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崖の下からの麦下到十郎  作者: てるる
第一幕 序
6/28

第6話 世界偉人伝 ③(meiji)

───時を遡り、西暦1906年(明治39年)

 



 とりあえず、私は手頃な寿司屋へ入店した。

 明治の寿司屋は現在より和のおもむきが強く、大層に風流だった。

 なるほど、これが”趣”か。


 そして……これが”和の彩り”か。


 目の前に差し出された、大将の握りたての青魚。

 蒼と銀の織りなすまさに光り物。

 皮の付いた背面は勿論、身に差す豊かな脂もまた店内の朧な光を受け青々しい紫を発していた。

 ネタは左から、小鰭こはだ針魚さよりいわし…………『ブルースリー』と名付けよう。



「あんさん、何処から来なすった?」


 大将は私にいぶかしげな視線を向けていた。

 あー、そうか。私がこんな格好をしているからだな。

 私はそう気付いた。


「今から100と10数年後の未来からっすわ。」

「はーん……未来、ねぇ。」


 ハッ! そこで私は一つ、決定的な過ちに気付いてしまった。

 『未来』……か。

 そう、私の所持している硬貨と、明治に使われていた硬貨とは全く別物だということに。


 小鰭は大層美味かった。

 しかし、叶うならば醤油を付けて食いたかったもんだ。

 焦って醤油を忘れてしまった。


 大将は他に何を言うでも無かったが、しかし、私への訝しげな視線は変わらなかった。



◇◇◇



 おおよそ、ここは明治の江戸だろうと分かった。

 そして、他に気付いた事が二つある。


 一つは、今の私には実体が無いということだ。

 思えばオカリンから説明を受けていた筈だが……クソっ、【ディレクターズカット版】を使用したことが悔やまれる。


 もう一つは、そんな実体の無い私の姿が見える人と見えない人がいるということだ。 

 両者の差はなんだろうか。

 答えは出なかった。



 そんな事よりも、目下最大の危機は!この私が食い逃げ犯に陥かもしれないということだ!

 この『PERFECT HUMAN』のこの中田敦彦が!食い逃げなんぞに!成る!訳には!いかない!

 

 ……そうだ、冷静に考えろ。

 私に……奢ってくれる客を探すんだ。

 大丈夫。今の私の装いは、ここらの旧石器人のそれと比べてかなり浮いているはずだ。

 きっと面白がった近づいてくる奴がいる。


 すると、その願いは思いのほか早くに天に届いた───。




「ほほう、そなたその装い……何者だね?」

「ッ!」


 バッ!と振り向いたその先には……そう、私の『エクストリーム日本史』でも既に顔馴染……


「ハッ……ま、まさか!あ、あなた方は!」


 それは明治を代表する偉人の顔ぶれであった。

 そうだ。『憲政の三巨人』!

 ”板垣いたがき退助たいすけ”、”大隈おおくま重信しげのぶ”……そして、”楠木くすのき正成まさしげ”だ。

 何と言う事だ!あの憲政の三巨人の方々が!こんなにも、近くに!


「相席、よろしいかな?」

「え、えぇ。勿論ですとも。」


 そういったのは板垣退助。

 あぁ……これだけで明治に来たかいがあったものだ。

 まさか、板垣退助と言葉を交わせるとは。


「大将!俺、干瓢かんぴょう巻きとお稲荷さん二つ。」

「俺はカッパ巻きと納豆巻き!」

「僕はハンバーグ!」


 英傑の皆々は流石の威厳を放っていた。


「皆さん、この光り物も美味いですよ?」


 私はつい、不躾ぶしつけながらも英傑に光り物のすゝめを説いた。

 この店のネタがどれも格別である事は承知の上だが、やはり私の食ったこのブルースリーは中でも格別に思えたのだ。


「イヤよ、臭いもの。」

「そうそ。ここは巻き物が最高なの。」



◇◇◇



「しかしだね、君のこと、見える人と見えない人が居るでしょう?」


 正成が私に言った。

 私は『人は聞き方が9割』の本で身に付けた『魔法の傾聴』の法則を用いて、彼の言葉の隅々まで聞いた。


「えぇ、どうやらそうらしいですね。」

「でしょう。多分、あちらに居るあの婦人はあなたのこと見えてませんよ。」

「私はあなた方と話ができて光栄でございます。」


 三巨人との会話はおおいに弾んだ。

 しっかり者の退助。お調子者の正成。気難しい重信。

 

「あんたみたいな人ね、時々いるんだよねぇ。」

「そうそう。見えない人……見る才能の無い人にはきっと一生見えないんだろうなぁ。」


 なるほど、私と同じような実体の無い人間はそう珍しくもないのか。

 その人達も私と同じ未来人なのだろうか。


 ……と、そこで正成が不意に素っ頓狂な声を上げた。


「あれぇ!重ちゃん?もしかして……重ちゃん、見えてないの?」

「えーっ!マジ!重ちゃん、あっちゃんのこと見えてなかったの!?」


 退助も便乗し、二人は同じ姿勢で重ちゃんこと重信を指差す。


「な、何がマジだよ。なんなんだよ、全く。」


 これは驚いた。

 今まで会話していたかに見えた重ちゃんが、まさか私を瞳に映していなかったとは……ッ!

 そして、次の瞬間、重ちゃんは勢いよく立ち上がった。


「お前ら!さっきから一体なんなんだ!私をたばかるのもいい加減にしろ!ずっと誰も居やしない椅子に向かってペラペラペラペラと!」


 重ちゃんはそう言い残し、そそくさと店を後にした。

 私と、退助と正成は少し重たい空気の中、話を続けた。



◇◇◇



「聞いてくれ……私はだね、躊躇ちゅうちょしているのだよ。」

「ほほう、何にだね。」



 ……この時、私・中田敦彦もまた躊躇していた。

 この場で、要するに……この寿司屋店内で、私の”本性”を晒して良いものかと。 


「……新しい『性癖』の開発にだよ!」


 正成は声をひそめて言った。

 退助は、同じく声を潜めてそれに言葉を返す。


「正成、君は何を考えているんだ?」

「おおかた人々の望む性癖は出揃った。しかし大衆が求めているのはかような刺激のないものなのか!?」

「無論、そんな筈は無い。正成、君はもしや私と同意見やもしれんな。続きを聞こうか。」


 私・中田敦彦は沈黙を貫いていた。

 眼前で繰り広がる、憲政の三巨人(二巨人)の会話劇に。


 だが、退助に続きを促された正成は、しかしなかなか続きを喋らない。

 やがて、次第に次第に正成の身体は小刻みに震え、頬に一筋のしずくつたった。


「……『巨乳』、『ロリ』、『NTR(寝取られ)』!もう飽き飽きなんだよ!浅いんだよ!お前らの『性癖』はよぉ……うっうっ…」


 泣いていた。

 正成の男泣きがそこにあった。


「分かるぞ。俺だってそうだ。大衆の求める性癖にゃもう飽き飽きだ。」

「……そうだ。もう、もうタたなくなっちまったよ。俺はよぉ。」


 退助も釣られて瞳に涙を浮かべる。

 私・中田敦彦は何を思えばいいのだろう。

 本心を……果たして、出してもいいのだろうか。


「これを見てくれ。」


 そう言った正成は、懐から一枚の『春画』を取り出し、それを広げた。

 そして、私と退助は……その春画を前に、視線が釘付けになった。



「タコ姦……って言えばいいのかな。」

「あ、あぁ……そうとしか形容できない。」

「凄いだろ。これで60年前の絵だ。書いたのは、あの葛飾北斎だよ。」

「北斎……か、流石だ。」


 その春画を一言で言い表せば……タコと、人間の目合まぐわひだった。

 なんだ…… なんなんだ、これは……

 60年前?2019年の150年以上前じゃないか。

 北斎……一体何者なんだ?

 触手モノの先駆けのようにも見えるが、そんな単純な括りにコレを収めたくない。


 ハッキリ言って、規格外だ。


「俺はな、この春画の真似事をしたい訳じゃないんだ。」

「とすると、どういうことだ?」

「……これを参考に、俺たちで、新たな性癖を創らないか?」


 正成のその言葉は、私にも向けられていた。


「どうする、あっちゃん。」

「ヤルか、ヤラないか。」


「…………。」


 この……中田敦彦が、この誘いに乗っても良いのか?

 いや、良いではないか。

 ここは明治だ。私を知る者なんて何処にも居やしない。

 そうだ……



「分かったよ、正成。……乗った!」

「よっしゃ!」

「俺らは今から、『建性の三巨人』だ!」


「「「うぉぉお!やるぞーッッッ!」」」





 ───楠木正成はスカトロを開発した。

つづく……

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