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転生


 「綾部常和さん、あなたはお亡くなりになり、その魂をレステという幼児の体に移しました。どちらの記憶も残してありますので、ここまではご認識のことかと思います。」

 「やはり私は死んだのですね。アレルギー反応を出して、苦しくて目を開けていられなかったところまでは覚えています。その後、気が付いたら子供の体になっていました。」


 その後、本当に時間をかけて常和の死因とレステに転生した経緯、またその背景について一通り説明を受けた。簡単に纏めると、私は予定外のタイミングで常和として生まれ、また予定外のタイミングで死んだ。管理者の視点からすると、私は世界の、私からしたら宇宙規模の、エラーに巻き込まれたイレギュラーな存在、ということになるらしい。また運よく、そのリカバリー手段が提供できる機会があった。それがレステという存在らしい。


 「結果として、常和さんは受ける必要のないダメージを負いました。今回の転生はそのダメージを修復する機会になります。」


 「・・・だいぶ大きなお話ですね。」

 「そうですね。そして、この機会を取るかどうかを、常和さんに選択して頂きたいのです。」


 「選択ですか?」


 「はい。この数日でレステという存在を実感して頂いたかと思います。転生というこの機会は強制ではありません。今回、常和さんの魂は成長するという目的の中で前進する機会を得られず、それどころか一歩後退してしまったような状態です。先ずはレステの状況を少しでも知って頂く意味もあり一旦転生して頂きましたが、実質は保留という状態です。」


 「そうなんですか?」

 「はい。レステの置かれた環境は、常和さんの生きてきた環境から比べればハードなものです。この世界では、人は簡単に傷つき、死んでいきます。」

 

 確かに熱を出しても解熱剤もない、氷で冷やすこともできない。きっと日本では病院にかかれば治る病気や怪我でも、ここでは致命的になるだろう。


 「それでも生きるという経験はできます。転生というサイクルを繰り返す中で、体を持って経験できることはとても大きいんです。」


 「ひとつ教えてください。転生を選ばなければどうなりますか?」

 「転生を選ばなければ、常和さんは次の転生のプロセスに入ります。レステは、本来であれば既に亡くなっています。というか、魂はもう次のステップに進んでいます。今回、常和さんが転生を選択しなければ、残された体は間もなく亡くなるでしょう。」


 「そうですか... では、気にしても仕方がありませんね。で、もし転生すれば、幼児の体でもう一度生きる機会を得る。選ばなければ...、常和での人生は終わりますね。」


 私は目を閉じて自分の人生を思い起こした。客観的には恵まれていたほうだろう。でも、生きるのは楽ではなかった。学校の宿題や仕事のような明確な課題は頑張れば何とかなった。でももっとそれ以前の、人や社会に対する共通認識のような、周りが疑問にも思わないところで戸惑い躓き続けた。


 貧困とか、飢餓とか、暴力とか、そういうものに対峙して生きてきた人に比べたら、甘えていると思われるだろう。日本という国では、そういう目に見える問題に対しては、社会的なサポートにつながることができる。私の感じた何かは、虚空に対してアプローチを続けるような、正しいかもわからない、リアクションもない、なんでもない顔をしながら崖っぷちで踏みとどまっているような、そんな感じのものだった。


 「......それでもいいかなぁ。」

  

 思ったよりも疲れた声が出てしまっていた。背もたれに体を預け、何もない真白な空を見上げて、目を閉じた。死んでしまったけれど、転生の機会を提示された自分。そんな機会があったら、もしかすると喜んで受ける人のほうが多いのかもしれないけど、私はすぐにその選択肢を取れなかった。


 ずっと感じていた生きにくさ、虚無感、他人とうまく嚙み合わない徒労感。そういったものをまた繰り返す可能性を思い、一瞬、やり直せる機会と天秤にかけたのだと思う。

 

 「私、すごく頑張ったんです。客観的には衣食住に困ったことはないし、教育も受けさせてもらって、多分きちんと社会人をしていたと思います。でも、すごく頑張ってそうなったんですよ。小さいころから些細なことで戸惑って、何かがおかしいんだけど理由が分からなくて、でも、その“わからない”が伝えられなくて。」


 少年に向き直って告げた言葉に、彼は優しい笑みを返してくれた。


 そのまま続けた言葉は、言葉を選べなかった。無意識でその必要がないと分かっていたからだと思うけど、本当に飾れない言葉だったのだと思う。


 「わからないまま、それらしい言動ができるようにして、とにかく人の行動や言葉をまねしていました。かといって、思うがままに生きるみたいに、集団から逸脱する選択もできなくて。今だから言葉になっているのかもしれないけど、私は、自分なりにかもしれないけど、多分すごく頑張ったんです。転生してまたそれを繰り返すのかって思うと簡単にそれを選べない。もう一度生きる機会を頂けるのはありがたいことだと思うし、嬉しい話だけど、どうしたらいいのか判断できないです。」


 

 「その“わからない”も常和さんの受けたダメージの一つですよ。悩みの多い人生や、苦しい人生を送る人はたくさんいます。混乱して迷走する人もたくさんいます。むしろそうでない人のほうが少ない。でも、それは彼らがそういう人生を歩むと選択した結果です。その選択をして、学び乗り越えることで成長します。でも、常和さんの場合はそれを選択していません。 “わからない”のは、成長するためでも、学ぶためでもない。”何のために”という目的がないので、向かう方向も定まるものではない。ですから、そんな状態できちんと生きてきた貴女は、本当によく頑張りましたね。」


 優しい微笑みを浮かべながらそんな風に言われて、私は、言葉を呑んだ。

 一瞬で沸き上がった感情の嵐に、嗚咽を吞み込んだ。


 「なので、ちょっと遊んでいきませんか?」


 「遊ぶ、ですか?」

 嗚咽を呑み込んだまま、無理矢理口角を上げて、平静に聞こえるように意識しながら...そう答えた。


 「はい。遊ぶというと少々語弊があるかな? でもそのくらいの軽さで良いのです。もちろん安楽な人生の保証はありません。少し見て頂いた通り、環境はきっとハードになります。もしかしたら短命に終わるかもしれません。でも貴女は、本来予定されていたあなたの人生を生きるという経験を得られます。そうすることで、受けたダメージを少しづつリカバリーできます。」


 「経験を得る、ですか...」

 「そうです。少しだけ好きに生きて、ダメージを回復して頂いて、また戻ってくる。そうしたら次のプロセスに入ります。あっ、少しというのは我々の感覚の少しであって、仮に100歳まで長生きしても少しの範疇ですよ? あと、現時点で言えるのは、悩んだり苦しんだりすると思いますけど、それは意味のある生きづらさです。」


 微笑みを浮かべたまま、楽な生き方が想像できない内容を説明してくれる彼に、私はなぜか笑ってしまった。実際に転生を選んだら大変そうな言葉ばかりで...


 でも、きっと、嘘ではないのだろうなと、そう思った。

 

 「...大変そうですね。でも、遊んでくるという言葉を聞いて、少し楽しそうだとも思います。」


 目を閉じて、私は垣間見たレステの環境を思い、常和の人生を思い、少年の言葉を思った。

笑えたことで心が決まったのだと思う。息を吐ききったら、さらっと言葉が零れ落ちた。


 「......レステとして、生きてみてもいいですか? もしかしたら、本当に、あっという間に死んでしまうかもしれないけど、遊んでみます。」


 「はい。承知しました。月並みな言葉で申し訳ないのですが、常和さんが望むように生きられますように。充実した人生でありますように。何を考え、何を選択しても良いのです。喜びも楽しみも、悩みも苦しみも、それは全てあなたの糧になります。どうか怯まずに、貴女があなたらしくありますように。」


 「はい。ありがとうございます。」


 そのシンプルで、真摯な餞の言葉に、私は素直にうなずいた。



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