5話 祝福
※カイゼル視点です!
何なんだ、一体……。
僕、カイゼル・ハイドラントは心底困惑していた。
部屋で一人で泣いていると思っていたのに、なぜか昨日婚約させられた悪女が変装してきて男と一緒に僕を馬鹿にしているかと思えば今度は、僕をポンコツ卒業とか言っている。
そんなの無理だろ。
僕は本当に何も出来ない奴なんだ。
燃えている悪女に、その逆鱗に触れない様に丁寧に話しかける。
「えっと、やる気のところ悪いんだけど……僕、本当に何も出来なくて……」
「あら、魔法も使えないわたくしへの当てつけかしら?」
なんでそう捉えるんだ。
本当に気にしていたんだな、ごめん。
「いや、そうじゃなくて……勉強も運動も社交も全部だめで……」
「今俺達とは普通に話せてますよ?てか、社交はコツです。女を落とすのにはセオリーがあるんですよ」
赤髪の騎士、ライナスが自信満々で言う。
すごいこと言うな‼
そして女性を落とすだけが社交なのか⁉
……まぁでも、騎士でこれだけ顔が良ければ何もしなくても女性の方から来るだろう。
それを自信満々に技術かの様に言われても……。
「君らは見た目も良いし、他に何でも出来ることがあるからいいだろう。僕は本当に何も出来ないんだ。もう、放っておいてく…………君、何してるんだ?」
僕がまたベッドに突っ伏そうとしたら、悪女は僕の机の引き出しを勝手に開けて何かを探している。
失礼とかそういった考えは無いのだろうか?
「ハサミを探しているの。どこにありまして?」
「えっと、その前に何に使う気かな??」
「その鬱陶しい前髪を切るのよ。まずは見た目の改善から行うわ」
「だったら俺のナイフ貸してやるよ。こっちのが慣れてるだろ?」
「それもそうね」
ライナスは悪女の返事と共に躊躇なく抜き身のナイフを悪女に向かって投げた。
「ちょ‼危なっ‼」
ナイフは悪女の横を通過するかと思いきや、途中で消え、音も無く今は悪女の手に収まっている。
「???……今……え?ナイフが」
「あー殿下、細かいことは気にしない方がいいですよ」
ライナスも悪女も何事も無かったかのように普通にしている。
今のは魔法か?
物体が音も無く移動する魔法なんて聞いたことがないが……。
というかこの悪女、魔法が使えないんだったな。
呆然としていると風を感じ、間の前に黒い線がパラリと大量に落ちた。
「?」
いつの間にか目の前に来ていた悪女を見上げ、そしてベッドに落ちたそれを持ち上げてみると髪だった。
嫌な予感がして急いでベッドから降りて鏡を見てみると前髪は真っすぐに、後ろの髪はザンバラに切られている。
いつ切った??
あの悪女が切ったのか??
音も無く?何も見えなかったぞ?
……と、いうか……。
「なんなんだこの髪型は‼」
「プハ‼殿下、お似合いですよ!」
「これで少しスッキリしたわ。あとは侍女を呼んで整えてもらいなさいな」
もう用は終えたと悪女はまた躊躇なくライナスにナイフを投げ、彼はそれを危なげなく受け取る。
なんだろうか、僕が引きこもっている間に女性がナイフの扱いに長ける魔法でも開発されたのか?
悪女が魔法を使えないなら、これはライナスの魔法か?……使っている風には見えなかったが。
そして、整えると言っても目元よりも少し長かった前髪が眉付近まで切られている。
「これじゃあ、眼が目立つじゃないかぁ」
思わず情けない声が出てしまうが、仕方がない。
僕はこの紫の瞳が目立たない様に一生懸命前髪で隠していたのに、同じくらいまで伸びるのはいつになるだろう。
「隠していても髪の隙間から見えましてよ。そんな鬱陶しい髪をしているくらいならさらけだしなさいな!王族としては微妙でも結構綺麗な瞳でしてよ」
腰に手を当て、悪女がふんぞり返る。
どう見たって淑女らしくない。
いや、騎士団の団服を着て変装して王子の部屋に侵入、勝手に王子の髪を切り、態度は不遜そのもの。
どこを切り取っても淑女ではないな。
やはり彼女は悪女だ。
それにしても……。
「綺麗……と本当に思う……か?」
「あら、わたくしが嘘をつくとでもお思い?」
思わない。
というか、この悪女の行動や言動を考えると本当に脳を通して行動しているか疑いたくなるほどに、全てが不遜で大胆で、思いのままに行動している。
「……嘘をつくとは思っていない、でも……」
「でもこの瞳は好きじゃないから姫さんの言葉を疑う訳じゃないが、僕は好きになれないってところですかね」
思っていたことを当てられて思わずライナスを凝視してしまう。
「あら、魔法使ったの?」
「んや、ただの推測」
悪女が魔法を疑うということは、彼は心が読めるのか?
なら精神に作用する闇魔法か‼
「君、闇の魔力をもっているのか!珍しいな‼」
希少価値が高く、心を読めるなどいくらでも使いようがある。
そんなもの僕にとっては喉から手が出るほどに羨ま
「あー、そこ俺の地雷なんで、それ以上考えるなら気をつけた方がいいですよ?」
ぞわっと背中を何か嫌なものが撫でた感覚がした。
これが騎士達の噂に聞く、殺気というものか。
でもそうか、人の心が読めるなんて良いものじゃないよな……。
反省と共に、申し訳ないがライナスとは少し距離を空けたくなってしまった。
彼はそれを察したのか僕から距離を取り、悪女の後ろに行く。
悪女はライナスが近くに来ても特に気にしている様子はなく、話しかけている。
「ここからどうしようかしら……どこをどうすればポンコツじゃなくなるのか分からないわ」
「んーまずは自信じゃねぇかなぁ。
姫さんはポンコツ夫婦って言ってたけど、俺的には姫さんがポンコツって言われているのは聞いたことが無ぇし、態度の問題が大きいと思うぜ」
「自信ね……」
「あ……その、ライナス殿すまない」
「ハハ!殿下真面目ですね。気にしてないんで殿下も気にしないでいいですよ‼」
ライナスの明るく普通な対応に安心してしまう。
ほっとしたのもつかの間、悪女が何故か僕の頬を両手で掴んで瞳を覗き込んでいる。
いや、睨んでいる。
じっと見つめ合い、不意に顔を引き寄せられると左の目元にキスされた。
「ちょぉっ‼姫さん⁉」
「え⁉あ、え?」
思わず、言葉とはいえない変な声が出てしまう。
「瞳が紫なのが気になるということなら、わたくしが祝福して差し上げてよ!感謝してその祝福を糧に自信をつけなさいな」
またもや腰に手を当て、ビシッと僕を指さしてくる。
女性に免疫の無い僕は悪女から手を離されても、さっきの唇の感覚を目元で反芻して顔が熱くなっているのに、悪女の方は普通。
聖女の祝福ならまだしも、悪女の祝福。
それは喜んでいいのだろうか……。
でも、なぜだかちょっと嬉しくなっている自分が居る。
「えっと、その……ありが…………え?」
照れくささを隠すために、パッツンに切られた前髪をガシガシ掻いて悪女に礼を言おうとした僕は固まった。
悪女の顔がほんのり赤い。
近くで見たから分かるが、彼女は変装用の化粧をして肌の色を落としている。
これ、本来の肌だったら結構赤いんじゃ……。
自分でキスしておいて、赤くなって、平気なフリをして照れ隠し(?)に高圧的な態度を取る。
なんだよそれ、ちょっと可愛いな。
「はいはい殿下がお礼も言ったし、自信もつきましたね。じゃ、次行きましょう、次―!」
ライナスがパンパンと手を叩いて僕と悪女の間に入って来た。
次、この驚きの連続はまだ続くのか……。
そろそろ心臓がもたないんだけどな。
それに自信なんてそんな簡単につくものじゃない。
僕のこのポンコツ感は生まれもっての性格なんだ。
でも、悪女が照れているのはちょっと良いな、必死で隠しているのが特に……。
ぞわっとまたしても背中を嫌なものが撫でつけた感覚がした。
ライナスは悪女の方に話しかけて、僕には背を向けているが意図は分かる。
それ以上考えるな、ということだろう。
人の心を勝手に読まないでいただきたい。
面白い!続きが気になる!と思っていただけたらやる気につながるためブックマークや評価をお願いします‼<(_ _)>
また書きたまったら投稿します。
よろしくお願い致します。