54話 宿題と推し
夏休みも終わりが近付き、僕は配信をお休みして宿題を進めていた。
分厚いプリントを少しずつ進めていく。
前世で最終日に徹夜でやっていた経験があり、今世の僕は残りの日数を考えて計画的に進めている。
どっちにしろやらなければならないのだから早めに終わらせたほうがいいだろう。
何より、宿題のお供として先輩達や同僚の雑談配信を聞いているので推しの声を聞きながら宿題を進めることができている。
『イベントお疲れ様、うん、ありがとう』
今はドクロちゃんのイベント後の雑談配信を聞いている。
チラッと画面を見るとコメント欄もいつものように盛り上がり、ファン達も楽しんでいるようだ。
僕は宿題に戻ろうと視線を机に戻す。
その時、話題が三期生のオフコラボに移った。
『三期生、みんなすごく可愛かった。
うん、楽しかったよ』
コメントに答えながら話を進めるドクロちゃん。
宿題をしつつも配信の声を意識する。
僕の話題が出るのかな、出たら何を話すのかな...
シャーペンを動かしながらも次の声を待っていた。
『初イベントだったけど、みんなあんまり緊張してなさそうだった。
...うん、狐狐ちゃん以外ね』
イベント初日のことを思い出す。
緊張でガクガクブルブルと震えて、何度も話したことのある先輩達を前に目も合わせることができなかった。
今だったら多分大丈夫だと思う...
『赤鬼ド狐のオフコラボはなかなかできない。
狐狐ちゃん山から都会に下りてこないといけないから』
ドクロちゃんのその言葉に残念そうなコメントを書くファン達。
僕は三期生で遊んだ時間を思い出しながら宿題に集中する。
公式を忘れた問題を教科書で復習しながら解いていると今度はカラオケの話題になった。
『奈女々ちゃんすごく上手かった、間近で聞いたけど...凄かった』
淡々と話すことで有名なドクロちゃんが語彙力を失うほどの歌唱力を披露した奈女々ちゃん。
今後は歌枠を増やしていきたいと言っていた気がする。
『うん、鳴子ちゃんも上手かったよ。
みんなも聞いていたと思うけど』
コメントでは【ドクロちゃんも上手かったよ!】とファンのみんなが書き込み、ドクロちゃんは少し嬉しそうに感謝を述べた。
そして話の流れ的に次は僕のことだろう...
『狐狐ちゃんは下手じゃなくて、歌い方を知らないだけだと思う。
声は通るけど声量が足りてないんじゃないかな、私はそう思ってるけど...違うかな』
僕はそうなのかなと顔を上げてコメント欄を見る。
するとコメント欄でも似たようなことを書き込まれていた。
【一流の食材を適当に鍋にぶち込んだ料理みたい】
【喉から出してるから途中で枯れちゃうんじゃない?】
【上手くなった狐狐ちゃんみたいなぁ...】
誰も下手という言葉を使っておらず、今後の成長を期待してくれる言葉ばかり。
僕は宿題をやりながらもやる気に満ち溢れるのだった。
『いつか私達三期生も歌うイベントに出ると思う。
私も頑張って練習する...!』
意気込むドクロちゃんに釣られるように、僕は宿題を一気に終わらせて歌の練習をしようとシャーペンを走らせるのだった。
時間は流れ晩御飯、お風呂を済ませ後は寝るだけでの状態。
僕は今日の分の宿題を終え、発声練習の動画を漁っていた。
正直ボイトレ教室に行っても緊張で上手く練習できないだろう。
だったら慣れた自室で練習した方がお金も掛からないし、リラックスして練習できるはずだ。
(腹式呼吸...お腹から声を出す...?)
いろんな情報を調べて自分でも出来そうな練習を見つける。
とりあえずの目標はしっかり声を出せるようになること。
いろんな人に声は良いと言われている、ならばその声を精一杯活かせるようにしたい。
「スー...ふぅ〜...」
僕は動画の解説通りに練習を始める。
だが、呼吸を意識することは初めてで変な感覚になってしまう。
初めてだというのに一気にし過ぎたのか、酸欠でふらふらし始めてしまった。
(一旦落ち着こう...)
スマホで見ていた練習動画を閉じ、パソコンで見ていたイオちゃんのアーカイブを見る。
焦り過ぎてはいけない、毎日の積み重ねがいつか身を結ぶのだと自分に言い聞かせて今日は少しの練習で終えることにした。
今見ているイオちゃんのアーカイブはホラーゲーム、しかも結構怖いと噂の3Dホラーだ。
イオちゃんは声が可愛らしいので、悲鳴に助かるファンも多いだろう。
ちなみに僕もその一人だ。
『このアイテムは何に使うのだ?』
【左前に見える扉やで】
【今いる場所から左前の扉】
【左前に行ってみて!】
『左前なのだな!行くのだ〜!
うわあぁぁああああ!!!』
【助かる】
【悲鳴助かる】
【(建前)お前ら最低だな、(本音)良くやった】
【ホラーポイント全回収は草】
コメントの嘘ヒントを信じて進み、ホラー演出でびっくりするという一連の流れができていた。
イオちゃんは凄い悲鳴をあげるが、本人はそれも楽しんでいると前にトイッターに投稿している。
理由として、声からして幼いことがバレているのだがそんなに幼い子を驚かせるのは如何なものかと少しだけ炎上してしまったのだ。
ファン同士の言い争いを鎮めたのがそのイオちゃんの投稿だった。
ちなみに、ゲーム自体はホラーで18禁なのだが全年齢対象として認められているぬいぐるみMODを入れているので配信を許可してもらっているそうだ。
(今日も推しが可愛いな...)
僕は一時間半くらいのアーカイブを見終わると、勉強の疲れからか眠気を感じそのまま眠るのだった。




