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おやつカブトムシ「このくらい普通だよ」

作者: ににしば

見つけていただけたならばありがとうございます。

よくわからない話です。勢いのみ。

南米アマゾンの奥地、そこは深い森の中だった。

そこには無数の生命が集い、溢れごったがえしている。

しかし、おやつカブトムシはそんなところにはいなかった。

はるか離れた街中、そこは夜もにぎやかだった。

虹色に輝く観覧車がぐるぐる回る夜中、若者が集う遊興娯楽施設ビルの片隅に彼はいた。


その名は、おやつカブトムシ。


おやつカブトムシとは、ビルの中などにいる虫だった。

戸棚の中などにもおり、よくあちこちうろうろしていた。

体の色はイエローであり、まばゆい蛍光色だった。

おなじく蛍光色のピンクのペイントが芸術的に施された姿は、まさしく唯一無二の虫といえる有様だった。


静かなバーを彩る水槽。

そこにへばりついて、おやつカブトムシは魚を見つめていた。

魚は、しばらく見つめられると、徐々に引っ込んでいった。

(勝ったな、この美しさにて)

おやつカブトムシは飛んだ。

ドレスの女性の背にくっつき、そういう飾りのようにじっとやり過し、外へ出る。都市の煤煙に濁りかけた、深く蒼い夜空を見上げた。

(おお!)

輝く夜空には、まばゆく移動する宇宙船のように進む巨大なアザラシ。

「ぷおーん」

アザラシは寝返りを打つように空を泳いだ。

人々はあまり気にかけていないようだったが、徐々に気づく人が増えるに連れ、異様な空気に包まれていく。

「ふもーん」

「うわあああああ!」

「きゃあああああ、巨大な何かが!」

人々はいつしかあちこちから火がつくように阿鼻叫喚の渦中に呑み込まれていった。

「もぷーん」

(そこまでだ!)

黄色とピンクのカブトムシは、羽音をわずかに響かせて飛んだ。

アザラシは夢見心地で空中にて寝返りを打っていたが、下界の人々の様子には気にも止めない様子だった。

(人々の平和を乱す飛行物体め、もとの住処に帰るがいい!)

ちいさな虫は激しく怒りに燃えてはばたいた。

しかし、疲れてすぐに近くのビルの壁に張り付いた。

(まて、あいつどれくらい高くにいるんだ?)

「あの飛行物体、岡前タワーより高くに飛んでるぞ」

「警察に通報しよう!」

「警察ってああいうのいけんの?」

「さあ」

虫はブン、と羽を素早く震わせた。

(なんかしゃべってるけど……がんばろっと!)

人間たちの会話はよくわからないまま、おやつカブトムシは再び飛び立った。ぶーん。

すると、カラスに食べられた。

(あっ)

おやつカブトムシはおやつだった。香りはバニラだし、味はクッキーだった。かつて製菓店の試作品にまぎれて変なクッキーが焼けた。それがアイシングされてからというもの、なにやら動き出したものがおやつカブトムシだった。

あるときは、動物園でライオンのおやつにと捕まって以来、ずっと食べられないよう逃亡していた。

それからもよくさまざまな鳥などに狙われていった。おやつカブトムシはとにかくなんども食べられかけた。

それで、今も食べられてしまったのだった。

(じたばた)

おやつカブトムシはもがいた。カラスはまだおやつカブトムシを飲み込みかねている。おやつカブトムシは怒りに燃えていた。彼のからだに施された装飾カラースプレーが、正義を訴えていた。

(あ、なんか甘いものが食べたい)

おやつカブトムシはいきなり甘味に飢えた。あまいものを求め、あたりを探る。あいにく空の上には何もなかった。さっき生ゴミからあんこを漁ったカラス以外には。

「カッ!?」

カラスはむせた。いきなり激しくもがくおやつカブトムシに喉の奥まで入り込まれ、思わず吐き出した。

「カァ、カァ……!」

カラスは鳴きながら去る。いまだ高空のさなか、おやつカブトムシは手足を広げて落下。次にはようやく、空を泳ぐ巨大なアザラシの尻尾にたどり着いた。

(うわっ、揺れる)

おやつカブトムシは巨大アザラシの腹部へ歩いた。

巨大アザラシの腹部は揺れ、さらに高空の風もあった。徐々に寝返りを打つその動きは、おやつカブトムシを徐々に下へ落とそうとした。

(こ、ここは天井だ!下へ落ちたほうがいい?いや、なにかへばりつけるものは!?)

おやつカブトムシはアザラシの腹部にて懸命にしがみついた。強風吹きすさぶ空の上、眼下にはきらめく夜景が広がっていた。

(あ、昼かな?あっちに行きたいかな……)

おやつカブトムシは虫なので、明るいところへ向かう習性があった。

しかし、その夜景の中で味わった怒りをまだ覚えていた。

(こいつ、もしかして……あのでかいアザラシを知ってる!?)

しかし、なんだかんだで自分が目的地についているとは気付いていなかった。

(よし、この天井を歩いて行って、そいつを探すぞ)

おやつカブトムシはあるき回った。巨大アザラシはくすぐったそうに体を曲げた。

「ヴォ、ヴォ」

べちべち、と腹部に激しく打ち付けられるヒレ。

おやつカブトムシくらいのクッキーともなると、その打撃には耐えられそうもない。

(あぶない)

おやつカブトムシはアザラシの腹部から足を放した。

すると、真っ逆さまに落ちていく。

(あっ)

おやつカブトムシは高空から落ち続けた。じたばたもがくも、つかまる場所のない空中では何もできない。

(風が気持ちいい)

おやつカブトムシは落下に落下を重ね、高層ビル街のどこかの隙間に挟まるように落ちていった。


いくつもの粘りのある、優しい手のような何かたち。

おやつカブトムシは落ちた先で、ビル街の非常階段の重なり合う場所にたどり着いていた。その間の空間を縫うようにまっすぐ落ちながら、いくつもの蜘蛛の巣を突き抜け、いつしかそのうちの一つに引っかかっていた。

(あれ、なんだっけ?)

おやつカブトムシはもがいた。さっきまでのことはいつしか忘れ去っていた。あたりで、仲間(もしくはライバル?)の巣がやられた上で、色々複雑そうな蜘蛛が茫然としつつも寄ってくる。

(なんだっけ……まあいっか)

おやつカブトムシは羽ばたいた。蜘蛛の巣が散る。蜘蛛は怯えたように飛び退き、間合いをとりながら様子をうかがった。ねばつく蜘蛛の巣をさらに振り払い、ヤケになったような蜘蛛が飛び掛かってくるのも吹き飛ばした。

(なんか、落ちてきたからには、上の方に用事があったような気がする)

おやつカブトムシは飛んだ。

上へ、上へ。非常階段の重なりを抜け、ビルの屋上へ。

すると、上空ではあらたな状況が待ち受けていた。

(?)

「もぎゅーん」

巨大アザラシの悲鳴。小型戦闘機が、3機ほどでぐるぐると巨大アザラシをとりかこんでいた。

まだ発砲などはされていないが、アザラシは空中でうろたえるように首を巡らせている。

「そこの飛行物体、ただちに岡前市上空から離脱せよ、こちらの誘導に従うように」

「オヴォオヴォ」

巨大アザラシは鳴いた。その声は巨体に相応しくとても低く、通常のアザラシのものとは思われていないようだった。低すぎて人間にはなんと言っていようがわからないくらいだし、異様な響きで都市じゅうを震わせていた。

巨大アザラシは困ったように鳴くと、ゆっくり降下。ビルの屋上ギリギリまで迫る。

おやつカブトムシはその上に素早く這い上がった。

(大丈夫そ?) 

「うぎゅーん」

巨大アザラシはうつぶせで悲しげに鳴いた。おやつカブトムシはさっきのことなど忘れ、親身に話を聞いた。

(そうなんだ、おうちに帰れなくて困ってるんだ、かわいそう……それなのにそらとぶ怖いのに囲まれて……でも大丈夫、このくらい世の中、普通だよ。)

「ぎゅ?」

巨大アザラシは顔を向けておやつカブトムシをまじまじと見た。それから、大きく寝返りを打った。

おやつカブトムシは強くはばたいた。

(にしても、なんて奴らだ!こんな迷子の若者を囲いこんで追い詰めて!拙虫がなんとかしてやる!)

拙者の虫版で、拙虫である。

おやつカブトムシはまたしても怒りに燃え、正義のカラースプレーの意志の赴くままに飛んだ。

そして、戦闘機から降りてきたパイロットの顔に張り付いた。

「きゃー、変な色の虫が!」

女性の声。

パイロットはヘルメットを外して叫ぶ。

(こら、迷子の若者を困らせない!)

おやつカブトムシは必死に羽ばたき、手足をばたつかせた。

「こちら3番機、変な虫がいる。繰り返す、変な虫がいる。いったん集合しよう。すごく珍しいぞ、これは」

「……なんだそれは?コーカサスオオカブトより珍しいのか?仕事中だぞ」

「コーカサスオオカブトより、珍しい。」

「……こちら一番機、降下する。二番機は哨戒を継続せよ」

「二番機、了解した」

パイロットたちは変な虫を見ようと、連絡を取り合ってから集まってくる。二番機らしき戦闘機はあたりをまだ飛んでいたが、巨大アザラシはそのすきに空を見上げて鳴いた。

「ぎゅーん」

すると、空の果てが輝いた。

(見つかりました、天の川のどこかに紛れ込んだ宇宙アザラシのアマちゃん、ようやく群れにもどります!感動の瞬間です!)

どこからか、そういった意味の宇宙語らしき言葉が響く。それは人の耳には聞こえない波長だった。

巨大アザラシは夜空へ飛んで、はるか星々の向こうへ消え去った。

それを、岡前市の人々は唖然として見送った。

以後数ヶ月ほどはニュースにもなったが、さまざまな感慨や畏怖を与えつつ、徐々に話題はフェードアウトするだろう。それからも、宇宙アザラシの迷子は岡前市には流れ着かなかった。


おやつカブトムシは街中にいた。

どこかの繁華街の大通りに面したベーカリー。そのショーウインドウに、虫特有のシルエットでへばりつく。彼はしかし、自分のルーツに気づきつつあった。

(ここ、いい)

彼は街中に跋扈する害虫のごとくベーカリーに侵入した。衛生面はすっかり遜色ないほどに活躍した彼は、しかし数日もたてば、もう何も覚えていなかった。

(ご覧ください!世にも奇妙な可動菓子の成功作が、ついに自分を生み出した魔法ベーカリーに帰り着きました!)

どこからか、またなにかよくわからない言語でアナウンスが響く。

(いや、ファンタジーかSFかどっち?)

おやつカブトムシは一瞬賢くなったように聞いたが、次の瞬間踏み潰されかけてどこかへ逃げ惑っていった。棚の下にいたアリの行列が、その走りに一瞬乱されて散った。

お読み頂きありがとうございます。

一応現代ファンタジーだったと思います。

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