53話 久しぶりの家
電車の乗り継ぎを間違えることなく、無事に空港に到着した。
平日だというのに多くの人が行き来する空港内、僕は堂々と歩いている。
都会に来る前の僕からしたらありえない光景、都会での生活を経験したことで人混みにも少しは慣れた気がしているのだ。
その勢いのまま早速カウンターで荷物を預けることにする。
「次の方どうぞ」
「あ...お、お願いします...」
Vの姿で話すのは慣れてきたが、リアルの姿で人と話すことはまだ苦手である。
カウンターのお兄さんが僕みたいな客の対応に慣れているのか、テキパキと手続きを進めていく。
僕が話すのは「はい」か「いいえ」のみ、お兄さんの優しい話し方がありがたかった。
荷物を預け、飛行機の時間まで待つ場所に置かれてあるテレビを見て待つことにした。
テレビを見て待つこと数十分、僕の乗る飛行機の案内が始まったので移動する。
予約していた窓際、最後尾の席で窓の外を眺めながら都会での思い出を頭に浮かべながら出発の時間を待った。
(楽しかったなぁ...)
機体が動き始め、やがて浮かび始める。
離れて行く地面を見届けた僕は、程よく感じていた眠気に従うように目を閉じるのだった。
ふと目が覚めると、ちょうど良く着陸準備をしている状態だった。
ベルト着用のランプが機械音と同時に点灯する。
慌ててベルトを付けて着陸に備えた。
空港に着き荷物を回収して帰りの電車に乗った。
田舎は都会に比べて空港も小さめで、電車も乗り継ぎがほぼないので移動が楽である。
そう考えられるようになったのも都会を経験できたからだろう。
自分でも何かしら成長できたんじゃないかと実感しながら久しぶりの家を目指すのだった。
...やっぱり僕は体力がないのだろう、お土産で重さの増したキャリーケースをどうにか引っ張りながら、ようやく家の前に到着した。
お母さんが仕事で忙しすぎると連絡があって、迎えに来れないので「自分で歩いて帰るよ」と返信した結果、汗だくでここまで歩いてきたのだ。
「ただいま〜...」
疲労からか自然と声が小さくなってしまう。
するとお母さんの仕事部屋の扉がゆっくりと開いた。
そこから出てきたのは、頭に冷却シートを貼り首にタオルを巻いたお母さん。
楽しそうな表情ではあるが、顔色は悪く今にも倒れそうである。
「おかえり...」
「お、お母さん!?」
声を聞いてもすぐ分かる、これは寝ていない...
お母さんは仕事が大好きらしいのだが、それ故にずっと仕事をし続けてしまうことがある。
だが、今回は今までとは比にならないほどだ。
僕は急足で駆け寄り、小さい体ではあるがお母さんを体で支える。
「楽しかった...?」
「楽しかったけど、お母さんちゃんと休んでる!?」
「あんまり寝てないかな...」
「絶対あんまりじゃない、寝て!!」
「でもお仕事楽しくってね...」
「ダメ!寝て!」
「うぅ...歩ちゃんが優しいよ〜...」
「倒れたら元も子もないから、ほら...」
お母さんを無理やり引っ張って寝室に連れて行く。
足取りの怪しいお母さんをどうにかベッドまで運び、無理やり横に寝かせてお母さんが眠るまで見守る。
相当疲れていたのか、一分も経たずに寝息を立て始めた。
僕は一安心して、寝室を出る。
少し上がった息を整えながら玄関に置きっぱなしにした荷物の整理を始める。
玄関に置いたキャリーケースを開き、中身を取り出す。
服は成美ちゃんの家で洗濯してもらったとはいえ一応もう一度洗おうと洗濯機に入れ、お土産はリビングの机に並べて置く。
一通り荷物を整理し終えた所でタイミングよくスマホの通知音が聞こえた。
(あ、みんなからだ...!)
『歩ちゃん家に着いた頃かな?
無事に着いたら連絡してね〜』
『みんなで心配してるわよ、連絡してくれると嬉しいわ』
『大丈夫?どこかで迷ってない?』
みんなから心配のメッセージが届いていた。
僕は無事に到着したことを報告する。
『無事に帰り着いたよ!』
送信すると、ずっと見て待機していたのかすぐに返事が来る。
『良かった!迷わずに帰れたみたいだね』
『とりあえず一安心ね』
『うん、心配事が一つ減った』
『僕そんなに心配される...?』
『心配しかしてないよ』
『心配しないわけないわよ』
『ずっと心配してる』
『そうだったんだ...』
みんなからすごく心配されていたようだが、僕は帰り道では迷うことなく家まで帰って来ることができている。
これで心配されてしまうことも少し減るのではないだろうか。
『移動で疲れていると思うから、今日はしっかり休みなさいね』
『寝落ち通話する?』
『なにそれ面白そう』
『ゆっくり寝させてあげなさいよ...』
『いっぱい寝るね、じゃあまた!』
三人のやり取りを見て疲れが和らいだ気がした。
僕はお風呂の準備をして簡単なご飯を作って、部屋で休むことにする。
久しぶりに入った自分の部屋。
懐かしく感じる間も無く、疲労感に任せて僕もベッドに倒れ込む。
(移動って...やっぱり疲れるな...)
そのまま仰向けになると睡魔が急に襲って来る。
でも逆らう理由はない、僕はゆっくりと目を閉じて眠りに落ちていくのだった。




