第7話 【睦仁氏への提言】天皇という権力
───前回までの、「崖の下からの麦下到十郎」!
よくよく考えてみると、『建性の三巨人』というのはどうもしっくりこない。
ノリと勢いで決定された我らのユニット名だが、今ここに新たにすることにした。
板垣退助、楠木正成、そしてこの私・中田敦彦───我らが名を以降『放送電波魚組』とする。
尊王攘夷運動も真っ只中な時代感だが、以外にも退助や正成はこの横文字の並びを「クールだね」と賞賛した。
私は感涙に咽び泣く。
まさかこの私が、明治の世でもRADIO FISHの中田として活躍できるとは。
私:「I'm PERFECT HUMAN」
退助:「NAKATA!NAKATA!NAKATA!」
正成:「NAKATA!NAKATA!NAKATA!」
その奇芸はたちまち江戸の界隈で評判となり、それはかの大帝・明治天皇(本名 - 睦仁)の耳にまで届いたという。
音楽やリズムのノリを使った我々の芸は、令和(平成)の世では『芸人のクセに』と揶揄されたが、時は明治、我々のそれは能や狂言の類と認識され、その革新さ故に一時、絶大な支持を得るに到った。
”お笑い”と言う文化がまだ育っていない明治ならではの評価と言えるだろう。
しかし、我らが奇芸に対する大帝の評価は極めて冷酷であった。
それもそのはずだ。
大帝・明治天皇といえば尊王攘夷の中心人物。
横文字の並びに激しいアレルギー反応を示すことなど容易に予測できたことだ。
だが……私は令和(平成)でのとある騒動からも分かる通り、声のでかい人に従うのが大嫌いなのだが、私には他にも芸がある。
そうだ、武勇伝だ。
退助と正成に武勇伝をやらせよう。
二人だけならば、私の姿が見えない人にもウケるだろう!これだ!
しかし───
側近:「えー、先月から始まり、今や江戸中の人々が彼ら(放送電波魚組)の話題で持ちきりですが、どうですか?」
大帝:「あれ(PERFECT HUMAN)って大きなオチも無いんですよね?こいつら芸事で一切人を笑かす気が無いんやなぁ……っていうので逆に笑ってしまいましたわ。」
側近:「ネタ(武勇伝)と一緒に披露してるらしいですけど、そちらの方は?」
大帝:「でもそのネタは一切話題に…なってないですもんね。武勇伝自体もだってちっとも面白くないですもんね。大したもんやなぁって思いますね。」
◇◇◇(行きつけの寿司屋にて)
「廻ったら……えぇ感じなのになぁ。」
「廻る?何を廻すんだね?」
私・中田敦彦は静かに寿司の皿が並べられたカウンターを指差す。
「これだよ。」
「これ……か?あっちゃん、これはただのカウンターだよ。」
「だからだよ。カウンターが、廻ったらえぇ感じだと思わんか?」
退助と正成は揃って顔を顰めた。
「すまんなぁ、あっちゃん。わしら着いてけぇへんわ。何をどうしたらカウンターが廻るんだか。」
「ま、我らはあっちゃんのそういうところが気に入ってるんだけどな。」
「違いねぇ。”寿司屋のカウンターを廻そう!”なんて発想、わしらがいつまで考えても出てこんわ。」
二人は私の言葉を冗談だと思って笑い飛ばす。
私は令和には浸透している回転寿司のシステムに想いを馳せる。
まぁ……廻らない寿司屋の趣も、そう悪くはない。
…………。
…………。
「……そんな話ちゃうやろ。」
「せやね。何が『カウンターを廻したらえぇ感じ』や。」
「どうすんのや。あっちゃん。これから先。」
二人が口を開くと、辺りに重々しい空気が立ち込める。
そうだ。
これからどうすべきか、真剣に考えるべきだ。
「あっちゃん……なんで噛みついた!?」
「そや!相手が誰か分かっているのか!?」
「『天皇』だぞ!?『天皇』!」
そう。私はやってしまった。
二人には本当に申し訳ないことをした。
私が何をしでかしてしまったか、と言われれば……誤解を恐れずに説明すると、要するに、天皇に提言を申し立てたのだ。
笑いの形は一つではない。そして、芸が面白いかどうかをあなた(天皇)という一個人の尺度だけで計られたくない……と。
「正直、俺はあっちゃんの意見には賛成だ。けどな……」
「流石に相手が相手だ。デカすぎる。」
巷では、令和風に言えば我ら放送電波魚組は絶賛『大炎上』中である。
ニュータイプの芸人として知名度を拡大していた私達だったが、天皇に噛み付いたとなれば市民の顔色も変わる。当然だ。
「あっちゃん……俺はな、もう正直、あっちゃんがこの明治の世に留まっていることは不可能に思える。」
「そうだ命の危険が危ない。」
彼らには、私が擬似的タイムトラベラーであるという事は既に伝えてある。
その上でのこの言葉。
つまり、それの意味するところは……放送電波魚組の解散。
二人の顔つきは到って険悪であった。
「退助元気ー?」
私は言った。
「元気?元気だよね?元気ー?」
「いや、まぁ、すこぶる調子いいって感じじゃないよ。」
「え、なに?もしかして怒ってる?」
私は二人の険悪顔を眺め回す。
その時の私の顔は、ひどく”楽しそう”だったという。
「あぁッ!怒ってるよ!」
遂に声を荒げる退助。
しかしそれも妥当なところだろう。
令和での松本氏の一件じゃ、レディオフィッシュのメンバーや相方の藤森にまで危害が及ぶことはなかったが、しかし今回はそうじゃない。
いや、本当に申し訳ない。
でもなぁ、これが俺の『面白い』なんだよなぁ。
「俺だけじゃねぇぞ!もう江戸全土がお前と俺達の敵だからな!?」
「......マジ?」
「大マジだよ!俺達に全国民が手のひら返ししてっからな!」
まぁなぁ......相手は天皇だからなぁ。
令和で天皇に口出しても間違いなく大炎上なのに、明治で、しかも尊王攘夷の空気感も相まってる。
「え、でもさ、俺の味方も確かにいたぜ?」
「......誰だよ?居ないよ、そんなん。」
退助の目つきは非常に怪訝だった。
ははん、さては疑ってるな?
「いるんです。.........”西郷隆盛”さんですよ。」
「死んでるよ!西郷隆盛さんは随分前に(1877年没)亡くなってるよ!」
「そうですよ?そりゃあ知ってますよ?でも西郷さんは死ぬ前にこんな言葉を残してるんだな。」
西郷隆盛は明治初期の西南戦争で死んでいる。
それは私のエクストリーム日本史でも触れたことだからもちろん知っている。
「なんだよ、何て言ったんだよ!?」
「”人を相手にせず、天を相手にせよ”ってね。」
「”狭い人間界じゃなく広大な天を相手にしなさい”って意味だなぁ!」
「ほら。今の俺達そのままじゃないか。」
まさに『天』と名の付く『天皇』を相手にしたのだから。
倒幕の英雄の名言が間違ってるだなんて、まさかそんなのは信じられないね。
「それにね、こんな言葉も残してますよ?」
「何、まだあんの?」
「......"総じて人は己に克つを以て成り、自らを愛するを以て敗るるぞ"。」
「”自分を甘やかさずに乗り越えた奴が成功する”って意味だなぁ!」
「ほうら。やっぱり俺達のことだ。」
退助は少しだけ言葉に詰まる素振りを見せた。
そして、一拍置いた後にこう言った。
「......隆盛はそこまで想定して言ってねぇんだよ!」
「あ、その発言はダメだわ。あー、西郷隆盛が脳筋だからって、英雄にその言い様はナンセンスだわ。」
「言うな!西郷どんが筋肉ダルマとか絶対言うなよ!」
「分かった分かった。じゃあ西郷隆盛は天皇までは想定してなかったってことね?」
私は渋々ながら、退助の反論に納得することにした。
なるほど。確かに西郷どんが倒したのは将軍であって天皇ではない。
「いや、でもね......”坂本龍馬”だけは味方よ?」
「なんでだよ。」
「”世の人は我になにともゆはすゝ゛いへ、我がなすことは我のみぞしる”って言った坂本龍馬だけは味方だ!」
「”世間の人間には言わせておけばいい。自分のすることは自分にしかわからない”って意味の言葉だな!」
まさに今の私達のことじゃないか。
松本氏の時と同じだ。
世間の人間には好きなだけ盛り上がってくれればいい。
「違ぇよ!龍馬だけはお前に皮肉を言ったんだよ!」
「えぇ!龍馬、皮肉を言ってたの!?」
「そーだよ!そんくらい分かんだろ!?」
そーれは分からなかったわ。
いやぁ、人間と日本語は難しいわ。
「じゃあさ、俺らの味方は斎藤一だけですか?」
「斎藤一とか言うな!一番ブチギレてたよ!新撰組が今あったら、いの一番に俺達をヤってるよ!」
なんだ。私が味方だと思ってた人は退助に言わせてみれば全員違ったらしい。
「でもね。......昨日、俺がさ、ヒソヒソと街を歩いてたらさ、そんな俺にとある名言を残す女性がいたぜ?」
「今度は誰だよ?何て言ったんだよ!?」
.........。
「”覚悟とはッ!!暗闇の荒野に!!進むべき道を切り開くことッ!”」
「リストの妻じゃねぇか!どこで聞いたんだそんな言葉!ADHDは今はいいんだよ!」
◇◇◇
「.........そろそろ出ますか。」
長らく沈黙していた正成が口を開いた。
「そうだな。」
「今の俺たちは、あまり一つの場所に長居できないからな。」
確かに。正成の言う通り、いつどこで誰が俺達を狙っているか分からない。
そろそろ場所を移した方が良さそうだ。
二人は席を立ち、私も残っていた大トロの一貫を頬張りながら立ち上がる。
「結局、話はまとまらなかったな。」
「まぁいいさ。とりあえず出よう。」
「そうだな。」
そうして俺たちは寿司屋を発とうとした。
その時...
「俺は、良いと思ったけどな。」
カウンターの奥から、大将が呟いた。
「...えと、何がですか?」
「.........”廻る寿司”。」
西郷隆盛 - 史実同様、王政復古を実現させ西南戦争にて死没
坂本龍馬 - 暗殺を逃れ、明治にして存命中
斎藤一 - おおむね史実同様
つづく...