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2話 一番欲しかったもの

結構シリアスな感じですが、次話で浮上します。

学園で殿下に婚約破棄を言い渡された後、返って父に訊ねてみたが、ウィリアム殿下との婚約破棄も、ポンコツ殿下との婚約も全てが事実だった。


父も陛下に騙されたらしく、既に婚約破棄の書類にも新しい婚約の書類にも、わたくしの字そっくりのサインが書かれており、わたくしが認めたと思っていたらしい。


わたくしはそんなサインなんてしていない。

書類を見ることすらしていない。


でも、それがわたくしのサインでないという証拠は無い。

実の父ですら欺いたのだ、他の誰が見ても否定は出来ないだろう。



「わたくしの欲しい物はいつも手に入らないわ」


憎たらしい程に美しい白い月を見上げ、一人呟いた。

公爵家の敷地内の庭で他には誰も居ない。



わたくしには幼い頃から騎士になりたいという〝夢〟があった。

その夢がどうあっても叶わないと知り、今度は婚約者に〝愛〟を求めた。


その愛も手に入らなかった。


もう、どうしていいか分からないわ。

夢も、愛も、一番になりたいという願いも全てが叶わない。



「全て……わたくしが悪いのかしら?」


わたくしに優しさがあれば変わったの?



物思いにふけっていると背後から何者かが近づいて来る小さい気配がした。

一瞬立ち上がろうとしたが、すぐによく知っている気配だと気がつき力を抜く。


恐らく今回の事を知って慰めに来てくれたのだ。

わたくしはゆっくりと振り返って大好きな尊敬する師匠の名を呼んだ。


「こんな遅い時間に何の御用かしら?アスラン騎士団長?」


王国騎士団 団長 アスラン・マーティン。

わたくしの最も敬愛する騎士であり、剣の師匠。


ついつい挑発するように声をかけてしまったのに、緋色の髪に茶色い瞳の壮年の騎士は悲痛な顔をしてわたくしの頭を撫でてきた。


「聞いたよ」


たった一言しか言わず、ひたすらわたくしの頭を撫でる。


わたくしも何も言わずにアスランに抱き着いた。





アスランと初めて会ったのはもう10年前、わたくしが7歳の時だった。


その日は騎士団の一斉試合の日だった。

一年に一度、グラス王国の騎士団は勝ち抜き戦の試合を行い優勝者には王より褒美が与えられる。

魔法が使える者は魔法使用可、飛び道具可の一対一で戦って、強ければ何でも有りという形式のため見ごたえがあり上位貴族であれば観覧可能な試合だった。


そこでわたくしとアスランは出会った。

いえ、出会ったというよりもわたくしが一方的にアスランのことを知った。


当時のアスランはまだ団長ではなく、小隊長で、剣技も今ほど洗練されてはいなかったがわたくしはその迷いの無い剣筋に見惚れた。


自分よりも屈強な相手、格上の相手、賢い相手、全てに対して臆さず迷いなく切り伏せるその姿はまさに騎士の中の騎士だった。


残念ながら当時の副団長に負けてしまい、結果としては8位に終わったがわたくしの頭の中は彼の試合の光景で埋め尽くされた。



なんて真っすぐで綺麗な軌道なの⁉



自分よりも力の強い相手の剣はいなし、態勢を崩して的確に一撃を打ち込む。

剣で格上の相手には火魔法を使い、視界と動きを制限して自身の優位な場を作る。

自分よりも賢い相手、変則的なことをする相手には先手必勝で合図が出た瞬間に決着を決める。


わたくしにとって、アスランはまるで英雄だった。

そして騎士である彼を尊敬し、強く強く憧れた。


わたくしはすぐに父に剣術を学びたいと言ったが、父は認めてくれなかった。


「セイラン、お前は令嬢なんだよ?女の子なんだ、もっと淑やかなことをしなさい、刺繍とか……」


「でもお父様!彼らは国を守ってくれているのよ⁉そんな彼らと同じことをすることの何がいけないの???」


「剣術を学ぶことがいけないことじゃない、令嬢がすることじゃないと言っているんだ」



どれだけお願いしても父は講師を呼んでくれなかったが、何日経ってもわたくしの中でアスランの試合は色あせ無かった。


仕方がなく敷地内の木の枝を丁度いい長さに庭師に切ってもらい、あの日見たアスランの動きを真似て練習を始めた。

そして同時にアスランに偶にでいいから、剣術を手解きしてくれないかと手紙を書いた。


平民のアスランは幼い子供の物とはいえ、公爵家からの手紙を無視することは出来ず、毎回丁寧に返事をくれた。


しかし内容はいつも同じで女の子のすることじゃない、とあった。

30通を超えたあたりでアスランは根負けしてくれて、一度だけ見に来ると約束してくれた。



約束の日、試合を見た日からは三か月程経っており、わたくしは木の棒を振り回すのも慣れてきていた。


やっと来てくれたアスランにわたくしは男の子の恰好をして、大興奮で話しかけたのに彼の顔にははっきりと面倒くさいと書いてあった。


今でも覚えている、初めての剣の稽古。


アスランは大きくこれ見よがしにため息を吐くと、わたくしに指示をした。

「あー、それじゃあ適当にその棒を振ってみてください。何か悪いところがあったら言いますんで」


「分かりましたわ‼どんどん指摘してくださいまし‼」


意気揚々とわたくしはあの日見たアスランの動きを再現した。

もう三か月間毎日やっていたことだ。


ちょっとはアスランの太刀筋に近寄れたんじゃないのかしら?

上手いって言ってくれるんじゃないかしら?


そう思いながら、目の前の木を敵に見立てて棒で殴りつけた。



わたくしが見たアスランの試合は計5試合。

その全てを真似て、最後には騎士らしく礼をして終わるとアスランはただ口を開けたまま突っ立っていた。


わたくしの一連の行動が終わったことにも気がついていないようで、そのままぼんやりと敵に見立てていた木を見ている。


もしかして、わたくしがあまりにも不出来だから何から言えばいいのか分からないのかしら……。


不安に駆られてワタワタと彼の視線を遮るように手を振ってしまった。


「あ……あの、その、今までどれだけ頼んでもお父様は講師を呼んで下さらなかったの!だからアスラン様が初めて教えて下さる方なの!不出来なのはわたくし、理解しておりますわ!今から頑張りますから!どうか‼ってキャア‼」


意識が戻って来たかと思ったらアスランは突然、振っていたわたくしの手を掴んでおもむろに手袋を外し、手の平を凝視した。


手のひらは淑女として失格な程にマメが出来、傷ついている。

一応、庭師が指の無い手袋を使っていたため、真似て手袋をはめていたがそれでも傷はつくのだ。



「……失礼、セイラン様はおいくつで?今の動きはどこで覚えたのですか?」

「わたくし7歳ですわ。あの動きは一斉試合の時のアスラン様の動きを真似てましたの」


ほとんど睨んでいるアスランに怯えつつも答えるとアスランはわたくしの手を握って跪いた。


「数々の非礼申し訳ございませんでした。剣の師が必要ということなら喜んで承りましょう‼貴方は…………私が見てきた者の中で一番剣の才がある‼」


アスランに才能があると言われた瞬間、心臓が跳ねた。


「ほ、本当⁉わたくし、騎士になれる⁉強くなれる⁉」

「騎士は……女性の騎士は……前例がありません。ですがセイラン様が強くなれるように尽力させていただくことは出来ます」


アスランはそれからわたくしの師となり、父にもわたくしが剣を習うことを説得してくれた。

嬉しいことにそれからは、アスランから聞いたのか人目を避けてわたくしの所に騎士達がやってきて、かわるがわる試合や稽古をつけてくれた。

わたくしも夜にお忍びで騎士団の宿舎に行くこともしばしばあった。


そしてその試合や稽古は10年経った今でも続いている。



アスランと出会って7年後、わたくしが14歳のとき、お父様に内緒で男のフリをして騎士団の入団試験に出たことがあった。


入団試験で首席を取ってしまえば、わたくしは史上初の女騎士になれると信じて疑わなかった。


入団試験ではまず、現職の騎士と試合をする。

そこでは勝敗も見られるが、負けることが前提で太刀筋や動きなどを見て次に進むかを決める。

次に、受験者同士で組まされて試合をし、順位を決める。



わたくしはサラシを巻き、髪色を変えて試験に挑み、大人も混じっての試験だったのに圧勝だった。

現職の騎士にも勝ち、そして受験者達にも勝った。


首席の新たな騎士として国王に謁見することになり、その時に正体を明かし、騎士になりたい旨を伝えたが国王は激怒した。


神聖な騎士の試合に身分も性別も偽って参加するなどあってはならないと。


「ですが陛下‼わたくしは必ず騎士団の力になりますわ‼他国では女性の騎士も存在すると聞きます‼偽っていたことは謝罪致します!どうか!どうかわたくしを騎士とお認めくださいまし‼」


「ふざけるな‼騎士が令嬢に負けたなどと口外出来るか‼‼我が国の騎士の質を疑われるわ‼即刻首を跳ねられないだけありがたいと思え‼」


「陛下、発言をお許しください」


わたくしと陛下のやり取りに割って入ったのは、陛下の護衛に当たっていたアスランだった。


「よい、申せ」


「ありがとうございます。

セイラン嬢は我が弟子ですが、今では私だけでなく騎士団全体が認める腕前です。


今回に限らず、騎士団の約半数は彼女に負けております。どうか、騎士として認めていただけませんでしょうか」


「は、半数だと⁉」

「はい、とは言っても魔法も飛び道具も無しの純粋に剣と拳での勝負ですが」


陛下はアスランの言葉を聞いてしばらく考えた後、重い口を開いた。


「ふむ気が変わった。お主、我が息子のウィリアムと婚約せよ」

「へ、陛下⁉」


アスランも目を見開いて陛下を凝視した。


「分からぬのか?お主の存在を認めれば騎士団の名誉に関わる。それゆえ騎士として認めることは出来ぬが、他国へ嫁がれでもしたら我が国の損だからな。魔力も高い。よって我が息子ウィリアムと婚約せよ。出来の良い方をお主にくれてやるのだ感謝せよ。では下がれ」


「陛下!わたくしは王家と婚約など‼」

「下がれと命じた‼これ以上は不敬とする‼」


王家、しかも王太子確実と噂されるウィリアム殿下との婚約など、普通の令嬢であれば喜ぶけれどわたくしにとってはそんなことどうでもよかった。


ただ、騎士になりたかっただけなのに……。


父にも帰宅してからほんの少しお小言をもらったが、それ以上にウィリアム殿下との婚約が決まったことを褒められた。


わたくしが欲しいものは婚約では無かったのに、わたくしの様子など見向きもせず話を進められた。


その日も夜はアスランが来て、地面に頭をこすりつけて謝ってくれた。

でもそんなもの求めていないから謝らないで欲しいとお願いをした。



後日、ウィリアム殿下と会うと陛下から何も話を聞いていないようで、彼はわたくしが公爵家の力を使って無理やり婚約したと思っているようだった。


ウィリアム殿下は本当に好きな人と結ばれたいと言って、婚約を今の今まで先延ばしにしていたらしい。


そのことでとても嫌われている様だったけど、騎士団の名誉に関わるため婚約の経緯について訂正することは出来なかった。


いつまでも塞ぎこんでいることは出来ず、騎士にはなれなかったが生涯のパートナーが出来たことを喜ぼうと気持ちを切り替えて殿下を好きになろうとした。


恋愛での好きという感情がよく分からなかったが、とにかく殿下と一緒に居て殿下と愛を育もうと思い、必死で行動したが全て空回りしてしまい、学園に入学すると殿下の心は平民女の方へと傾いてしまった。



それでもわたくしには令嬢として、一番位の高い者になれるという自負があった。

でもそれも今日、砕けてしまった。






「アスラン、わたくしどうすれば幸せになれるのかしら。わたくしが傲慢だから幸せになれないのかしら?それともわたくしが優しくないから?それとも望み過ぎているのかしら?」


「……分からない……が、私も他の騎士達も皆セイランの味方だ。それだけ覚えていてくれ」


アスランはただただわたくしの頭を撫でて抱きしめてくれた。


面白い!続きが気になる!と思っていただけたらやる気につながるためブックマークや評価をお願いします‼<(_ _)>


次回1時間後に更新します。

本日5話まで投稿し、また書きたまったら投稿します。


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