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「許して欲しいなんて勝手なこと言わない、です。本当にごめんなさい」
白澤の発言を聞いて何も言葉を発さなかったことから拒絶されていると勘違いしているようで、話を終わらせようとしてくる。
ちょっと待て。考える時間をくれ。
「ストップ、白澤。ちょい待ち」
マスクを勝手に取られたことに対する怒りと高校2年生で仲良くなったクラスメイトとの関係を天秤にかける。
正直どちらを優先させたいかと言われれば、マスクに対する怒りをとりたい。
しかし陰キャラの俺は他者との会話で楽しいと思えることは滅多にない。どちらも捨てたくないというのが本音だ。
「あ、そっか」
だったらどちらも捨てなければいい。現状俺は被害者だ。無理矢理マスクをとった白澤に非がある。
そう考えれば多少のわがままを言ったとしても許されるのではないだろうか。
「白澤は昨日のこと本当に反省してる?」
俺の声を聞いて俯いていた顔をぱっと上げる。少し表情が晴れる。
「はい、反省してます。もっと黒崎くんのことを考えて行動するべきだったと思う」
「そっか、でも俺はまだ許すつもりはない」
「......そうだよね、ごめん」
話の途中でしょぼんとしだす白澤。
「でも関係を断つつもりもない」
「それはどういう......」
「俺はまだ昨日の件について怒っている。けど白澤と教室でたまには話す時間もなくしたくないんだ。だから白澤が俺が信頼して許せる対象だってことを証明してほしい」
我ながら偉そうなことを話している自覚はある。許せる対象だってことを証明してほしいって何様だ。
わがままを許してくれるだろうか。今更になって恥ずかしくなり、言わなければよかったと後悔しかけている。
「わかった、証明する。信頼を取り戻せるように努力するよ」
真剣な声色で言った。いつものほんわかとした雰囲気が引き締まるだけでイケメン度が上がるのだからずるい。
「ま、まあせいぜい頑張れ。あとさ、白澤と連絡先を交換したいんだけど」
「いいの!? 俺は大歓迎。今スマホ出すからID交換しよう」
何やら興奮している白澤と連絡先を交換した。よしこれでおすすめ絵師様の情報を共有できる。
「これでいつでも話せるね。黒崎くんと話せるのって教室にいる時だけだったから嬉しい」
陰キャラには放課後学校に残ってする事はない。部活に入っていれば違うのだろうが、俺は帰宅部だ。ホームルームが終わると当時にリュックサックを持って即昇降口へ向かうことが日課だ。
それにしても恐ろしい天然タラシ能力。ちょっぴり照れる。
緩んでしまいそうになる気持ちを引き締めるために再度忠告した。
「さっきも言ったけどマスクの件を許したわけじゃないからな、忘れんな」
「うん。心の奥深くに刻んでおく」
天然なのか、本当に素直なやつ。
......
一応俺たちは和解をした。昼休みを終え教室へ戻った白澤は見るからに上機嫌だった。クラスメイトたちから何かいい事があったのかと聞かれているくらいには。
目下の悩みを解決した俺は学校から帰宅し、ベッドの上で悠々自適なオタク時間を味わっている。
心と体が軽い。目の前に広がる神作品たちのみに思考の全てを注ぐことができる幸福で満たされているのだ。
「やっぱオタ生活は最高だな」
ブクマした作品を見ていると白澤に勧めようと思っていた絵師様のイラストが出てきた。
白澤との問題を解決することに気を取られてすっかり忘れていた。メッセージアプリを起動してリンクを送る。
するとすぐに既読がつき、ありがとう嬉しい、と返信が来た。それはどうも、と返し再び神作品たちが眠る大海へと戻った。
それでメッセージのやり取りを終了させたつもりだったが白澤から再度メーセージが送られてきた。
『今度行ってみたい展覧会があるんだけど一緒にどうかな?』
白澤が行きたい展覧会というのは有名アニメの10周年展だった。
最近流行りのアニメが好きなのかと思っていたから意外だ。カレンダーを開いて指定された日に予定が入っていないかを確認する。
当日に予定は入っていないが、その前日の予定が問題だった。
「新作アニメの初回放送日っ!」
オタクとして、イラストを描く人間として、アニメを鑑賞した後のレポートは欠かしたくない。それを実現するとなると睡眠時間が大幅に削られてしまう。徹夜のような状態では行けない。
「ごめん無理」
断りのメッセージを送るとすぐに返信が来た。
『そっか、こっちこそ急にごめん。次誘うときはもっと早めに連絡する』
メッセージの後小さな桃色の犬が謝っているスタンプが送られてきた。良心が痛む。
ずるい、ずるいぞ白澤蜜月。文章のみならずスタンプまで、なんてあざとい。
『やっぱいける』
メッセージを送ると次はにっこりしたさっきと同じ犬のスタンプが返信された。かなり喜んでいる様子。
きちんと予定を立てさえすれば徹夜をしなくともレポートは書けるはずだ。
イラストを描こうとタブレットを起動している間にも白澤からの着信は止まらない。
確かに今回の一件で二人の距離は縮まった。白澤には信頼を取り戻してみせろというなんとも上から目線な要求も取り付けた。
あいつなりの信頼の取り戻し方なのだろうか。
「こいつ距離感バグりすぎだろ!」
なんだか面倒臭いことになってしまった。メッセージに目を通しながら一つため息をついた。