。哀しみを含んだ寂しい笑顔。それが表すのは諦めか、あるいは悲しみか。

「この世界では、魔法は廃れつつあるのです。魔法を習得するのに必要な膨大な努力。これを嫌って、短縮するために考えられた技術がありますです。それが科学です」

「科学……か?」

「人間は努力しなければいけない生き物なのに、そんなものばかりに頼って怠けてはいけないのです。でも、人は怠けてしまったのです。その上、科学以上の力をもつ魔法を、努力して使えるようになった人々が嫌われる世界になってしまったのです。人は……過剰な力を恐れますですから……」

スレイは自分の世界の技術を思い出していた。核兵器。前時代の軍事技術の結晶であり、後世に甚大な破壊をもたらした殺人兵器。初めて使われたときは街一つを消し飛ばし、その次に使われたときは国をも吹き飛ばして見せた。世界は二度の使用で核兵器の恐ろしさを思い知り、永遠の放棄することを決定、いまでは資料のみが残り、兵器そのものは完全に全廃された。だが、二度目に使用されたその土地では、いまだに草木一本生えず、動物も寄り付かない死の土地となっている。

「確かに……そうだな」

「でも、人間は間違っているのです。面倒だからと放棄したその力は、過去では自分たちも扱うことができた技術のはず。それを、進化したはずの今捨てるのはおかしいのです」

「でも、俺は間違っていないと思うが……」

「核兵器とは一緒にしないでくださいなのです。破壊のみをもたらし、扱うこともできない力とはわけが違うのです」

スレイの額から汗が流れる。なぜ、この少女はスレイの考えていることがわかったのか、彼はそのことに驚いた。

「お前……なんで俺の考えていることが……」

「スレイ君の考えていることなんてすぐわかるのです。単純ですから」

「な、単純!?」

スレイは思わずカチンと来た。単純などと言われたのは初めてだった。

「そんなことより、いいのですか? 早くしないと、夜になってしまうのです」

「え、今が夜じゃないのか?」

「星の光が通るはずもない木の葉の天井の下、街灯もない森の中でどうして視界が確保できるのか、考えなかったのですか?」

「う、確かに……」

彼女は懐から懐中時計を取り出した。

「もうすぐ夕方なのです」

「な、マジか!?」

「だからさっさと決めるです。魔女か外か。ちなみに今から外に出ようと思ったら、真っ暗な中を三時間は歩かなければいけないのを保証するです」

「なんだと!? 魔女の家はどっちだ!?」

彼女は、再び指を指す。スレイはその方向へ再び歩き始めた。まだ彼女に尋ねたいことは山ほどあったが、さすがに真っ暗な中を歩くというのは遠慮願いたかった。

「じゃ、いろいろありがとな」

「頑張ってくださいなのです」

少女は彼の姿を見送る。彼が間違った方向に進んでいないことを確認し、彼女は再び魔法陣を描いた。

「くすくす、彼にどんな運命が待ち受けているのか、今から楽しみなのです」

光が線を描き、何もない空間を切り裂いた。すると、突如人が通ることができる程度の裂け目が現れる。

彼女は躊躇することもなく、裂け目をくぐった。



森の中を歩いていたスレイは、突如開けた場所にたどり着いて戸惑った。木々は一本もなく、広場となっていたその場所には、空からさんさんと日の光が降り注いでいた。

「なにがもうすぐ夕方だ。思いっきり明るいじゃねえか」

彼は早歩きで少し痛んだ足を休めるために、古くなって朽ちかけた切り株に腰を下した。

「ふう……疲れたな……」

足を揉みほぐす。凝り固まっていた足の筋肉はすぐにほぐれ、徐々に痛みをなくしていく。

「こんなことなら、もっといろいろ聞くべきだったな……」

彼は先ほどの少女のことを思い返す。村娘Aと名乗った少女だが、少数の人間しか使えないはずの魔法を扱っていた。どう考えても、普通の人間とは思えなかった。

「あー、クソ、もっと話を聞いておけばよかったぁ!!」

今更さっきの場所に戻る気も起きず、彼はそのまま横になった。

「クソ……何が神様だ。何が願いを叶えるだ。ふざけんじゃねえぇよ」

揚げ句の果てにいろいろと愚痴をこぼし始める。そんな彼は気づいていなかった。夜のように暗い森では、昼でも活動する獰猛な動物が生息しているということ、そして、その動物が今まさに彼を狙っていたということに。

「グルルルルル……」

うなり声を上げ、口の端から唾液をこぼしながら狼のような動物が近づく。真っ黒なその姿は、日の光の下へ出てもなお黒かった。

「え、ちょ、マジか!?」

さすがに日の光の下に現れて気づいたのか、彼は立ち上がり、その狼を見据える。凶暴さを象徴したような、光も映さない黒い眼が久方ぶりの獲物に狂喜して震える。

「な、何か武器でも……」

彼は地面を見た。ちょうど、近くに手ごろな棒切れが落ちているのを見つけ、彼は手にとった。

「こ、これでも剣術の成績はAだったんだからな!!」

震えながらも棒切れを構えるスレイ。いつもの授業のときのようにまっすぐ構える。

「クソ……震えんなよ。いつもと一緒だ。攻撃されたら、受け止めて切り返せばいい」

「グルァッ!!」

恐ろしい声を上げて狼が飛びかかる。スレイはなんとか棒でその牙を受け止め、蹴りばした。

「キャウーン!!」

地面にその身をぶつけるも、狼は再び立ち上がってスレイを見た。眼が徐々に怒りに染まっていく。

「落ち着けって、な。平和に話し合いといこうじゃねえか」

そんな言葉は通じるはずもなく、再び狼は跳躍した。今度もなんとか棒切れで受け止め、蹴ろうとしたが、がっちりと棒に噛みついて離れない。やがて、棒はその強靭な牙によって折れてしまった。

「う、ウソだろ!?」

「グアアアァ!!」

狂った喜びを表現するようにスレイへと噛みつこうとする狼。スレイは死を覚悟し、目を瞑った。

「“風刃エアリアルスラッシュ”!!」

空気の刃が狼の横腹に襲いかかり、その寸断する。

「キャイーン!!」

あまりの痛みに、狼はのたうちまとい、腹から真っ赤な血液を当たりにばら撒いた。

「大丈夫!?」

少女の声。先ほどの少女の声かと思い、スレイは急いで振り向いたが、どうやら違うようだった。

「この森の狼は凶暴で獰猛だから……」

スレイの元へと走り寄る少女。狼のあまりの恐ろしさに腰を抜かした彼のすぐ側にしゃがみこみ、尋ねた。

「怪我はない……?」

そう尋ねた少女は彼に手を差し出す。黒の帽子から飛び出した長めの赤髪を黒いリボンで留めている。帽子同様黒の短いマントに身を包み、中にはこれまた黒を基調としたブラウス。そして、膝までの長さの黒のスカート。金の十字架を胸から下げたその少女の外見年齢は8歳か、9歳といったところだろうか。先ほど会った少女よりもはるかに年下に見えるその少女は、落ち着いた様子で本を開いた。

「怪我があれば、治すけど……」

「大丈……いつつ……」

スレイは立ち上がろうとした途端、足首に痛みを覚えた。倒れたときに捻ってしまったようだ。

「ちょっと待ってて。」

彼女は本を開き、スレイの足首へ向ける。中には複雑な魔法陣がびっしりと描かれてあった。

「あんまり得意じゃないけど……」

彼女はゆっくり、表紙に描かれた魔法陣を指でなぞる。一瞬魔法陣が光り、本に吸い込まれたかと思うと、本のページに描かれた魔法陣も輝いた。

魔法陣が本から飛び出し彼の足首を包むと、緑の光の粒がいくつも現れた。それは徐々に彼の患部を癒し、治していく。

「もう大丈夫だよ」

スレイは恐る恐る立ち上がる。足の痛みはすっかり消えていた。

「ありがとな。もうすっかり痛くないよ」

スレイは少し歩いてみる。もうわずかも痛まない。

「ところで、どうしてこんなとこにいるの?」

「いや、道に迷っちまってな……」

彼はぽりぽりと頭をかく。その様子を見て、彼女は笑った。

「あはは、そりゃこんな森だもの。迷っちゃうよね」

「ずっと歩いていて疲れちまったぜ」

「よかったら、家に寄って行く? 近くにあるんだけど、温かいものくらいは出せるわよ」

「そりゃいい。実に助かる」

「案内するわ」

少女は歩き始めた。スレイは彼女の後をついて歩く。そして、胸の中で呟いた。

(あのアマ……家の方向違うじゃねえか!!)

そんな胸中の叫びも知らない魔女の少女は、久しぶりの来客に鼻唄を歌いながら歩いていた。



森の緑に囲まれた小屋。それが彼女の家だった。

「私の名前はアニエル=アインレヴリス(ΑΞΙΕΣ=ΑΙΞΣΕΧΜΙΤ)。よろしくね。えーっと……」

「スレイだ。スレイ=レヴァナント。よろしくな」

スレイはアニエルに出された温かいスープを飲んでいた。冷や汗をかくような恐ろしい出来事にあって、冷えてしまった体にはちょうど良かった。

「どうしてあんなところにいたの?」

「それはな……。」

スレイはアニエルに事情を説明した。自分は違う世界から来たらしいこと。神と自身を呼ぶ女のこと。そして、同じ部屋に入っていったレイナがこっちの世界にいるかもしれないということ。

「ふーん、なるほどね。つまりあなたはその子を追っかけてこの世界に来たのね」

「ま、そんな感じだな」

スレイはアニエルに質問をした。

「アニエルは一人で住んでるのか?」

部屋を見回したところ、部屋は一つしかなく、またベッドなども一つしかなかった。

「うん、そうだよ。私、両親を4歳の頃に亡くしちゃったの。身寄りもなくて、私は一人で泣いていたっけな。そのとき、私のお師匠様が私の家を訪ねてきて、私を拾ってくれたの。そこで修業して、一人前になって今は一人暮らししてるんだ」

「師匠ってのは魔法のか?」

「うん、そうだよ」

そういって、彼女は指で空に文字を描く。複雑な魔法陣が描かれると、そこに吸われるように、ポットが空を飛ぶ。ポットはカップに紅茶を注ぎ、また元の位置に飛んでいった。

「改めて見ると凄いな……。俺のいた世界には魔法なんてなかったからな……」

「そうなんだ。でも、この世界では魔法は異端の象徴だよ」

彼女は沈んだ表情で紅茶をすすった。

「この世界はね、今大変な戦争の真っ最中なの。科学と魔法。ふたつの対極に存在するものが凌ぎ合って、対立している。少数の才能ある者だけが大きな恩恵を得られる魔法か。大衆が扱えるけど、小さな恩恵しか得られない科学か。生き残るのはどちらかわかるよね?」

「確かにな……。魔法を使えない人間が団結したら、少数ってのがどのくらいかはわからないけど、少数の人間じゃ勝ち目がないな……」

「昔だと、立場は逆だったんだよ。かつては人の大多数が魔法を使えて、科学を使う必要のない人が多数だった。でも、みんなが科学の便利さを知って、怠け始めて……。魔法ってのは、本人が努力しなければ扱えない技術だけど、科学は誰にでも簡単に扱えるように作られる。みんなが科学を使い始め、それで科学は大きく進歩したの。いまではまだ、少し魔法の方が進んでいるけど、そのうち科学に追いつかれてしまうかもしれない。そうなれば、魔法を使う人はいなくなり、魔法はなくなっちゃう……」

あの森で会った少女と同じことを話していた。スレイは、改めて考えてみる。

魔法と科学。それは必ずしもどちらかだけ、という選択肢しかないのだろうか。共存することはできないのだろうか。彼の中で疑問が渦巻く。

しかし、そんな疑問は次に起きた出来事に吹き飛ばされてしまった。

「魔女の家はここか!!」

外から乱暴な声が聞こえてくる。ドアは壊されそうなほど強く叩かれる。

「魔女狩り……。まさかこんなときに来るなんて……」

「魔女狩り?」

「異端である私たちは、魔法使いじゃない人にとっては恐ろしい存在なの。その中でも、とくに過激な人たちは私たちをこうやって殺しにやって来るときがあるの」

アニエルは目をこすって涙を拭く。

「スレイ君は魔法使いじゃないから、うまくすれば助かるかもしれない」

「じゃあ、アニエルはどうすんだよ!!」

「私は……外の人たちにもよるけど……死ぬかもしれない」

アニエルの表情は絶望に満ちていた。こんな恐ろしいを事態になれば、スレイも同じような表情になってしまうだろう。

「なんとかして逃げられないのか!?」

「相手は科学兵器を持っている。飛んでも撃ち落とされるし、もしかすると、飛行機械を持っているかもしれない……。そうなったら勝ち目はないよ……」

「クソ……こんなとき、俺に何かできる力があれば……」

スレイがそうつぶやいた瞬間、世界が停止する。

「……え?」

『この世界はどうじゃ?』

その声は、頭に直接響くように聞こえてくる。しかし、彼女の姿はなかった。

「神……なのか?」

『失礼なやつじゃの。わらわは神ぞ。せめて様をつけんかい』

「そんなのはどうでもいい!! いいから俺に力を貸してくれ!!」

神の嘲笑するような声が聞こえてくる。

『何を言っておる。汝の願いはその者に会うまでの間に叶っているではないか。これ以上、この世界にいる意味はあるのか?』

「お前、言ったよな。『願いが叶った後、その世界から帰りたいと望み、妾のもとを訪れれば汝はこの世界に帰ってくることが出来る。』ってな。まだ俺は帰りたいと望んじゃいねえ。だから帰らねえんだよ」

神は笑い声を上げる。それは嘲笑などではない。本当に嬉しいとき、満足したときに出せる笑いだった。

『ふ、それでこそ、この世界に汝を送り込んだ意味があるというものじゃ。よし、汝に力を与えよう。汝はいかなる力を望む?』

スレイの答えはとうに決まっていた。そう、一瞬たりとも考える必要はなかった。

「俺が望む力は……俺のことを助けてくれた恩人を“守る力”だ!!」


瞬間、世界が弾け飛ぶ。


スレイは、また世界が動き出したのを感じた。

「うう……ひっく……えぐっ……」

アニエルは目から涙を流していた。逃れようのない死というものを目前にしたとき、人は弱くなり、そして自暴自棄に陥る。彼女もまた、恐怖で身が凍りついていたのだった。

「アニエル……俺がお前を守ってやる」

「そんなの……無茶に決まってるよ……窓から外を見てよ」

外には、たくさんの人々が、恐ろしい得物を持って立っていた。空には、スレイの世界にもないような飛行機械が銃口を向けていた。

「俺に任せろって」

「え……?」

スレイはアニエルを担いだ。

「や、何するの!?」

「怪我一つさせねえ!!」

スレイはアニエルの家のドアを蹴破った。瞬間、機関銃の一斉砲撃が撃ち込まれる。

神が与えてくれた力だろうか、彼にはどのような行動をとればいいかわかった。銃という武器は銃口の向く方向にいなければ当たらない。ならば、少しでも銃口からずれた位置にいればいいというわけだ。

「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

一瞬のうちに視界に映る全ての銃の向きを捉え、見極める。そして、引き金が絞られると同時に砲撃を回避する。

そして、右手を空にかざし、手の平を開く。いくつもの複雑な魔法陣が描かれ、それらを貫くように、一振りの剣が現れる。刀身には『ΤΑΧΕ‐ΥΘΕ‐ΩΙΥΓΘ』と刻まれていた。

目の前に小型の飛行機械が降りてくる。無慈悲な銃口をまっすぐに、アニエルへと定める。しかし、弾丸が放たれる前に、スレイは飛行機械を真っ二つに切り裂いた。

「な、なんだあいつは!?」

「知るか!! 魔女が喚び出したバケモノかなんかに違いねぇ!! やっちまえ!!」

今まで、主にアニエルを狙っていた銃口が、スレイへと向けられる。スレイはそんな弾丸飛び交う戦場を駆け抜け、森へと飛び込む。

「おらぁッ!!」

突如、草むらに忍んでいた男が、スレイへと切りかかる。スレイはそれを紙一重で回避し、足を払って溝落ちを強く打って無力化する。

「ぐあっ!?」

「ガキがいい気になってんじゃねぇ!!」

巨大なガトリングキャノンが三門、スレイの前に設置される。しかし、スレイはそのまま突っ込む。

「スレイ君!? 正気!?」

「もちろん、正気だ」

慌てたようなアニエルの声に対し、落ち着いたスレイの声が返される。スレイは大きく、そして高く飛んだ。

ガトリングキャノンはスレイが一瞬前までいた地面を木破微塵にする。

「クソ!?」

彼らが持ち出したガトリングキャノンは上を撃つことが出来ないものだった。故に、高く飛んだスレイを撃つことは出来なかった。

「はあああぁぁぁぁぁ!!!!」

そのままスレイは剣を振り下ろし、中央のガトリングキャノンを一刀の下に両断する。

「まだカタストロフが控えている!!」

「アレに勝てる人間などいるものか!!」

スレイが駆けるのを、はるか上空から狙いを定める飛行機械……黒い翼の周りを青く輝くリングが浮力を生み、いくつもの砲門が破壊を振りまく兵器。それは“破滅”と、畏敬と尊厳を持って呼ばれる、科学技術を結集し、魔法技術をも取り込んだ、悪魔の破壊兵器だった。

「標準合いました。いつでもやれます」

「撃て」

無慈悲に呟かれた一言は、恐ろしい破壊を堕とす兵器を起動させる。カタストロフの下方より、他の砲門よりもはるかに巨大な砲門が開かれ、その周囲をエネルギーを増幅するリングが回り始める。やがて、マナクルエネルギーは光と熱エネルギーへと変換され、一気に発射される。

一瞬後の轟音と爆音。すさまじい速度で飛翔するエネルギー弾はスレイたちを撃ちぬいたかに見えた。

しかし、何故かエネルギー弾は弾き返され、カタストロフを撃ち抜き、破壊した。

「私だって守られてばかりじゃないんだから!!」

アニエルが握っていた札が黒い塵と化す。

反射リフレクション”と呼ばれる高等な防御の魔法だった。風と金の力を合わせた系統の魔法で、魔法による攻撃を反射し、相手に反撃する、攻守一体の魔法だった。

撃ち抜かれたカタストロフは動力部を破壊され、高速で落下し、地面に激突、爆発炎上する。

「クソ!! 魔女め!!」

「人外のバケモノが!!」

彼らの虚しい叫び声が、スレイの通り過ぎた後に響いていた。



人気のない、小川の傍で、ようやくスレイは止まった。

「はぁ……はぁ……」

「まったくもう、無茶して……でも……ありがとね」

アニエルはカッコよく守ってくれたスレイに礼を言う。スレイはアニエルの方を向き一言。

「こ、こえええぇぇぇぇぇ……」

思いっきり、アニエルはずっこける。彼のことを一瞬でもカッコいいと思った自分を情けなく感じていた。

「まったくもう、守ってやる、って言った時はすっごくカッコ良かったのに、今はもう、情けないを通り越していろいろ考えさせられちゃうわね」

「いや、普通誰だってあんなに銃向けられたら怖いだろ!?」

「ま、まぁそうだけど……」

へたへたと座り込んでしまうスレイ。そんな彼を見て、スレイという人間がどんなものかわかったような気がして、アニエルは微笑んだ。

「まったくもう、はい、お水」

小川の清水を、携帯しているコップにすくい、スレイに差し出した。

「ああ、ありがとう」

スレイはごくごくと喉を鳴らして水を飲む。アニエルもコップを返してもらった後、水を飲む。

「ふぅ。やっと一息つけるな」

スレイは自らの手にある剣を掲げた。木漏れ日を受けて、白銀に輝く剣は美しい光を反射した。

「その剣、どうしたの?」

「神様に借りたのさ」

「神様? えーと……その文字……読み方は……セイヴ‐ザ‐ウィッチ? どういう意味かしらね」

スレイの世界の言語の心得がない彼女に意味はわからないだろうが、その言語を理解出来るスレイは意味を理解し、苦笑いした。しかし、アニエルにはあえてその意味を告げないでおいた。

スレイは剣から手を離した。そのまま剣は空に浮かび、突如現れた魔法陣に飲まれて消える。

「あら、消えちゃった」

「いったん神様に返したのさ。また使うときまでな」

剣から手を離したとたん、一気に疲れが体を襲う。一時的に剣の力で疲労を忘れていただけなので、今まで溜まっていた疲れが一気に押し寄せたのだ。そのまま彼は柔らかな芝生に倒れこんだ。

「ど、どうしたの!?」

「なんかいきなり疲れた。少し……寝かせてく……れ……」

そのまま、小さな寝息を立てて眠り始める。アニエルはそんなスレイを半ば呆れ顔で見つめつつも、優しげな笑みで見つめた。

「ありがとね。スレイ君」

彼女はそんなスレイの頭を優しく撫でた。


本当はプロローグと一緒に載せる予定だったのですが、昨日は時間がなくて載せられませんでした><

それと同時に、今も時間がないので次回予告だけやって終了です


――次回予告


共生の関係。魔女さま。

皆が幸せな世界。腐った世界。

魔女狩り。仮面。黒ローブ。

もう用済みです。


第二話 黒の災厄

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