7話 ポンコツ測定
しばらく待っていると、緊張した侍女二人に連れられてカイゼル殿下が戻って来た。
彼の恰好は赤……くはなく、黒い。
だが先ほどの様に黒一色ではなく、黒の中にも濃淡をつけ、ジャケットには金の刺繍、耳には瞳に合わせた紫色の耳飾りもしている。
髪もパッツンではなく、更に切りすっきりとした短髪になり、見た目だけで言えば異国の王子だと言われてもしっくりくる。
「あら‼まぁ!まぁ!まぁ‼やれば出来るじゃないの‼‼」
母である側妃も父である陛下も美形。
カイゼルも整えればちゃんと美形の部類に入った。
フフフ、これならわたくしの隣に立つにふさわしいわ‼
何よりセイランが喜んだのが、ウィリアムとの違い。
ウィリアムは金髪碧眼の正統派王子。同じ系統ではとてもではないが太刀打ち出来ない。
ただ今回、ウィリアムが金色の王子ならカイゼルは漆黒の王子といった様に方向性が違う。
方向性が違えば多少なりとも勝機は出てくる。
それになにより‼‼
「傲慢悪女の隣に立つなら、漆黒の王子がピッタリだわ‼‼」
「えぇっと……褒めてくれているんだよな、ありがとう。サマンサとメリーもありがとう」
「「もったいないお言葉でございます」」
先ほど馬鹿にしていたのが嘘の様に侍女二人は粛々と頭を下げた
あらあら、従順になっちゃてまぁ。
恐らく、悪女から助けてくれるのは彼しか居ないと思い従順になったのだろう。
カイゼルがきちんと名前を憶えているのも大きいのかもしれない。
カイゼルは恥ずかしそうに短く切られた髪を触った。
「……なんかどこか行くわけでも無いのに恥ずかしいな……」
「大丈夫ですよ、さっきの殿下の方が余程恥ずかしいんで」
「……そ、そうか…………」
照れていながらも嬉しそうにしていたのに、ライナスの言葉でカイゼル殿下はしゅんと肩を落とした。
さっきの赤づくし、もしかして気に入ってたのかしら。
カイゼル殿下の美的センスを疑いつつもわたくしは殿下の前に大量の書類を置いた。
「これは?」
「筆記の実力テストですわ!殿下がどのくらいのポンコツなのか確認した後、どうやってポンコツを抜けるのか方向性を決めますわ」
筆記以外にも、魔力の計測と魔法、王宮の庭園を走って体力、ライナス相手に剣術、ダンスなど様々なことをテストした結果……。
筆記テスト:全教科平均点ギリギリ
魔力:貴族の中でも少し低いくらい (属性土)
魔法:ゴーレムを作れるが魔法陣が無いとやはり出来ない。
そして魔法陣を描く際にゴーレムへの命令式を入れるため初めに入力した歩く、殴るなど単調な動きしか出来ない
体力:ほぼ無し
剣術:構えからしておかしい
ダンス:踊れない、その前にパートナーに触れるのを恥じらって触れない
マナー:可もなく不可もなく
「ほんっっっっとにポンコツね‼」
「だ、だから僕には無理だって言ったじゃないかぁ」
「アッハッハッハ!ここまで突出していないと逆に清々しいですね‼」
魔法や剣術のテストのために王宮庭園に3人は来ていた。
「貴方王子でしょう⁉剣の構えからしておかしいのはなぜ⁉王子教育されているのではなくって⁉ダンス恥ずかしくて踊れないってどういうことよ‼」
わたくしが叫ぶとカイゼル殿下は小さくいじけてしゃがんでいる。
丸まっていると蹴り飛ばしたくなってくるわ‼
「お、王子教育は……その、僕はそのうち爵位だけもらって、別に他国に婿入りするわけじゃないから筆記だけなんとかなればって言われて……」
「ふざけないでちょうだいな‼公爵家に婿入りするにしてもこれはあんまりだわ‼‼」
「まぁまぁ姫さん、殿下に言ってもしょうがないから」
ライナスに言われて、怒りを鎮めるように一気に息を吐く。
魔力、魔法については彼自身の素質が関係している。
筆記に関してはこれまでの教育が最低限に押しとどめられていたのか分からないけれど、それ以外の体力、剣術、ダンスについては何となく理由が分かる気がするわ。
引きこもっているから体力は無いにしても、剣術を教えないのは暗殺をしやすいようにかしら。
ダンスも婿入りさせるまで社交はさせない気でいるわね。
つまり、陛下は初めからカイゼル殿下を王位に就ける気は無いということ。
「ハァ、まずは貴族に必要なダンスと……最低限身を守れるように剣術かしら……」
ダンスを知らなければまず馬鹿にされる、そしてカイゼルがわたくしと一緒に社交を始めたとなれば陛下の意向と異なり、彼を害する可能性が出てくる。
「そーだなぁ、あとは親父に言って護衛をつけてもらう感じだな、そもそも王族なのに護衛が居ないのがおかしいし」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、僕は頑張っても本当に何も出来ないんだ、だから……」
「だからわたくしが殿下と一緒に馬鹿にされるのを我慢してくれっていうことかしら?嫌よそんなの‼」
「うっ……それは悪いとは思っているけど……でも……」
芝生に這いつくばってうなだれるカイゼル殿下を、ライナスは隣にしゃがんでじっくりと観察し始めた。
あら、魔法を使っているわ。
闇の魔法は使用中であっても使用者以外には見えない。
だが魔法全般として、魔法を使う時にその人の癖が出る。
ライナスの癖は親指と中指をこすり合わせることによって魔法を発動させている。
「殿下、それは稽古じゃないですよ?試合でもなんでもない。それは弱い者いじめです」
唐突に言ったライナスにカイゼルは驚きの顔を見せる。
「勝手に心を見てすんません。でも構えも知らないのに頑張ってもっつーのが何か引っかかったんで」
「?どんな稽古なのかしら?」
ライナスに聞くと、カイゼル殿下の剣の教師は剣を扱う者の名には詳しいわたくしも知らない様な人間で、ただ幼い殿下に剣を持たせ何も教えずにひたすら試合形式で切り合うだけだったらしい。
ダンスもわざとパートナーが嫌がる演技をしていたとかだったらしい。
「……殿下、貴方もしかして剣が怖いのかしら?それとダンスはパートナーに嫌がられるのが怖いとか……」
芝生にうずくまっていた殿下はビクリと震え、小さく頷いた。
「僕は……剣も怖いし、男なのに力が無いから剣がうまく扱えない、ダンスも音感が無いからリード出来ない、僕と一緒に踊っても……」
「プッ!フフフそう……貴方力が無いから剣が扱えないと言われたのかしら??」
「……笑いたければ笑えばいいだろ」
殿下は涙声になって更に縮こまるが、わたくしその姿を見てさらに笑った。
力が無いから剣が扱えない???
そんなことならわたくしは騎士団の皆に勝てていないわ!!
剣は技術よ‼力押しをするのは三流のやること‼
「殿下、ライナスに」
「姫さんが剣を教えればいいんじゃねえの?」
ライナスに剣を習いなさいと言おうとしたところで、ライナスに先に言われてしまった。
ライナスの言葉に殿下は目を丸くしている。
「何を言っている?彼女は令嬢だろう?」
「はい、でも俺の親父の弟子であり、2年前俺に勝ってます」
「ライナス!」
2年前、変装して出た騎士団入団試験でわたくしの相手はライナスだった。
確かに、わたくしはライナスに勝った。
陛下もあの時、怒りからか箝口令を敷くことを忘れているようで口止めもされていない。
でも……。
「ライナス、わたくしは貴方達の」
「姫さんに負けたってだけで俺達の名誉が傷つくほど俺達はヤワじゃない。姫さん、婚約者くらいには言わねぇとまた自分がきつくなるぜ」
ぐっと唇を噛むと、そんなわたくしとライナスを交互に殿下は見た。
「話が読めないんだが……」
「殿下、姫さんはこう見えてめちゃくちゃ強いんですよ
俺は2年前姫さんと試合する機会があって、その時姫さんのこと嫌いだったんで半殺しにするつもりで試合したら負けました」
「……彼女が??どう見たって細いが、どこにそんな力が……」
わたくしはため息を吐いた。
ライナスがここまで言ってしまったのだ、わたくし自身、わたくしに剣の腕があるというだけで騎士団の名誉が傷つくなんて馬鹿げていると思っている。
「殿下、剣は力ではありませんわ。公爵家においでなさいな、全て見せて差し上げましてよ」
にっこりと笑ってわたくしは殿下に手を差し伸べた。
そんな殴り合いの様なものを剣術だなんて勘違いも甚だしい。
殿下は思わずといった形でわたくしの手を取り、立ち上がった。
立ち上がる際、殿下の力の移動を見極めて手を引っ張ってやると殿下は目を白黒させていた。
思ったよりも簡単な力で、まるで天に引っ張られたかのように軽く立ち上がれたのだろう。
フフフ、こんなのまだまだ序の口でしてよ。
殿下から手を離し、騎士の様に胸に手を置き軽く会釈をする。
「このセイラン・アーヴィンの名に懸けて
剣術とは何たるか、強さとはどういったものか、そのアメジストのごとき麗しき瞳に焼き付けてご覧にいれましょう」
最後にふっと微笑むと殿下の瞳はさらに見開かれた。
あら、殿下ちょっと顔が赤いわ。
男性でもこういうのってときめくのね。
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