第13話 ようこそ 熊本へ
僕の名前は麦下到十郎。
性根を捨て置きアイドル志したる齢43。
習さんと夕日のもと誓い合ったあの日より一月が経った。
横浜は山下公園から熊本へはおよそ1000kmもの道のりだが、一月掛けて僕はそれをこの脚で走り切ってみせた。
方向的には逆だけれど、気分はまるで参勤交代だった。
「むむ、おや……あの人達は…」
僕は即座に岩陰へ身を隠す。
思えば隠れる必要なんて無いのだが。
ふむ、なるほど。彼らも恐らくは僕と同じアイドル志望だな?
むさ苦しい4、50代のおじさん4名に、水と油とさえ思える女子高校生3名…か。
「ねぇね!ひろゆきさんはどうしてアイドルに?」
茶髪の元気ハツラツげな少女がむさいおじさんの内の一人に問いかける。
「あー、”約束”したんすよねぇ。」
「約束?」
「ニコニコの生放送だったんで今は見れないと思うんですけど、今年の春に高校生とディベートする機会があったんすよ。スゥ~ でぇ、その時にとある高校生のHさんに僕が負けまして、『オリジナルソングを出す』っていう約束をさせられたんすよねぇ。」
そうか、彼らはやはり僕と同じアイドル志望だ。
同士として手を取り合いに出ていこう……そう思ったその時、ふいに彼らの前に尋常ならざる人影が降り立った。
僕は『奴』の並々ならぬ気配に気圧され、またも岩陰へ身を隠す。
「”撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ。”」
その一言に、一同は揃って身を固めた。
そう、岩陰に潜む僕もだ。
堂々たる長身。そして……よく通る声だった。
低いが、ただ低いだけ終わらない声色。それはまさに音色と言えた。
声…… そうだ、その声の時点で、僕らは既にアイドルとしてその男に負けていたのだ。
「”あの日から俺はずっと『嘘』をついていた。生きてるって『嘘』を。名前も『嘘』、経歴も『嘘』、『嘘』ばっかりだ。全く変わらない世界に飽き飽きして、でも『嘘』って絶望で諦めることもできなくて。だけど手に入れた。力をッ!だから───ッ!”」
何を言っているのか、どんな意味だとか……それら全てが無粋となる程の戦慄!
奴の声が示す、僕らのアイドルとしての圧倒的敗北感!
アイドルを目指す志が、覚悟が強いからこそ、僕らは論理性も無くただ言葉をなくした。
「”だから……『米津玄師』が命じる!───死ね。”」
その時、奴の左目が紅く煌めいた。そう、邪悪に煌めいた。
そこから放たれた一筋の紅い閃光が、彼らの内の一人、細身の男を貫く。
「Yes. Your highness.」
「あっちゃぁぁぁぁぁああああん!!!」
そこからの光景は目を覆うものだった。
細身の男はどこからか包丁を抜き取り、自らの頭部を滅多刺しにしてみせたのだ。
メンバー達に絶句されながらも、彼は間もなく息を引き取った。
「”そんな顔で死ぬな!最後くらい笑って死ね。”」
◇◇◇(熊本県某所)
───熊本武は間違っていた。
その点において、本日の議会で異を唱える者はいなかった。
全会一致のもと、熊本県庁は県の復興へ向けた会議を執り行う。
「本震災における我が県の損害はだ……その全てを熊本武の設計ミスに起因するものと断定できる。」
「彼のお陰で我が県は指定文化遺産『熊本城』の倒壊の憂き目に遭わされたのだからな。」
まず口を開いたのは、熊本県長・米津。
そしてその腹心の手下・勅使河原だった。
「然るに、彼の姓から取った県名もまた変更すべきと考えます。で、あります。」
「すると一般公募かね?それは面白い。」
次に臨時ゲストとして会議に参列した日本国首相・安倍晋三。
そして、彼が伴った小泉純一郎元総理。
「我が国日本の……この美しい国日本の、尊ぶべき文化遺産を倒壊させた、あぁー、その責任たる熊本武の名は、今すぐ、国民へ態度を示すという意味でも変更すべきであると、考えるに至った所存で、えぇーあります。」
「反対意見を持つ者は!これを全て、抵抗勢力とみなす!」
現・元総理は厳かに言い放った。
「それでアイドル募集、か。ふん小憎らしい。」
「宮さん……」
仏頂面で告げたのは、震災後の復興に我先にと名乗りを上げたスタジオジブリ社長・宮崎駿。
今やこの熊本県のい至る所が彼の生み出した数多のキャラクター達に彩られているのであった。
彼は一見『アイドル』という低俗な意見に不服そうに見えるものの、実際は熊本県公認アイドルの誕生を最も心待ちにしているのである。
「そう、アイドルだ。」
「県長……ま、まさかッ!?」
「アイドル選考に、『玄師』を送り込む。」
「「「「よ、よ、米津玄師ッ!?」」」」
県長の発言に一同は騒然となった。
その名が示す戦慄を誰もが理解していたからだ。
「奴の歌声は既に多くの日本国民を熱狂させ、その指先はあまたの芸に秀でる。そして、身長188cmに体重はうっすら脂肪を残して115kg!MV内じゃ火を吹き、宙をも飛んでみせる!───となりゃ玄師しかおらんだろ。」
その言葉に誰しもが息を呑む。
「そしてッ!───『ギアス』の力!左目の持つその紅き閃きは、瞳に映る全てに対する『絶対平服』の能力だ!もはや、他候補に勝ち目はあるまい。」
確かに、そのような怪物に勝る愛弗はこの地球上に一人として存在しないだろう。
『ギアス』───それは一体、この世が、神が存在を許す存在なのだろうか!
しかし、県長の『ギアス』という単語を受け、議会の内”ただ一人だけ”はふと不敵な笑みを浮かべるのであった。
そんな”彼”の笑みに微かに会釈した県長は、最後に言った。
「ま、俺の養子ではあるけどよォ。」
つづく・・・