初出勤です!
「おはようございます〜!」
元気いっぱいな挨拶が、同じように、それでいて衰退して行った時を渓流のように流していく。そんなエネルギーがあった。晴れ晴れとした気持ち。
少女はツインテールを揺らして執務室に来た。
今日は待ちに待った日。ずっと夢見ていた事が出来るはじめの一歩なのだ。
これからの事を思えば自然と元気がありふれてしまう。
「お、サリバ。初出勤だな」
「はい、ディーディアさ……局長!」
口髭を蓄えたガタイのいいおじさんだ。
襟はよれっとしているし、シワッシワのシャツを着ているが、幼い頃から変わらないので、それがなんだか懐かしくて思わずニコニコしてしまった。
局長は奥さんの尻に敷かれるのが板に付いてきているため、なかなか新品のシャツとかを買って貰えないそう。独身時代は身なりから見栄を張らなければ、いくらか損をする。そう言って常にピンと張ったシャツを着ていたのだが、すっかりくたびれてしまった。
部屋には局長が座る執務机があり、その手前に長テーブルと対面のソファがある。
どちらも黒基調の高級感のある品質のものだ。
サリバは少し考えていた。何と何を掛け合わせればこの品質のものが出来るのかな。思考の海に溺れかけたが、思考を切りかえた。
(よくない、よくない。悪い癖だ、治さないと)
机や、椅子ばかりじっと見ているサリバに困った顔をする。
1つ、コホンと咳払いをして注意をこちらに向けさせてから、改めて挨拶をした。
本当に簡単な挨拶だが、これでやっと対等になれた。そういう風に思えた。
これからいっぱい頑張るぞ。その意気込みは益々強くなった。
「これからよろしく頼むな。早速で悪いが私達、砂漠の錬金術師一同は『ラビリンス・キャッスル』を解明する事になる」
私達というが、実際のところは私が、ここに所属することによって、錬金術士が一人いることになり、錬金術士が主になり調査をすることになる。
私が来るまでは、監視塔程度の意味合いしか無かったが、魔法使い、及び錬金術士の同伴無くしてはラビリンス・キャッスルには入っては行けないとされている為、街の相談所とか役所の仕事しか無かったらしい。
言ってはなんだが、いい街ではあるが、魔法使い、及び錬金術士にとってはなんの意味もない場所だから、志願して来るような物好きは居ないだろう。勿論、私を覗いてだけど。
大きな目標としては、あの迷宮になるが、その他にも近辺の環境調査や、日々振り込んでくる厄介事を解決して行くことになる。
砂漠に覆われたこの国はそれ相応に大変だ。
王都の人達が度々遠征しに来ては細々とした困り事や、経済状況等を視察しに来る。
目下、悲願の迷宮攻略が出来ると、局も活気づいていた。
サリバは窓の外からでも大きく見えるこの街のシンボル。いや、この国のシンボルを見て言った。
「あの、とんでもなく大っきい塔ですよね。お城かな?」
今は、城の姿をしている。
あの迷宮は生きているとされる。何故なら、姿形が度々変わるのだ。
誰かが中にいるという記録は無いし、最早そういうものと片付けている。
「城の形をした塔だな。王都から騎士様がいらっしゃって斥候という名の攻略を初めなさるそうだ」
そして、本陣は仕方がないとは言え王都の人達になる。
私達もコレには不本意ではあるが、逆らえるものでは無い。
しかし、局長は何か考えがあるようだ。
王都絡みになると、途端に子供みたいな態度になる。
局長と王都の間に何があったかは知らないが、まあ、楽しいはないでもあるまい。
「こら、普段から態度に出してるといざと言う時にメッキが剥がれるわよ」
凛とした声は、大きくない声でも、スっと耳に心地よい。
背の高い女性で、スラリとしていて同性であるサリバでも惚れそうなほどの美人。サリバのよく知る人の1人だった。
局長の子供っぽく拗ねたような態度を窘めるその人は、
「メディヒール・クラウンさん!」
「メディでいいわよ。それで局長、頼んでいた資料は出来ていますか?」
「それは、その、午後からやろうと……」
サリバにはニコリと微笑んで手をヒラヒラしてくれるファンサ精神なのに対して、局長にはゴミ虫を見る目で可愛く小首を傾げて仕事の進捗を尋ねる。
局長はモゴモゴと言い訳を考えているが、さっきまでの雰囲気はまるでない。
お母さんに怒られている息子を見ているようで、なんというか、居た堪れない。
「はぁ、サリバを可愛たがるのは良いですけど仕事はしてくださいね」
「ぐぬぬ」
「返事」
「はい」
ため息を付いて小言を言い、満足したのかサリバに向き直り、サリバの肩を押して部屋を出る。
「じゃあ、ろくでもない話しかして無いだろうし、サリバを案内するわ。サリバ、もう知ってるかもしれないけどお浚いね」
「はいっ、よろしくお願いします!」