第9話 伝説すぎた伝説(でんでん現象)
ローマ法王庁の認める『聖人』とは、生存中、または死後に二つの”奇跡”を起こした人物のことである。
その始まりはイェス・キリストであり、またジャンヌ・ダルクやマザー・テレサなどの名が聖人として列挙される。
ここでいう”奇跡”とは、科学、医学を超越した現象のことである。
ならば、”奇跡”を生むものは何も人間に限った話ではないだろう。
”奇跡”を二度生み出した物もある筈だ。
そう、かの『セグウェイ』のように。
───しかし、”奇跡”は二度までだ。
二度以上の”奇跡”を起こしたモノには神が立ちはだかる。
それは理を越えた、世界の調和を乱す存在......それを、神は許しはしない。
イェス・キリストが数々の奇跡の末、磔刑に処されたように.......
セグウェイもまた、二度以上の奇跡を起こし、神に裏切られた。
そして、この私・中田敦彦も。
私は自分を『聖人』と思ったことは無かったが、気づいた時には、そう、私はもう遅かったのだ。
私は、どうしようもなく.......PERFECT HUMANだったのだ。
そんな神を冒涜した私の結末を、読者である君達は既に知っているだろう。
私の起こした”奇跡”───その一つは、時を越えたこと、二つ目は回転寿司を提唱したこと、そして三つ目は.......
─── 2005年6月24日(国会答弁)
「全ての質問に対し、開き直り、すり替え......そのオンパレードだなと。」
そう言った民主党・菅直人は一つのパネルを取り出した。
対する小泉総理、その口元がふいに笑う。
「一つ、パネルをお見せしたいと思います。」
「ハハハ!頑張りましたね。」
菅の取り出した1mはあろうかというパネルには『小泉発言録』と書かれていた。
菅はそのパネルを用いて、テレビ番組さながら、小泉首相のこれまでの答弁の反省を求めようというのだ。
しかし、その前に、一体このこの答弁の発端が何であったかを語らねばならない。
それは、戦後、GHQによって禁約された明治のとある書物であった。
歴史の闇に埋もれた、呪われた真実であった。
その名は『無欠超人(PERFECT HUMAN)』
明治末期に現れたその天才は時代を超越した技芸で瞬く間に大衆を虜とし、時の天皇へ不信感を提言、”ラストライブ”と称し、比喩ではなく”全国民”を率い皇室へと北上。
全て人からなるその団塊は皇室を取り囲み、最後にこう言った。
───『愛してるバンザーイ』と。
本日その国会は、突如発覚したこの事案について、政府側は今後いかに声明を表明すべきかという臨時国会であった。
具体的には、真実として明治末期の”PERFECT HUMAN”の存在を受け入れるのか、『間違い』だと言い再び歴史の闇にかき消すのか。
しかし、そんな臨時国会において、時の首相・小泉純一郎は得意の”小泉節”を炸裂させていた。
───小泉発言録その1「大したことではない」
「そりゃあ毎年いくつも新しい歴史が発見されますよ。今回のもその一つ。だから、私は”大したことではない”と答弁させて頂きました。」
───小泉発言録その2「明治天皇すり替え説の根拠もいずれ見つかる」
「総理、もはや”PERFECT HUMAN”どころじゃありませんよ。あなたの発言の方がよっぽど大問題ですよ。」
説明しよう。『明治天皇すり替え説』とは、明治天皇の皇位継承時14歳の写真とその後の16歳の写真とで体格が大きく異なる等から噂される説だ。
そして、それが証明されてしまえば、昭和から今日に至るまでの天皇家は既に偽物ということとなる。
「根拠の乏しい暴論を総理であるあなたが支持する。これは一大事ですよ。」
「これは、この言葉を取れば、まぁこれは適切だったとは思わない。これは反省しています。」
「総理!『反省してます』で済むとでも?東京へ帰れ!」
───小泉発言録その3「何が史実か分かるわけない」
「今回の国会は、この事案に政府がどう声明を発表するかという議論でありまして、それを総理が『史実かどうかなんて分からない』と話をすり替えて結論を出さないなんてね。」
菅の目つきは鋭かった。
「史実かどうかなんて分からない。だから政府から声明なんて出さない。こんなに分かりやすい結論は無いと思いますがね。」
───小泉発言録その4「歴史もいろいろ」
「歴史もいろいろ.......これ当たり前じゃないですか。お国柄もいろいろ、国民もいろいろ、歴史もいろいろ。」
「総理。”いろいろ”で済ませられるレベルじゃ無いんですよ。今回のはね?」
「私は、何度も申している通り、大したことではないと。」
「......確かに、総理大臣もいろいろですよね。これほど、自国を軽視し開き直った総理大臣を私は見たことがありません。」
─── 時は遡り、明治39年
新曲『全知全能』は大炎上を超えた大ヒットであった。
江戸の土壇場から立ち上がった私達・放送電波魚組は江戸中の観衆を踊り狂わせながら北上、気が付けば私達は皇居を目前に控えていた。
そこで、私達のラストライブは遂に終わりを告げた。
もう......悔いは無かった。
「また会おうな、あっちゃん。」
「阿呆か。未来へ帰っちまったらどうやって会うねん。」
「.......歴史で、会うのさ。」
江戸中を駆け巡った私達の脚は既に悲鳴をあげていた。
涙を流し、ボロボロになった私達は抱き合う。
”逢えて良かった”......その想いを噛み締めた。
「放送電波魚組はもしかすると歴史の闇に消されるかも分からん。けど、それでも俺たちはあっちゃんが帰った世界で歴史になる。」
「歴史を、俺たちがここにいた証にするんや。」
「だからな、あっちゃん。120年後に、また会おう。」
私は二人の言葉がただ嬉しかった。
120年前の親友。
俺も、お前たちに逢えて良かった。
「......ありがとう、退助。ありがとう、正成!」
そして、また固く私達は抱き合う。
私の身体が消えかけていることに、二人とも既に気づいているのだろう。
そうだ。もうじき、私は本当に去らねばならない。
そこへ、私達を追って皇居へ駆けてきた日本国民達の叫びが押し寄せた。
「アンコール!アンコール!アンコール!」
「アンコール!アンコール!アンコール!」
「アンコール!アンコール!アンコール!」
「アンコール!アンコール!アンコール!」
そこに、光の海があった。
令和、平成のどんな舞台の上からも見たことがない。
その光景に、私達はただ立ち尽くした。呆然と。
「アンコール!アンコール!アンコール!」
「アンコール!アンコール!アンコール!」
「アンコール!アンコール!アンコール!」
『ほほう、そなたのその装い......何者だね?』
それは明治へ来た最初の日、たちまち無銭飲食の窮地へ陥った私は、言葉の方向へ振り向いた。
私達の出会いだ。
退助。正成。......重信。
あの日、あの時、私はいかなる可能性を模索したとしても、この光の海を見る未来を思い描けなかっただろう。
「アンコール!アンコール!アンコール!」
「アンコール!アンコール!アンコール!」
「アンコール!アンコール!アンコール!」
「アンコール!アンコール!アンコール!」
気のせいか。
観衆の団塊に今、一瞬、見知った顔を見た気が......
いや、明治の世に知り合いなど居よう筈もないではないか。
「アンコール!アンコール!アンコール!」
「アンコール!アンコール!アンコール!」
..........。
私の口元に笑みが浮かべられた。
そうだ。一人だけ居たな。
───重ちゃん。
観衆に溶け込み、必死の形相で何かを叫ぶ重ちゃん(大隈重信)。
しかし、その叫びが、私には確かに聞こえた。
日本の全国民にもみくちゃにされた重ちゃんは確かにこう言っていた。
───「アンコール!」
「I'm PERFECT HUMAN」
「NAKATA!NAKATA!NAKATA!」
「NAKATA!NAKATA!NAKATA!」
「I'm PERFECT HUMAN」
「NAKATA!NAKATA!NAKATA!」
「NAKATA!NAKATA!NAKATA!」
❹ 明治編(完)
つづく...