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 やっちまった。

 放課後になり帰宅途中、思考の大半を占めているのは屋上での出来事だった。

 クラスの人気者白澤蜜月にマスクを外され怒鳴ってしまったのである。

 怒鳴ったことについて後悔はしていない。マスクを外されることは俺にとって土足で心の中に踏み込まれていることと同義だ。

 それについて反省する気は毛頭ない。


「やっぱ、あの言い方はなかったよなあ」


 白澤にとってみれば善意で大好きなお菓子を渡したにも関わらず、急にブチギレ出した陰キャラにすぎない。

 ましてやあいつは俺がマスクをずっとつけている理由を知らないのだ。

 それに関しては少し理不尽だったかなと思う。ま、ほとんどあいつが悪いけど。


「でも結局悪いのは白澤じゃん」


 考えてみるほど大方あいつが悪い。けれど、こう、良心が痛むのだ。

 屋上を飛び出した後の午後の授業中のこと。白澤は俺の後ろの席に座っており、背中に視線をとても感じた。

 授業の間の休みもまるで捨てられた子犬のような目線を送ってくるのだ。さらには何か言いたそうにモゴモゴしていた。

 うっとうしかったが、声をかけるわけにはいかずそのまま放置した。


「あーもうっ」


 どうしても白澤のことが気になって仕方がない。むしゃくしゃする。どうしようもない気持ちが身体中を駆け巡っていた。


 ......


 翌日、登校し教室へ入ると雰囲気がいつもと違っていた。朝独特の活気がない。


「大丈夫、白澤。元気出して、お菓子あるよ」

「中田にお菓子禁止令出されて萎えてるんだろ。中田、解禁してやれよ」

「それはできない。それにお菓子が原因じゃないと思う。ほら見てろ」


 中田が自分の席に座りぼーっとどこかを見つめている白澤の目の前にグミの袋を置いた。しかし白澤は何の反応も示さない。心ここに在らずという言葉がピッタリだ。


「な、お菓子が原因じゃないんだ。俺も昨日から何かあったのかと聞いているが、こいつは何も言わねえ」


 冷や汗。その原因はもしかしたら、俺がマスクを外したことを誰にもいうなと言ったからではないか。

 もし昨日の屋上での出来事を話すなら俺がマスクを外したことも必然的に言わなければいけなくなる。

 白澤がその言葉を素直に受け止め実行してるとしたらありえない話ではない。

 どうなっているんだ。席に向かい背負っていたリュックを置いた。すると心ここに在らずの白澤がぴくりと動いた。


「黒崎くん......」


 その言葉を耳にした白澤の席を囲んでいた生徒たちが一斉に俺の方を向いた。

 王子を抜け殻のような状態にした原因はお前かと言いたげな表情だ。


「黒崎、白澤の様子が昨日から変なんだけど理由知ってる?」


 難しい表情の中田が問いかける。

 

「いや何のことかさっぱり」

「でも今白澤は黒崎が来たら反応を示した。好物のお菓子には何の反応も示さなかったくせにな。本当に何かしらないか」

「だから、本当に何も知らなくて......」


 気まずい、気まずい。そして陽キャラの圧が怖い。

 この状況をどう切り抜けるべきなのか。小さな脳みそをフル稼働させて考える。

 結果、答えは出ず。


「ははは」


 出てきたのは乾き笑いひとつ。これ以上俺にできることはありません。誰か助けてください。


「黒崎くんは悪くないよ」


 話し始めたのは今まで一言も言葉を発していなかった白澤だった。曇りがかった瞳はすっきりとしていて普段の様子と変わりない。


「昨日、好きな深夜アニメを見ててさ夜更かししてたら眠くって、ぼーっとしてた。心配してくれてたならごめん」

「でも昨日の午後から変な様子だったろ」

「あれは放送されるアニメ回が楽しみすぎてそのことばっかり考えていたからだよ」

「そうか」

 

 中田はその説明で納得したらしかった。


「黒崎、疑って悪かった」

「いや、あの、誤解が解けたなら全然大丈夫です」


 素直に中田は謝罪をした。

 陽キャラって陰キャラに謝るんだ。失礼すぎる感想を頭の中から消し去る。

 中田、いいやつ。

 そのまま事態は終息したが、俺と白澤の仲は悪化したまま変わることはなかった。


 ......


「どうしよ、やっぱ気まずい」


 今日とて屋上で昼食をとりながら独りごちた。今朝の件はどうにかなったが、白澤との件は何も解決していない。

 マスクを無理矢理に外してきたのは白澤だから、俺が謝ることではない。

 だが一応高校2年生で同じクラスになり席が近い者同士として会話を重ねてきたからか、これから一言も会話をしなくなってしまうのかと考えるとどうしようもなくモヤついた。


「だからってどうすればいいんだよ」


 考えすぎてもしょうがない。SNSで推したちのイラストを拝むとしよう。

 今日も今日とて推しの絵師様が新作イラストを公開している。

 ああ、癒し。神。この世にこんな素晴らしい作品を生み出してくれてありがとうございます。


「え!? マジか、超久しぶりの更新!」


 タイムラインに流れてきたのは俺が中学生の頃から推している六条うらら先生の新作ファンアートだった。プロ絵師として活動している超人気作家のため他の絵師様よりは更新頻度は下がる。それゆえにたまの更新が心の栄養補給剤になってくれるのだ。


 『皆さんお久しぶりです! 一ヶ月ぶりの更新でまだ商業関係のお仕事は残っているのですが、新たな推しアニメができてしまい勢いでファンアートを描いてしまいました。寝不足です、でも幸せ』


 わかります、先生。新たな供給とそれによるときめきを得て俺たちオタクは潤っている。どんなに忙しい状況だったとしても作品に対する好き、尊い、という気持ちは止められない。イラストを描く端くれの人間としては深く同意する。


「あれ、この作品って白澤が言っていたやつ」


 『特に異世界の食材を使って料理を作るとか、もの作りをする系が好き』と言って特に注目している作品の画像を見せられたのだ。


「あいつに教えてやろ」


 そこで正気に戻った。俺たちギスギスした関係なんだった。推しが描いたイラストを見てテンションが上がりそんなことは頭の中から抜け落ちていた。


「あー、どうしよ」


 また悩む無限ループに突入。


「あの、黒崎くん。いいかな」

「へっ!?」


 突然の来訪者、白澤の登場に若干飛び跳ねる。まさか、昨日怒鳴られた相手のところに来るとは思っていなかったため驚いた。

 心臓を爆発させそうになっている俺に対して白澤は真面目な表情をしている。


「ごめん、驚かせて。昨日のことどうしても謝りたくてきたんだ。昨日は無理矢理マスクを取ったりしてごめんなさい。行動が軽はずみだった」


 深く腰を折って頭を下げる。普段は見えないつむじが見えた。

 マスクを取られたことは本当に嫌だった。俺がやめろと言っているにも関わらず話を聞き入れなかった白澤に苛立ちもした。

 絶対に許せないと思う一方で仲違いをして本当に後悔しないのかと思う自分もいた。

 前後の席になり時々話をする中でそれを楽しみにしていたことに気がついた。一人でオタ活をするもの楽しいが誰かと話を共有したり、相手の好きなものを聞くのは案外楽しかった。


 

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