第5話『千燈千春と、千燈千夏』
千燈千夏。
それは、千春の実の妹。
紅太からすれば、もうひとりの幼なじみだ。
年は紅太や千春とひとつしか違わず、今年には十六歳を迎える千夏。
明日になればついに高校生活が始まる。
姉の千春と、妹の千夏は、昔からとても仲良しな姉妹なのだと近所の人たちには知られ、子供の頃は一卵性の双子なのかと疑わられるほどには、千春と千夏の姉妹は似ていた。
髪型はもちろん、服装すらもそれぞれが似たようなものをよく着ていたのが記憶にまだある。
それでも千春と千夏は双子ではなく、ただ年の離れた姉妹。そのためふたりの性格はすこし違う。
年の離れた姉妹なために、千春はしっかりと姉をしていたし、千夏もしっかりと妹だった。千夏はすこしわがまま気質で、千春はそんな千夏のわがままを聞き入れたりなど。
共通点を上げるならば、両者ともが日常的に紅太をからかうのが趣味だったところだろうか。
そんな千春と千夏を、千春と千夏の両親と紅太だけは見間違えることはなかった。
四年と言う長い月日が経とうとも……。
「お兄ちゃんはやっぱりわかっちゃうんだね……」
わずかに俯きながら、目の前の少女はどことはなしに嬉しそうに小さく口にした。
紅太のことを『こうた』ではなく、『お兄ちゃん』とそう呼ぶ人物はこの世でただひとりだけ。千春の実の妹である千夏だけだ。
千夏は昔から紅太のことは『お兄ちゃん』とそう呼ぶ。理由は知らないが。
「いつから?」
千夏のそれは「いつから私が千春ではなくて、千夏だとわかったの?」と言う意味だろう。
「たぶん、最初から」
紅太がそう曖昧に答えたのは、最後まで目の前の少女が千春ではなく、千夏ではないかと言う確信があったわけではないから。
だから紅太は、その答え合わせをするために訊ねた。
「そっか……」
千夏は海に顔を向ける。
潮風が胸の辺りまで伸ばされた千夏の髪をふわりと揺らした。千夏は昔から、姉の千春とは違い、髪を伸ばしていた。
「なあ……」
「お兄ちゃん」
紅太が千夏の名前を呼ぼうとすると、それに対して被せるように千夏は海に顔を向けたまま紅太を呼んだ。
海から紅太に向き直る。そのあとで、
「場所変えて、話さない?」
と、言葉を続けた。
それに対し、紅太は「……わかった」と疑問の言葉を返さずに受け入れた。聞きたいことは当然あるのだが。
紅太と千夏は海岸をあとにすると、千夏のあとを追う形で海浜公園駅に足を向けた。
波の音は段々と遠のき、駅までの道のりの中でふたりの間で会話は交わされなかった。




