第3話『デートの行き先は、思い出の場所に』
「ねえねえ」
「ん?」
ガタンゴトン、ガタンゴトン、と走る電車の中で紅太は千春に横目を向ける。
「私と離ればなれだった間にさ、紅太は……彼女とかできたりした?」
電車の外に広がる窓の景色を眺めながら、千春は顔をそちらに向けたまま窓越しにちらりちらりと紅太に視線を送る。
「なんだよ急に」
「いいから教えてよ」
知りたいの、と千春は紅太の返答を促す。
無言の圧が真隣からじんじんと伝わってくるのがわかる。
紅太は小さくため息をもらす。そのあとで、
「さぁ、それはどうだろうな」
と、どっちつかずの答えを口にした紅太は、正面の席の後頭部に視線を戻した。
「なんではぐらかすのさぁ。教えてくれてもいいじゃんか。幼馴染なんだし、気になるのは必然じゃない?」
言いながら、今度は逃がしはしないと言う意思を込めて、千春は紅太の顔を覗き込むようにして追及する。
無理に話題を逸らそうとしても今回は逃がしてはくれなそうだ。そう言う意思が嫌と言うほど感じた。
千春の追求に観念した紅太は、
「……いたことないよ」
と、そう淡々としたトーンで答えた。
すると、千春はつまらなそうに「ふーん。そうなんだ……」とまた窓の外へと視線を戻した。
「なんで聞いた側がつまらなそうにするんだよ」
「べーつに」
「そういう千春さんはどうなんですか? 彼氏のひとりやふたりはいたんだろうな?」
紅太は、ほんのすこしの反撃のつもりで千春に視線を送ると、見事に千春と窓越しに目が合ってしまった。
すると、千春はにんまりと口角を上げると、
「どっちだと思う?」
と、楽し気にそう口にした。そんな今の千春をなにかに例えるとするならば、それは小悪魔以外にはないだろう。
そんな、紅太に向けられた千春のからかうような表情と楽しさを滲ませた瞳は、紅太にまた違う懐かしさを思い出させた。
季節の移り変わりを感じさせるような風が、紅太の身体を撫でるように。
「……まあ、いたんじゃないか?」
小悪魔から逃げるように、自分の足元へと視線を逸らした紅太はそう答える。
「なんでそう思うの?」
「それは、まあ……」
「それは?」
千春は容赦などせずに紅太の返答を促してくる。
今回も逃げれそうにはなさそうだ。恐ろしい悪魔だ。
「もちろん、なんとなくだよ」
「なんとなくって……そこはさ、千春はかわいいから、とかが普通じゃない?」
「そんなのが普通でたまるかよ」
「ほんと、紅太は素直じゃないなぁ。私の事めちゃくちゃ可愛いって本当は思ってくれてるくせに」
「はいはい」
紅太のあしらいに、けらけらと千春は笑う。
「それでどうなんだよ、結局は」
「やっぱり紅太、知りたいんじゃん」
「別に答えなくてもいいけどな」
「ほんと素直じゃないところは変わらないね。今も昔も」
懐かしむようにそう呟き、千春は窓の外に顔を向けると、
「いなかったよ。今まで、ずっと」
と、他人事のように口にした。
その言葉に、紅太はすこしの間なにも言葉を返せなかった。それは、無意識にも安堵してしまったから、かもしれない。
紅太はそれを取り繕おうと、咄嗟に口から出たのは「そうか……」と、在り来たりな感想だった。
「あれ? もしかして今安心した?」
しかし、無情にも千春にはそれを見透かされてしまい、千春はまたも小悪魔と化してしまう羽目となった。
「なんでだよ」
「ねえねえ、安心したよねぇ~?」と、通路側に視線を逸らす紅太の顔を覗き込むようにしてからかいだす千春。
楽し気な表情でからかってくる千春は目に見えて楽し気な様子だ。かと思えば、紅太をからかうのを満足したのか千春がまた窓の奥に広がる景色へと顔を戻した瞬間、今度は千春が安堵の表情を浮かべたようにそう見えた。
「……」
その様子を横目に、窓の反射越しに見えてしまった紅太は、その一連の仕草に不思議さを覚えた。
どうして安堵したのだろうか、と。
だけど、それは、すこし離れた窓の反射越しを横目で見えたのに加えて一瞬の出来事だったがために、見間違えと言う可能性は十分に考えられるのだが。
それでも、一度おぼえてしまった違和感は紅太の頭からはそう簡単に離れてくれない。
「あ、そろそろだよ、目的地」
千春がそう言うと、電車にアナウンスが流れ始めた。
到着するのは、最寄りの公園の名前がそのまま名付けられた、海浜公園駅。
電車からホームに降りた途端に、生暖かい潮風が肌を撫でるのを感じる。
「ここって……」
「デートの行き先、ここからもうすぐだから」
と、千春はまたも紅太の手を引き、駅を出る。そのままふたりは南に足を向けた。
それはつまり海のある方向。
その先に見えるものと言えば、海を背面にして造られた大きな三角形の建物、さきほどあとにした駅の名前と同じ公園が隣接した水族館だ。
目的地を目指す紅太と千春の足取りは、さっきよりも海風を強く感じさせる。潮の香りも深く感じさせた。




