第3話 CODE - NAME「ジンジャー」
※史実とは多少、時系列的に異なっています
─── 西暦2005年・六本木
私の名はスティーブ・ジョブズ。
私が『アスペルガー症候群』であることは既に周知されていることだろう。
しかし、そのことは本稿に何ら関係は無い。
今、私の気分は絶好調だ。この上ない。
どれくらいの絶好調かと言えば……そうだな、『木星(Jupiter)』くらいかな。ハハハ!
おっと、アメリカンジョークはジャパニーズには理解出来ないかな?
何故そこまで(木星ほど)私の気分が良いのかと言えば、そう、私は世界の……歴史の分岐点をいち早く目にしたからだ。
その名は、CODE - NAME『ジンジャー』───。
それは正式な名称ではない。
一般に公開もされていない。
私を含む、世界的なIT界の著名人らだけに実物を見る特権が与えられた『極秘』の発明品である。
正体不明の『ジンジャー』に対し、マスコミの期待は過熱し、こぞって『ジンジャー』の話題を伝えている。
しかし、実際に実物を拝見した私から言わせて貰おう。
その期待は決して裏切られはしないだろう。
それに関しては、かの『ビル・ゲイツ』や『ジェフ・ベゾス』らも同意見だ。
ま、私の『iPhone』ほどではないがね。
私の想いはただ一つだ。
未だ知られざる『ジンジャー』への感動を共有し合いたい。
その想いから、私は今日、日本を訪れた。
日本に居る、我が親友に会いに。
彼の名は……そう、時の首相・『小泉純一郎』である。
◇◇◇
待ち合わせ場所に指定したのはサイゼリア。
壁にはかの有名なヴィーナスの誕生が飾られていた。
本物でないとは言え、やはり美しいものだ。
「待ったかな……?」
すると、待ちわびた小泉純一郎がテーブル席の向かいに腰掛ける。
「いや、私もいま来たところでね。」
言いながら純一郎を見上げた私であったが、視線の先には親友・小泉純一郎と、そして何やら巨漢の男が控えていた。
「ミラノ風ドリアを3つに、マルガリータピザ、リブステーキを1つ……それと、イタリアンジェラートも1つ良いかな?それとドリンクバー3セット。」
「少し多くないか?」
「彼はよく食うんだ。ハハハッ。」
純一郎は注文も早々に、早速ドリンクバーへ駆けた。
テーブル越しに私と、その巨漢の男が見合った。
一体彼は何者なのだろうか。
「………名前はなんと?」
沈黙を破ったのは彼の方であった。
「あ、スティーブ・ジョブズです。」
「私は『貴乃花光司』と言います。」
そう言った彼は、私に右手を差し出した───。
後で聞いた話だが、彼は大相撲で名を馳せた『大関 貴乃花』と呼ばれる力士であるらしい。
そもそもだが、私は別に相撲に興味は無い。
私からすれば、彼も”友達の友達”でしかないのだが、しかし、彼の生き様には尊敬に値するものがあった。
「良い名だ。」
私は彼と同じく右手を差し出し、硬い握手を交わした。
◇◇◇
「こいつはね、絶対横綱になるね。私は信じて疑わないね。」
話を聞くに、純一郎は相当、この貴乃花という力士に入れあげているようであった。
さて、そろそろ本題を切り出す頃合いだろうか。
「それを言うなら『ジンジャー』だって負けてないと思うな。」
「ほほう、話を聞かせてもらおうか?」
「あれは、人間の移動形態を変える革命的な製品だ。」
「と言うと?電車や自動車は、翌年には産業廃棄物か?」
「過言じゃない。電車や自動車はiPhoneに駆逐された携帯電話のようなものだ。」
私は言いながらも『そんな夢のような製品が本当にあるのか』と、現実を疑いたくなってくるが、あの時、私は確かにそれを拝見したのだ。
いま私の話したことも勿論なのだが、『ジンジャー』の凄いのは、僅かな体重移動だけで動作するので環境的にもクリーンなのだ。
この点も、次世代の移動手段として見過ごせないだろう。
「それで、私はその『ジンジャー』とやらは見せてもらえるのかな?」
「……あぁ。当然さ。」
私はこの日の為に、純一郎と感動を分かち合う為に、わざわざ米国より秘密裏に『ジンジャー』を輸送して来たのだ。
そして、『ジンジャー』は今まさに、私の宿泊先のホテルに鎮座ましましている。
「じゃ、行こうか。」
「あぁ……そろそろ行こうか。」
純一郎の口元がふと、無邪気に笑った。
つられて私もつい笑みを禁じえない。
「では、私も……」
立ち上がった私達に続き、貴乃花も席から立ち上がったのだが……
「いや、君は関係無いだろう。」
「え…………」
と、純一郎により一蹴されてしまった。
しかし、『ジンジャー』とは現段階では極秘の製品。
見ることが許されているのは世界的な著名人のみ。
私としてもやはり、貴乃花に『ジンジャー』を先んじて見せる気にはなれなかった。
そして、ホテルにて、CODE - NAME『ジンジャー』をその目に焼き付けた純一郎はこう言った。
「感動した!」───
CODE - NAME『ジンジャー』は、その後『セグウェイ』と名を新たにし、世界へと羽ばたいて行った。
❸ CODE - NAME「ジンジャー」(完)