表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

転生直後に妹でないことがバレたけど兄の溺愛が止まりません!

作者: 河野

「いつだって、お前が一番大事だよ、気を付けていっておいで」


ちゅっと、音を立てて額にリップ音がした。


「お、おおおお兄様っ!!??」


私はあまりにナチュラルな過剰スキンシップに飛びのいた。


「えっ?あ、つい…!いつものくせで…!!!」


慌てて兄・アルバートが手を放す。

―――ここはとある侯爵邸、私はつい先日お決まりの異世界転生をやってのけた妹・ティアナ。

お転婆なティアナは舞踏会で出会った何度目かの運命の相手を追いかけまわしている時だった、スッテーンと絵に描いたように転んだのだという。

とても雰囲気のある噴水の前で、とてもじゃないが雰囲気のない転び方をしたんだそうな。

しばらく意識を手放したティアナを介抱したのは、今回追い回された殿方―――から連絡を受けて飛んで迎えに来た実の兄・アルバートだった。

侯爵家ともあれば使用人が腐るほどいて、転んだ侯爵令嬢の迎えなど使用人がしようものなのに、飛んできたのは次期侯爵の兄だった。

しかし、ここの兄は妹のお転婆に振り回されるどころかその妹を溺愛して溺愛してむしろ妹本人に嫌気がさされるほどに溺愛しまくることで有名な兄だったのだ。


ことは三日前のことだった、例のすっころんで意識を手放し、目を覚ましたの侯爵邸の豪華な侯爵令嬢ティアナの部屋だった。


「え…?ここは…?」


お決まりの見知らぬ風景へのセリフ。

前世はしがないOLの私、転生系の小説や漫画は腐るほど読んだ。

まさか自分がその転生者になるなどとは―――しかし、理解してからは早かった。

自分が転生者でここは見も知らぬ世界だと知って、異世界転生をやってのけたのだけれど、悲しいのは何の小説だかゲームだかよくわからず転生という事実があるのみだった。

ぜひともざまぁ系でないことだけを願って、一人の部屋で目を覚ましたその時だった。


「ティアナ…!目が覚めたのかっ?」


扉が開く音とともにものすごい勢いで駆けつけてくれる眉目秀麗な金髪の青年。

これはお決まりの婚約者か幼馴染か、はたまた仲が良すぎる従者か?キャラクター設定を知らぬ私はあまりの美形に戸惑いつつ、状況をうかがった。


「あ、あなたは…?ここは…?」

「ま、まさか…俺のことがわからないのか?!じょ、冗談だろう…?」


とんでもないショックを受けたように目を見開き、なんなら泣いてしまいそうなイケメンがそこにはいた。

元のティアナをまだ知らない私は、記憶喪失を装って取り入ろうとしたのだけれど、―――簡潔に話すと、それもうまくいかず転生者であることを洗いざらいその場で暴露してしまった。

というのも、この兄・アルバートが妹を溺愛するもののいつも塩対応すぎた妹・ティアナは冗談など言う性格でもなく、そもそも兄に向けた表情目線だけでも別人格であろうとアルバートが即座に疑問を持ったことだ。つまり、転生直後のままならない演技がしょっぱなにバレただけの話である。

とはいえ、表情しぐさだけで別人だと見抜くとは、おそるべし溺愛系兄…!


ここで、アルバートは大きな壁にぶち当たる。


「妹の中身が妹でなくなったら、それは妹なのだろうか…?」


転生系物語とはよくあるものだけれど、その世界の住民は転生を明かすか明かさまいかに関わらず、おおむねその世界でその存在が溶け込むものだと思っていた。

どうやらこの兄・アルバートは妹を溺愛するあまり、妹の定義を哲学し始めてしまったのである。


「姿かたちがティアナである以上、愛さずにはいられない…!しかし!中身が転生者ということは、これまで培われたティアナではなく別人ということになるのか?あるいは体に流れる血は同じなのだから家系上の妹であることは事実だから妹でいいのだろうか?とはいえ多少の性格の違いや中身の違い程度で俺の愛が失われたりはしないというのに…!!」


こちらは転生したばかりで溺愛系兄の解釈を甘く見すぎていたきらいがある。

まだ状況も理解しきっていない上に目の前にいるイケメン兄の放つ文字数が基本的に多い。とはいえ、味方であろうことが非常にありがたい。


「お、お兄様…でよろしいですか?」

「お兄様!---と呼んでくれるのか!ティアナ!!」


え?じゃぁ何と呼べば?これまでは何と呼んでいたの?と疑問をつけば、これまでは塩対応過ぎて基本的に兄を指す言葉も名前も口にしなかったという。塩対応過ぎる…。


「ああ、そうだそうだ、お兄様と呼ぶがいい。この世界のこともなんでも教えてやろう。俺がいるから死ぬまで安心していていいよ」


中身が他人だと分かったのにこの愛の重さは逆に怖い、いきなり死ぬまでとか重すぎる…とは思うものの悪意はないのだろうし、溺愛系というのはこういうものなのかもしれないとフィクションの出来の良さに関心すらする。

そんなこんなで転生当日に、転生者であることが露呈し、溺愛兄に通常対応したことでさらに溺愛される羽目になった私の物語が始まった。


「ひとまず、転生者であることは俺以外には話さない方がいい。元々のティアナもあまり賢い方でなかったが気を引くためにおかしなことを言いだしたと騒がれても面倒だ、腐っても侯爵令嬢だ、あまり嫌な噂がたっても困るというものだ」


割とまっとうなことをいう溺愛兄・アルバートだが、溺愛以外は至極まっとうなキャラクターなのだろう。

そもそも溺愛キャラというだけで十分キャラ立ちはいいのだからほかの要素は加えない方がいいだろうとも他人事のように思う。

そうして頭を打って意識不明から目覚めてから、ティアナと呼ばれる私は至極まっとうな生き方を目指すことにした。

この世界の設定でわからないことは多いものの、ティアナの体が覚えていることもあるし、どことなく常識的なことは何故かわかる転生者補正もある。


「頭を打って医者には診てもらい、命に別状がないとは聞いているが、体に異常はないか?」


アルバートが心底心配そうに、私の手を握って聞いてくる。


「ええ、大丈夫です。ありがとうございます、お兄様。」


返事をしただけなのに、お兄様と呼ばれた嬉しさに悶えているこの人の方こそ大丈夫だろうか?と心配になる。




◇◇◇




今日は、私が転生者としてこの世界に来てから初めての舞踏会の日だ。

あれから日々の多少の違和感は、頭を打ったせい、一部記憶喪失が、ということにしつつ、基本的にアルバートが全面的にフォローしてくれている。

転生直後に妹でないことがバレたけれど、これはこれで全面的サポートを得られてよかったのかもしれないと日々アルバートに感謝していた。

今日の舞踏会も先日の惨事があったためサポートという名のエスコートをするためにアルバートも参加する予定だったが、どうしても外せない仕事があるということで後から会場で合流することとなった。

そして、冒頭に戻る。


「いつだって、お前が一番大事だよ、気を付けていっておいで」


チュッと額にキスを落とされた。

あまりの過剰サービスに私は驚いて飛びのく。これが元々のこの兄弟のやりとりなのだろうか。


「お、おおおお兄様っ!!??」

「えっ?あ、つい…!いつものくせで…!!!」


私の初心な反応に、慣れていたはずのアルバートまで貰い照れで焦ってしまう。

最近こんなことが続いている。

以前のティアナにしていたであろうスキンシップが、前世恋愛経験の乏しい私には過剰すぎて毎度毎度心臓に悪い。

はじめのうちは私が驚くだけだったのだが、ここ最近はアルバートも私が驚くこと、その反応そのものに耐性がないようで釣られて驚いている。


「こんなつもりじゃないんだけどな…」


小さくアルバートが呟いて、馬車に乗る私のエスコートをしてくれた手を放す。

侯爵家の馬車はそれはそれは豪華でそれだけで気後れしてしまう私だが今日は初の舞踏会、馬車だけで浮かれてはいられない。緊張で今から吐きそうだ。

それでもアルバートがエスコートしてくれるというのだから、彼の仕事が終わるまでの間がんばって間を持たせなければいけない。

不安に胸がいっぱいになっている私を察したのか、再度手を握りなおしてアルバートがやさしく微笑む。


「できるだけ早くいくから、無理はしないようにするんだよ」

「は、はい、お兄様」


握ってくれた手を握り返して、私も小さく頷き、心細さを紛らわせるように笑顔を返した。


「…早く来てくれること、待っています…」

「ああ、愛しい我が妹よ、行かせたくないくらいだよ…!」

「そ、それは困る…」


強く握ってくれた手がそっと離れて、馬車の扉が閉まる。

そうして侯爵邸を出た馬車が今夜の舞台に向かって走り出した。




◇◇◇




「お兄様はやく来ないかしら…」


壁の花をしていた私はもう何度目かのため息をつく。

慣れない舞踏会にヒソヒソと噂される、お転婆なティアナの過去。

鏡を見れば、そこには美しい美女が映るーーーがこれが男を追いかけまわしてすっころんで記憶喪失とは失笑でしかない。

きっとパートナーのいる男性にも現を抜かしたこと…もといちょっかいをかけたことがあるのだろう、ただの噂話だけではない痛い視線が突き刺さる。

それでも声をかけてくる男性が多い、確かにティアナは美人だが転生してすぐの私がヘマもなく男性と上手に踊れるとも思えない。適当に話を合わすにも限界がある。


「お兄様、まだかしら…」

「そんなに俺を心待ちにしていたかと思うと、もう離してあげられなくなるよ」


うつむいていた私の上から安心感のある声が降ってきた。


「お兄様…っ」


想像していた以上に心細かった私は思わず抱き着きたくなるほどにアルバートを心待ちにしていた。

嬉しさのあまり満面の笑みで彼を迎える。


「く…っなんてかわいい笑顔なんだ、もう誰にも見せたくない…っ」

「わっ、お兄様…くるしい…」


舞踏会会場だということを忘れているのだろうか、アルバートは熱い抱擁で私の心細さに応える。

その過剰反応に思わず苦しさを伝えると、おっと、とアルバートは腕の力を緩める。


「俺の腕の中にいるお前が一番かわいいよ」


やさしく抱きかかえなおすと改めて賛辞の言葉が贈られる。

“俺の腕の中”というところを鑑みると自分とセットでいることが前提条件らしい。


「お兄様…私には舞踏会は荷が重くて…正直、かなり心細かったです…」


正直に居心地の悪さを吐露すると、アルバートは目を細めて私の顔を見やった。

慰めるように肩を抱かれ、やさしく微笑むアルバート。


「ティアナであることも慣れないお前が急いで場に合わせる必要はないよ」


不安げな私に寄り添うように言葉が降ってくる。


「俺も考えていたんだ、お前との向き合い方を…」

「え…?」


急に少しまじめなトーンで話をするものだから思わず私も声が漏れる。

こんなに溺愛してくれている妹への態度をどうするつもりなのだろう?もう条件反射で溺愛しているようにしか見えなかったが…。

さて、とアルバートは仕切り直したように声を発すると、にこりと笑って私の手を取った。


「こんなに美しいお前がつまらさそうにしているんだ、ここは大層つまらない場所なんだろう。少し一緒に見て回ったら、今日はもう家に帰ろう」


舞踏会のあまりの居心地の悪さを痛感した私にはありがたい申し出だった。

そうして私たちは、舞踏会のお誘いにお礼と挨拶回りをして、そのあとは退散することにした。

挨拶回りもあらかた終わったところで、そろそろ帰ろうかとアルバートはいう。

やっと帰れると思い、舞踏会会場を見渡し、最後に背筋を伸ばした。

それをみたアルバートがまた優しく目を細めて口を開く。


「俺も舞踏会を楽しいと思ったことはないが、お前の隣に立てるなら悪くはないね」


あまりの優しい声と瞳に思わず私の胸がはねた。

またこの兄は…あまりにも妹への溺愛がすぎるな…と思うものの、この居心地の悪い舞踏会で、この異世界で、この人が味方でよかったと心底思う。


「…私も、お兄様が来てくださってからは、少し会場が明るく見えました…」

「そう言ってくれるなら何度でもいつでも駆けつけるよ。」

「ふふ、来てくださって、ありがとうございます」

「ああ、その笑顔のためならなんだってしよう…っ」


またもギュッと強く抱擁されて、緊張で硬くなった体が幾分か軽くなったのを感じた。

そうして私たちは舞踏会を後にした。




◇◇◇




帰りの馬車では、疲れた私に寄り添ってアルバートが隣に座ってくれる。


「しばらく、舞踏会の誘いは断ることにしようか」

「え…?いいんですか?…その、体裁というか…」

「構わないさ、お前の気持ち以上に優先することはないからね」

「…でも、そうですね、今日も立っていただけで何ができたわけでもないですし…」

「立っているだけでお前の存在価値は十分に発揮できていたから気に病むことはない、それよりも疲れただろう」


私の膝に置かれた手にやさしく自分の手を重ねて、アルバートは口を開いた。


「俺も、お前との関わり方を考えたんだ」

「え…?」


仕事とはいえ舞踏会に不安を抱えていると分かっているお前と離れて、出発から共にいられなかったことを悔やんでいた。…そう口にするアルバート。

行きの一人の馬車で、ティアナに転生したばかりの私と兄としての関係を顧みたのだという。


「ティアナはかわいい。それは揺るぎない事実だ。」


ぐっと私の手を握り、続ける。


「でも、ティアナの中にお前が入っているとわかっていて、このままでいいのだろうかと考えもしたんだ」

「……」

「だが、舞踏会で一人たたずむお前に寄り添ったとき、答えを自然と見つけたよ」


アルバートは一度、馬車の外を見てから、もう一度私の手を握りなおした。

私は彼の言葉を待つしかなかった。


「俺は、お前をお前のまま、愛すよ」


ゴトンと馬車が揺れ、私たちの体が左右に揺れる。ぶつかる二人の肩。

アルバートは優しく肩を手で抱き、私に向きかえった。


「どうしても、離れられる選択肢は見つけられなかった。お前だけが大切だ。」


突き放されるのではないかと、不安に思っていた。

ティアナの中に私が入ってから、癖で溺愛してくれる兄の存在は心の支えになっていたが、それは癖であって私が享受していいものではないとどこかで感じていた。

最近は、癖で甘やかしてくれることに私が驚いて、その反応に戸惑う彼の姿も気になっていた。

甘やかされることに少しずつ慣れかけていた私は、ティアナが受けるはずの愛を横取りしたようで罪悪感すら感じ始めていた。

本当はこの世界に私一人が異分子でひとりぼっちだと考えないではいられなかった。

そんな中、与えられ続ける兄からの思いに縋っていいのだろうかと戸惑っていた。

それは、兄自身も別人の妹に対して葛藤があったのだという。

そしてその葛藤の末に、選択肢を選んでくれた。


「まだ慣れないお前は戸惑うのかもしれないが、俺はずっとお前だけが大切だ」

「お、お兄様…」

「兄と呼んでくれる限り、いや、呼ばれなくとも、最大限の愛を示し続けるよ」


静かに私の目には涙がたまっていた。

舞踏会の心細さもあったが、そもそもこの世界で一人ぼっちの心細さが先だった。

ティアナとしてやっていくしかない以上、逃げ道もなかった。

転生早々に私の存在に気づいてくれた、兄。

本当の兄ではないし、本当の妹ではない、それを葛藤してくれていた。

私だけが戦っているわけではなかったことも、嬉しかった。

この人は、私が私でいるだけで、受け入れて、そばにいてくれると言っているのだ。

こんなに暖かく、心強いことはない。こんなに嬉しいことはない。


「お兄様…っ、ありがとうございます…っ私も、お兄様が大切です…」


思わず涙がこぼれた。この人を信じていいんだと許しを得たようだった。

この世界で、ひとりぼっちじゃなくていいと救われる思いだった。


「ああ、ありがとう。お前の気持ちごと、ちゃんと大切にするから。」


そういってアルバートはまた私を抱きしめてくれる。

この愛を、私が享受してよいのだという許しのもと、私は抱きしめ返した。


そうして揺られる馬車で家に帰る私たち。




◇◇◇




「おはようございます、お兄様」

「ああ、おはよう。俺の愛しい妹よ」


今日も兄は、妹を溺愛する。






誤字報告ありがとうございます…!m(__)m

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
読みました
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ