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究極少女とその未来 ~ロリとメイドと三枚目~  作者: 七歌
●プロローグ『財団Aの取り立て屋』
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●プロローグ『財団Aの取り立て屋』

※注 タイトルルビ

究極少女(アルティメットガール)とその未来(むかし)


 思えば、ぼうっと生きてきた。


 判前銀磁(はんまえ・ぎんじ)の人生は、十八の時まで止まったまま上滑りしていくような感触で続いていた。

 やりたいこともない。成したいことは思いつきもしない。

 就職も進学もやる気がなくて、高校を卒業した銀磁は親のすねにかじりついていた。

上滑りの日々が、続くと思っていた。

 けど、両親が突然海外で仕事中に亡くなって、そうも行かなくなった。

 なにせ、使えば金は尽きるもの。働かなければ生きていけない。

 両親の死も意識の上を上滑りしていく中、銀磁はぼんやりとそう思った。


 ……思えば。

 両親の死すら上滑りして行った時点で、銀磁はようやく気付いたのかもしれない。

 自分はなにか行動の指針を決めておかなければ、一生このままであると。

 両親の命すら、軽く流れていく己の人生。誰の、どんな決断も、行動も、流れていく己の人生。

 なんて、軽いのだろうと、思う。

 だから、初めて受かった治験のバイトに向かう日、銀磁は決めた。

 これからは一つだけ、たった一つだけは、心に行動の指針を作り、それを守って生きて行こうと。

 そうして、銀磁は父の部屋にあった帽子を手に取った。

『格好をつける』。

 ただそれだけ、たった一つだけ、胸に決めた――とてもとても軽い、だけど、人生を前に進めるためには重要な重りを、胸に抱いて。

 その日から、銀磁の人生は変わり始めたのかもしれない。



   ×××



「やれやれ――埃っぽいな。帽子が汚れちまう」


 ある日の昼間、とある山の奥。

 そこに立っている、有刺鉄線に囲まれた白い研究施設の中に、ゆったりとした足取りで銀磁は立ち入った。

 父親の遺品である中折れ帽子に、最近ようやく着心地が馴染んできたスーツ。

二十に届くか届かないかと言う若い見た目にも、研究所という場にもあまりそぐわない格好をした銀磁は、悠々と周囲を見渡した。

 囲むのは銃口。剣呑剣呑と、喉の奥だけでくつくつ笑う。

 余裕は崩さない。なぜならその方がかっこいいし、そもそも崩す理由もない。

 百の銃口なんのその。そんなもの、銀磁にとっては脅威ではなかった。

 だから周囲を見渡した銀磁は帽子の縁をなぞりながら、世間話でもするような気軽さで銃口を向ける者たちへ話しかける。


「なぁ? 掃除はした方がいいと思うぜ、正直なところ。

研究者が研究以外で無精気味だって言うのは、わからないでもないけどな。

しかし埃ってのはよくねぇだろ――研究結果に悪影響もありそうだし。健康にも悪い。研究者も健康第一だと思うね、オレは」


 軽い調子で話す銀磁に向かって、囲む者たちの一人が、不意に銃の引き金を引いた。

 人の目では追えない速度で飛来する弾丸。

 だが確実に銀磁の頭のど真ん中を狙って放たれたはずのそれは、当たらない。


 ――不意に、銀の雪が降る。


 ふわふわと、銀磁の周囲に漂う様にどこからか舞い降りた雪に触れた銃弾は、銀磁の斜め後方に引っ張られる様に曲がって行く。不自然に。

 その光景を見ていた者たちは、顔を強張らせて一歩後ずさった。


「お、お前……能力者か……! 一体、どこからっ?」


 あまりにタイミングが遅い質問。あまりに察しが悪い質問に、銀磁は喉の奥に仕舞い切れなかった笑いを漏らす。

 くつくつと笑いながら、大仰に肩をすくめ、親指で自分の背後を指してやった。


「どこからって。おいおい、今更。オレの後ろに大きな出入口があるじゃないか。疲れ目でよく見えてないんじゃないか? それとも眼鏡が必要か?」


 そこには、研究所に数か所存在する資材搬入・搬出用の大きなシャッター扉がある。

 ただ、もちろん、その扉は本来開けられるものではない。

 内側からしか開けられないはずの扉を、銀磁は外側から開けて入って来たのだ。

 だからこその、周囲の人間の驚き。

 だが、そんなものは意に介さず、ひょうひょうと銀磁は、緩やかな動作で片手を上げて言う。


「ああ、それとも、入ったら扉は閉めろって話? そいつはごもっとも。じゃあ――閉めようか」


 再び、銀磁の体から銀の雪が舞う。瞬間、銀磁の背後で巨大なシャッターが強引に閉じられた。

 機械の機構を破壊して、不快な音と大きな落下音をたてて、シャッターが下りる。

 元来人間の手ではその機構は動かない。なにせ数トンの機械と鉄の塊だ。

 それが、無慈悲に、不可解な――銀磁の『力』で閉じられる。

 この研究施設の人間が、逃げようと思っていた出口の一つが、閉じられる。


「お、お前は……何をしに、きたっていうんだ……!」


 声を震わせて、銀磁を囲む人間の一人が問う。

 それに、銀磁は帽子のツバを人さし指で軽く押し上げると、笑みを浮かべた。


「何をしに? 決まってる。事前通告はしただろう? ――取り立てさ」


 一歩銀磁が踏み出すと、周囲の人が一気に引く。

 一歩、また一歩、ゆったりと歩みながら、銀磁は語る。

 取り立て(シゴト)の文言を。


「――最後通告だ。

財団Aはこの研究施設での研究の先にこれ以上の発展はナシと考え、支援を打ち切り、事前の契約通り研究成果の全引き渡しを要求している。

職員の記憶操作含め、素直にこちらに引き渡しを行うならよし。行う気がないのなら――」


 銀磁が言い終わる前に、再び銃弾が放たれる。

 だが、それが銀磁に当たることはない。

 対する銀磁は銃弾の雨にさらされながらも表情を変えることなく、帽子で目元を隠し、告げた。


「――強制執行だ」


 ……そして。


 その場に居た十数人の警備兼戦闘員、その奥に隠れていた研究員たちは、銀磁の手によって一分足らずで全員が意識を奪われ昏倒することとなった。

 多少動きまわったせいで乱れたスーツを直しながら、銀磁は施設の奥へと進んでいく。

 だが、不意にそのスーツの胸ポケットから声が響いた。


『……あー、あー、テステス。インカムを耳から外しているノータリンご主人様は聞いているでありますですか?』


 声は女のものだった。内容は完全に銀磁のことを馬鹿にしているとしか思えない内容だが、声音はからかっている風ではなく、事実を述べているだけというような口調だ。

 だがそれが逆に腹立たしい。

 むしろ普通に苛立たしい。


「おいアニムス。いきなり通信してきたと思ったらなに? 誰がノータリンだ」


『愚痴を言う前に、遠隔でわざわざ音量調節してポケットの中からでも聞こえるようにした苦労をねぎらうのが先だと思うでありますですよ? それとインカムを早く耳につけるのでありますです』


「へいへい」


 銀磁はげんなりとしながらポケットから取り出したインカムを耳にはめる。


「で? どうしたんだよ。こっちの制圧は終わったぞ」


『こちらも制圧は完了したでありますです。

ただ、例の運び屋と思しき男がこっそり逃走した様子でありますです。

北西方向の林に向かっていると思われるでありますですから、先に追跡に回って欲しいでありますですよ』


「なるほど。了解だ。アニムスはどうする?」


『ご主人様がちゃんと仕事を終えるころには合流するでありますです』


「一人でやれってことだな、つまり」


『察しがいいご主人様で大助かりでありますです。いつもこうだといいのでありますですが』


「だぁれが察しが悪い男だっ」


『おや、そんなこと一言も言ってないでありますですよ』


「このポンコツめ……いつか覚えとけよ」


 愚痴りつつ、通信を切って、銀磁は元来た道を急いで戻った。

 それから一度閉めた大型シャッターを人が通れるくらいまで『不可思議な力』で持ち上げ、木々が並び立つ光景が広がる外へ出ると、大地を蹴って、ついでに空気も蹴って、空中へと駆け上る。

 比喩ではない。

 文字通り、銀磁は空中を蹴って空を走っていた。

 その周囲には、やはり、銀色の粉雪のようなものが浮かんでいる。

 空中十五メートルほどを走りながら、銀磁は周囲を見渡しターゲットを探した。視線だけではなく、五感で。

 常人よりはるかに優れた銀磁の耳は、すぐに違和感を捉えた。林の中には不釣り合いな、小さな電動モーター音。

 その音の発信源に急ぐと。


「ビンゴだ」


 折り畳み式の小型バイクに乗った男を発見し、思わず銀磁はつぶやく。ターゲットを見つけたら『ビンゴ』と呟く。昔から、格好をつける男の仕草と決まっている。

林の出口を目指して走るバイクを見ると、銀磁はすぐに足に力を籠め、さらに移動速度を上げた。

 林の上空を、木を蹴るようにして高速で移動すると、すぐに小型バイクの上方にまで到達した。

 そして銀磁がバイクに手をかざすと、銀の粉が舞い――銀の粉に付着された小型バイクは、運転手を乗せたまま空中へふわりと浮かびあがった。

 だが、運転手も『危ない仕事』をしているプロ。

 バイクが浮かびあがっているにも関わらず、座席にまたがったまま銀磁に向かって懐から取り出した拳銃を発砲した。

 無論、銀磁にそんなものは効かない。

 だが、その胆力に銀磁は軽く手を叩いて称賛を送った。


「ブラヴォー! って言えばいいのか? この状況で銃を撃てるなんて、なかなかだな、アンタ」


「……俺はただの運び屋だ。研究道具を運び出すように言われただけで、なんの研究をしてるのかも、道具の用途する知らない。解放してくれないか?」


「ああ、知ってるよ。

アンタのプロフィールについてはポンコツが事前に調べをつけてる。

名前は加藤竜、二十四歳、独身、男。出身は九州で趣味はサーフィン。好物はとんこつラーメン。今回の仕事を受けるにあたっての前金は五十万、成功報酬は五百五十万、と。

……あってるよな?」


 銀磁の言葉に、運び屋と呼ばれた男はあ然として、言葉を失っていた。

 そして、諦めの表情を浮かべる。


「俺を、どうするつもりだ」


「別にどうもしない。気を失ってもらって、ポンコツの手で軽く記憶を消してもらうだけ……いや。しかし銃を撃たれたのに安らかに気を失わせるのもよくないな。フェアじゃない」


 研究施設の人員には一発ずつ昏倒レベルの一撃を見舞ってきたので、銀磁の中では銃を撃たれたことは『チャラ』ということにしていた。

 だが、目の前の運び屋にはまだお返しが済んでいない。

 なにかしたいところだと考えて――銀磁は、ふと思いついた案を採用することにした。


「――ま、とりあえず、ちょっと無重力体験でも行っとくか?」



   ×××



 それから数時間後。

『運び屋』は、人気のない道路の隅で倒れているところを、通行人に発見された。

 ひどく記憶が混濁しており、自分が仕事をするはずだった研究所のことなどもさっぱり覚えていなかったが……

 ただ、銀の雪が舞う中で、バンジージャンプさせられたような実感だけは残っていて、酷く奇妙に思ったのだった。

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