4話 緊張しすぎると記憶が飛ぶ
一週間後、運営からメールが届く。
そこには完成したモデル、配信する時の背景絵などが添付されており、ついにデビューが目前になってきた。
合格発表から一ヶ月でもうデビューである。
この一ヶ月の間、学校にいても家にいても「僕がMonster Live三期生か...」と実感が湧かなかった。
だが、今日届いたメールで実感が湧いてきた。
僕は緊張しつつも少し楽しみな感情でファイルを開く。
(セブン先生の手で僕の絵が...!)
Monster Liveの専属イラストレーターであるセブン先生。
セブン先生は立ち絵からアニメーション、背景絵などMonster Liveの全てを支えている凄い方だ。
たまに配信に顔を出し、視聴者に「ママ!」と言われている。
そのセブン先生が僕の為に描いてくれたのだと思うとついにやけてしまう。
(テストで動かして問題がないか確認して...と)
メールにそう書かれており、僕は対応したソフトをインストールし僕の立ち絵、九尾狐狐を導入する。
カメラを接続して...
「おぉ...!」
動いた...!
僕の動きに合わせて画面の中の九尾狐狐が動く。
口を開ければ狐狐も口を開ける。
頭を傾ければ狐狐も傾ける。
感動のあまり画面の前でくねくねと動き、話もしないのに魚の様に口をパクパクと動かした。
ピロン♪
スマホの通知音でふと我に帰る。
マネージャーからのメッセージだ。
『モデルのテストは行いましたか?不具合があれば連絡下さい』とスマホに表示された。
僕はマネージャーに返信を送る。
『テストは大丈夫です、不具合はありません』
『はい、了解しました。
初配信頑張ってください』
マネージャーからの返信はすぐに来る。
初配信...ついにか...
僕は改めてパソコンを見る、不安そうな表情の狐狐が画面に映った。
やっぱり...セブン先生の子だ、可愛い...
その後の話し合いの結果、初配信の順番が決まった。
何ということでしょう、僕が最後になりました!
アンカーです!大トリです!
単純に早いもの順で最後まで声出せなかったなんで言えない...
みんなに「大丈夫?」と言われたのに勢いで「大丈夫です...」なんて言ってしまった。
そして今日は三期生初配信リレー当日。
三期生のチャットも『お互い頑張ろう!』と盛り上がっていた。
トイッターでも僕達のシルエットが配信順に並び、告知され周りの反応も凄い。
【鬼→?→?→九尾の順か、?は予想つかん】
【鬼と九尾しか分からん】
【なんか被ってるやついね?】
【これロリ枠二人いるだろ!そうだろ!】
【これは楽しみ】
【見なくてもわかる、みんな可愛い】
【またセブンママは四人も産んだのか...】
【すっごい楽しみ】
【先輩たちの個性に負けないかなぁ...心配】
(最初は鳴子さんか...)
動画サイトを開くと既に待機場ができ、一万人を超える視聴者が待機していた。
鳴子さんのシルエットがサムネイルに映り、可愛らしいフォントで初配信!と書かれている。
楽しみにしている視聴者のコメントが流れていく。
まだ僕の番じゃないのに吐き気がしてきた...
深呼吸を繰り返している内に配信開始時間になる。
BGMが流れはじめ、待機画面から切り替わる。
『みんな聞こえてるかな?』
【来た!】
【待ってた!】
【聞こえているぞ!】
【チャンネル登録しました】
『少し気が早いわよ、音量とかも大丈夫そうかしら?』
そうしてトップバッターの鳴子さんの初配信が始まった。
【初配信】はじめまして!九尾狐狐です!【Monster Live三期生】放送待機中
次は僕の番...次は僕の番...
作ってもらったサムネイルがパソコン画面に映り、待機中のコメントが流れる。
僕の前に配信した三人はしっかりと話し、視聴者の心を掴んでいた。
僕はどうだろう...しっかりできるのか...
鼓動が早まる中、待機場の視聴者数を見る。
・23000人待機中
(無理だ...いきなりこの人数は死ねる...)
Monster Liveという名前だけでも人が集まるというのに、リレー配信のアンカーという相乗効果で初配信の人数が凄まじい...
緊張で手が震える、だが時間は待ってくれない。
深呼吸を繰り返すうちに配信開始の時間が訪れた。
人という漢字を手のひらに書いても落ち着けるわけがない...
水をいくら飲んでも喉が乾く...
マネージャーからのメッセージが届いていた、励ましのメッセージだ。
「はぁ...はぁ...頑張れ...僕...!」
震える手で配信開始のボタンをクリックする。
そしてBGMを流し、待機画面を切り替えた。
その瞬間、コメントが凄まじい速さで流れる。
「...!ぅ...ぁ...ぇ...」
【ん?】
【なんて?】
【なんか聞こえたなw】
(声が出ない...!)
緊張のあまり喉が締め付けられるような感覚に襲われて声が出なかった。
一言目で躓いてしまい、更に頭が真っ白になる。
周りの音が聞こえなくなり、自分の鼓動の音だけが静かに響く。
目の前に広がる無数のカンペメモ。
過去の自分からの「落ち着くこと!」という文字が見え深呼吸をする。
「はぁ...はぁ...」
【呼吸音...!】
【可愛い声の予感】
【これはコミュ障】
【大丈夫か?】
【プレゼンする時の俺かな?】
ぼやける視界の先ではコメントが流れ続ける。
もう逃げてしまいたい、そんな時一つのコメントが目に映った。
【狐狐ちゃんを応援しようぜ】
そのコメントが合図になったように応援コメントが流れ始める。
僕を応援してくれている人がこんなに...
配信を開始して既に十分、応援コメントに励まされ僕は意を決して声を出す。
「みっ...みなざま...!おまだ、ぜじまじだ!」
【初手号泣】
【大号泣じゃんw】
【泣かないで】
温かいコメントが流れる。
【頑張れ】
【声可愛いぞ】
【大丈夫、自信持って】
【俺なら視聴者2万超えの場でしゃべれって言われたら死ぬ】
【同じく】
【狐狐ちゃん頑張って...!】
「うっ...ありが、どうございまず...」
【大丈夫やで】
【大丈夫】
励ましのコメントで感動し涙が止まらない。
落ち着こうとしても声が震える。
でも初配信だ頑張らなくちゃ...!
「じ、自己紹介します...!」
【待ってた】
【ゆっくりでええんやで】
【待ってた】
【待ってた】
一呼吸置いて落ち着きを少し取り戻す。
事前に用意した自己紹介のカンペを手元に準備し、九尾狐狐のモデルを画面に映す。
その瞬間、コメントが加速する。
【かわよ!】
【おでこ舐めたい】
【服装がしっかり陰キャなのおもろい】
【アバターも泣いとるやんけ】
【服装真っ黒で髪白いと目立つなぁ】
【めっちゃ可愛い】
大盛り上がりのコメントを横目に、僕はカンペを読む。
「は、はじめまして...!僕は九尾狐狐です...!
九尾の妖怪です、皆さんとVtuberを語りたいです!
でもコミュ障なので上手く話せないです...
な、なので!今日から自分自身がVtuberになって、配信を通じてもっとVtuberのことを好きになって、コミュ障も治していきたいです!
よろしくお願いします!」
もう無我夢中でカンペを読んだ。
震える声が部屋に響く。
視聴者はどう思っただろうか...
なんて書かれるのだろうか...
【可愛い】
【僕っ子だぁ!!】
【はい大好き】
【行動力がすごいコミュ障オタクはVtuberになれるのか...】
【思いっきり下向いてて草】
【前髪ちょんまげ可愛い】
【Vtuber好きなVtuberか】
【カンペ準備してて偉い!】
【服装俺とお揃いじゃん】
【カンペ読めて偉い】
「うえぇ!?な、なんでカンペバレてるの!?」
【流石セブンママのモデルやで】
鳴子【狐狐ちゃん下向いてるのバレてるよ...】
ドクロ【まあ、頑張った】
奈女々【狐狐ちゃんかわいいなぁ】
「み、皆さん...!?」
【同期もよう見とる】
【初配信良かったぞ鳴子】
【↑今は狐狐ちゃんの配信中だぞ】
セブンママのモデルの出来が良すぎるあまり、下を向いているのがバレバレだったようだ...
でも自己紹介はできた...!僕は頑張ったぞ...!
「えと、と...とりあえず次は...あれ...何するんだっけ...」
【忘れてて草】
【タグ決めとかじゃない?】
【今日のパンツの色教えて】
【タグ決めやろな】
「そう...!タグ決めていきます...!」
コメントで落ち着きを取り戻した僕はどうにか初配信を進めていく。