夢を見た
しばらくして熱が下がり、固形物交じりの食事がとれるようになると、病人でいる期間は終わりらしい。
昼間は幼児が集まって過ごしている部屋へ連れていかれ、夜は大きなベットでほかの子供たちと一緒に寝かせられるようになった。と言っても、何かお手伝いができるような年でもなく、好きに遊んでいるだけだ。昼間過ごす部屋には大きな子が誰か一人ついていて、手が空くと遊んでくれたり、本を読んでくれたりしていた。
私は、熱は下がったとはいっても症状が完全に回復したわけでもない。可能な限り暖炉の近くに行き、疲れたらクッションに転がって休むことにしていた。外見はいくら幼児でも、中身は風邪くらいは引いたことのある大人だ。仮に悪化させでもしたら、薬など期待できないこの環境では自分が苦しくなるだけだ。運が悪ければ生死にかかわる。
何をするでもなく、自分の置かれた状況について考えていた。
そのうち、いつの間にか眠ってしまったのだろう。
夢を見た。
気が付いたら、真っ白な空間を歩いていた。足もとは何か硬いものの上を歩いているのに、視界はフロアのようなものがあるわけでもなく、空間を踏みしめて歩いているような不思議な状態だった。どこに向かうでもなく、何が目的というわけでもなく、ただ歩いている。不思議な夢だった。
「常和さん?」
不意に背後から声がかけられた。
振り向いたら十代前半に見える男の子。服装はデニムにパーカーというカジュアルな格好なのに、柔らかい口調と落ち着いた微笑みで、年齢不相応な雰囲気を纏っている。
振り向いた私に向かって、もう一度「綾部常和さんですね?」と尋ねられた。
「はい。」
そう答えた私の声は、明らかに訝しげな色を含んでいたように思う。
「えーと、どこから説明したものか... 私は世界を管理する役割を負ったものです。常和さんにいくつかお話しすることがありまして、こちらに来ていただきました。」
「はい?」
「先ずは座りましょうか。」
彼が私の背後に視線向けた。先ほどまでは何もなかったはずの空間に、白の一人掛け用のソファが2つと、やはり白いオーバルのローテーブルがあった。
えっ、何なの、この状況? と頭の中は一瞬で混乱した。でも、彼の口調と雰囲気に簡単に気おされて、何も言葉を発することができなかった。
促されるままにソファに座ると、彼も斜め向かいにセットされた側に座った。
「コーヒー、お好きでしたよね?」
そんなことを言いながら、テーブルの上に手を伸ばすと、どこからともなくコーヒーカップが現れる。続けて、ミルクピッチャーとシュガーポットが現れて、更にはチョコレートが2粒乗った小皿が添えられた。
「お口にあえば良いのですが...」
「ありがとうございます。」
カップを取り上げ、口に含む。酸味のある好きな味だった。
向かいでは少年が砂糖とミルクを足した状態でカップを口に運んでいる。
何なのだろう、この状況は?
今この夢の中では、私は常和の外見をしている。
夢にしては一つも見知ったところがない。不思議な空間と管理者と名乗った不思議な少年。どこから現れたか分からないコーヒーも、温度や味もリアルに感じることができる。
「ご説明頂けますでしょうか。」
カップを戻し、姿勢を正し、少年を見つめ、聞いてみた。
「はい。突然すいません。驚かせてしまいましたね。少し長くなるので、先ずは一通り聞いてください。」
そう言われて、私は頷いた。