8話 試合
「いけぇぇぇぇ‼やっちまえぇぇ‼‼」
「ライナスぶっ潰せぇぇぇぇぇぇ‼」
数人の男達の怒号が飛び交うそこは、夜の公爵家敷地内のポッカリ空いた焼け野原。
「ライナス、貴方団員から嫌われすぎじゃないかしら?」
騎士団支給品よりも細身の、片方の刃を潰した剣を構え男物の服を身にまとい、髪を一つに結んだわたくしが問うと、ライナスも同じ様に刃を潰した剣を構えながら肩をすくめた。
「俺の仕事は他国の密偵の掃除も含まれてんの、この前出来た偽恋人達を横から搔っ攫った風になったからそらキレるよな」
「……お気の毒に」
チラリと遠くに座っている殿下を見ると、連れてきてくれたアスランの横で縮こまっている。
殿下、怯えすぎよ……。
ヒュン!と風を斬る音が聞こえ、すぐさまライナスからの一撃を剣で受ける。
ライナスとの筋力の差は歴然なのであえて剣は軽く持ち、力を逃がす様に相手の剣を滑らせて受け流す。
チリリと刃が鳴り、ライナスと正面から対峙した。
「俺との勝負でよそ見なんて余裕だな!」
「フフフ、力んでも仕方がないでしょう?でも安心なさい、今日は貴方の連勝記録、止めてあげますわ」
2年前はライナスに勝てたのだがここ最近は拮抗している。
もし、今日負ければ3連敗になってしまう。
言うと同時にしゃがんで地面に手をつき膝裏を蹴るが、軽く後ろに跳ねて躱される。
来るわね。
こちらの態勢が整う前に、ライナスからは二本のナイフが飛んでくる。
ライナスの嫌な所はここなのだ。
剣技はそれほどでも無いが彼はナイフ投げに関しては超一流。
そして心を読む闇魔法と合わせれば、これから踏み込む足、剣を振りかぶるための手、相手の一手先を読んでナイフで牽制し、態勢が崩れたところに剣を打ち込んでくる。
全てが地味でありながら本当、うっとうしいのよね‼‼
馬鹿正直に剣で大振りに受けると隙を作ってしまうため、剣の柄と鍔で軽く弾く。
弾くと共に、横からライナスが剣を横に振りかぶってきた。
心を読むライナスへの対抗策として有効な手段は主に二つ。
一つは魔法を使う隙を与えないこと。
そしてもう一つは……何も考えないこと‼‼
わたくしはライナスの剣を自分の剣に滑らせるように力を逃がし、本能と流れのままに体を反転させてライナスの力を利用して剣を振りかぶる。
つい本気で首を狙ってしまったが、ライナスはギリギリのところで首をのけぞり避ける。
髪が避けきれず、何本か切れてしまった。
刃を潰している剣なので体に当たっても打ち身くらいだが、髪くらいなら切れてしまう場合もままある。
「あっぶねぇ‼姫さん戦う時マジで脳筋だな‼」
「お黙りなさいな‼」
思わず一歩引いて逃げようとしたところをわたくしからも一歩詰め寄り、今度は下から剣を振りぬく。
ライナス相手に間合いを空けてしまうのは愚策、魔法とナイフを使えないように極近距離で打ち合うのが正解。
わたくしの振りぬいた剣をライナスは顎一歩手前で受ける。
何度もわたくしが近距離で打ち、ライナスがそれを体に当たる寸前で受け止める。
ここまで近距離になってしまうと、小さいわたくしの方が完全に有利。
ライナスは何度も態勢を立て直そうとするが、わたくしはそんな隙は与えない。
彼が後ろに跳べば、その分わたくしも彼に合わせて跳んで詰め寄る。
細かく、小さく、正確に、隙をつきライナスの余裕を奪っていく。
「グッ‼」
何度目かの打ち合いの末、一瞬ライナスの踏み込みが甘い瞬間をわたくしは見逃さなかった。
渾身の力を込めてライナスの剣を天へと打ち上げる。
カァン‼と金属音が鳴り響き、ライナスの右腕は完全に上を向き、剣はその手を離れ、体は開いてしまう。
今‼
わたくしはすぐさま彼の首めがけて剣を振るう……が、左手のナイフで受け止められてしまった。
彼の体で視角を作られたせいで見えなかったのだ。
でも……。
ライナスが後ろに下がり、バランスをとろうとした足を軽く引っかけた。
「ゲッ‼やば」
後ろに倒れ込むライナスは手元がお留守になっている。
キィンと軽い力でナイフを弾き飛ばし、そのまま倒れ込む力を利用してライナスの腹に乗り、首に突き立てた剣を寸止めする。
「もう少し足掻いてもよくってよ??」
「あークソ!俺の負けだ。降参」
ライナスが両手を挙げて降参の姿勢をとったため、彼から降りて手を貸して起こした。
「姫さん、また強くなってねぇか?」
「フフフ、わたくしの目標は魔法有りのアスランに勝つことでしてよ。これしきで止まってられないわ‼」
「ウォォォォォ‼亡霊ちゃんよくやった‼」
「最後までぶっ刺しちまえばよかったのに‼でもよくやった‼」
周囲の騎士団員から拍手と共に声援が来る。
一人物騒なことを言っているが、偽恋人をとられた団員かしら。
「次ぁ俺だ‼」
観戦していた輪の中から別の大柄な団員が出てきた。
公爵家で行われる剣の稽古はその日にもよるが、試合形式であれば勝ち抜き戦が多い。
ライナスはさっさと焼け野原から退き、わたくしは出てきた団員に構える。
見上げる程に大柄な男。体格の良いライナスが横を通っても小さく見えてしまう。
初めて見る顔ね。
「俺ぁ、さっきの坊ちゃんみてぇなお綺麗な戦い方はしねぇぜ、女が剣を握るなんざ100年早ぇ!」
「貴方新入りね?ライナスがお坊ちゃんだなんてよく言えるわ、言っときますけどわたくしには魔法有りで手加減しなくてよくってよ」
さっき、ライナスが実力を出し切れなかったのはギリギリまでわたくしが近づいたから。
それを察することが出来ないなら、たかが知れてる。
「いらっしゃいな、手解きして差し上げましてよ!」
フフンと鼻を鳴らし、剣から片手を離し手招きして挑発する。
男はカッと顔を赤くして手を上に振り上げた。
響く地鳴りと共に、地面がせり上がり男の周りに身長と同程度の大きさの大岩がいくつも形成される。
あぁ、そういうこと。
男は平民に見えるが、貴族の血を引いているのか魔力が相当多いらしい。
一般人であればこの大岩を見れば逃げる。その辺のゴロツキでも同じことだろう。
なまじ魔法が強いと、戦闘経験が浅くとも過剰に自信をもってしまう者が多々いる。
「フフフ」
「お前ぇ、何笑ってんだ‼」
男が手を前に突き出すと、大岩は真っすぐにわたくしの方に転がって来た。
わたくしは持っていた剣をくるりと反転させ、潰していない方の刃を向ける。
そして襲い掛かってくる大岩を迷いなく斬った。
大岩の直径が刃の長さを超えているため、何度も振りかぶり斬り刻む。
大岩だったものはバラリと細切れになり地面に落ちてしまった。
「なっ……は、岩を、斬った⁉」
もっと早く転がるなら、手こずっただろう。
でもこれしきの速さでは止まっているのとほぼ同じ。
わたくしはいくつも雪崩れてくる大岩に飛び乗り、その上を跳んで男の所まで駆けていく。
「クッソガァ‼」
男めがけて大きく跳んだところに、ひと際大きい大岩が跳ねて襲い掛かってくる。
「愚策ね」
思わず、クスッと笑ってしまった。
わたくしは大岩を斬り刻み、その落ちていく瓦礫に身を潜め、男の背後をとり殺意をもって刃を潰した剣を首に寸止めした。
「もっと戦法と剣技を学びなさい??これでは魔法に振り回されているのと同じだわ‼」
殺気を収め、男の首から剣を離すと男はガクリと膝から崩れ落ちた。
「ハハハハハ‼だから言っただろう!亡霊ちゃんは強ぇえから今のままじゃ勝てねえって‼」
なるほど、少しいきがっている新人の鼻をへし折るためにここに連れてきたのね。
笑っていたのは黒髪黒目、薄い水色の団服を着た、小隊長のオスカーだった。
「あらよく言うわ?オスカーだって初めてわたくしと戦った時はぼろ負けしていたじゃない‼それもわたくしが10歳の時に!」
「えぇ⁉小隊長それはいくらなんでも……」
「おいおい、俺はあの時油断してたの‼もう一回やったらちゃんと勝っただろ⁉」
そう、あの時彼は完全にわたくしを舐めていた。
だからこそその隙をついて勝てた。
そんなもの実践なら無意味な言い訳に過ぎないのだが。
「フフフ、なら今も勝てるかどうか試してみようかしら。いらっしゃいな、遊んであげましてよ」
剣を構えるとオスカーもやる気になったのか、刃を潰した剣を取り出し輪の中から出てくる。
「おうよ‼勝負だ亡霊ちゃん‼‼」