第10話 僕と練馬とニッケルハルパ
───2019年8月末
僕らのもとに『オリラジ中田』の訃報が届いたのはあれから3日後のことであった。
その日、僕はあっちゃんの運命を揺るがした電話レンジに蒸した芋を供えた。
第三次世界大戦が勃発したのはあれから3ヶ月が経った頃だった。
あの日、タイムマシンは正常に動作しなかった。
直列に繋ぎ直されたタイムマシン(電話レンジ)は、あっちゃんが触れるなり彼の精神をどこか時の彼方へ連れて行き、以降、意識を取り戻してなお彼の記憶が蘇ることは無かったんだ。
そうだ。全てはあの日、あっちゃんを誘った僕の責任だ。
僕は直ぐ様タイムマシンを改良し、あっちゃんと出会うあの日を繰り返した。
2回、3回……いや駄目だ、10回、50回……
あっちゃんが死亡する度に世界大戦は勃発した。
全てはアトラクタフィールドの収束のもと決定された運命だと言うのか!
◇◇◇
そうして僕は、気付いた時、3000回目のタイミリープを行おうとしていた。
僕は既のところでその手を踏みとどまり、一人虚しく練馬駐屯地を練り歩いた。
僕の名前は『岡田斗司夫』。
練馬生まれ、吉祥寺育ちのアキバ住みだ。
練馬。風体だけは立派だけども、そこは東京の九龍城砦とも目される都内随一の魔窟である。
練馬には練馬を魔窟たらしめる軽犯罪者に溢れていて、住人はすべからく軽犯罪者かこれから軽犯罪を犯す者達だ。
そんな街を出歩けば、上下左右から窃盗に遭いポケットの中身はたちどころにカラになる。
商業施設はイオンからコンビニエンスストアに到るまで中国産あるいはブラジル産の物品が陳列され、レジには南半球からドッと押し寄せた南半球産のバイトに溢れ返る始末。
腐臭漂う町並みを練り歩いているうち、僕はそこで、とある軒下に鎮座する老婆の姿を捉えた。
小さな行燈のかすかな明かりに照らされた彼女の顔には妙な凄みがある。
さながら、道行く人の魂に舌なめずりをする練馬に相応しい怪人だ。
彼女に悩みを打ち明けたが最後、恐らく老婆の影がつきまといやることなすことうまくいかず、一晩考えた生配信で大炎上してしまうに違いない。
僕は老婆の妖気に吸い寄せられるようにして、悩みを吐露し始めた。
「ふむふむ。今のあなたのお顔からいたしますとね、たいへんもどかしいという気持ちが分かりますね。」
僕は老婆の言葉に強く頷いた。
理にがんじがらめに固定されたあっちゃんの運命を思えばこそ、老婆の慧眼に早くも脱帽した。
「とにかく好機を逃さないことが肝心でございますね。ただ、好機というのはなかなか掴まえにくいもでしてね、あなたは老い先が短いようですから好機を見定め行動に出なくちゃいけません。」
僕の頬に、その時、一筋の涙がつたった。
老婆のくれる無償の母性ゆえなのか。
「ならその好機を今度こそ確実に掴むには具体的に何を…?」
「具体的には申し上げにくいのですよ。いま好機と思われるものがいずれ運命の変転によって好機ではなくなる場合もありましてね。」
「ですが、このままでは漠然としている。」
僕が少し食い下がると老婆は『ふっふーん』と鼻息を漏らした。
「宜しいでしょう。ならば私めがあなたの好機にまつわるキーワードを申し上げましょう。」
僕は老婆の口元に耳をにじり寄せた。
「ニッケルハルパ。」
「ニッケルハルパ?」
老婆はいきなり囁いたものだから、僕はその奇っ怪なワードをオウム返しした。
しかし老婆はそれ以上そのキーワードに関しては何も言わず、ニヤニヤするばかりだ。
「私に申し上げられることはここまでですじゃ。どうか好機を逃さず掴まえることですな。はい1000円。」
そう言って老婆は占いを締めくくった。
……1000円?
僕はポケットを触る。しまった!スられたんだ!財布が無い!
僕は3000回目のタイムリープをした。
後で分かったことだが、どうもあの老婆は旧統一教会の関係者だったらしい。
どいつもこいつも、やはり練馬だ。
◇◇◇
僕は3000回のタイムリープですっかり気が滅入っていた。
あっちゃんが死んでしまえば第三次世界大戦が勃発する。
3000回のタイムリープで得られた唯一の手がかりは『ニッケルハルパ』。
それはスウェーデンの民族楽器の一つと言われるが、それが運命を分ける手がかりと言われてもどうしようもない。
あぁ……こんな時こそ、あの娘に逢いたい。
聡明な読者諸君は近所で便利な施設と言えば何を思い浮かべるだろうか。
BOOKOFFか、業務スーパーか、はたまた公文堂書店かも分からないけど……僕は谷和原町内会のゴミ捨て場なんだ。
そのゴミ捨て場には何でも落ちてるんだ。
電話レンジを拾ったのもそこだし、ラボで開発してきた数々の『未来ガジェット』もここから拾った物の寄せ集め。
そしてある日、僕はそこで……女子高生を拾ったんだ。
ラボメンナンバー002……その名は『高坂穂乃果』。
以来、僕を親代わりにして育った彼女は、現在、ラボを離れてアキバのとあるメイドカフェで友人らとバイトをしていると聞く。
疲弊した僕は、彼女の働くメイドカフェ『メイクイーン・ニャン²』へ赴くことに決心した。
「あぁ────!オカリンだ!なんでなんで!どうして!」
僕がメイクイーン・ニャン²の戸を開けるなり、彼女の驚嘆が響く。
メイドとして働く姿はあまり見られたくなかったのだろうか。
しかし、駆け寄ってきた彼女には付き添いだろうか。
一人の男がついていた。
「紹介するね!昨日できた私の彼氏!んもう一目惚れなの!」
「フン!米津玄師です。フンフン!」
練馬へ帰れ。
僕はすかさず二日前にタイムリープした。
つづく…
次回 -「答えは聞いてない☆」