↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

ランチのひととき

寒がり社員たちは、立ち上がる。

作者: 幻邏
掲載日:2026/08/06


 今日の俺、朝イチから、昼が待ち遠しいと現実逃避。

 今日のお弁当なんだろなー。カミさんがめっちゃ笑顔で渡して来てくれたから、絶対俺の好きなやつ。楽しみ。

 そんな昼への思いを、頭の中にある賽の河原の石積みより高く積み上げる俺。

 それは、目の前の光景がゆえ、仕方ないと思う。



「だーかーらー、エアコン22度に下げるとか、サーバー室じゃないんだから、やり過ぎだってーの!」


 営業部エースの宮原が、ガチギレしている。


「夏にエアコンは当たり前だろ! 暑いのはこれ以上どうしようもないんだし、寒い方は着ればどうにかできるだろ!」


 同じく営業部の原田が言い返す。


「バカじゃないの?! 着込むのだって限界あるんだし、やり過ぎなんだよ! 暑い方に合わせるのはわかるけど、限度があんの!!」


 熱中症、脱水症状、そんな健康被害へ気をつけるよう、注意喚起が毎年起こるようになった夏。

 オフィス内の冷房は、暑がりが優勢・優先であるが、それに合わせて当然と言う態度に、寒がりがキレてしまった。

 気持ちはわかる。俺もいま、クッッッソ寒い。


 俺、長袖のワイシャツに、実は長袖のインナーシャツを着ている。

 出勤時は半袖のサラサラ速乾インナーだけど、会社に着いてからインナー変えてる。寒いから。


「そうだよ、原田。お前に合わせてたら、みんなが風邪を引くレベルなんだぞー」


 営業部の暑がりではない男たちも、それなりに寒いようで援護射撃をする。お前らジャケット着てるのか。寒いんだろ……ちゃんと言えよ。俺も着ようかな。

 宮原が援護射撃に頷きながら口走る。


「ってかさ、別に部ごとで席固める必要なくない?」

「あー、それな」


 営業部、暑がらず男子も同意してる。


 今やフリーアドレスなんていう、固定の自席はないオフィスもあるし、客からの電話は固定電話より、営業の連中は、会社スマホに掛かってくること多いしな。

 会議で、固定電話を減らす話も出てるくらいだ。

 

「暑がりエリアと寒がりエリアに、デスク分ければいいんじゃない?」


 部の営業事務である伊藤が提案しだした……って、ブランケット羽織っている……!

 女子は、膝掛けとかを自前で、きちんと用意してるもんなぁ。俺もなんか用意しとこうかな。


「それもありだが、オフィス内レイアウト変更になるから、会議とかなんやかんやあるし、時間はかかりそうだよなぁ」


 会社というのは割と動きが遅い。俺はため息まじりに言葉を落とす。

 この部屋は営業部だけでなく、他の部もいるから、一存で決める事は出来ないからな。


 そしてレイアウト変更は、それなりに金が掛かる。

 業者を呼んで物品移動しなきゃならんし。不用品も撤去とかあるし、まず理想の形を決めなきゃならないが……。その予算が降りるかどうか……。


「レイ変賛成!! 署名するわ!!」


 隣の部である、企画部の課長が、バンと机を叩き立ち上がる。

 企画部の他の面々も手を挙げてくれたりと、署名に手を貸してくれるそうだ。


ウイーン ウイーン シュッ シュッ シュッ


 複合機が動いて、紙を3枚排出した。

 その紙を伊藤が取りに行き、俺の前に持ってくる。


「概要と署名欄です」


 早っ!!

 この短時間で、レイアウト変更に対して賛成の署名を集めるための説明文と、サイン欄のある用紙を作っていたのか。

 概要に目を通すと、丁寧な言葉で綴られているものの、ざっくり雑な言葉で言うと『暑がりに合わせて事務所を寒くしすぎ。いい加減にして』と、言いたいであろう内容だ。


 最近はハンコレスで使わなくなった、部署と日付と名前がある3行ハンコ。俺はそれを取り出して、今日の日付にダイヤルを回して合わせ、スタンプ台のインクにハンコをトントン叩き、概要書類の右上側にドンと押す。

 このハンコで営業部の部長は賛成。という書類になるはずだ。

 それを見た企画部の課長も、自分のハンコを押してくれた。


 そして、伊藤へ返すと2つ折りのクリップバインダーを手に取り、クリアポケットのついている側へ概要を、クリップ側へ署名用紙を挟んで、また俺に渡してきた。

 署名欄の1番上に、俺の名前を書けと言う事か……。


「やったー!」


 宮原が喜んでいる。

 そりゃあ一般社員より、役職持ちの名前ある方がいいよな。俺も別に反対ってわけじゃないし。むしろ賛成側だ。

 営業部の寒がりたちが署名をすると、隣の企画部へバインダーは渡されて、署名はガンガン書かれて、また別の部署に行ってとバインダーは旅に出た。



「別に今のままで良くねー?」


 原田は特に協力姿勢を見せないようだ。営業部に関してはお前が原因だろが。お前ひとり快適ってだけなんだからな、現状。


「今日の営業部に影響するエアコンの温度設定、宮原・伊藤仕様にしていいぞ」


 俺の言葉に、宮原と伊藤の目が光ったように思えた。

 原田が首を傾げている。


「原田が快適な温度は、宮原や伊藤にとっては寒いんだ。今まではいちばん暑がりな原田に合わせていたが、お前は感謝の言葉も渡さず、当然っていう態度だったからな」


 実は俺も結構寒さが堪えている。隠れ蓑にしてごめん、宮原と伊藤。


「えー、エアコンハラスメントじゃないっすか、それ! エアハラ反対ー!」

「お前が先にしてたんだろ。お前も受けてみろ」

「ま、俺午前は外出るんで、エアコンの温度関係ないから、大丈夫っすけどー。んじゃ外回り行ってきまーす」


 そう言って余裕そうな顔を浮かべて資料を鞄に詰めた原田は、出て行った。大半が駅近の客先なこともあり、余裕そうな顔だ。午前の仕事を再開する。

 今日の外は38度。外回りなくて良かった! 原田は午前が外回り。昼食後戻ってくる予定だ。



 そして昼休み。

 本日の昼休みの俺、カミさん特製弁当を、社員ダイニングで食べる。

 今日はなんと、ひつまぶし弁当。ご当地弁当シリーズのようだ。うなぎ嬉しい。今朝の笑顔の理由がわかり、俺も笑顔。

 娘は俺と同じような弁当の事が多いからイイけど、カミさんちゃんと食べてるかな。うなぎ好きだし。

 飯が終わったら、LINNEトークで訊いてみよう。

 うん、香りのいい甘めながら、塩辛いタレが食欲をさらにそそる。山椒のピリッとアクセント、好き。


 ちなみに社員ダイニングは、エアコンの温度を下げすぎる事なく、寒がりたちにとっては快適な温度だ。

 なので、弊社の寒がりたちが集まりやすい場である。


 食事を摂り、エアコンで冷えた少し体も温まった。なんなら、デスクに戻ればちょっと暑いかも。でも、これ冷房強くすると、すぐ冷えるやつ。

 デスク付近で、宮原がサーキュレーターを回してくれて、室内の空気を動かしていた。多分これですぐ温度は落ち着く。


 デスクでカミさんとLINNEトーク。

 カミさん、ちゃんと自分用も作って、丼物を家で食べる時の、茶碗より大きい丼に盛られている写メも送ってくれた。

 俺、安心。

 LINNEトークをしていたら昼休みが終わる。


 さて、午後の仕事開始だ。 



「あっちー!! あ、戻りましたー」

「「おかえりー」」


 午後の仕事が始まり20分ほど経った頃、原田が戻ってきた。

 そして原田は当然のように、リモコンパネルの方へ足を運ぶが、そこには大判の付箋が貼ってあり……


『営業部側エアコン

 宮原 伊藤 以外

 本日操作禁止!!』


 と書かれてあり、ぴたりとパネルの前で動きを止める。


「いや、暑すぎるだろ!」


 いつもは自分基準で、設定温度をガンガン下げていた原田。外回りをしてきたこともあり、皆が「暑がりさんはとても暑いだろう」と、黙認と我慢をしていたが、本日、その我慢は解かれている。


「ひんやりタイプの汗拭きシートとか、使いなよ」

「なんだよ、それ」


 宮原が声をかけると、原田は首を傾げる。

 その返答に、宮原・伊藤・俺・他営業部の面々は、目を丸くするしかない。


「お、お前、クールタイプのシート使ってねぇの? そんな暑がりなのに……むしろ超クールタイプでもいいだろ」

「シートってなんだ?? エクセルンのか???」


 えと、原田くん……宮原・伊藤と同じ年代ですよね? 俺より上の世代じゃないですよね?? 俺でも知っている汗拭きシートですよ。

 表計算ソフトであるエクセルンの、数式入れて便利に計算できるシートの事じゃないよ。


「ほら、こういうのだよ」

「ウェットティッシュか??」


 見かねた営業部男子が、自分のカバンからシートの袋を取り出し、シールの蓋を開けて、ひんやりシートを1枚渡す。

 パリパリとした袋に入ったティッシュっぽく見えるから、ウェットティッシュと思ったのか?


「それで首とか腕とか拭いてみろよ。それ顔用じゃないから顔はダメな」

「……おう??」


 原田はボディ用のシートをもらったようだ。すーっと滑らすと、みるみるうちに驚きの顔に変化する。


「うわ、スースーする!! すげぇ!!」


 初めて使った時の反応って新鮮で面白いよなぁ。と、のんびり眺めていたら、宮原と伊藤の顔が怒りに満ちていた。


「ふっざけんなよ、お前ーー!!」

「暑さ対策しないで、ひたすら事務所寒くしてたなんて、信じられないわ!!」


 そうなるよね。俺もそう思った。


「いや、こんなのあるなんて知らねーし」

「スマホ持ってんだろ、調べろよ!! 暑さ対策グッズだって、テレビで沢山紹介されているよ!」

「ハンディファン持ってる人だって見てるでしょ! 周りくらい見なさいよ!! 目ついてるでしょ!」


 女性陣は怒りで言葉が乱雑に。無理もない。

 原田、ひんやりシートも知らないって事は……まさかと思ってしまうが、訊かないと答えは出ない。


「あれ、じゃあ……冷感インナーとかも知らない感じか?」

「なんですか、霊感インナーって。呪術師にでもなれるグッズですか?」


 俺もお世話になっている、ひんやりを感じるインナー。

 それを、ホラーに結びつけやがった。そっちのレイカンじゃねーよ! 


「違う。ひんやりを感じるインナーだ。冷房下ではかなり効く。あと、速乾インナーとか、汗の不快感を少しでも早く減らすインナーもあるぞ」

「なんすか、超近未来的っすね、それ!!」


 これだけ世間が暑い暑い、むしろ熱い熱いと騒がしい中、冷感グッズを知らない原田に俺ドン引き。


「お前が原始人なんだよ!! 現代に謝れ!!」


 宮原の言葉が乱暴になるのも、仕方がない。むしろもっと言っていいぞ。

 暑さ対策を何もせず、暑い暑い言って、冷房を自分好みに設定し、周りに寒い思いをさせていた状態に、みんなから怒りと呆れと非難の目が向いている。

 宮原の怒りは尤もなもので、誰も彼女を諌める事はない。


「対策しっかりして、それでいてなお暑いなら仕方ないよねってなるけれど、それはなさすぎて引くわ……」

「原田、マジでサイテー。原始時代に帰れよ」


 伊藤と宮原はこれまで、とっても寒いのを我慢していたんだろう。


「でも、きちんと暑さ対策しても暑い人だっているんだし、冷房の強い・弱いエリアを作ることは、提案して欲しいよ」


 隣の企画部の課長が言ってくる。

 俺ももうちょっとだけ、寒さが和らぐエリアが欲しい。

 企画2課の課長も頷いている。


「そうですね。会議で議題に出しましょう。ちなみに署名のバインダーは今どこに?」

「もう、この部屋分は終わってるから、経理・総務・人事がいるエリアに回ったよ」

「はっや……」


 思っていたより、みんな冷房に対して我慢してるようで、温度分けに賛成のようだ。その証拠に署名バインダーは、各部署へサクサク回っている。


 各部署の暑がりたちは、寒がりたちへ申し訳ない気持ちも色々言っているそうで、自分ではどうしようもないから、出来そうならぜひ。と寒がりたちへ言って、署名をしていたらしく、和やかな雰囲気になっていたそうだ。


「部課長会議、頻度増えそう……」


 俺、ポツリと漏らすも、快適を手に入れるために動くしかない。

 このエリアにいる人らへ、俺は声を張り上げ伝える。


「おーい、手が空いてる人〜! レイアウト案、出してくれ。いくつか候補を会議で出してみる」


 ガタガタっと音がして、少し遠くで手をあげてくれる人もいた。よかった。


「私やりますー!」

「あ、僕も。プレゼンソフトのスピポで作っていいですか?」

「わたしもやりたい!」


 営業部だけではなく、他の部の人らも手が空いている人が取り掛かってくれた。

 繁忙期でもないため、ギスギス度が低いし、そしてこれからくるしんどい夏のために、主に寒がりが動いてくれている。



 戻ってきた署名は、およそ8割以上賛成。過半数超えてんじゃねーか。どんだけ快適度少ないの、弊社! 少ないな!

 寒がりのためではなく、暑がり・寒がり両方のためだろうし、署名は多い。

 そして、レイアウト変更に伴う席割りも配慮してくれているのか、名前の横に暑や寒・普通の普を書いて、丸で囲ってくれている。

 名前のない人らは、自席が快適なのだろう。ほんの一部の連中は、席移動はしたくないとの事だ。


「レイアウト変更、いくつかの馴染みの業者へ電話を掛けました。対応可能日と見積書、工程案を出来次第送ってくれるそうです。一応こちら側は、まだ計画段階であることも伝えてあります」


 伊藤……シゴ早デキ過ぎて俺ビビる。

 それでいて、営業が使う見積もり——通常業務書類もきちんと提出されている。


 他の部の人らも、手描きだったりパソコン使ったりしつつ、レイアウト変更案を出して来たりと、席移動を望む声が多いのを目の当たりにした俺。


 ちょっと本気で頑張るか。

◆俺氏の戦いは、これからだ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
大ファン! ランチシリーズ!! 今回もとても楽しかったです。(作者の思いもめっちゃこめられている(#^^#)) ここでの幻邏さんのシャープでリズミカルな文章が、物事をばっさばっさと斬っていくこのシリー…
女性は特有のものとかの関係もあってヒエッヒエは本当に辛い!って人多いですもんね……廊下とかに逃げようにも限度があるし。 事務職だと真面目に8時間×週5で40時間とかその部屋にいることもあるので、冷蔵庫…
小学生の頃校舎の建て替えでしばらくプレハブ校舎に通っていた頃を思い出しました。 各教室にエアコンがついていて全生徒が大歓喜でしたが、風が当たる席は激寒だったので半袖と長袖重ね着が混在する夏になっていま…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。