第8話 世界偉人伝(放送電波魚組)④
───放送電波魚組がこれから先どうすべきなのか。
あの後、結局、私達の話がまとまることはなかった。
だが、私は思うのだ。
だからこそ、私達の考えは......最初から同じだったんじゃないか、と。
だから今、私達はここに立っているのだと。
江戸の中心、その土壇場。
ここに多くの死罪人達が散っていった。
そんな場所で、私達は多くの歓声に包まれていた。
それが、私達・放送電波魚組、最後のライブだった。
◇◇◇(18分前)
「もう、別れの時だな。」
退助が言った。
正成もまた、その表情はどこか晴々としているように見える。
今日が、私の旅立ちの日だ。
これから、私は令和の世へ帰る。
これ以上、二人に迷惑をかけ続ける訳にはやはり行かない。
「思えば、俺たちが出会ってから、まだ一週間と経っていないんだな。」
「俺はなあっちゃん、あんたと天下を取るんだと、あの時思ったんだ。」
「......けど、わしらの天下と、未来から来たあっちゃんの思う天下は...別物だった。」
今、私が眼に映しているのは......歴史上の偉人、板垣退助と楠木正成。
この夏、オカリンと出会い、そしてタイムマシンでこの明治の世へ降り立ち......この二人と出会った。
「ただな、あっちゃんからかけがえのないことを教わった。それだけは違いない。」
「こんな結末だからって、わしらはあっちゃんのこと、絶対忘れんで。」
二人が言っているのは、別れの言葉か?
そうだ。私は今から帰るのだ。それで良いはずだ。
しかし........明治へ降り立ち、偉人と出会った私は、果たしてそれで満足しただろうか。
「.......さぁ、もう行けよ。」
「そうだぜ。こんな時だからって、誰が俺たちを狙ってるか分からないんだからな。」
いや、そんな訳がない。
お前達がそんな顔をしている以上、俺は帰るに帰れないだろ。
「二人は......」
すると何故だか、私の口は意思とは無関係に動き出していた。
「二人は、俺と出会って面白かったのか?」
その時、俺の心の冷蔵庫の扉が、秩序なく開け放たれた。
そんな感覚だけが、朧に感じられた。
「.......まぁ、色々あったけど、俺はおm」
「そんな訳がないッ!」
退助が何か言い始めていた気がしたが、私は問答無用にそれを遮った。
「このまま私が帰って!それで何になる!私が面白いと思うのは『伝説』だ!『伝説』だけだ!明治に来て、グループを結成して、大ブレイクして、天皇を批判して、それで終わりじゃあ伝説にはならない!中途半端!私はいつか、芸能界の首領になりたい!だからまず、明治時代の伝説になりたい!私にその夢を見せたのはお前達だ!退助と正成!お前達なんだ!私がこの夢を胸の内に抱いたのは、あの時、お前達と新性癖”スカトロ”を開発した時だ!この人生に、夢を追いかけるのに早いも遅いもない!それがグループの解散間近でも良い!私は今からでも覚悟する!そして宣言する!そうすることで周りからは確実に馬鹿にされる!しかし信じてくれる人も居る!私は、それが西郷隆盛でも坂本龍馬でも斎藤一でもない、お前ら二人であって欲しい!明治の私達三人の物語を『伝説』として完結させたい!私が未来へ帰るとするならば、その後だ!100年以上先の未来で生まれる私が、明治時代で伝説を作ろうとしている!歴史に名を残そうとしている!そして、その歴史を100年後の未来で『俺がここにいた証』として眺めようとしている!そんな人間は私だけだ!お前らはここで私が未来へ帰ると思っていただろうが、私は!お前らと『伝説』を作るまでは絶対に帰らん!絶ッ対に帰らん!その『伝説』とは何か、それは『ライブ』だ!『ライブ』である!これから、この江戸の処刑場で、放送電波魚組最後のラストライブをとり行う!
それは私の口先の出まかせだっただろうか。
いや、その時やっと、私は二人に本心をぶつけられた気がした。
物凄く理不尽で心無い宣言。
迷惑を掛けるだけ掛けて、やっと丸く収まろうしていた時に、『ライブ』をとり行うだと?
押し付けも甚だしい。
しかし、ここに断言させて貰う。
綺麗に叶えられる夢など存在しない。
汚泥で足掻き続けた結果だけが『伝説』となる。
「ら、ライブだと?いいかあっちゃん、今の俺達がこれ以上、放送電波魚組として活動すれば、いよいよ本格的に俺達に明日は無くなるんだぞ!」
「わしだって叶うなら夢を見たい。だがこの世には己にどうも出来ない条理が存在する。それを超えることなんて不可能だ。」
二人の言葉は疑いようもなく正しいことだった。
しかし、悲しいかな、魂を解放した私を止めるには、その言葉はあまりにひ弱だった。
「不可能が後の時代で可能になるなんてありふれた話だ!あの時、空を飛べると誰かが思った、それをライト兄弟が可能にした!あの時、月に行けると誰かが思った、そしてガガーリンが行った!私が解散寸前のグループが伝説を作ると思った、それを退助と正成が叶える!それだけのことだ!二人が私の言葉に頷いてくれるだけでいい!そうしたら盛り上がっているから見物しにくる人がいる!それを見てまた誰かがここへ来る!そうすることで奇跡への扉は開かれる!頷くだけだ!ただ私を信じるだけだ!それで奇跡が起こる!伝説が生まれる!」
私の叫びに、もはやまともな論理などカケラも無かった。
人に、仲間に、迷惑を振りかけて、その末に伝説を生み出して、それに一体どんな価値があるのか。
それは分からないし説明できないが、そうすることで人類は進んできたのだと私は思う。
「だがなぁ......」
退助は口をつぐんだ。
そして、正成が私に言う。
「あっちゃん、もういいよ。もう充分だ。分かった分かった。もうな、あっちゃんのわがままに付き合えるほど明治時代は暇じゃないんだ。......あっちゃん、わしはお前のこと天才だと思ってるよ。天才だよあっちゃんは。ただ、もう放送電波魚組が活動することは不可能だ。動けば動くほど、待ってるのは死だ。わしらはひと時の夢を見させて貰った。そしてあっちゃんは未来へ帰る。もうその道しかないねん。」
厳しい言葉だったが、そこに正成の本心が見えた。
そんな気がした。
「...........けどな、退助。」
そんな正成は、最後にこう付け加えた。
「...............わしはね、あっちゃんの悪足掻きに、最後まで付き合おうと思いますよ。.......うん。正直、不満はある。いま言ったことも嘘じゃない。だけど、あっちゃんは天才なんだ。それは誰の目からも明らかだ。それに、俺の胸の内の願望.......伝説を作りたい。この衝動もあっちゃんがくれたものだ。」
私達はその時、共に涙を流していた。
人前で涙を見せることは、40を過ぎた大人のすることではないだろう。
そして、残るは、退助だけだ。
「どうする、退助。」
「ヤルか、ヤらないか。」
「.............。」
「分かったよ、あっちゃん。......乗った!」
私達が最初に出会った時も、こんなやり取りをした気がする。
そうだ。
あの時は.......正成の涙から始まっていたな。
そしてありがとう。私を乗せてくれて。
◇◇◇(そして伝説へ・・・)
「感動したッ!」
その時、私の背後から男の声がした。
私は一瞬、小泉元首相かと思った。
小泉元首相ばりの『感動した!』が、私の背後を襲った。
「クセ者!」
「貴様何者だ!」
正成が刀を抜き構える。
廃刀令はどうなったのか。
「オレはあなた方の暗殺を企てた攘夷派の一人だ。」
「何!?」
「だが、今の言葉で心が変わった。オレも天才の起こす『伝説』を最後まで見届けることにした!そして、そう思っているのはオレだけではない様だぞ?」
そのクセ者は周囲を指差す。
そこには......
「NAKATA!NAKATA!NAKATA!」
「NAKATA!NAKATA!NAKATA!」
「NAKATA!NAKATA!NAKATA!」
一斉に私の名をコールする江戸の人々の姿があった。
「みな、あなた方を暗殺しようとしてた奴らや。」
恐ろしい真実だった。
私が二人を説得している最中、ずっと私達は攘夷派の賊に囲まれていたと言うのか。
しかし、そんな人々も今や私の術中......
い、いや待て......どういうことだ?
何かがおかしい。
そうだ。民衆が私の名を叫んでいることがおかしい。
退助や正成のように、”見える人”ならば良い。
だが、これだけ大人数に私の姿が見えていると言うのか?
「なんや不思議そうやな、あっちゃん。」
「もう見えてるんだな。皆に。」
「俺達”見える人”から認められた。.......それはもう、『存在している』っちゅうことだ。」
そうか。
そう言うことか。
初め、明治へ来たばかりの頃は”見える人”にしか私の存在は認知されなかったが、そんな”見える人”達から徐々に認められて行った。
それはもう、私が存在しないはずの明治の世に、私の存在が認められたということ。
ここに、私は存在している!
生きている!
呼吸をしている!
ならば可能なはず。
私には出来るはず。
私の魂...
退助と正成の魂...
震えるぞハート!
燃え尽きるほどヒート!!
「「「おおおおおっ!」」」
刻むぞ血液のビート!
喰らえ俺達の魂!俺達の新曲!───『全知全能』!
つづく...