2-3.炊事場でのおしゃべり
短いので2話同時投稿しています(こちらが1話目です)。
物資が限られているストーでは、炊事は地区ごとに共有の竈でまとめて行うことになっている。
アイシャが鍋を抱えて竈のある広場へ行くと、他の家の女たちはもう集まっていた。
手を振って歓迎してくれる友人たちの輪に飛び込むと、さっそくお喋りが始まった。
「今日は遅かったわね、アイシャ?」
「ごめん、カイルが来てたのよ」
「あら、そうなの」
「ね、ね、頼んだ香油は持ってきてくれたかしら」
「またそんなもの頼んだの?」
「何よ、あんただって新しい飾り紐を頼んでたの知ってるんだからね」
「だってもうすぐ姉さんが結婚するのよ。少しはおしゃれしないと」
「あんたたち、手が止まってるよ! モタモタしてたら日が暮れちまうよ!」
「ごめんなさい!」
一喝されて少女たちは首をすくめたが、束の間ひそひそ声になっただけですぐに元通りだ。
とは言え口と同じだけ手を動かしていさえすれば文句は言われない。叱りつけてきたおかみさんたちだって延々とお喋りに興じているのは変わらないのだから。
「あたしもまだ見せてもらってないの。色々忙しかったから」
「何かあったの?」
「ええっと……」
アイシャはレンの話をするかどうか迷ったが、結局やめにした。
ストーに暮らす亜人の多くは人間の迫害から逃れ、落ち延びてきた者がほとんどだ。直接その時代を知らない世代も子供の頃から言い聞かせられて育つため、人間への恨みや嫌悪感はしっかりと根付いている。
もちろんディーノスやジャンナをはじめ、数は少ないがストーにも人間の住人はいるし、普段は区別なく暮らしているが、それは時間をかけて築いた信頼関係や何らかの貢献があってこそだった。
結界が張られる前はアイシャにまで当てこすりを言ってくる者もいたので、それを考えるとどうしても躊躇してしまうのだ。
「……また王国の連中が何か企んでるんですって。先にその話をしてたのよ」
「またぁ? ほんと懲りない連中ね」
友人らはあまり興味を示さず、カイルが持ち込んだであろう品物の方が気になるようだった。
ここにいる娘たちも三年前の戦争は経験している。悲観して泣いてばかりいたのを必死になぐさめたこともあったが、当人はもうすっかり忘れた様子だ。
連日結界を前になすすべもなく退散していく王国軍の情けない姿は、記憶を塗り替えるには十分だったのである。
「平和なのはいいことだけど、子供たちが言うことを聞かなくなって困るよ」
「そうそう、実際にひどい目にあわされたことがないもんだからね。外が危ないってのがわかってないのさ」
「男どもが自慢ばっかりするからますます調子に乗るんだよ、まったく。うちの亭主なんか怪我でほとんど転がってたようなもんなのに」
と、これはおかみさんたち。
もっと小さい子供の中には当時のことを覚えておらず、大人たちが語って聞かせる話をおとぎ話か何かだと思っている子も少なくないのだ。
「うちの弟も最近言うこと聞かないの。ちょっと前までは悪い子は王国の奴らに食べられちゃうわよって言えば大人しくなってたのにさ。可愛くないったら」
「ま、あいつらの情けない姿見てたら大したことないんじゃないのって思っちゃうのもわかるけどぉ」
「まあねー。……遊びに行きたい気持ちも実はちょっとわかる」
「あたしも」
少女たちは顔を寄せ合い、ニヤリと笑った。もちろん小さな子供と違って分別があるので、実行に移したりはしないが言うだけならタダだ。
「お金があったって閉じこもりきりじゃあね。つまんないわ。カイルが持ってきてくれるものにも限度があるし、好きに買い物してみたいわ」
「あたしは働きたいな。他の国じゃあ獣人でもちゃんとした仕事があるって聞いたけど、ほんとかしら」
姦しく喋りながらもやがて大鍋いっぱいの料理が出来上がった。
それぞれが持参した鍋に分け、後片付けを済ませて家に帰る頃にはとっぷり日が暮れていた。