42話 イベント午後の部
会場の準備が完了し、もうすぐ午後のイベントが始まる頃スタッフさんが控室に戻ってきた。
両手に持った袋には今回のイベント限定グッズが詰められている。
「狐狐さん、どうぞ...」
「お疲れ様です、ありがとうございます...!」
僕は疲れ果てたスタッフさんに頭を下げて袋を受け取る。
掛かった費用は既に支払い、僕は自分のカバンにグッズを入れた。
グッズを鑑賞する時間はなく、まもなく午後のトークイベントが始まる。
僕達はそれぞれ個室に入り、マイクやカメラの最終確認を行った。
『狐狐さん、見えていますか?』
「は、はい、見えてます」
目の前のモニターにスタッフさんが映る。
顔を左右に動かしたり、口を動かしてちゃんと動きが連動しているかチェックした。
今会場では九尾狐狐が動いているだろう。
今回のイベントでは僕は初期衣装での参加だ。
最終確認も終え、会場にはファン達が戻ってくる。
トークイベントは一人一分、交代の時間で三十秒を一時間行い四十人のファンと話すことになる。
これを一期生、二期生、三期生で行い、入れ替わりと休憩で二十分を予定している。
このイベントでライバーと話せるのは早いもの順ではなく、抽選券自体に数字が書かれてありその数字が小さい人がライバーと話せるというものだ。
事前に誰と話したいかを調査して、円滑にイベントを進められるようにトークイベントの抽選に当たった人は午後の部が始まる時にライバーの名前と数字の書かれたカードを手渡される。
その数字順で列になり、推しと話すのだ。
一期生二期生三期生で場所が違う為、三期生の番が来るまで僕達は個室待機となる。
その間は何をしても自由だ。
会場の様子もモニターに映るので先輩達の姿を見ることができる。
机にちょっとしたお菓子を置いていると、アナウンスが流れた。
『皆さまお待たせいたしました。
まもなく、トークイベントを開催いたします!
ステージ向かって左側が一期生の皆さんです。
それでは一期生の皆さんよろしくお願いします!』
アナウンス後、一期生の映るモニターにスポットライトが当たる。
そして、一期生のモデルが等身大モニターに映し出された。
早速それぞれ先頭のファンがウキウキとした足取りでステージに上がり推しの前に置かれた席に座る。
ファン達にとって天国のような時間は一瞬の間に過ぎ去っていく...
一期生二期生と無事にトークイベントを終えた。
今は休憩の20分に入ったところ。
僕は手のひらに人の字を何度も書く。
今から知らない人と話すのだ、しかも四十人...
というかそもそも僕と話したい人なんているのだろうか...
緊張が振り切っているせいか、いつものネガティブな思考に包まれる。
これではいけないと手元にあるチョコを口に入れた。
甘いチョコを齧るとトロッとした生チョコが口に広がり、ネガティブな思考が晴れる。
口に残った甘味を水で押し流し、一息ついたところで休憩時間が終わり、アナウンスが会場に響く。
『皆さまお待たせいたしました。
本日のイベント最後になります、三期生の皆さんよろしくお願いします!』
僕は無意識に見ていなかったモニターにゆっくりと視線を向けた。
そこには凄い人数が映り、みんなが僕を見ている。
配信に慣れてきたとはいえ、現実の人間の視線は慣れない。
僕は一瞬でパニックに近い状態になってしまった。
「狐狐ちゃん、ここにちは!」
モニターに映る男性、ぽちゃっとした体型でメガネ。
イメージ通りのオタクのお兄さんがウキウキとした表情で語りかけてくる。
僕はガチガチに固まった体を動かす。
「こ、ここにちは...!」
ギギギ...と音がしそうな動きで頭を下げる。
だが悲しいかな、最新の技術は僕の動きを寸分狂わずモデルに反映させた。
「あ、狐狐ちゃん...緊張してるかな?」
「へ、う...あ...は、はい...す、すみません...」
「大丈夫だよ、最近コミュ障モードの狐狐ちゃんに飢えてたから助かる」
「こ、コミュ障モード...?」
「僕が勝手に言ってるだけなんだけど、ガチガチに緊張した狐狐ちゃんのことだよ」
「こ、コミュ障モード廃止してください...」
「じゃあ狐狐ちゃんが頑張らないとだね」
「うぅ...コミュ障モード、延長ということで...」
「ははは、でも緊張しててもしてなくても狐狐ちゃんは狐狐ちゃんだからね」
「あ、ありがとうございます...?」
『まもなくお時間です』
「じゅあ狐狐ちゃん、これからも応援するよ!頑張って!」
「は...はい!あ、ありがとうございます...!」
「やっぱり狐狐ちゃんは可愛いね!」
「はうえぇ!?」
『それでは次の方と交代してください』
お兄さんは言いたいことを言って席を立った。
最後の一言に顔が赤くなっているのを感じる。
でも一分間話すことができたぞ...!
この調子で残りのファン達にサービスするんだ...!
次にやってきたのは黒髪ロングの綺麗な髪のお姉さん。
視聴者の性別グラフを見ると僕の視聴者は7:3で三割が女性なのだ。
偏見になってしまうが女性は女性ライバーをあまり見ない気がしていた。
女性のココ友本当にいたのか...
でも落ち着いた雰囲気だし、落ち着いて話せそう。
と思った瞬間、綺麗な髪の毛がブワッと波打ちクールな表情から小動物を見る子供のような目に変わってしまった。
「狐狐ちゃ〜ん!!!かわいいね〜!!」
「あ...ど、どうも...」
僕は一瞬にして勢いに呑まれてしまうのだった。




