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地獄の道は善意で舗装されている

作者: クチナシ

 



 


 朝、鏡の前で四十分を優に過ぎる時間を掛ける。


 歯磨き、顔を洗い、制服を着る。化粧水や乳液をつける。カラコンを入れ、瞳を大きくする。コンシーラーを目元とそばかすに着けて指の腹で軽く叩く。バレないくらいの色付きリップ。ツヤの無い髪をブラシで梳かし、ヘアアイロンを当て真っ直ぐにセットする。ヘアオイルを塗って髪にツヤを出し、飛び出したアホ毛にムースを使って寝かせる、ぱっちり二重にする為のアイプチ…等々。


「ちょっと、莉子! ご飯できてるわよ!」


煩わしい声は無視する。食べるわけないじゃん。朝ごはんはいらないっていつも言ってんのに。


「莉子! さっさとご飯食べなさい!」


扉が開いて、のっぺりとした顔がそう言った。鏡越しのその醜い顔を見て、反射的に目を逸らす。目の前には自分の顔。目はどうにかなる。だけど輪郭は痩せないとどうしようも無く、鼻も口も誤魔化せない。


そっくりだ。


「煩いな! 太るからご飯要らないって! 今忙しいの!」


早く視界から消えて欲しかった。


決定的な一言が心を貫く前に。


「そんなに顔弄ったって変わらないでしょ! いいからさっさとご飯食べて!」


変ワラナイ?


カワラナイ?


「はぁ? ふざけんな!! 誰に似てこんな顔になったと思ってんのよ!! もっとキレイに産んでくれれば良かったのに!!」


のっぺりとした顔が強張った。絶句した隙に鞄を持って玄関に向かう。


食卓に置かれたトーストと目玉焼きに胸がチクリとした。


「…いってきます」




覆水盆に返らず、言った言葉は戻らない。


でも、そっちが悪いんじゃん。




 家から歩いて少し、いつもの場所で親友の真理亜は待っていた。頭はとっくに冷え、ひどく憂鬱だった。


「ごめん、待った?」


「ううん。大丈夫…」


こちらを気遣う雰囲気を感じて、無理矢理笑みを作った。真理亜はそれでも気まず気にチラチラとこちらを伺う。


「…あのさッ! …今日も瀬川先輩のところ行くの?」


瀬川先輩、という言葉に心が躍る。


「うん、そうなんだぁ。昼休み早く来ないかなぁ」


笑み崩れているのを自覚しながらも、ニヤニヤしてしまう。対照的に真理亜の顔は曇っていった。


「あんまりいい噂聞かないよね? 真理亜すごく心配で」


「あー、あれはね、哉斗先輩の元親友が悪評立ててんの」


「ヤバい人達と関係あるって聞くし…なんか薬売ってるとか…」


「…哉斗先輩は優しい人だよ。ちょっと寂しがり屋で、私がいなきゃ…ダメな人なの」


「莉子ちゃん変わったね…。中学校はそんなんじゃなかったよ。メイクなんてしてなかったじゃん」


「…みんなしてるよ。真理亜はそのままでも十分可愛いけど、私は…ほら、ブスだからさ」


ブスだなんて一番言いたくない言葉だった。でも、もっと本格的にメイクしても真理亜に勝てるとは思えなかった。


「莉子ちゃんはメイクなんかしなくてもとっても可愛いよ?」


いつもなら笑って受け流せる言葉が、痛い。


「ね、メイク止めよう? してもしなくても莉子ちゃんの顔は変わらないよ?」


変ワラナイ?


カワラナイ?


「…うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいぃぃッ!!!!

小顔で、アイプチなんかしなくても二重で、カラコンなんかしなくても大きな瞳で、コンシーラーで隠すシミもそばかすも無いお前なんかに私の気持ちが分かってたまるか!!

変わらない? 変わらないって何!? ブスはどんだけ化粧頑張ってもブスなまんまとでも言いたいの? 可愛い可愛いって、それで嬉しいと思ってると思ってんの!? 救われてると思ってんの!? 可愛いくないことくらい自分が一番良く分かってんだよッ!! 思ってもないこと言うんじゃねーよ!!」


「ちが、真理亜そんなつもりじゃ…」


「じゃあなんだよ偽善者」


「…ご、ごめ、ごめんなさい。莉子ちゃんがそんなに悩んでるなんて知らなかった…。でも、真理亜莉子ちゃんの顔好きだよ? 莉子ちゃんが嫌いでも、真理亜好きだよ? だからそんなこと言わないでよ…」


涙をポロポロ流して、顔をぐしゃぐしゃにしながら言う真理亜にどうしようも無く苛立った。


結局、真理亜が言っているのは綺麗事だ。綺麗事なんて自分が綺麗だから言えるんだ。


「…真理亜。アンタなんか大っ嫌い」


泣き崩れた真理亜を置いて、歩き始める。一度も振り返らずに。




 結局昼休みが始まるまで真理亜は遠巻きにこちらを見ていた。その視線に気づいてはいたけど無視した。


分かってる。今謝れば、優しい真理亜は許してくれるだろう。


それでも。


「ママと真理亜とケンカしました」


「そっか」


誰もいない非常階段。二人だけの世界。購買で買ったあんぱんをあげると哉斗先輩は嬉しそうに笑った。


「莉子、頑張ってるね」


「…」


「莉子、努力家だね」


「…うん」


哉斗先輩の隣に座って、頭を撫でられるとどうでも良くなる。


「ほんとうは…」


「…ん」


「わたしがわるいってわかってるんです」


哉斗先輩は優しく背中を撫でてくれる。


「ママがまいにちわたしのためにごはんつくってくれてるのも、かんしゃしなきゃっておもうし」


「…うん」


「まりあにも、たすけられてばっかで」


「…うん」


「せんぱいは、わたしのこと、どうおもってますか」


「可愛いって思ってる」


「…」


「可愛い後輩だなぁって」


「えへ、そう言ってもらえて嬉しいです」


哉斗先輩はあんぱんを鞄の中に入れるとサプリメントを飲み出した。


「先輩、ご飯食べなきゃですよ」


「あんぱんは三時のおやつにとっとくよ?」


「そうじゃなくて、サプリメントじゃ体に悪いし、薬物やってるって噂立ってるし」


チラリと哉斗先輩の鞄の中を見れば、鉄分、ビタミンC、アミノ酸など、様々なサプリメントのパッケージが見えた。


「俺ご飯全般嫌いでさぁ。ちっさい時からあんぱんしか食べれないし…」


「あはは、なんであんぱんだけ…フフ」


哉斗先輩はまじめくさった顔で言った。


「ヒーローだから。ぼくの」


飢えた人にあんぱんの顔をあげるヒーローを思い浮かべて、少し笑った。


「あ、莉子にもあげるー! パンだけは体に良くないし」


「ありがとうございます」


「あ、次の授業何?」


白い錠剤を水で流し込みながら、五時間目の時間割を思い出す。


「美術です! あ、ヤバ、移動教室!」




××県××町の××高校で×月、同校に通う1年生の天城真理亜さん(××歳)が授業中に同級生に顔面をカッターナイフで切りつけられた事件で、…(省略)…その後飛び降りた同級生が薬物を使用していたことが…(省略)…錯乱状態にあったという見方もあり…




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