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 昼休み、教室で一人飯をするのが気まずいため屋上の日陰で昼ごはんを食べていた。

 マスクを外した姿を見られたくないという理由もある。

 今日の弁当のメニューは母が作ってくれた卵焼きと俺がつめた昨晩の夕食の残り物だ。母は料理がうまい。それは冷めていても関係ないほどに。

 うまうまと昼食を頬張って、万が一のためにマスクをつける。制服のポケットからスマホを取り出した。起動するのは鳥のマークが目印のSNSアプリだ。


「ああ神、この人も更新してる。ありがとうございます、ありがとうございます」

 

 推しの絵師様の新作を確認するのがこの時間の日課。いいねとブックマークをすかさず行う。推しの中には毎日更新を行なっている人もいて、毎日の心の糧になっている。

 けれど毎日更新は絵師にとって相当なストレスになるはずだ。それを考えるとこの人はきちんと休んでいるのかと不安になる。でも毎日更新が途絶えてしまったらそれはそれで悲しい。

 オタクの悲しい(さが)だ。まさにジレンマ。


「俺も更新しよう」


 投稿ボタンを押して昨日書き上げたイラストをアップする。たちまちいいねなどの反応がついた。

 これは俺の読書以外のもう1つの趣味であるイラストを描くことだ。小説の中の世界を表現したいとファンアートを描き始めてことがきっかけで今ではオリジナル作品もいくつか投稿するようになった。

 イラストを描くのはいくつかの工程と多くの時間を要する。きついと感じることもあるが、世界を描ききった達成感が忘れられずに続いているのだ。


「え、やばいやばい。これ夢?」


 通知として視界に飛び込んできたのは推しの絵師様が俺の投稿作品に反応してくれたというものだった。

 やばい、嬉しすぎる。これ認知ってことでいいよな。これだから投稿はやめられないんだ。

 口元がによによ緩む。幸せ、マジで。


「あれ、黒崎くんだ。屋上暑くない? 俺も隣に座ってもいい?」

「へあ!?」


 白澤がきょとんとした顔で立っていた。

 いやどうして屋上にいるんだ。昼休みはいつも教室でクラスメイトとわいわいしながら昼食を食べているだろう?

 百歩譲って屋上へ来たとする。なぜ一人なんだ。

 そしておそらくにやけていた顔を見られた。マスクはしてたけど。え、無理キャパオーバー。


 「どうかした、具合悪い? 保健室行く?」


 いつの間にやら近くに来ていた白澤は心配そうにこちらを見つめた。


「いい、マジで大丈夫」

「ならいいけど、無理するなよ」


 そして俺の隣に腰を下ろした。

 どうしてここに座るんだ。ここは言わば俺の聖域。最高なSNS時間を潰す気か。

 白澤はお構いなしに昼食を食べ始めた。


「どうして白澤は屋上に来たんだ?」

「お菓子の食べ過ぎだって悠真に最近注意されてるんだ。でもどうしても食べたくて逃げ出してきた」

「へ、へえ」

「お願いなんだけど、ここでお菓子食べてたってことは内緒にしてくれない? あいつ怒るとうるさくてさ」

 

 違う、質問の回答はそれで合っているが質問をわざわざした理由は別の場所に写って欲しかったからだ。

 内緒も何も俺から仲田に話しかけることはない。陰キャラは特別な用事がない限り誰かに話しかけたりしないから。


「別にいいよ」


 よく見れば昼食が入った弁当の他にいくつかのお菓子もあった。チョコ、スナック、グミなどなど。

 屋上に持ってきたらいくら日陰にいるとはいえ溶けておいしさが落ちるのではいないか。


「黒崎はいつもここで昼飯を食べているのか?」

「ま、まあそう」

「そうなんだ。俺も時々お邪魔してもいいかな」


 いいわけないだろ。でも陽キャ相手に面と向かって言えるはずもなかった。小さな声で、いい、とだけ返す。

 白澤はチョコスナックのお菓子袋を開けて差し出してきた。


「これ、お礼に」

「ども」


 賄賂だろうか。まあもらって何か損をするわけではないから1つチョコスナックを受け取った。

 そこで重大なミスに気づいた。

 チョコスナックってマスク外さないと()えなくね。

 

「? 黒崎くん、スナックは早く食べたほうがいいよ、溶ける」

「う、うん。でも今腹いっぱいだし後で食べようかなーなんて」


 それとなく誤魔化したいが、上手ではない自信がある。でも嫌がっている様子は伝わっているはずだ。

 お願い、引き下がってくれ。


「一個ぐらいいけるって、ちょっとだけだから。美味しいからさ」

「いや、本当に腹がはち切れそうで......」

「いいから遠慮しないで」


 なかなか白澤は引き下がらない。100%善意の笑顔を向けながら言ってくる。

 こいつ、押せば相手が承諾してくれると勘違いしているんじゃないか。誰だ、白澤にそんな教育を施したやつは。

 どうしてくれる。おかげで俺は高校生活最大の危機に直面している。


「いや、本当に......」

「おいしいから! ほらこのマスクも外して」

「!」

 

 マズイ。事の重要性に気がついた時にはすでに遅かった。

 白澤の長い指が俺のマスクの紐を耳から外して、驚いて開いてしまった口にスナックを放り込む。

 瞬く間に起きた出来事だった。


「あれ、そういえば俺黒崎くんのマスクなし姿見るの初めてかも」


 当たり前だろ。暑かろうが寒かろうがどんな時でもマスクを外したことはない。昼飯を食べる時だって、人目がない場所を選んでいるんだ。

 怒りはすでに頂点に達していた。


「やめろよ。俺が嫌だって言ってるのがわかんないのかよ」


 外されたマスクを付け直して、睨みつけながら言うと白澤はやっと自分が何をしたのか気がついたようだった。


「ご、ごめん。まさかそこまで嫌がるとは思っていなかった」


 顔を青くしながら謝ってくる。ごめん一言で許せるほど心は広くない。


「無理! もう俺に関わるな! あと、俺がマスク外してたってことは誰にも言うなよ!」


 言い捨てて弁当袋を持ち屋上を後にする。白澤が起きかけてくることはなかった。

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