第4話 世界偉人伝 ①(FIRST・DEATH)
神をも冒涜する12番目の理論───。
それは時を超越する悪魔の発明品。
しかし、それは確かにこの世に存在したのだ。
人の叡智は、いつしか到達すべきではない領域へ踏み込む場合が得てしてあるものだ。
そんな『発明品』と称した悪魔の産物は、まるで神に『NO』を突き付けられたように、社会からその姿をかき消す。
記憶に新しいのは、やはり『セグウェイ』だろう。
『セグウェイ(CODE - NAMEジンジャー)』もまた、悪魔の発明品だった。
2005年に米国より発売され、世界の移動形態に確変をもたらしたかに思われたが、アメリカ国内での売上は僅か6000台に留まり、2006年に日本にて販売が始まるも、売上はやはり想定外の下振れを見せた。
時の首相・小泉純一郎氏も、当時のアメリカ大統領ブッシュから『セグウェイ』を贈呈されたが、上手く扱えず危うく倒転しかける様子がTVで中継され、『セグウェイ』の評判はそれによりまたしても低迷した。
『セグウェイ』のような行き過ぎた発明品は、文字通り、人間には”乗りこなせない”。
そして、私もまた、そんな悪魔の発明品を乗りこなせなかった者の一人だ。
私の身に、これから何が降りかかるのだろう。
神に、理に背いた罰。
しかし、次に目覚める朝、私はその全てを一切合切忘れているのだろう。
忘れてはならない、あの……2019年の夏の記憶を───。
─── 西暦2019年8月14日
「どうも中田敦彦です!さぁ今日も早速参りましょう!エクストリーム芸術!長沢芦雪の『白象黒牛図屏風』編ッッッ!!!」
私が授業を開始すると、目前に控えるPROGRESSのメンバーから一斉に拍手喝采が沸き起こる。
私の名は『中田敦彦』、やがて芸能界のドンになる男だ。
授業を終え、私は帰国後、久々の我が家へ向かった。
先日までは日本に滞在していた。
そして昨日、シンガポールへ帰国、その翌日から撮影(授業)というのは流石に堪えた。
私は本棚から一冊の『世界偉人伝』と書かれた書物を取り出すと、そのままだらしなく自室のベッドへ倒れ込む。
そのままベッドで休まりたい気は十分だったが、しかし明後日も撮影がある。
政治、お金、文学の授業と来て今日は芸術………ではそろそろ『エクストリーム偉人伝』を視聴者達が待ちわびていることだろう。
私は横になりながら、『世界偉人伝』をパラパラとめくり『誰にしようか』と思いを馳せる。
板垣退助、楠木正成、スティーブ・ジョブズ………なるほどなるほど。
「はぁ……」
しかし、ついて出たのは溜め息だった。
『世界偉人伝』………か。
この本に紹介されてもいない男が、自分を『PERFECT HUMAN』か。
自称も甚だしいな。
長旅の疲れか、私は何処かいつもよりマイナス思考だった
だが、そんな私に『世界偉人伝』のとあるページが目についた。
「………な、これは…」
私は我が目を疑った。疑わざるを得なかった。
そのページには、確かに……『中田敦彦』と記されていたのだ。
どういうことだ?私だ。私が確かにここに書かれている。
それも、明治の偉人としてっ!
因みに、あいうえお順である為、私の一つ前はナイチンゲールだった。
「うっ……!」
しかしその時、強烈な目眩が私を襲った。
頭の中が真っ白になり、呼吸さえままならない程、身体が硬直し始める。
「くぁ……ぐ、苦しいぃ………ッ!」
それは長旅が故の疲れのせいか、それとも先日のシベリア高気圧の影響か……あるいは今日のPM2.5濃度が少し高かったせいかもしれない。
「あ、あ……誰か……助け………」
呼吸困難。
それは唐突に訪れた……
原因はきっと一つではないのだろう。
長旅の疲れ、シベリア高気圧、PM2.5濃度……その全て合わさって、そして、その『合わさったモノ』を瞬間的に溢れさせたモノ。
私の中で直感的に答えが出される。
私は這いずりながら、ベッドの上の『世界偉人伝』を睨みつけた。
『タイムパラドックス』ッ!
長旅の疲れ、シベリア高気圧、PM2.5濃度……それらは根本的な切っ掛けじゃない。
『タイムパラドックス』……神の意志。
きっと、近い未来に私は明治時代へタイムスリップしたのだろう。
そして、明治時代の偉人となった。
だが、それをタイムスリップしていない時間軸の私が観測してしまった!
『タイムパラドックス』を引き起こした人間はどうなってしまうのか……
それはきっと、神にこの世界に生きる権利を剥奪されるのだろう。
現在の私のように!
「誰…か………」
妻でも、娘でも犬でも誰でも良い!
私を……私を助けてくれ…ッ!
だが、私の心の叫びを聞きつける者はおらず、その時、私・中田敦彦は自室にて誰の前でもなく息を引き取った───。