この世か、あるいは己の最後に叫ぶこと
「ああ……あああああ〜〜っ!目がぁぁ〜!目がぁぁぁぁあっ!!」
吾輩のォォッ!3光年先をも見通す吾輩の目があああッ!
全く見えないだとォ──ォォオ!!!
「ああ……あああああ〜〜っ!目がぁぁ〜!目がぁぁぁぁあっ!!」
だ、だが……ッ!再生能力でたちどころに……
翼で舞い戻ってやる。40秒でぇえ〜〜〜40秒で戻ってやるぞォォオッ!!
禁呪『バルス』を至近距離から身に受けたデーモン閣下は、あまりに壮絶な光に視力のほとんどを焼き払われた。
また、光と共に迸った超高熱線に焼かれたデーモン閣下の表皮は、まるで岩石のように硬く変質した。
足掻いても出で立つ大地は無く、大気圏外へ吹き飛ばされた為に重力もあらず……
漂う。ただ、漂う.......
地上へ崩れ落ちる天空の城に目を背け......ただ。漂う。
───デーモン閣下は、二度と地球へは戻れなかった。
デーモン閣下は『究極生物』だった。
だが、生命が存在し得ない宇宙空間の絶対的虚無だけが彼を捕らえて離れない。
絶対零度の中、岩のように硬くなった肉体は生命活動を止め......
生物と鉱物の中間のような存在として宇宙空間をさまよい......
いつしか、星になった。
9月31日(未明)───
「ぷはぁっ!」
目を開けると海の上だった。
まだ朝日が昇るには少し早い時間......
あんなところから落下してまさか生きてるなんて。
『小泉純一郎が命じる───生きろ。』
ありがとう。おじいちゃん。
「穂乃果ちゃ〜〜〜んっ!?」
「あ、オカリン!オッカリ〜〜ン!」
オカリンにあっちゃんも!ひろゆきさんもいる!
みんな海でバシャバシャしながら穂乃果のところへ!
「生きてるよぉ───っっ!みんなぁあっ!!」
もう10月だし寒いのに、私たちは海の上で騒いだ。
なぜか禿げ上がっちゃったオカリン、全身ボロボロなあっちゃん、ピンピンしてるひろゆきさん!
やった!やったんだよ!世界線、変わったよ!
みんな生きてるよ!
けど、やっぱり気のせいじゃない。
一人いない。麦下さん.....麦下さんだけ姿が見えない。
ずっと手を繋いで離れないって思ってたけど、真下の床が崩れちゃってそこから離れ離れで落下しちゃったんだ。
生きろ、って命令された私はあそこから落ちても何とか生きてるけど.......
「麦下さん.............」
◇◇◇
穂乃果ちゃんは無事に着水できただろうか。
手を離してすまない......けど、穂乃果ちゃんには小泉純一郎がついている。きっと心配いらないはずだ。
熊本港沿いの崖の下で僕は目を覚ました。
崩れ落ちる熊本県庁の一部が運良く保護壁になってくれて無事に着水することができたんだ。
関係無いだろうけど、僕には誇れることが沢山あるんだ。
一つ一つ取り上げて説明したいけど、本当に沢山あって難しい。
まず一つはスマートフォン(アイフォン)を発明したことかな。
音楽界に交響詩という概念を作り出したこともだ。
何より誇らしいのは、この天と地、そして人間を作り出した。
だから......決めたことがあるんだ。
僕は、右手に立体機動装置のブレードを構えた。
さっき、崩れ落ちる熊本県庁で偶然拾ったんだ。
それを自らの首に...
「こんなところに居た。」
「ハッ!」
目を見やると、海岸にびしょ濡れになった穂乃果ちゃんが佇んでいた。
「穂乃果ちゃん...」
「みんな生きてるよ。穂乃果も無事だった。今みんなで騒いでるんだ。」
「そう、か......」
「ねぇ麦下さん。何を、しているの?」
穂乃果ちゃんは僕が手にしたブレードを見ながら言う。
「小泉純一郎の言った通りさ。僕は時に寄生する未知のウィルス。」
「だからなんなのさ!」
「僕がいるから、過去改変を狙う者が現れる。『不可能への扉』が開いてしまう。」
その真実を知った時から決めていたことだ。
今の僕は人間の体で人間の思考を持っているから、ウィルスだが自ら命を断つことができる。
僕は、この世にいちゃあいけない存在だ。
そして、それはあのデーモン閣下も同じさ。
時を破壊する僕と、人間の罪であるデーモン閣下は共に滅び、世界は『史実』へ生まれ変わらなくっちゃあいけない。
「でも、穂乃果は......麦下さんに会えたこの世界が好きなんだよ?」
「その喜びはきっと史実の世界でもあるさ。」
史実がどんな世界かは分からない。
素晴らしい世界か、地獄のような世界かもしれない。
穂乃果やオカリンさん達が存在しているかも分からない。
だが、それでも一つ確かなことは......
僕に、そんな世界に生きる人々の小さな幸せを奪う権利なんて無いってことさ。
「私たち、史実に戻っても出会えるの?」
「分からない。」
「逢えるよ!私たちは、きっと逢えるんだよ!」
「......そうだな。あぁ、きっとそうだ。」
「穂乃果はこの世界がなくなっちゃうのは嫌だ。でも、麦下さんがそうすべきだっていうなら、私はただの『人間』だから分からない。......麦下さんがそう思うなら、それが正しいのかもしれない。」
命懸けでデーモン閣下を倒したというのに、こんなことになっては穂乃果も辛いだろう。
「穂乃果ちゃん。史実の世界では、どうしたい?」
「どう.......?」
その時、遥か東の空から朝日が昇った。
まばゆい朝日の光を僕らは見つめていた。
「穂乃果ね......穂乃果の目標は三つあります。」
「三つも?」
「うん。一つは勉強。麦下さんも知ってると思うけど、私アホなんだよ。だから史実の世界では、海未ちゃんに怒られないくらい......ううん、海未ちゃんよりもっと賢くなりたい。」
「それから?」
「二つ目はお金。穂乃果ね、やっぱりお金って大事だと思うの。色んなものが買えるし、いざとなった時に役にたつ。だから穂乃果はお金を稼げるようになります。」
「そうだな。」
「三つ目は......穂乃果には、いま好きな人がいます。だから......その人に振り向いてもらえるように、ちょっとだけオシャレがしたいです!」
穂乃果は顔を赤くしながら三つの目標を掲げてみせた。
いい目標だ。僕はどれも持っていないからな。
顔を赤くしているが、その瞳はやはり、暗闇の荒野に進むべき道を照らす覚悟が宿っていた。
史実へ生まれ変われば、今の穂乃果の誓いも消えてしまう。
誰も何も覚えてはいないだろう。
ひょっとしたら、史実の世界に高坂穂乃果は存在しないかもしれない。
だけど......なぜか、その瞳を見ていると、ただ『失われる』ってだけでもないと思える。
この世界と史実の世界が繋がっているはずなんてないのに。
今の穂乃果の誓いが、史実の世界のどこかにいる誰かに、ひょっとしたら何か影響を与えるのかもしれない......なんて思えてしまうんだ。
「じゃあ......」
僕はもう一度、ブレードを首に向ける。
「ほ、本当にいっちゃうの?」
「大丈夫さ。ただ......『回路』を繋ぎ直すだけなんだ。」
僕が消えれば、全時空から僕という名の未確認ウィルスが姿を消し、そこに新たなフランツ・リストであり、板垣退助であり、スティーブ・ジョブズであり、ベートーヴェンが現れるだろう。
僕に影響を受けた人々の行動も変わる。
世界が、僕という呪縛から解き放たれる。
「僕という不要な『並列』は消えなくちゃいけない。ただ、『並列』から『直列』へ還るだけさ。」
「安心してくれよ。僕は人間じゃなくて、ただの......『崖の下からの麦下到十郎』なんだ。」
ありがとう。穂乃果ちゃん。
リーディング・シュタイナーを持つデーモン閣下は、史実の世界に生まれ変わってもきっと記憶を維持している。
また身の毛もよだつ計画を企てるに違いない。
僕が死ぬ前に、奴をこの世から消し去れたのは穂乃果ちゃんが、ラボメン達がいてくれたからだ。
この世界でのすべての出逢いに、僕は感謝する。
穂乃果ちゃん、オカリンさん、ひろゆきさん、あっちゃん、習さん、小泉純一郎......
僕は、刃を突き刺した。
フランツ・リストが消える。フランツ・リストが生まれる。
スティーブ・ジョブズが消える。スティーブ・ジョブズが生まれる。
ベートーヴェンが消える。ベートーヴェンが生まれる。
板垣退助が消える。板垣退助が生まれる。
神が消える。科学者が生まれる。
麦下到十郎が消える。世界が生まれ変わる。
ラボも、タイムマシンも、μ'sも存在しない世界へ。
➓ この世か、あるいは己の最後に叫ぶこと(完)
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