4話 ポンコツ夫婦
ライナスに口をふさがれ、ベッドに抑え込まれている殿下は泣きながら震えている。
何だかこの男、可哀そうになってくるわ。
「殿下、我々は危害を加えるつもりはありません。手を離しても静かにしていてくださいますね?」
ポンコツ王子こと、カイゼル殿下は小さくコクコクと頷いた。
それを確認したライナスはゆっくりと手を離す。
「な、何なんだ……悪女と二人で……」
「あら、わたくし殿下とどこでお会いしたかしら、記憶にございませんわ」
何せこの殿下、面会謝絶が通常運転。
そして社交界やお茶会など人目には全く出てこない。
……というか、この殿下本当に殿下かしら?
今もわたくしを睨みつけるその瞳はどう見たって碧ではない、紫だ。
「……姿絵で」
「あぁ!それで姫さんが美人だから覚えてたってことですか!」
「なっ‼ち、違‼僕は悪女なんて……」
顔を真っ赤にしてカイゼル殿下は否定するが、どう見たってそれは肯定しているようなものだ。
あら、可愛いところあるじゃない。
セイランは美人だが、高圧的な態度を取るせいで美人として扱われることは少ない。
そのためこういった素直な反応は嬉しい。
「そ、そそそれで‼何をしに来たんだ!」
「何を……しいて言うなら殿下のご尊顔を拝見しに来ましたの。わたくしたち、一応婚約者でしてよ?」
「いやぁ、誘ったのは俺ですが殿下、普通に会いに来ても会えないでしょう⁉だからちょちょっと侵入させていただきました」
「ちょちょっと侵入って……」
ライナスとわたくしの気の抜けた雰囲気に当てられたのか、カイゼル殿下も力を抜いてうなだれた。
そして、じっとわたくしの方を見つめている。
「何かしら?わたくしの美しさに見惚れているとしても無礼でしてよ?」
「……君、自分で美しさとか……いや、そもそもその言葉遣いも不法侵入もそっちの方が余程無礼だろう」
ハアと大きなため息を吐いて、またカイゼル殿下はベッドに突っ伏した。
「なんだか君、思ったよりも普通だな。確かに傲慢だけど……」
「あら、わたくしをなんだと思っていたのかしら。殿下は想像通りポンコツですわね」
「でも、殿下のポンコツっぷりも案外普通ですねぇ。もっと凄ぇの期待してたのに」
ライナスは敬語に飽きたのかどんどん口調が崩れていく。
カイゼル殿下は失礼な物言いをされるのが慣れているのか、あまり気にせずそのままベッドにうずくまっていた。
「もっと凄いってどんなのかしら?」
「あー、姫さん見た瞬間にチビるとか?」
下品だわ。
ライナスの言うことは無視することにしてカイゼル殿下に向き直る。
自分よりも身分が下のライナスにここまで言われているのに、カイゼル殿下はベッドに突っ伏したまま何も言わない。
「貴方、悔しいとか思わないのかしら??」
「……僕が無能でポンコツなのは事実だ。それに怒ったとしても僕には何も出来ない。陛下も兄上も母上も僕のことを嫌っているからな」
「嫌われているのは陛下のお子ではないからかしら?」
もそもそ動いて殿下は呆れた顔でわたくしを見た。
「君、直球にも程があるんじゃないか?」
「あら、答えたくなければ答えなければいいのですわ!」
「ハハ!姫さんの言う通り!」
ハァとため息を吐いてまた殿下はベッドに突っ伏す。
「…………母上は僕を確実に陛下の子供だと言っているし、母上の周囲には紫の瞳の家系の男はいなかったから一応陛下の子どもということになっているが……陛下も兄上も疑っている」
それはそうね。
紫色の瞳の王族なんて聞いたことが無いわ。
「貴方が無能の極みと言われていることも瞳が原因かしら?」
「いやそれは……僕が魔力が極端に低いうえに、魔法を魔法陣が無いと使えないからだ」
「「…………」」
魔法とは、持った魔力の性質によって火、水、土、風、光、闇に振り分けられる。
光と闇の魔力を持つものは極端に低く、闇の魔法は人の精神に作用し、光の魔法はそれを打ち消すことが出来る。
光魔法の、闇魔法を打ち消す以外の用途は単なる光として使われることが多い。
ちなみに、基本的に一人一つの属性だが聖女のみ例外で六つの内のどれかの属性と聖女の力の治癒魔法が使える。
そして魔法の使い方。
自分の魔力の属性を検査で把握した後に、魔法陣の辞書があるためその魔法陣を使って魔力を使う感覚を身につける。
感覚が身に着けば、魔法陣は必要なくなり簡単な動作、もしくは玄人になれば動作無しで魔法を操ることが可能。
魔法の種類に関しては魔力の性質によって細かく変わってくるため、同じ属性の魔法でも全く同じ作用になるわけではない。
魔法陣卒業は平均して12歳、カイゼル殿下は現在17歳。どう考えても遅い。
ただライナスとわたくしが押し黙っているのは、カイゼル殿下の魔法陣卒業が遅すぎるからではない。
そして、わたくしは今猛烈に怒っている。
「ねぇえ?ライナス?」
「はいはい、姫さん?」
ライナスはわたくしが怒っている理由に気がつき、楽しんでいる。
「このポンコツ王子は暗にわたくしをポンコツ以下の無能だと言いたいのかしら???」
「いやぁ、殿下は箱入り殿下だからなぁ、知らないんだろ。姫さんが魔法陣を使っても魔法が使えないこと」
そう、わたくしは魔法が使えない。
魔力は平民は無く、貴族はほぼあり、王族が一番高いのだが、わたくしは魔力の量だけ言えば王族並み。
ただし、風属性の魔力をもっていても使えないのだ。
いくら魔法陣で試してみても使えないため、医師に診てもらったところ体から魔力を出す回路が壊れているらしい。
「えぇ⁉⁉魔法陣を使っても、魔法が出来ない⁉そんなことあるのか⁉ってヴ!」
カイゼル殿下がとても驚くため、ついつい喉仏を殴ってしまった。
「あらやだ失礼?とてもうるさい小虫が居らしたの」
「あー殿下、この件はこれ以上触れない方が身のためですよ。姫さん結構気にしてるんで」
ゲホゲホと盛大に咳き込む殿下を見下ろす。
その様子を見ても気が晴れない。
わたくしが……このポンコツ以下⁉
今まで聞いたことは無かったけどわたくしもポンコツと呼ばれていたのかしら⁉
想像するだけで腸が煮えくりかえる様な怒りが沸き上がってくる。
そして、ポンコツ殿下で有名なこの男とわたくしは婚約させられてしまった。
……と、いうことはこれからわたくし達ポンコツ夫婦とでも言われるのかしら⁉
わたくしは咳き込んでいるポンコツ王子、もといカイゼル殿下の胸倉を掴んで引き寄せた。
「わたくし、ポンコツ夫婦なんて呼ばれること許せなくてよ‼」
「え⁉は、あのちょっと……」
「貴方‼今日からポンコツは卒業なさい‼そして誰よりも良い男になってわたくしを褒め称え、わたくしを羨望の眼差しで溢れさせ、わたくしを社交界で一番の女になさい‼
間違ってもポンコツ夫婦なんて名前、わたくしのプライドが許さなくてよ‼」
一息にカイゼル殿下に怒鳴るとカイゼルは目を白黒させた。
「いや、あの俺のことなのに主語が全て君なんだけど……」
「お黙りなさいな‼わたくしと婚約したからにはアクセサリーのごとくわたくしを惹きたてるのが婚約者の役目でしてよ‼」
「え、えぇぇ?……」
「あー姫さん?元気になったのは良いけど俺との駆け落ちは???」
「今は冗談なんて言っている場合じゃなくってよ‼‼ライナス‼このポンコツの教育に貴方も協力なさいな‼」
「あーうん、了解………………まぁいいか、あわよくばだったし…………」
何かライナスがボソボソと言っていたがわたくしはそれどころではない。
胸倉から手を離し、プルプルと子ウサギの様に震える殿下を見下ろす。
これからこの情けなさ100%のポンコツを最高の男にしなければ‼
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次回1時間後に更新します。
本日5話まで投稿し、また書きたまったら投稿します。