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崖の下からの麦下到十郎  作者: てるる
第二幕 破
11/28

第11話 答えは聞いてない☆

───時は遡り、17世紀ローマ。



 私の名はフランツ・リスト。

 あれから実に12時間が経過しようとしていた。

 私は妻の狂気的一面に、彼女が紛れもないADHDなのだと確信した。

 しかし、現在に到るまで数多あまたのADHDを患う歴史人物の名をその半生と共に列挙された為、私のADHDの見識は否が応でも深まるばかりであった。


 私は我が娘ベートーヴェンを見やる。

 よもや、彼女もADHDなのではあるまいな……

 いや。だったらどーだこーどという話でも無いのだがね。


 だが、今宵の妻の健闘のお陰で私にも娘に披露できる含蓄というものができた。


「時に我が娘ベートーヴェンよ。」

「なあにお父さん。」


 これは私が『ADHDの名前の由来は何なんだね?』と質問した時、妻から語られた蘊蓄うんちくである。


「アルファベットはね、αとβだからアルファベットなんだよ。」

「美しいがムラがありノンレガートだね!お父さん!」


 ふむ。やはり娘もADHDであるらしい。




───時は遡り、2019年8月




 僕が二日前へタイムリープしたことで、穂乃果が米津玄師と交際する世界線からは無事に分岐したようだ。

 しかし油断は許されない。

 あっちゃんが死亡するXデーは明日なのだ。


 『ニッケルハルパ』……今度こそ、好機を掴んで運命を変えてやるんだ。



 ───それは熊本県庁による”熊本県公式アイドル”募集の張り紙だった。

 僕の視線はその時、その張り紙一つに釘付けにされたんだ。


「ははん。さてはこれが”好機”だな?」


 あっちゃんは既に音楽グループを持っているし、何より穂乃果の将来の夢はアイドルだ。

 あっちゃんの明治での活動の経験もグループ結成に一役買うだろう。

 そう、僕が改良した電話レンジで時を遡ったあっちゃんは無事に記憶を維持したまま2019年に帰ってくることが出来たのだ。

 (だからといって、すぐにタイムパラドックスで死んでしまう運命は同じだけどね。)


 そうだ。僕らで熊本県の公式アイドルになるんだ。

 そうすれば、あっちゃんは死なず、よって世界大戦も勃発しないに違いない。

 僕は早速、メイクイーン・ニャン²へ駆け出した。


 僕が駆け込んだメイクイーン・ニャン²には暇潰しにと言わんばかりに『ニッケルハルパ』を演奏する穂乃果の姿があった。



◇◇◇



「いいじゃないですか穂乃果!穂乃果は夢を追いかけるべきです。」

「そ、そう……かな。えへへ…」


 そう助言したのは穂乃果の友人・園田そのだ海未うみ


「ホノカチャン、私も連れて行ってよ!」

「いいよ!じゃあ海未ちゃんも!一緒に熊本に行こう!」


 そう言ったのは同じく穂乃果の友人・南ことり。

 二人ともメイクイーン・ニャン²での穂乃果のバイト仲間だという。


「そうだ!にこ先輩もどうですか?にこ先輩もアイドル好きですよね!?」


 次に穂乃果が声をかけたのは三人の先輩メイド・矢澤やざわにこ。

 なるほど。

 彼女は接客の技術やキャラ付けが功を奏したメイクイーン・ニャン²のナンバーワンメイドであるらしい。

 小柄にツインテールの風貌もアイドルらしかった。


にこ:「私ぃ!?だ、ダメよ……私は…」

穂乃果:「にこ先輩が来てくれるならきっとセンターになれますよ!」

海未:「ええそうです。にこ先輩がいれば百人力です。」

にこ:「な、なによ。ダメって言ってるじゃない……」

穂乃果:「えぇ~っ!だってだって!にこ先輩、ピアノ上手だし、歌も上手……それに、アイドルみたいに可愛いのに!」

にこ:「ふ、ふん。……言ってくれるじゃないの。」

海未:「確か、高校ではアイドル研究部だったとか。」

ことり:「ずっとアイドルになるのが夢だったんだよね?」

にこ:「ちょ、なんでそこまで知ってるのよ!それに私そこまで言ってないわよ!」



 そんな時、店の奥から一際目を引く桃色のツインドリルを揺らす少女が現れた。

 メイクイーン・ニャン²の若き店長・フェイリス・ニャンニャン(本名 - 秋葉あきは留未穂るみほ)だ。


「みんなどうかしたかニャ?」


 すると、穂乃果ら三人は一斉に店長へ視線を合わせ、姿勢を正し、そして深々と頭を下げた。


「「「すみません店長!私達、今日限りでここをやめさせてもらいます!」」」

「ニャ!?」


 僕はその光景を前に、20世紀のアフリカの植民地支配からの脱却と同じものを感じた。

 『民族自決』の思想のもと、ヨーロッパからいち早く独立を勝ち取ったエジプトのように、今まさに穂乃果達は自分らの支配者たる店長に独立を宣言してみせたのだった。


穂乃果:「にこ先輩も一緒に!」

店長:「にこニャンも!?」

にこ:「だ、だから私は……ッ!」

穂乃果:「にこ先輩は行きたくない?」

にこ:「別に……そこまでは言ってないわよ。」


 それはまさに、エジプトの後を追い独立を果たしたイランさながらであった。


穂乃果:「これで私達、4人組のアイドルだね!」

オカリン:「いいや。僕らも入れて9人だ・・・・・・・・!」

穂乃果:「ゔえぇ!オカリン……も?」

オカリン:「僕だけじゃない。ラボメンの皆んながメンバーさ!グループ名は……そうだな、『9人の歌の神様』という意味で『μ's』というのはどうだ!」


 こうして僕らは、運命を変転させるに足る一歩を踏み出したのだった。




「穂乃ニャン達はぁ…バイトだからいいけどぉ……でも、にこニャンはメイクイーン・ニャン²の『正社員』だからニャ~………」



◇◇◇(同日・深夜11:01)



穂乃果:「早く早く!」

にこ:「分かってるわよ!」


 穂乃果は前方から駆けてくるにこに小声で手を振った。

 矢澤にこの独立……いや、退職には壁が立ちはだかったのだ。

 ナンバーワンメイドを失う選択は店長・フェイリスにとって選ぶ価値の無い愚問だったのだ。

 ならばと、今夜、夢を追うことを決心した矢澤にこはメイクイーン・ニャン²の宿舎から『夜逃げ』を図ったのだった。


海未:「さぁ早いとこ、この場を去らなくては。」


 僕らは、にこの生活道具をまとめた大量の荷物を手早く背負い、手短にその場を去ろうと………したその瞬間ッ!

 僕らは背後にただならぬ気配を同時に感じ取った。




「にこニャンはどうしても行くつもりかニャ?」



 店長の声だった。

 その声には妙な凄みがあった。

 僕の背筋はたちどころにすくみ上がる。

 それはきっと、穂乃果らも同じだったと思う。



「えぇそうよ!私、やっぱりアイドルになりたい!」

「あなたは最高の『メイドさん』ニャ。」

「いいえ。私がなりたいのは『メイド』じゃない!『愛弗アイドル』よ!」


 1925年に独立を果たしたイランが今日に到るまで独立を貫いているように、彼女の意思もまた硬かった。

 幼少の頃から揺るがなかった『夢』こそが彼女の原動力なんだ。



「そう……。分かったニャ。にこニャンがどうしてもって言うなら仕方がないニャ。」

「み、認めてくれるの?」

「『どうしても』には敵わないニャン♪」


 こうして、矢澤にこはイランと同じ運命に選ばれた。

 ……そう、不気味なほどあっさりと。

 どういうつもりなのか。フェイリスはいともたやすくにこの辞職を認めてしまったのだ。

 その顔には笑みが浮かべられていた。



「……じゃあ、最後に…にこニャンのお家芸が見たいニャ。いつもご主人様(お客様)にやっているやつニャ。」

「えぇ分かったわ。……コホン」


 そう言うと、にこは特徴的なポーズを作り出した。



 ───。



「にっこにっこにー!あなたのハートににこにこにー♡笑顔届ける矢澤にこにこ!にこにーって覚えて?ラブにk」



 ズドン!



 にこの”お家芸”のさなか、それは僕らの鼓膜を強く刺激した。

 ……銃声。

 確かにそれは、『銃声』だった。


「え……?私、撃たれ……」


 フェイリスの放った凶弾が今、にこの胸を貫いた。

 にこは血を吐き路肩にたおれる。


「あーあ、一発じゃ死ななかったかニャ?せっかく『メイドさん』として一番輝いている瞬間に殺してあげようと思ったのに。」


 銃口にフッと息を吹きかけたフェイリスの言葉は酷く冷徹に聞こえた。

 僕らは腰を抜かし路肩に這いつくばる。


 そうか……

 気付いたときには遅かった。

 周囲一帯は既に”黒ずくめの男達”に囲まれている。

 どうりで人影がない訳だ。

 この場は既に人払いがされていたんだ。



店長:「アキバのメイド喫茶は全て『けだものランドグループ』の管轄ニャ。正社員はそのメイド喫茶と、その上層組織『けだものランドグループ』への忠誠を意味するニャ。それに背いて”夜逃げ”する奴は……おきてに従ってぇ~”極刑”ニャ!」

にこ:「な、なによ……それ……」

店長:「じゃあもう一発ニャ♡」

にこ:「い、いや……やめて……」

店長:「あんた殺すけどいいニャ?」

にこ:「いや゛ッ!やめ゛でぇ゛!」

店長:「”答えは聞いてないッ”!」



 ズドン!ズバン!ズドン!

 ズオン!バン!ミン!



 ───フェイリスは無情にもにこを乱射し、それ以上なにを言うでもなくその場を立ち去った。

 一帯を取り囲む黒ずくめの男達を引き連れて……

 辞めたバイトは彼女にとって、もはやただの他人なんだ。



海未:「にこ先輩!」

穂乃果:「やだ……死んじゃやだよ!」


 涙を流し、穂乃果らが駆け寄った。

 しかし、既に生命は絶望的である。


「いきなさいよ……早く。カッコ悪くてあの世に行けないじゃない………」


 その声はかすれきっており、文字通り『最後の力を振り絞った』ものだ。


海未:「いいえ、あなたを見殺しになんてできません!」

穂乃果:「私達はにこちゃんと歌いたいんだよ!」

ことり:「ホノカチャン!早く救急車呼ばないと!」


 言いながらも、南ことりは分かっていた。

 幾十もの銃撃、弾痕。

 救急車を呼んだところで、それまで彼女の息は続かないであろうことを。


 にこは穂乃果の手を握り、最後に言った。



「”覚悟”とはッ!!暗闇の荒野に!!進むべき道を切り開くことッ!”」

「はっ!」

「……フフッ、いつかあんたの言った言葉よ。穂乃果。」



 僕らはたまらず駆け出した。

 走り出さずにはいられなかったんだ。

 アイドルを目指した一人の少女に背を向け───。



「こんなとこに、戻ってきちゃ駄目よ……あんた達はアイドルとして、精一杯成功しなさい……」


 矢澤にこが最後に見たものは、夢に見、遂に叶わなかったアイドルの幻影であった。




矢澤にこ ── 死亡

❺ 答えは聞いてない☆(完)

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