1-3.真実
国王による激励の言葉を受けたあとは、明日は早いからと部屋に帰された。
黙っていろというレンの指令を忠実に守り、あくまで美貌の歌姫にポーッとなっている――という体でいたが、実際のところ何もわからない。
何故あの人がここにいるのだ? 同じように召喚されたのか? だが、市井から招いたとも言っていた。実際、この世界の言葉も話せるようだし。
めまぐるしく働く思考は、ふいに響いたノックの音で中断された。
「あ、はい、えーと、どうぞ』
かろうじて知っている現地語で返すと、するりと滑り込むように薄布を体に巻き付けた女が入ってきた。
ドアのを閉め、外に立っている兵士たちの好奇の笑い声が聞こえなくなってから陽介は口を開いた。
「――レンさん」
「やあ少年、変なところで会ったね」
「……うっわ、マジでレンさんじゃん。何してんの?」
「こんな夜更けに訪ねてきた女に野暮なこと言うんじゃないわよ」
するりと体に巻きつけた布を解くと、パーティーの時よりも露出の多い衣装に包まれた肢体があらわになる。
「は、えっ……え、ええー!?」
「っていう建前で来てるから、話を合わせてね。あと、こっからは小声でよろしく」
「あ、はい」
およそ色っぽいとは言えない事務的な指示を聞いて、陽介は神妙な顔で頷いた。
「ええと、レンさんは何でここに? レンさんも召喚されたとか?」
「いや、私は別ルート。長くなるからざっくり言うけど、魔法使いの友達に異世界を行き来する能力をもらって、たまに旅行気分であちこち回ってるってわけ」
「どういうわけ? 魔法使いってそんなことできんの?」
「できる人もいる。まあ私の友達はちょっと特殊なんだけど……。まあ、それはさておき勇者様?」
「あ、新田陽介です」
「皮肉で言ってんのよ勇者様。まあ実際名前なんて知らないけど……」
「つうかレンさん、よく俺の顔覚えてたっすね? 一回しか会ったことないのに」
「ファンの顔はわりと覚えてるんだよね。遠巻きに見てただけーとかだったら正直自信ないけど、話したことあるじゃん?」
「ふーん、へーえ」
「喜んでくれたみたいで私も嬉しいよ。ていうかびっくりしたわ。反戦歌でも歌ってやろうと思ってたら知ってる顔がいるんだもん。しかも勇者とか呼ばれてるし」
「びっくりしたのはこっちの……って、反戦? 反対してんの? いや、そりゃ、改めて戦争って言われると俺もちょっとアレだけどさ……」
「反対っていうかぁ、この国にはガンバレって言いたくないなって感じ」
その話をしに来たと言いながらレンはベッドに腰を下ろし、お前も座れと隣のスペースを叩いた。我が物顔である。
「まず、召喚された理由は何て聞いてるの?」
「えーっと、昔から魔族はこの国を侵略しようとしてて、今までは統率が取れてなくてバラバラだったからそんな脅威にならなかったけど、最近になってそいつらをまとめる魔王が現れて、とうとう領土の一部を占領されたって……」
この一か月、何度も聞かされたことだ。
――が、こうしてあえて聞いてくるということは、何か間違っている、あるいは陽介の知らない真実が隠されているのかもしれない。
自然と窺うような口調と目つきになっていたのか、レンは苦笑した。
「そんなにびくつかなくてもいいよ」
「……何か違うんすか?」
「うーん。まず最近領土を乗っ取られたって言ってるけど、魔族って呼んでる人たちがそこに居ついたのって少なくとも五十年は前の話なんだよね」
「えっ!? じゃあ、侵略しようとしてるのは王国の方ってこと?」
「いや、不法占拠は不法占拠だよ。ただ、いわゆる不毛の地で位置的にも重要じゃないから見逃されてたんだって。基本的にそこから出てこないみたいだし」
「ええ……じゃあ、何で今更? いや不法占拠はよくないけどさ」
「まあ端的に言えば良質な宝石の鉱脈が見つかったらしいよ。ていうかだいぶ前に見つけたのを隠して他の国に流してたんだって」
「密輸ってこと? ……何か一気にショボい話になった気がする……」
「お金は大事だよぉ。国の資源まるまる他国に流れてたとかなったらキレるのはわかる」
陽介は首を傾げた。
応援はできないと言っておきながら、王国の肩を持つようなことを言う。
「レンさんはどっちの味方なんすか?」
「介入するかっていう意味でなら、私はどっちの味方でもないよ。反戦歌を歌うっていうのも、単に強引に連れてこられた腹いせみたいなもんだし。私が助ける……っていうか、面倒見る気があるのは少年、君だけよ」
「俺? えっ……何で?」
「うーん、まあ大人としての責任ってやつ?」
「……まだ何かあるの? そりゃ聞いてた話とだいぶ違うけど、犯罪は犯罪なんだよね?」
壮大な英雄伝から一転、不法占拠に密輸である。理解しやすくなった分せせこましい話になってはきたが、悪事には変わりない。
そりゃあわざわざ異世界から勇者を召喚してまでやることかとは思うけれど、それだけに説明しづらかったのかもしれないし、やっていることがセコイだけで魔族が強大な力を持っていて対応が容易でない、という点だけは本当なのかもしれないし。
レンのことは(ファン心理として)信用しているが、それは王女たちに対しても同じことだったので、騙された! という怒りはわかなかった。
それとも、大人として陽介に忠告せねばならないと思わしめた何かがまだあるのだろうか。
「魔族領には人間もいるっていうのは聞いてる?」
「えっ!? ……それは人質とか、じゃ……ない、んすね?」
「うん。っていうか、そもそも魔族の定義が曖昧なんだよ。国によっても違うし……」
「そうなんすか?」
「まず、人間に対して敵対意識がある、もしくは誰彼かまわず凶暴な人外。これはまあ、どこの国でも共通して魔族とか魔物扱いで嫌われてるね」
「まあ、それはそうっすよね」
「次に特別攻撃的ではないけど、人間と同じかそれ以上の知能を持っているけど人間ではない種族。他の国では亜人って呼ばれる方が多いのかな。で、ぶっちゃけこれは外見で判断してるっぽい」
「あー、ツノが生えてるとか?」
「そうそう、ツノとか羽とかそういうわかりやすいのもいるし……あとは、肌の色が違うとか」
言いながらレンは自分の頬を撫でた。
陽介から見ればじゅうぶんに白い、だがこの国の人間と並んでみればたしかに種類が違うとわかる色をした肌の色。
「ま……待ってよ。人種差別とか、まさかそういうアレで魔族呼ばわりしてんの?」
「そうだよぉ。田舎の子供とか当たり前のように石投げてくるよ」
「怖っ! ……いやでも、お城の人からそんな扱い受けたことないけど……」
「鎖国してるわけでもなし、身分や素性がたしかならあからさまに態度には出さないんじゃないの? それに何てったって勇者様なんだし」
「レンさんは……?」
「歌ってみせるか顔を見せるかするまでは、かなり雑な扱いだったね。町の人も、お城から迎えに来た連中も、支度してくれた侍女の皆さんも。だから、私が受けた仕打ちがデフォルトだと思うよ」
「…………」
「流れ者の外国人とか、この国で生まれてはいるけど何らかの要因で見た目が違うとか……あとは犯罪者とかもいるのかな?」
「…………。ねえ、それさ、都合の悪い奴をそこに追いやってるって言わない?」
「言う」
子供を叱る時に“悪い子は魔物の山に捨ててしまうぞ”というのは、この国ではかなり一般的な常套句らしい。しかもただの脅し文句で終わらないこともあるときている。
「うーわ……マジか……」
「明確な基準がないから、発言力のある人がそうだって言えば魔族になっちゃうんだよねー」
「ええ……」
魔族や魔物と聞いて真っ先に想像するような凶暴なタイプは追放ではなくキッチリ討伐されることの方が多いため、魔族領にたどりつくことは実はそれほど多くない。
それに魔族――亜人領側にしてみても、そんなモンスターに居すわられてはたまらないので、結局は討伐することになる。
「――だから、魔族領にいるのは亜人か、何らかの理由で行き場をなくした人間のどっちか。まあ絶対に悪さをしないわけじゃないけど、国が本格的に討伐隊を組むような派手な真似はしてないし、領内はそれなりに自治が保たれてるみたいよ。実際、鉱脈が見つかるまではほったらかしだったんだし」
「そうか。……わかった。……戦う意味はない、ってことっすね」
「いや?」
「は?」
「繰り返すけど不法占拠は不法占拠、密輸は密輸。経緯やきっかけがどうでも、それを理由に追い出そうとすること自体は仕方ない。……っていうか、私だってこの世界に来て三か月間ちょっと、しかもただの旅人でしかなかったんだから、すべての事情に通じているわけじゃない。今言ったことは全部ただの私見よ」
「いや、でも、だったら」
「――だけどね。その手段として無関係の子供を騙して旗印に仕立て上げ、相手が何者なのか知らせないまま戦わせる。それは、駄目でしょう。それだけは確信を持って言える。――それは、間違っている」
「………………」
「ま、知らないままっていうのが気に食わないだけだから、全部わかった上でやるって言うなら止めないよ。引くけど」
「やんないよ! やんないけど……あのさ、姫も騙されてるってことはないかな」
「あー、それはあるかもね。腹芸のできないタイプなら味方でも事実は伏せておいた方がいい場合もあるし」
「だよね! だったら俺、姫と話すよ。王様だって娘の言うことなら――」
言っている途中で唐突に肩を押され、陽介は寝台に倒れ込んだ。その上にレンがまたがり、さらにのしかかってくる。
密着する柔らかい体と温度、鼻孔をくすぐる甘やかな香り。何より文字通り目と鼻の先にある美貌。陽介は目がチカチカしてきた。
「れれれレンさん!?」
「静かに。誰か来た」
「え」
そういえば、夜這いという名目で来ていたのだったか。
ドアに目を向けて耳を澄ませると、たしかにボソボソと喋る声が聞こえる。
片方は見張りの兵士たちだろうが、もう一方は誰だろうと考えているとドアが開いた。