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残された個

けし族の長老・けんまは、変更申請を止めるため語られてこなかった一族の歴史を明かす。

それは、文房具世界から追放され、父から託された「姿変更」の真実の記憶だった。


 

 体験談:三体目。

 個名:けんまさん。

 滞在期間:数十年。

 


 会長様。


 はじめまして。

 日頃のお務めに感謝しております。


 私事ですが、現役時代は随分と昔になります。

 今は『わすれ場』の統括をしております。


 二代目会長、紙田様には本当にお世話になりました。

 現在、三代目ご子息様のご活躍を影ながら応援させていただいております。


 ご存知かと思いますが、行方不明体の数は未だ右肩上がりであります。

 その影響もあってか、若い世代の個たちが変更書を申し立てているという噂を聞きました。


 そこで私は、けしさきに参加したいと申し出ました。

 すると、数少ない年長者の意見は貴重だと言っていただけたのです。

 こんなおいぼれを仲間に入れてもらえたことに、胸が熱くなりました。

 我が一族は昔から仲間意識が強いことも、その理由なのだと思います。


 しかし、私が参加した理由は申請書を阻止するためでございます。


 けしさきがこの事実を知ったら、驚きを隠せないのではないかと思います。

『裏切りだ!』と怒りをあらわにするかもしれません。

 それでも私は引き下がる訳にはいかないのです。

 阻止することこそ、一族を守ることなのですから。


 私たちの世界には、様々な一族が存在しております。

 それぞれに歴史があり、役割がございます。

 しかし、その歴史の中には語られてこなかった出来事もあるのです。

 私が変更書を阻止しようとしている理由をお話しいたしましょう。


 

 今でこそ様々な個性がありますが、けし族はみんな私のような同じ形をしておりました。

 とても硬く、ザラザラしていたのです。

 

 あれは、私がまだ幼く役割を理解できていない頃でした。

 父は私と違い、エリートでした。

 そうです。この文房具世界のトップだったのです。

 

「けんま様のおかげで私たち一族は、存在する意味があるのです」


「けんま様無しでは成り立ちません。なぜなら、消して頂いたおかげで持ち主様にまた使って頂けるのですから」

 

 そんな言葉たちを聞きながら育ちました。父の周りには、常に様々な種族が寄り添っていたのです。

 子どもながらに私自身も父のようになるのだと疑うことはありませんでした。

 

 あの事件が起きる前までは……。


 私たちけし族は、委員会場を住居にしておりました。

 そして、なんの前触れもなくその日はやってきたのです。

 

「もう限界だ!これ以上、娘を傷つけられてたまるか!」

 紙族の一枚が委員会へ怒鳴り込んできたのです。

「あの持ち主様は何度も何度も、けんまを使いやがって。ついに娘の体に穴があいたんだ!」

「落ち着いてください。紙田さん。一体どうなさいましたか」

 一員である母が慌てた様子で駆け寄りました。

 しかし、収まらずさらに怒鳴り声は響きます。

「お前たちが悪いんだ!けし族のガサガサした体が娘を傷つけるんだ!なぜ、そんな形をしてやがる」

「娘さんのお体が、そんな大変な目に?」

「白々しい。お前たち、知っているだろ。使われる度にすり減っていくことを」

「それは、同じです。私たちも役割を果たす度に、体が小さくなっていきます」

「なにを偉そうに!お前じゃ話にならん。委員長はどこだ!」

 

 私はこの時、心の中で父を何度も呼びました。委員長である父なら絶対に解決できると思ったからです。

 心の声が届いたのか、母とは対照的に落ち着き払った様子で父が現れました。

「紙田さん。それは大変でした。すぐに救護を向かわせましょう。だから安心してください」

「救護だと?よくもそんな嘘がつけるな!娘の体は元に戻らないことぐらい分かっている。なん枚もそんな姿を見てきてるんだ!……もう娘は、捨て場行きなんだろ」

「そうですか。それは残念です。でも紙田さん、まだご家族はなん枚も残っているでしょう?」

「ど、どういう意味だ」

「正直にお答えしましょう。紙田さんの仰る通り、娘さんは捨て場行きとなります。しかし、紙田さんに限ったことではありません。皆、同じなのです。私たちけし族も捨て場行きになる個体は存在しています」

「だから、諦めろと?」

「はい。我々の力では、どうにもできないことなんです。この世界の宿命ですからね。抗うことはできないのです」

「……よくわかったよ。けんまさん」

 

 父の言葉で、紙田さんは静かになりました。

 やはり父はすごい。

 そう感動したことを覚えています。

 しかし、幼い私には紙田さんの気持ちを想像することができなかったのです。

 『けんま様』ではなく『けんまさん』と呼んだ意味もわからなかったのです。

 しかし、父は冷酷だったのではありません。

 この世界の仕組みを、誰よりも知っていただけなのです。


 そして、この事件をきっかけに『けし族』は想像を絶する状況に陥ってしまったのです。

 

 それは───

 文房具世界からの追放でした。


 この決定事項こそ、種族たちによる『追放申請書』によるものでした。


 父は委員長の座を降ろされ、けし族は役割も剥奪されました。そして、今の『わすれ場』に追いやられたのです。

 こんな状況になっても、父はとても落ち着いていました。

「我々一族は文房具世界で無くてはならぬ存在だ。その事実は覆ることは決してない」

 委員長のときと変わらず、とても頼もしかったのです。

 けし族は仲間を大事にする一族であります。

 決して過ごしやすい環境ではないにも関わらず、皆は変わらず父の言葉を信じていました。


 紙田は委員会場から戻り、種族たちを集めたようです。

 そして、あの出来事を言いふらしたのです。

 後に委員長の座は、あの紙田のものになりました。

 紙族一代目委員長の誕生です。

 

「けしさきは、自分の個体を決して犠牲にしない。このままでは、絶滅させられる」

「けしさき一族のザラザラが全て悪い。今こそ、我々が声をあげる時だ!」

「けし族が、いなくなればいい」

 

 そんな言葉が追放書にはありました。


 しかし、絶滅の危機に襲われたのはどの種族でもありませんでした。

 私たち、けし族だったのです。

 私は、あの『わすれ場』の記憶を決して忘れることはないでしょう。

 なぜなら、父と母を失った場所なのですから。

 

 あの頃の『わすれ場』は、光もなく閉ざされた空間でした。今の開放的な姿からは想像もできないでしょう。

 

「ポロポロと小さくなっていく」

「体がひび割れていく」

「役割がないなら、消えてしまいたい」


 次から次へと消えゆく個体が、日に日に増えていったのです。

 しかし、ここでも父は立派でした。

 

「みなさん、団結すれば大丈夫ですよ。私たち一族は強い絆で結ばれているのですから。安心してください。とても、いい案があります」

 父は驚くべきことを考えていたのです。

 

 それは、言葉通り『団結』でありました。


 それぞれの個体が重なり合い、一つになるべきだと言ったのです。

 ひび割れや、小さくなっていく体を補うために。

 もちろん幼い私も、その一員になるのだと思っていました。父に間違いなどあるはずがないと思っていましたから。

 しかし、そのとき父は私だけに驚くべき言葉を口にしたのです。

 

「お前だけは、個で残るのだ」


 事件の日から長い年月が経っていましたが、自立などしていませんでした。役割を剥奪されていましたから、尚更です。

 父の言葉を理解できるわけがありませんでした。

「いやだ!ぼくを置いていかないで」

「よく聞くんだ。いつか必ず、この世界に再びけし族を必要とされるときがやってくる。その時まで、いいか。ぐっと耐えるんだ。そしてその時がきたら、一つだけ条件を提示するのだ」

「……じょ、条件?」

「そうだ。それは、姿変更を要求するのだ。ザラザラした体ではなく他の種族を傷つけぬよう、柔らかな姿にと」

「どうして?ぼくは今のままがいい。父と母と同じがいい」

「だめだ。このままではだめなんだ」

 このとき、私は初めて父の震えた体を目の当たりにしたのです。

「ぼくだけでは、なにもできないよ」

「お前は、おれの個だ。なんの心配もいらない」

 それが、父の最後の言葉でした。


 長くなりましたが、これが語らなかった『けし族』の歴史でございます。

 

 そして、父の言葉は間違っていませんでした。

 けし族が追放されてから、様々な一族は、今までにない数の個体を失い続けていたのです。

 消すことが出来なくなった持ち主様は、次から次へと捨て場へ送ったわけですから。

 

 そこで存続の危機を感じた、二代目会長こそがこの文房具世界を救ったのです。

 しかし、今の若い個たちはその事実を知りません。


 柔らかな姿になった理由も。

 わすれ場が生まれた理由も。


 すべては忘れ去られているのです。

 それでも私は思うのです。

 あの日、父が残した言葉は決して間違いではなかったと。


 以上が申請書を阻止しなければならない理由となります。

 父が残した姿こそ、けし族の答えなのです。

 だからこそ、これ以上の姿変更を認めるわけにはいかないのです。

 

 この文房具世界で共存していく全ての種族のために。

 

 

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