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歌姫と魔法の世界  作者: 青色草
第一話 新田陽介(高校生/召喚勇者)
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1-5.帰還

 口止めと明日の朝まで眠るよう言い含めて、王女は部屋に帰した。ここに来たのが彼女の独断なら、あまり長く留め置いて探しに来られてはまずいからだ。


『いま現地語で喋ってるけど、わかる?』

『わかる』

「よし。――じゃあ、城下町に宿を取ってあるからそこに行って。白の花飾り亭ってとこ」

「白の花飾りだね。そこで待ってればいいんすか?」

「いや、寝て」

「へっ?」

「帰るのは魔法使いの友達に頼むんだけど、寝てる時の方がやりやすいんだって」

「あ、じゃあマジ寝? 寝転がるだけじゃなく? でも、それならここで寝るんじゃ駄目なの?」

「私はまだここでやることがあるから残らなくちゃいけないの。私だけ残ってたらお前が逃がしたんだろってことになっちゃうじゃない? それは困るから、体裁を整えてほしいわけ」

「っていうと?」

「つまり、実は逃げるつもり満々だった勇者はたまたま部屋に来た歌姫わたしをこれ幸いと捕まえて身代わりに仕立て上げて逃げた……みたいな感じ」

「あー、なるほど」


 陽介に与えられたこの部屋は調度品こそ豪華だが窓は一つもない。通風孔は猫一匹が通るのがせいぜいというくらいのもので、唯一の出入り口には見張りが立っている。

 だからレンが言ったような状況を再現するには、どうしても扉から出る必要があるのだ。


「とにかく宿屋に行って、寝てればいいんすね?」

「うん。あと、荷物置いてきちゃったんだよね。大したものはないけどギターだけは回収したいのよ」

「回収って、持って寝ればいいの?」

「うん、どっかしら触ってれば大丈夫」

「わかりました」

「よし。じゃあ、これ被って」


 渡されたのは、レンが体に巻いていた布である。

 かなり大判で、頭からかぶっても足首までしっかり隠せそうだが、所謂シーツオバケ状態で出るわけにもいかない。二人して“顔と体を隠しつつも不自然でない”形をあれこれと模索することになった。


「顔はむしろある程度オープンにしておいた方がいいかも。で、ちょっとうつむき加減で行きな。どうしても喋らなきゃいけなくなったら、声が枯れてしまって……とか、風邪気味で……とか言ってごまかすのよ」

「詐欺師がよく言うやつじゃん」

「だますつもりなんだから間違ってないじゃん」


 ああだこうだと言いながら、何とか形にしていく。


「何かこういう、布巻く文化の国あったよね。スマホが使えればなあ」

「そうねえ……スマホ今持ってる?」

「いやあ、姫の写真撮って見せたら持っていかれちゃって……どうせ繋がらないし充電も切れそうだったからいいかと思って」


 その時は返ってくると思っていたからホイホイ渡せたのであって、今となっては正直痛い。しかしこの状況で探しに行くとはさすがに言えなかったため、陽介は何でもないように言った。


「あらら。他に持ってたものは?」

「そういや制服も着替えの時に洗濯するって、そのままだ。鞄は来る時に落としたみたいで持ってなかったはず」

「スマホと制服か……パンツは? 下着の方」

「今履いてるやつがそうっす」

「……ちゃんと洗ってる?」

「履きっぱなしじゃねーよ! 洗ってるし、こっちの下着とローテしてんの! 今日履いてたのは偶然!」

「しっ。声が大きい」

「その名誉棄損は聞き流せなかった」

「そりゃ失礼」


 夜明け頃に裏門にやってくる出入りの商人たちに紛れて抜け出す作戦のため、まだ少し時間がある。支度を崩さないよう注意しながらベッドに座り、最後の打ち合わせをする。


「――そういやレンさんって、最初から俺を助けるつもりで来てくれたわけじゃないんすよね?」

「うん。街で歌ってたら、噂を聞きつけた貴族に拉致られたんだよ」


 居丈高な態度に腹を立てていたのはもちろんだが、それを差し引いても魔族を悪とする言い分に思うところもあったため、騙されているのではないか? と考えていたところ、陽介に言葉に通じないのをいいことに堂々と真相を口にしているのを聞いたらしい。

 さらに大臣から土壇場で勇者が怖気づかないよう篭絡してこいと送り出され、あまりに都合よく話が進むものだから騙されているのではないか? と思いつつ今に至る。


「そっかー……。あの、ありがとうございます。レンさんが来てくれなかったら俺、とんでもないことになってたと思うし」

「どういたしまして。まあ、未成年ってこと差し引いてもファンにはいつもお世話になってるからねー。返せるときに返すようにしてんの」

「あー……って、レンさん親衛隊のこと知ってんの?」

「親衛隊? あーあれ親衛隊なんだ……。呼び方は知らないけど、まあ水面下で何かしらつながって連携取ってるなとは思ってたよ。なーんか手慣れてるっていうか、あきらかにマニュアルがある動きなんだよねえ」

「じゃあ公認してあげればいいのに」

「だって何も言ってこないんだもん。ていうか、何でか知らないけど隠してるっぽいんだよね」

「……目撃情報の交換がどうしてもストーカーぽくなるからって言ってました」

「ああ……そうね……そりゃ駄目だ」

「ていうか本人たちに言うなって言われてたんすよね。俺がバラしたって言わないでくださいね怖いから」

「そっちこそ私が気付いてること言わないでね気まずいから」

「ハイ。つうかストーカー行為はいいんすか」

「まあ実害はないし……。っていうか実害のあるストーカーを撃退したりしてくれてるっぽいんだよね。まあ、だからって表だってイイヨーとは言えないけどさ」

「ですよねー」

「……おっと、あんまり話し込んでる場合じゃないね。じゃあよろしく」

「あ、はい」


 王女を拘束するのに使ったシーツでレンを縛ってベッドに転がす。

 夜這いという名目で来たからだろう、レンが身に着けているのはいかにも情欲を煽るデザインの薄いドレスだ。

 拘束しているのは手足だけだが、自由を奪われた美女がベッドに横たわっているというシチュエーションは何とも淫靡なものだった。

 陽介個人の感覚ではレンの美貌は整いすぎていてかえって劣情には結びつかなかったが、すべての人間がそうというわけでもあるまい。


「……大丈夫っすかね、これ。起こしに来た奴が変な気起こさないかな」

「えっ、そんなエロい? 劣情を催しちゃう感じ?」

「……まあ」


 素直に「はい」と言いづらい質問を投げてこないでほしいと思いつつ、陽介(思春期)は頷いた。


「どうしよう! ただでさえ魔性の美女だというのに!」


 レンがわめきながら釣り上げられたばかりの魚のようにビチビチと跳ねたため、淫靡な空気は一瞬で霧散した。わめいていると言っても律儀に小声なので、ふざけているのは明白である。

 しかし発言だけ聞けば鼻持ちならないナルシスト、行動だけ見ればただの奇行であるが、レンが絶世の美女であることは事実だ。まして猿ぐつわをして、いかにも被害者ですと言わんばかりの様子でいるとなれば。


「……いやでも、勇者が逃げたって時にそんな気起こすかなァ……?」

「要領のいい奴だったら勇者いねえ! 女いる! とりあえずやることやってから報告でもよくね? とかもありえる」

「(芋虫……)えー……あ、じゃあ猿ぐつわナシで、頃合いを見て悲鳴を上げるってのはどうすか? それならコッソリ……ってわけにもいかなくなるし」

「ああそうだね、そうしよう。声量には自信がある」


 一応、暴れていたらゆるんだという体にするべく、手ぬぐい状に裂いたシーツをレンの口元にゆるく巻いた。結び目は作らない。

 また、レンが無駄に動いたせいで手足の拘束もゆるんでいたので、それも縛り直す。


「……じゃ、俺、もう行きます」

「ん、気を付けてね。またあっちで会いましょう」

「はい。レンさんも気を付けて。――ありがとうございました」


 陽介は改めて一礼するとレンに背を向け、意を決して扉を開けた。


『……っと、もうお帰りかい』

『は、はい……』


 腕輪はしっかり効力を発揮してくれているようだ。見張りの兵士の言葉に、陽介は身を縮めるようにしながら頷いた。


『勇者サマは?』

『あ……眠ってます、わ』

『ずいぶん激しく楽しんでいたみたいじゃないか。かわいそうに、声も枯らしちまって』

『いやあ、勇者サマもお若い』

『あは……』


 やはり多少は聞こえていたようだ。大半はレンのせいだが。

 ギクリとすると同時に、あらぬ誤解を受けて熱くなる頬を隠すように布を引き上げると、恥じらっていると勘違いしてくれたらしく、兵士たちは楽しげに笑った。


『まったく、アンタみたいな美女を抱けるなんて羨ましいこった。あんなガキにはもったいない。どうだい、今度は俺と』

『い、いえ……』

『おいおい、やめとけよ。大臣のお気に入りだぜ? いや、さっき詰め所で聞いた噂じゃあ、陛下も目を付けたって話だ。首が飛んじまうよ』


 エッそうなの!?

 陽介はあやうく地声で叫びそうになった。

 レン本人が知っているのかは別として、思ったより話が大きい。


『ま、最後くらいイイ思いをさせてやるのが慈悲ってもんだぜ。二度と他の女ァ抱けないんだしよ』

『ちがいねえ』


 ククク、と押し殺した声で笑い合う兵士。――そうか、こんなことを言われていたのか。そりゃあ翻訳装置こんなもの、渡せるわけがないな。

 ギリッと奥歯を噛みしめ、しかしそれだけで何とか耐えて深く頭を下げる。


『あの、では……』

『おう、ご苦労さん』


 兵士たちの視線が届かない場所まで来たところで、足音の響く石畳の回廊から庭の方へ逸れた。

 今となっては業腹だが、勇者として召喚されたことで身体能力は格段に向上している。何度か見つかりそうになったり、文字通りの障壁にぶつかったこともあったが何とか切り抜け、ようやく裏門にたどり着いた。

 一瞬の隙をついて荷馬車の中にもぐりこみ、息をひそめる。

 ややあってから馬車は動き出し、御者台の会話に耳をそばだて状況を把握し、馬車が止まるのと同時に荷台を飛び出した。

 巻きつけていた布をマントのように羽織り、思い切って顔をさらした。

 レンは歌以外はつとめて地味な娘を装っていたらしいが、城から仰々しい迎えが来たせいで宿の人間の印象に残っている可能性がある。そのため下手に変装しない方がいいだろうと打ち合わせていたのだ。

 レンが言ったことは本当で、異国人(実際は異世界人だが)ということで警戒するような目を向けられもしたが、何とか“白い花飾り亭”にたどり着いた。


『……泊まりは銅七枚、食事なら三枚だよ』

『あー、いや、客じゃないんです。先日、王宮に連れて行かれた歌手がいたでしょう』

『ああ! あの娘、どうしてるんだい?』


 いかにも気怠そうに頬杖をついていた中年の女性店員は、一転して好奇心に目を輝かせた。やはり覚えていたらしい。

 ――自分は今回の戦争のために徴用された兵士だが、まだ少年であること、歌姫レンと出身地が近いことから世話係を任された。歌姫はお偉方に気に入られてしばらく城に留められることになったため、部屋に忘れ物がないか見てくることを頼まれた――

 二人で考えた説明をして、これもレンに言いつけられた通り迷惑料としていくらかの硬貨を差し出すと、果たしてどちらに効果があったものか、女将はすんなり納得して部屋を教えてくれた。

 鍵を受け取って階段を上がり、教えられた部屋に入る。

 ギターを抱え込み、他にも忘れ物がないか室内を検分するが、食べかけの携帯食料や肌着が数枚あるくらいだったので、そのままにしておいた。

 羽織っていた布を壁から飛び出している釘に引っかけ、レンが連れて行かれた時のままと思しき、乱れたベッドに横たわる。

 昂った精神状態では眠れるか不安だったが、徹夜していたことがある意味で功を奏したらしい。目を閉じると同時に眠気が訪れ、


 ――――


「おう兄ちゃん、大丈夫かい」

「へっ」


 目を開けると、こちらに差し出された肉厚の手のひらが目に入った。反射的に手を乗せると、ぐいっと強い力で引き上げられる。


「え、」

「気ぃつけな」

「すいません!」


 横で頭を下げているのは桔平だ。

 強面の男は顔に似合わぬ気さくさで手を軽く振り、去って行った。

 ――ああ、そうだ。

 よそ見をして歩いていたら誰かにぶつかって、尻餅をついたと同時に異世界に飛ばされたのだ。

 そして今、戻ってきた。

 夢でない証拠に腕には例の翻訳装置がしっかりはまっているし、傍らには通学用の鞄と一緒にギターケースが転がっている。


「ええー……こんな感じなんだ……」

「何が? ……あれ? 何だそのギター」

「いやー……桔平、久しぶりー」

「は?」


 目を白黒させている友人にかまわず、陽介は大きく伸びをした。

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