ムラサキツユクサ
短編です
「はあ、疲れた」
昼休み、クラスメイトとの付き合いに疲れ、その輪から抜け出しリラックスできる場所を探していた。
そんな時、一人の生徒が屋上の扉を開け、中に入っていく様子が見えたので、屋上なら……と考え、俺も後を追う。
「すご……綺麗だな」
「だ、だれ……?」
雲一つとしてない快晴に見惚れていると、先ほどの生徒が驚いたように振り向いて言う。
「ごめん、驚かせるつもりはなかったんだ、俺は千歳悠馬、君は?」
「わ、私は椎名夜です」
「そっか、よろしく。えと、夜でいいかな?」
「だ、大丈夫です、千歳君」
夜は少し照れ臭そうに名前を呼ぶ。
「こんなところで何してたの?」
「えっと、私はクラスで浮いてるのでここにきてご飯を食べようとしていたんです」
「そうなんだ」
確かに夜は顔が見えないほどに伸びた髪にメガネをかけて、話し方もおどおどしていて、積極的に話しかけようとは思わないかもしれない。
「千歳君はなんでここに? イケメンだしクラスでは人気なんじゃないですか?」
「まあ、ね……ただ、疲れたんだ。俺に媚をうって近づいてくる奴らや、適当にほめて友達面してくる奴らに」
「そうなんですね、なんか似たような理由ですね」
口元を和らげそう言ってくる。確かに俺と夜は似ている部分があるのかもしれない。クラスに居たくないところとか。
「そうかもね」
少し恥ずかしかったので素っ気なく答えてしまう。
そこから昼休みが終わるまで夜と話していた。夜は俺が思うよりもずっと話しやすく、いい子だった。
へたにいいところを見せようとしてくるわけでもなく、俺の顔色をうかがうような真似もしない。
楽しかった。久しぶりにちゃんとはなせているような気がしたから。
「チャイムなっちゃったね……夜が良ければさ、これからも昼休みにここに来てもいい?」
「私も楽しかったので全然大丈夫です! むしろ……き、来てほしい……です」
「そ、そっか、じゃあ俺はいくよ」
最後の言葉に少しドキっとしたが顔には出さずに屋上をあとにした。
次の日の昼休み約束通りに屋上へ足を運んだ。しかし、夜の様子が少しおかしいことに気付いた。表情に少し陰りがあるように見えた。
「そんな顔してどうしたの?」
「あ、千歳君」
夜は作り笑いを浮かべた。
「実は……昨日お姉ちゃんがスピーチコンテストで金賞を取ったんです」
「すごいことじゃないの?」
「すごいことだからですよ。私は落ちこぼれなのにお姉ちゃんはあらゆる分野でその才能を光らせているんです。それで親にまた比べられちゃって……自分の劣等感が出てきたんです。お姉ちゃんは同じ学校にいるので周りの人も勝手に比べてきて、ルックスとかも」
夜はうつむきながら泣きそうな声で話した。
「夜のお姉ちゃん? 誰なの?」
「生徒会長の椎名朝です」
「ええ!」
「びっくりしますよね」
椎名朝は文武両道で知られていて、生徒の中ではカリスマ生徒会長と言われている。そして人気の理由がもう一つあり、それは彼女の美貌によるものだった。
淡藤色の短く切りそろえられたショートカットに、整った目鼻立ち、特徴的なのは瞳だ。曇り一つなく快晴のような空色の瞳。それに見つめられると惚れてしまうと言われている。
「確かにびっくりした……でも誇らしいことじゃないの?」
「確かに尊敬していますし、私は好きですですが、お姉ちゃんは私の好きなものを奪っていくんです。人や物などすべてのものを、だからお姉ちゃんはきっと私のことが嫌いなんです」
こぶしに力を入れて涙を流しながら必死に訴えかけてくる。
「私と関わってくれた人もお姉ちゃんと関わるとすぐにそっちに行ってしまうし、それでも才能があるから周りからちやほやされて……私は見向きもされない……ひどいじゃないですか」
なんて声をかけていいのかわからない。夜の気持ちはわかる。とか安っぽい言葉をかけるべきではないのはわかる。しかし、どうすればいいのか思いつかなかった。
「……」
「っ! なんですか……いきなり」
「なんでもないよ」
考えた結果、夜に寄り添うことにした。肩を預けさせ、夜の頭を小さい子供を寝かしつけるように優しく撫でた。
「こんな時にいい言葉は浮かばないけど……これだけはわかってほしい。俺は夜のお姉ちゃんじゃなくて、夜と関わりたいからここにきているんだ。それを忘れないでほしい」
「千歳君……ありがとうございますっ!」
夜は今度こそ作り笑いではなく心からの笑顔を見せてくれた。そのあと泣き止んだ夜と一緒に屋上を出た。
しかし、夜のお姉さんがまさかあの生徒会長だとは思わなかった。
夜が言っていた通り、あらゆる分野で結果を残しているし、この学校では異例の一年生から生徒会長を務めているらしい。
そんな人が身近にいると確かに劣等感を抱くかもしれない。
「夜! 来たよ!」
「っ千歳君! 待ってました!」
次の日も俺は屋上に来た。昨日の一件で夜のことをもっと知りたいって思ったし、何より俺自身が楽しいからだ。
「夜は今日も美味しそうな弁当だね……もしかして自分で作ってたり?」
冗談めかしく聞くと、夜は少し顔を赤らめ答えた。
「はい、私は料理が好きなので……毎日作っているんです。料理ってとっても楽しいんです! 何かを作ることはとても難しいんですけど、うまく作れた時の達成感がとってもすごいんです!」
「驚いた」
気づけば口から言葉が漏れていた。なぜなら、夜がこんなにも楽しそうに話をしていたからだ。いつも落ち着いている夜がまるで子供のように笑っていた。
その笑顔は純度百%でとてもきれいに見えた。……見なければよかった。その笑顔を見ていると、心臓が自分のものとは思えないほどにドキドキした。
「これはすごい才能だよ!」
俺が興奮気味に言うと、夜は自分の端でから揚げをとり差し出してくる。
「よければ一つ食べますか?」
「いいの⁉ じゃあ、お言葉に甘えようかな」
「そ、それじゃあ……あーん」
「!っ」
夜のいきなりの行動に流石に困惑する。これは食べてもいいのか? いや、でも夜も頑張ってくれてるし……その時、ガチャッと屋上のドアが開けられた。
そして、そこに立っていたのは、昨日話題に上がった生徒会長だった。
「お姉ちゃん、何しに来たの?」
「そんな怖い顔しないでよ~お姉ちゃん悲しい……うぅ」
……あまりにもイメージとのギャップが激しくて頭が真っ白になってしまった。こっちが素なのか?
「それと、用があるのは~君の方かな」
「へ?」
驚く俺を気にも留めずずかずかと近づいてくる。
「君、一年生の中で有名な後輩君だよね! 一回話して見たかったんだ~それでね、一目惚れしちゃった★」
「は?」
意味がわからなかった。俺は特に話してもいないし生徒会長のことも噂でしか聞いたことが無い。
でも、今目の前で起きていることは現実でしかなくて……考えていたら頭が痛くなってきた。
「お姉ちゃん! また私から奪うの⁉ なんで……そんなことするの?」
「え~ほしいからかな~? それで、返事は?」
そういってじっと俺のことを見つめてくる。
確かに……綺麗な瞳をしている。今にも吸い込まれそうだ。俺が返事を迷っているように見えたのか、夜は泣き出してしまった。
「っもう知らない! お姉ちゃんなんて大っ嫌い!」
また姉に取られると勘違いしたのか夜は走り去ってしまった。
「……ごめんなさい、あなたとは付き合えません」
「理由を聞いてもいい?」
生徒会長は初めて笑みを崩し、真剣な顔で見てくる。
「好きな人がいるんです……その子は、俺の居場所みたいなものなんです。姉にひどい劣等感を抱えながらも一生懸命に生きていて……姉や兄がいないので気持ちはあまり理解できませんが、多分俺だったら押しつぶされそうな環境でも好きなことを見つけ、それについて話すときとても楽しそうに笑うんです。そんな強さを持っているその子が好きなんです」
「そっか~振られちゃったか」
悲しそうに目を伏せる生徒会長をみて胸が痛む。それでも、俺のこの気持ちは本物だから、揺らぐことはない。
「……まあ、嘘なんだけどね、は~あ疲れた」
「は? 嘘? なんで?」
「え? テストだよ、私になびいているんだったらそのまま終わったし、それでも振るんだったらまた話は変わってくる。そのためのテストだよ」
……正直意味がわからなかった。この人は何をしているんだ?
「あなたのせいで夜はまた傷ついた! 何をしたかわかってるんですか⁉」
「わかってるよ……これは必要なことだったの。それと、あなたじゃなくて朝でい~よ」
「では、朝さん今すぐ夜に謝ってください!」
怒りがまだ収まらなかった。テストなんてくだらないもので夜が泣いてしまった。それがたまらなくムカついた。
「説明するからそんな怒んないでよ~……まず、千歳君、夜が最近いやがらせされてるの知ってる?」
「! 夜が? なんで?」
一瞬真実ではないとも思ったが……今日屋上に来た時の夜の反応には違和感があった。それがもし嫌がらせによるものだったら? そう考えると信じざるをえなかった。
「答えはあなたと夜が繋がっているのを目撃した生徒がいて、夜に嫉妬したからでした~」
「……俺のせいで……夜が」
「少なくとも私は千歳君は悪くないと思っている。それを確かめるテストだったしね~」
「どういうことです?」
俺は素朴な疑問をぶつける。
「千歳君が私の告白を受ければ夜と関りがなくなって嫌がらせもなくなる……そして、断るならそれくらい夜のことを思っていることになる。つまり、嫌がらせに千歳君が関わっているということがなくなる、これを確かめるためのテストだったの~」
「テストの意図はわかりました。でも、夜は泣いていた! 朝さんは姉なんでしょう? なんで苦しませるようなことをするんですか?」
そこが本当にわからなかった。話を聞いていた感じ朝さんは夜のことを嫌いではないはずだ。
「姉だからだよ~夜は可愛いの! だから変な虫が寄り付かないようにしないといけないの。それに夜は私が守ってあげないと駄目なの!」
前提が違った。この人はどうしようもないほど夜が好きなんだ。だが……
「それじゃあ夜は成長できない」
「いいんだよ~別に、夜は私が一生面倒を見るから」
「夜は一人でも生きていける! 朝さんの力なんていらない」
「無理だよ~」
俺の言葉をバッサリと切る。しかし、俺が見た感じ夜は朝さんがいなくてもやっていける。この人は過保護すぎる故に夜の成長とかはどうでもいいのかもしれない。それじゃあ駄目なんだ!
「……来週の月曜日の放課後に夜ともう一度話してください。そこで夜の成長を見せます」
「ふ~ん。私の意見は変わらないと思うけど」
「失礼します」
それだけ言い残して夜を追う。どこに行くかは大体検討はついていた。夜はクラスに居づらい、だから人のいないところを回っているといずれ会える。
そう思い人気のないところを順に見て回った。そして、外の非常階段にうずくまっている夜の姿を見つけた。
「夜!」
「千歳君? どうして……お姉ちゃんはいいのですか?」
最初は驚いたように、そして諦めたように聞いて来た。
「言ったでしょ、俺は夜だから関わっているって」
「ありがとう……ございます」
俺が来るまでに泣き止んでいた涙の後を伝うように再び涙があふれていた。
「それに、このままじゃダメなんだ」
「? どういうことですか?」
「うーん」
話すべきか迷った。でも今話すより成長した夜が話した方がいいと感じた。
「そんなことよりもさ夜、日曜日暇?」
「はい、暇ですけど」
「じゃあ……さ、デートしない?」
俺は途中から恥ずかしくて少しずつ声が小さくなっていくのを感じながらも最後まで言葉を紡いだ。
「はい! 喜んで」
「やった!」
小さくガッツポーズをしながら日曜日の予定を立てる。
「日曜十二時に駅前集合でいい?」
「はい、大丈夫です」
日曜日になり夜と待ち合わせの駅に十分前についていた。
何をするのかを脳内で何度もシュミレーションし夜を待つ。俺の予想が正しければ今日、夜は間違いなく生まれ変わる。
「千歳君! すみません、待たせてしまって」
「大丈夫だよ、早速いこっか」
「どこにいくんですか?」
「最初は美容室」
隣を歩く夜がきょとんとした顔で見つめてくる。恐らく俺の意図がわからないのだろう。
歩いている内にすぐに目的の場所についた。
「あの、その……」
「大丈夫俺に任せて。すみませーん」
「はーい、あら、悠ちゃんじゃない!」
返事をして奥から出てきたのは、俺がいつもカットしてもらっている美容師さんだ。俺はその人に夜の髪型を伝え、お金を払った。
「あの! お金は払います」
「いいんだ、ここは俺が出す」
まだ納得してないのか何か言いたげにこっちを見つめる夜を横目に置いてある雑誌を手に取り読み始める。
そこから三十分くらい待っているとカットが終わったらしく、別人のような夜が待っていた。
「これは……予想以上だ」
朝さんの妹の夜は絶対に美少女だと確信していたため前髪を中心にカットしてもらった。
その時にメガネを外していたので黒く、それでいて輝いている満点の夜空のような瞳が露わになっていた。
「どう……ですか?」
「う、うん、すごくいい」
あまりのきれいさに明後日の方向を見ながら返答する。このままここにいると頭がおかしくなりそうだったので夜を連れて店をでる。そのまま次の目的地である大型ショッピングモールに向かう。
「ここでは何をするんですか?」
「こ、ここでは夜のコンタクトと服を買う」
宣言通りにコンタクトを買い、服を身に行った。
「これは……やばい」
俺が選んだ服を着た夜は妖精のように美しく、目に見えないオーラをまとっているようだった。
「いこ、夜」
「は、はい」
直視できないので下を見つつ手を取り服屋を出た。しかし、そこで早速問題が発生した。
「おい、みろよあれ……やばくね?」
「うお! なんだあの子、ちょーカワイイ」
夜が可愛すぎて周りの人が俺たちを見ている。
「夜、今日は送るよ」
「……お願いします」
こんな状態の夜を一人で返すわけにもいかないので送ることにした。
ショッピングモールから歩いてニ十分ぐらいで夜の家に着いた。
「あれ? 今日ご両親はいないの?」
「はい、姉を連れて祖父の家にいっています。明日はそのまま学校に行くみたいです」
ちょうどいいと思った。この夜を見せつけるのは放課後でいい。
「それじゃあ、俺は帰るよ。また明日」
「はい、また明日」
次の日学校に行くと案の定夜が話題に上がっていた。
「知ってるか? 隣のクラスに転校生が来たらしいぜ。それもとびきりの美少女!」
「マジか! 見に行こうぜ」
俺のクラスではそんな話題で持ちきりだった。俺も少し様子を見に行ったが、すごい人に囲まれていて困っているように見えた。
正直あんまり夜に近づいてほしくなかった。
(はあー俺、独占欲強すぎるな)
そこからなんとか放課後になり、朝さんを屋上に呼び出した。
「夜、緊張してる?」
「はい、正直結構」
「大丈夫、今の夜ならちゃんと話ができるよ」
そんなことを話していると屋上の扉が開き朝さんが入ってきた。
「……やってくれたね」
第一声はそんな言葉だった。
「どういうことですか?」
「私が隠してきた夜の顔が明るみに出ちゃったじゃない! これじゃあ悪い虫がたくさんついちゃうよ~」
本気で焦った表情でそういう朝さんはしばらく取り乱していたが、落ち着いたのか俺たちの方へ向き直って話を聞く体制をとった。
「朝さん、聞いてほしい。夜はもう大丈夫なんだ。劣等感にかられながらも好きなことを見つけた。しかも夜にはその才能がある!」
「その才能って?」
「料理だ! 夜には料理の才能がある!」
「ふ~ん……夜それは本当?」
少し厳しい眼をしつつ夜を見る。
「う、うん、千歳君がね私の才能を見つけてくれたんだ……だからもうもう守ってくれなくて大丈夫だよ」
「! 話したの?」
「はい、俺は二人に仲直りしてほしかったので」
そこまで言うと朝さんは少し照れたような表情を見せて笑った。
「こうさ~ん。二人の気持ちはわかった……でも、夜には髪型とメガネを戻してもらう。今のままじゃ悪い虫がたくさんつく」
「それは大丈夫です」
そこで俺は一歩前に出て、チラっと夜の方を見て宣言する。
「俺が夜を守るので」
「……ふえ?」
「そっか~それなら安心だ。じゃあ私はお邪魔みたいだからお先に失礼するね~」
朝さんはにやにやしながら帰っていった。そこに取り残された俺と夜の間には少しの沈黙があった。しかし、俺がそれを破るようにして夜に話しかける。
「夜、さっき言ったのは本当のことなんだ……でも、それ以上に俺は夜を独占したい!」
そこまで言うと夜の陶器のような真っ白い顔が真っ赤に染まり目を伏せる。
「だから俺と付き合ってほしい……どうかな?」
「はい! はい! こちらこそお願いします」
そうして二人で手を取り笑いあった。その時見た夕焼けは何よりも綺麗で一生忘れないだろう。
今後もちょくちょくあげます