6話 お人形遊び
「殿下、昼食をお持ちしました」
侍女のノックで3人ともハッとして扉を見た。
「わたくしたちはこれで出ていくわ。次は正式に明日来るから心して待っていなさいな」
「えぇ⁉あ、いや……僕どうせポンコツのままだしこのままで……」
まだブツブツ言っているカイゼルを放置して窓から壁の装飾を伝って元の部屋に戻る。
ライナスが先に窓から入り、わたくしがその後に続く。
ライナスから手を差し出され、掴んで入ったが彼はそのまま手を離さずに無表情でこちらを見下ろしている。
手を離すどころかむしろぎゅっと強く握られた。
お互いに手袋はしているが、手袋ごしでも彼の努力の証である手の硬さが伺える。
「フフフ、なぁに?珍しく真剣な顔して」
「姫さんが元気になったのはいいんだけどさぁ、やっぱこれで良かったのかなって。俺との駆け落ちってか国外逃亡……一回でいいから本気で考えてみねぇ?
南の方には女が軍に入っている国もあるらしいし、姫さんの腕ならきっと雇ってくれる。
……それに、そっちにいけば姫さんを受け入れてくれるかもしれねぇ。
姫さんは悪女っちゃぁ悪女だけど、それ以上に真っすぐで不器用過ぎるからこの国で認められねぇんだ」
じっとライナスが綺麗な青い瞳で見つめてくる。
いつもへらへらとした印象の彼だったが、今は驚くほどに真剣だ。
でも、わたくしの答えは決まってる。
「わたくしはこのグラス王国の騎士団の皆が好きなの。アスランが居て大隊長のニックやヘンリー、小隊長のセントやオスカー、それにライナス、貴方が居る騎士団が大好き。
他国に行けば大好きな彼らと殺し合いをすることも出てくるわ。そんなの絶対に嫌よ。
それに剣士をやらずに極貧生活っていうのもわたくし自身が認められなくってよ!」
わたくしが一息に言うと、ライナスはいつもの様にニッと笑った。
「ん、分かった!でも俺はいつでも姫さんの味方で逃げ道なことは覚えておいてくれよ」
「フフフ、本当に逃げたくなったらライナスが嫌と言っても無理に働かせるから覚悟しておきなさいな!」
2人でクスクスと笑いながら部屋を出てわたくしたちは公爵家に戻った。
団服からドレスに着替えて変装を解き、ガゼポで少し遅めの昼食にする。
「やっぱり武器が欲しいわ」
「武器??またナイフ貸すか?」
サンドイッチを食べながらライナスがほれと軽くナイフを差し出す。
普通なら、周囲に居る侍女や使用人が飛んできて止めるが公爵家の人間はこういったやりとりがもう普通になってしまっている。
もちろん、彼らは夜な夜な騎士が公爵家に来て広大な庭で組手や試合、稽古をしていることも承知している。
わたくしは軽く手を振ってナイフを断った。
「わたくしじゃないわ、殿下のことよ。ライナス、戦闘において重要な3つは?」
アスランがよく言っている言葉だ。
「己を知ること、敵を知ること、場を知ること」
「そう!己を知るというのは己の得手不得手、己の武器を知ることよ。
あの殿下は全てがポンコツということが分かっているだけで、どこを重点的に磨けばいいか分からないからこんなにも迷うのよ」
「んじゃ、実力テストといきますか!明日殿下の所に行くんだろ?俺も行く」
「……ライナス、貴方騎士団の仕事は?」
「休暇中~、姫さんとマジで逃げてもいいように今日から一週間休暇申請してんの。今はどこも平和で俺の仕事もあんま無いしなぁ」
「そう」
ライナスの騎士団での仕事は主に、闇の魔力を使っての諜報。
闇の魔力をもっていることは騎士団上層部と王族かライナスに近しい者しか知らない。
そのため彼は騎士団の人間という肩書の元に要人の護衛につき、護衛というよりも堂々と情報収集を主にしている。
情報収集とはいえ、騎士としてのプライドがあるのか騎士団長の父親を持つからか正面戦闘に関してもかなり鍛えている。
ちなみにライナスの魔法では記憶を読み取ることは出来ず、その時に考えたことを知るだけのため、彼は時に拷問をしながら情報収集をしている。
拷問とセットでやり方によっては洗脳も出来るらしいが、彼はそこのところは頑なに言わない。
と、まぁそれはそれとして次の日、わたくしとライナスはまたカイゼル殿下の部屋を訪れた。
今回わたくしはちゃんと令嬢として正面から、そしてカイゼル殿下も情けない寝間着姿ではなくまともに王族らしい恰好をしている……が。
「殿下、その恰好は何かしら?ふざけているのかしら?」
「えっと??……何か変?かな?」
「ブハッ‼変っつーか赤いですね」
赤い。赤いシャツに赤いベスト、赤いジャケットに赤いパンツ、服の装飾までが赤い。
髪の毛も昨日のパッツンよりは幾分かマシになった程度で、やる気を感じられない。
舐められているわね。
チラリと後ろを見ると、クスクスと笑っている声が聞こえた。
カイゼル殿下がコレをおかしいと思わないということは、いつもこんな感じで使用人達に馬鹿にされているのだろう。
〝わたくしの〟婚約者と分かっていながらこの態度、わたくしに喧嘩を売ってタダで済むと思っているのかしら。
「フフフ」
思わず不敵な笑いをすると、使用人達の笑い声はピタリと止んだ。
わたくしは扇をピシリと閉じて侍女の中で一番くらいの高い者に近づいた。
「わたくしの婚約者に面白い遊びをするのね。貴方を今からわたくしのお気に入りにして差し上げるわ!」
「え?……」
侍女は真っ青な顔をして一歩後ずさったが、そこを逃がすわたくしでは無い。
腕を軽く掴み、ソファに誘導して座らせる。
そして、侍女が綺麗に束ねていた髪を解いた。
「わたくしねぇ、今とってもお人形遊びがしたい気分なの。そうだわ!殿下と同じ髪型、同じ格好にしましょう」
さらりと彼女の茶色い艶のある髪を指でとく。
侍女はわたくしの言葉を聞いて、肩を震わせカイゼル殿下の髪を凝視している。
「あ……の、私……」
「あら?このお人形不思議ね。話すお人形なんてどこにも存在しなくてよ。口を噤んでなさい、でないと驚いて手元がくるってしまうわ」
「そこのお前!そう、お前よ‼ハサミを持ってきなさいな!」
扇で近場に居たそれなりに年齢がいった侍女を指すと、彼女は驚いた様に目を瞠った。
「お嬢様、恐れながら遊びが過ぎるかと……」
「あら?貴方達は殿下のこれがお客様を出迎える格好だと思ったからこそ、赤い服を着せ、髪を整えなかったのではなくって?」
「いえ……それは……」
侍女は俯いてモゴモゴ話しているが、話終える前にわたくしは声を被せた。
「聞こえなくってよ‼王家の侍女はハッキリ話すことも出来ないのかしら⁉それにわたくしに口答えするなんていい度胸しているわ!次はお前をお気に入りにしてあげる」
わたくしの言葉に返答していた侍女が涙目になって震え始めた。
ふぅとため息を吐き、ライナスに向き直る。
「ライナス、ナイフを貸しなさいな」
「ほい、姫さんどうぞ」
ライナスは何でも無い様にナイフを渡す。今回はお互いの距離が近いこともあり普通にライナスが刃の部分を持って渡した。
わたくしは受け取ったナイフを目の前の震えた侍女の髪に向けた、その瞬間にカイゼル殿下が割って入った。
「や、やりスギダ……と…………思うのだが……」
途中声が裏返りながら震えた声でカイゼル殿下は途切れ途切れに話す。
「あら、殿下もわたくしに口答えなさる気かしら??」
じろっと睨むと殿下はまた子ウサギの様にビクリと跳ねて目線を逸らした。
「あ……その、君が僕のためにこんなことをしているのは……その、何となく分かる。この恰好がおかしいんだろう?……次はサマンサも気を付けると思うからその辺で……」
「あら、このお人形サマンサって言うのね。
ねぇえ?サマンサ??殿下はああ言っているけれど、貴方人間に戻ったら殿下をわたくしの婚約者に見合う恰好に出来るかしら?」
サマンサは目に涙をためながら、必死で頷いた。
「フフフ、良いお返事ね。人間に戻っていいわ、それとそこの次のお気に入りと一緒に2時間差し上げるわ。わたくしの貴重な時間を2時間もよ???わたくし嘘つきは嫌いなの。分かっているわね?」
するりと彼女の綺麗な髪を撫でつける。
サマンサはまたしても震え、怯えているがまるで死地に向かうかの様な覚悟で頷いた。
「……は、はい、誠心誠意、殿下を美しくしてみせます……」
「いいわ、行ってらっしゃいな。ほら殿下も!」
殿下、サマンサ、もう一人の侍女が出ていくとライナスはたまらず腹を抱えて笑い出した。
「姫さんの傲慢悪女ぶり最っ高だなぁ!」
「わたくしを甘く見る方が悪いのよ」
紅茶を一口飲みながら一息つくと、先ほどとは打って変わって部屋に残された使用人達もテキパキ動いた。
美味しいお菓子を運び、待っている間に読書などは、といって本を差し出してくる。
ま、始めはこんなものかしら。
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次回19時頃に更新します。
書き忘れていましたが、勢いで書いているため設定ふんわりしている所があります。
ご容赦ください。