1話 傲慢悪女
前作でブックマークや評価をしてくださった方々本当にありがとうございました!
念のため記載しますが、今回は前回よりもかなりシリアスにいきます。
もし、またお読みいただけたら幸いです。
金髪碧眼の青年はその日、体調不良にもかかわらず王立学園に登校していた。
青年の名前はウィリアム・ハイドラント。
このグラス王国の第一王子にして、今最も王位に近いとされている男。
「殿下、お加減が悪いようでしたら早退された方が……」
側近であり、宰相の子息が気遣うがウィリアムは首を振った。
「最近は政務で登校出来ていないんだ、時間のある時くらいは登校しないと、私は全ての国民の見本にならなければならないんだから……」
「殿下……」
「でもウィルが倒れたら皆が悲しむわ!無理しないで!」
廊下をゆっくり歩いているウィリアムの前に1人の少女が現れた。
少女の名前はリリアン。平民ではあるが、その魔力の高さから学園に入学。成績もいつも上位に位置している。
金色の髪にピンク色の瞳の愛らしい見た目をしている。
そしてこの少女は何よりその心根の優しさで、いつもウィリアムを癒している。
今日もまた、姿を見るだけでウィリアムの顔は緩んでしまう。
リリアンはウィリアムの手を取り、祈るように握った。
「ハハ!リリ、今度は何をしているんだい?」
「もう!今度はって何よ!今ウィルが元気になりますようにってお祈りしているの!」
ぷくっと子供の様に頬を膨らませてリリアンは怒るが、ウィリアムからするとその姿すら癒される。
まるで、本当に体調が良くなっているかの様に体が軽くなってくる。
「……?」
「ウィル?どうかしたの?」
大きな瞳を潤ませてリリアンはウィリアムを見上げるが、ウィリアムはそれどころでは無かった。
気分の問題ではなく、本当に体が軽くなってきているのだ。
先ほどまであった頭痛も吐き気も、眩暈も全てが消えて今は心地いい程に爽快だった。
ウィリアムは目を見開き、リリアンの手を握り返した。
「え?え?どうしたの?ウィル?」
「リリアン‼すごいぞ!君は王国を救う聖女だ‼聖女の生まれ変わりなんだ‼」
ウィリアムは歓喜し、王国が危機に直面すると現れるという聖女の誕生を誰より喜んだ。
「って、言うことがあったらしいの‼‼」
「まぁ素敵‼聖女が平民なのはいただけないけれど、あのリリアン様だったら頷けるわ!あの美貌にあの魔力!魔法の授業でもいつも一番ですもの!」
その前に王族に対して敬語無し、しかも相手は婚約者も居るのに愛称で呼ぶのはどうなのかしら?
隣の女生徒の会話を聞きつつ、わたくし、アーヴィン公爵家の一人娘、セイラン・アーヴィンは冷静に考えていた。
ちなみに、純白の髪に黄金の瞳をもつわたくしがその第一王子ウィリアム・ハイドラントの婚約者である。
隣の女生徒達はクスクスと笑いながらこちらを見始めた。
「殿下が平民にお心を傾けていると噂があったけれど、本当だったのね。フフ!いくら公爵家でも聖女には手出し出来ないでしょうね‼」
あら、このわたくしに喧嘩を売っているのかしら。
「手出しとは何を意味しているのかしら。
わたくし、側室をもつことくらいは許容できてよ?
それよりも伯爵家である貴方のお家を公爵家の力で潰そうかと考えているの。
いかがかしら?」
ヒュッと隣の女生徒から不思議な音がした後、女生徒は青ざめた。
「あ、あの私そういう意味では……」
「あら、ではどういう意味かしら?教えて下さる?」
わたくしが席から立ちあがって一歩近づくと、女生徒はそのまま席から転げ落ちた。
「フフフ、ねぇ?どうして逃げるのかしら?わたくし、質問しているだけでしてよ?」
「ご、ごめんなさ……」
「あら?謝る様なことを言ったということかしら?では罰を与えなくてはなりませんわ。何がいいかしら、そうだわ!我が家から貴方のお家への援助を」
「そこまでだ!」
低い、威厳のある声が響いた。
声の方を見ると、扉からウィリアム殿下と側近のオスカーが眉間に皺を寄せてこちらを睨んでいる。
「あら殿下こちらにいらっしゃるなんて珍しいですわね」
ウィリアム殿下はわたくしを睨みながら、椅子から転げ落ちた女生徒を助け起こした。
「君は本当に性格が悪いな」
「フフフ、お褒めいただきありがとうございます。貴族は心が強くなくては自身を守れませんもの!」
口元に手を当て絶世の美女が淑女として完璧に笑ったのに、誰もがわたくしを冷ややかな目で見た。
「あら皆さんその眼は何かしら?わたくしに言いたいことがあるならおっしゃいな。何も言うことが出来ないなら態度にも出すべきでは無くってよ?」
「いい加減にしろ‼なぜそうも優しさが無いんだ‼」
殿下が正面から怒鳴りつけるが、そんなことで怯むわたくしではないわ。
何より、怒鳴りつければ言うことを聞くと思っていることが癪に障るわね。
「優しさなどという曖昧なもの、わたくしには必要なくってよ。それよりも殿下、わざわざお小言を言いにいらしたのかしら?それともご自分に婚約者が居ることを思い出したのかしら」
「…………本当は、もっと人気の無い所で伝えようと思ったんだが……」
「フフフなぁに?気になるわ。早く仰って下さいな」
「……君との婚約を破棄し、私は聖女リリアンと婚約する」
……は?
殿下は何を言っているのかしら。
王族の、しかも王太子になることがほぼ確定しているウィリアム殿下が……平民と婚約???
公爵令嬢で絶世の美女であるわたくしを捨てて?
「殿下、ご冗談はお止めくださいまし。笑えませんわ」
「本当だ。リリアンは平民だが王国を救う聖女だ。心根も優しく他者を傷つけることなどない!彼女こそ私の婚約者、ひいては王妃に相応しい‼
そして君は今日から弟のカイゼルの婚約者になった!」
なった??
わたくしがあのポンコツ殿下の婚約者?
婚約にはわたくしのサインが必要なのに、『なった』とは殿下はいよいよおかしくなってしまったのかしら。
わたくしの疑問に気がついたのか殿下は下品なしたり顔で付け加えた。
「これは王命だ。公爵家であろうと逆らえないし、既にお父上のアーヴィン公爵から承認のサインももらっている」
殿下の様子は嘘を言っている様には見えなった。
では、真実ということ?
公爵令嬢で絶世の美女であるこのわたくしが……あの無能と名高いポンコツ殿下の婚約者??
想像するだけで寒気がして、背中を汗がつたう。
「……い、嫌よ」
怒りと恐怖で声も体も震えてしまう。
どうしてわたくしがこんな目に合わなければならないの?
わたくしは〝夢〟を諦めた時に誓ったのに……。
一番欲しい夢が叶わないのなら、せめて令嬢として誰よりも一番になると……。
「わたくし認めませんわ……そんな、そんなの!一番じゃなくなるじゃない‼」
わたくしが叫ぶと、ウィリアム殿下はやれやれと大きくため息を吐いた。
「君は本当に私の地位にしか興味が無かったんだな」
何を言っているのかしらこの男は‼
ゴンッと白い手袋をはめた拳で机を殴った。
その令嬢にあるまじき行為に教室の皆は目を見開いている。
でも、わたくしは怒りでそれどころじゃない。
「当たり前でしてよ‼わたくしと殿下は政略結婚!わたくし、一番になれるから‼一番になれるからここまで頑張ったのに‼リリアンは側室で良いじゃありませんか‼」
感情が高ぶり、気丈に振舞わねばと思っていても視界が歪む。
気がつけば大粒の涙が頬を伝っていた。
無様だ。どう見たって。
殿下はわたくしの姿が滑稽で楽しいのか、見たことも無い程に口を歪めて笑った。
「君がもっとまともな人間であればそれでも良いと思っていたんだが、君の行動は貴族としても女性としても目に余る」
殿下はギラリと青い瞳を輝かせて、一歩近づきわたくしに囁いた。
「私が知らないとでも思ったのか?君、不特定多数の男と夜な夜な会っているだろう?時には部屋にも行っているそうじゃないか」
恐怖で肩が震え、顔が青ざめる。
殿下の言うそれは紛れも無い事実だった。
殿下が想像しているような男女の仲になるための行為に行っている訳ではないが、会っている理由を告げれば相手の名誉を傷つけることは確実だった。
そんなこと、出来るはずがない。
会っている人間のほとんどはわたくしが大好きな騎士達だ。
彼らの名誉を傷つけることだけは絶対に出来ない。
グッと唇を噛んで押し黙ると、殿下は勝ち誇りまた下品に笑った。
「ハハハ!傲慢で、他者を傷つけることを好み、魔力は高いが魔法が使えない!更に尻軽!こんな令嬢誰だって嫌だろう!我が弟と婚約出来るだけありがたいと思うんだな‼」
泣きたくないのに、涙を止めたいのに、悔しいと思うほどに涙が溢れてくる。
ボロボロと泣く悪女の姿を、周囲は楽しい見世物として入れ替わり立ち代わり見物して行く。
こうしてわたくしは、無能の極みとして『ポンコツ殿下』の異名をもつ、カイゼル・ハイドラント第二王子の婚約者となった。
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次回16時に更新します。
本日5話まで投稿し、また書きたまったら投稿します。