第2話『春の終わり、幼馴染と再会』
千春のメッセージに対して送信をした紅太は、その後、遅めの朝食兼昼食を済ませると身支度をし始め、十二時十分前には家を出た。
約束の時間までは、多少の余裕はまだある時間帯。
服装選びには別に迷いは生まれず、適当に普段からも着るようなコーデに決着した。
変に気合を入れたような感じの服装を仮にも選んでしまえば、千春にからかわれてしまう未来が目に見えたからだ。
それはなんとしても回避しなければならない。
紅太は通学でよく利用する、自宅から三分ほどあればたどり着ける最寄りの駅に向かい、そこから目的地行きの電車に乗り込んだ。
途中、紅太の通う高校前の駅ともうひとつの駅を経由をすれば、紅太を乗せた電車は目的地である終点の山陽姫が丘駅に到着する。
電車のドアが開くと、乗車する人たちが一斉にホームに降り立ち、今度はそこに新たな乗客が追加される。
その間をかいくぐりながら、紅太は改札を出ると、その目の前に伸びるエスカレーターに乗り、建物の一階部分に降りた。
山陽姫が丘駅の建物は百貨店であり、駅のホームはその二階に位置する。
百貨店兼駅の建物を出るとそこから少し進めば、緑の芝生が特徴の広場にたどり着ける。
そこが千春の指定した待ち合わせ場所。ステージのようなエリアがあるこの広場では、たまにストリートミュージシャンによる歌や、ダンサーによるパフォーマンス、それとたまに大道芸などが披露されたりする。今日はまだステージ周辺にはそのような人物の姿は見られなかったが。
紅太は広場までの道のりの途中にひとつだけある横断歩道を渡ると、すこし進んだところで一度足を止め、広場周辺を見渡した。千春を探すために。
すると、ステージの脇にそれらしき女性が目に留まった。
その人物は、山陽姫が丘駅の方面と、また別の駅であるJR姫が丘駅の北口から広場前に出てくる人混みの中から誰かを探しているような雰囲気に見えた。
スマホを手に持ちながら、百貨店の出入口を、今度はJR姫が丘駅の北口付近をとちらちらと確認する様子。
紅太は不思議とその人物から目が離せずに、その場に立ち尽くしたままステージ付近の彼女を見続けた。
そのため、案の定、紅太はその人物とばっちりと目が遭ってしまう。
しかし紅太は、彼女から視線を逸らそうにも逸らせず、未だその場に立ち尽くしたままとなる。
一方の彼女も、紅太から視線を逸らすことはしなかった。かと思えば、彼女は紅太をすこし見据えるなり目を見張ると、こちらを目指してか駆け寄り始めた。
そこで紅太は、目で追う彼女こそが、数年ほど疎遠だった幼馴染である千燈千春なのだと理解した。
「……」
「……」
千春は紅太の目の前で足を止めると、すこし恥ずかしそうにこちらを見上げるが、すぐに目を逸らした。
しばし、ふたりの間に沈黙が流れたあと、さきに言葉を口にしたのは再び紅太に目を向けた千春の方だった。
「久しぶり、だね」
照れくさそうに千春は、にっとはにかむ。
「ああ、久しぶり……」
その仕草に、紅太は恥ずかしくなり千春から視線を逃がしてしまう。
「もう、あれから四年、くらいだよね? 私と紅太が中学生になりたての頃だったから」
「そうだな。もうそれぐらい経つか」
千春に引っ越しの件を告げられたのは、紅太と千春が中学に入学した数週間後。そして今、紅太と千春は明日には始業式を迎え、晴れて高校二年生へと進学する。
「紅太、だいぶ身長伸びたね」
千春はそう言って、右手を紅太の頭上まで伸ばした。千春の手が頭の上に触れ、紅太はまた恥ずかしさを感じさせられる。
「まあ、明日からは高二になるしな」
恥ずかしさを紛らわせようと、そんなことを口にする。
千春は右手を紅太の頭上に残したまま、
「昔は同じくらいだったのにねぇ」
と、余りの左手を自分の頭の上に乗せ、「紅太だけそんなに身長伸びててずるいなぁ」と、不満を口にした。
「別に千春だって伸びてるだろ」
と、紅太は自分の頭上にある千春の右手を退けさせる。
「それに、すこし男らしくなったかな?」
自身の頭の上からも手を引っ込めると、紅太の全身を眺めながら千春が「うんうん」と、言葉を続ける。
「部活とかなにしてるの?」
「特になんも」
「そーなんだ。中学はサッカーだったよね? たしか」
「二年の途中でやめたけどな」
「なんで?」
「まあ簡単に言えば、周りとのレベルの違いだな」
「そっか」
「今したら一分も無理かも」
あはは、と笑う千春は「それはさすがに運動してなさすぎでしょ」と続けた。
「そう言う千春は……」
言いながら、紅太は千春の全身を、主に顔から下の足先までを視界に収める。さきほどまでは数年ぶりの再会での緊張もあり、なかなか見れなかった千春の全身が、突然として紅太の視界を占領した。
春らしいピンク色のボリュームカーディガンに、その下はシンプルな白のTシャツ。ボトムスはベージュのワイドパンツ。ピンクとベージュで春らしさである穏やかさを演出し、かわいらしさがしっかりとありつつ大人っぽさも兼ね備えた『春』と名の付く千春にとても似合うコーデ。
それに服装をなしにして見ても、千春はかなり大人っぽく成長している。髪の長さは、ボブカットだった昔と違い、今では胸のあたりまで伸ばされた長めのセミロング。身長は175センチと紅太よりも頭ひとつ分くらいの差があるということは、大体156センチだろうか。身長に関しては昔と比べれば紅太と大分の差はあるが、尠からず他の色んな箇所が子供から大人へと成長を遂げていた。
しかし、そんな千春を目の前にして、紅太はどうしてか違和感をおぼえた……。
「どうかした?」
と、千春は首を傾げる。
「いや……千春も昔と比べたら大人っぽくなったなって」
「本当に? 今、ちょっと変な間があったと思うけどなぁ?」
疑うようにすこし目を細めた千春が窺ってくる。
「気のせいじゃないか?」
「本当?」
「ほんとに思ってるよ」
「そ、そうかなぁ?」
すこし照れながら、えへへ、と千春は喜んだ表情を露わにした。
紅太には違和感の正体が一体なんなのかは到底わからず、違和感だけが紅太の頭を蝕む。
だから今は、千春との再会を喜び、その違和感の正体に関して今はそこまで深くは考えないようにしようと、紅太は割り切ることにした。
「まぁ四年だからね。私だっておとなに成長してますともよ」
その言葉に反応してか、紅太の視線はある場所に一瞬だけ吸い込まれてしまう。女の子から女性へと一番の成長が窺える、その個所に。
これは男の性なのだ。仕方ない。
「それで、このあとの予定はなにか決めてるのか?」
紅太は念のため、それがバレないようにとすかさず話題を変えた。
「まぁ考えてるよ。やっとこうして紅太とまた会えたから、今日は紅太とデートをしてあげようかなと思いましてね」
「僕は別に頼んでないけどな」
「ほら、つべこべ言わずに行こ?」
紅太の言葉など聞く耳を持たずして、千春は紅太の右手を掴むとその状態のままJR姫が丘駅の北口へと歩き出した。
小さくて暖かな手。昔は同じぐらいのサイズでよくお互いの手を合わせて大きさを比べたりもした。だが今では、紅太の手の方が断然大きい。すこしでも力を込めてギュッと握ってしまえば、千春の手の骨がポッキリと折れてしまいそうに思えた。
千春に手を繋がれたまま、紅太と千春のふたりは改札を通過した。どうやら目的地までは電車で向かうらしい。
「どこ行くんだよ」
「それはまだ内緒」
前を向いたまま答えた千春に続き、ふたりはホームに繋がるエスカレーターをのぼる。
軈て、駅のホームにやってきた電車に紅太と千春は乗り込んだ。
車内には空席がちらほらと見られ、窓際の席に千春が、通路側の席に紅太がと隣り合わせに座る。
その後、扉をしめるアナウンスが流れると、電車はゆるやかに乗客それぞれの目的地を目指して動き出した。




