3話 どうしてこうなった
今回は少し長めです
いよいよ面接当日、何を聞かれるか分からない為この質問が来ればこう回答する、とメモした紙をこれでもかと壁に貼り付けた。
カメラの向こう側の壁に貼っているのでカンペは見えないはずだ。
今日は土曜日の朝十時、学校もなく絶好の面接日和である(?)。
一次審査に合格した日から緊張のあまり学校では今まで以上に静かになり、一人になりたいとトイレの個室で時間を潰すほどだった。
そうこう考えているうちに事前にインストールした通話アプリ、“シャベル”に通知が届く。
『鷲川歩さん、まもなく面接時間となります。
準備がよろしければ面接部屋と書かれた通話チャンネルに入室しておいて下さい。』
来た...でも正直僕がVtuberなんて無理だ。
しかも最推しの居るMonster Liveなんて余計に無理だ。
そう思うと逆になんでもやってやろうと思えた。
このコミュ障オタクの僕を晒し出せば運営さんは「こんな人をデビューさせるのは無理だな」と不合格にしてくれるはず。
だからこそ(?)リモートでダメダメそうな僕を見せるのだ。
今の僕の見た目は長い前髪をちょんまげスタイルでまとめ、愛用の黒縁メガネを付けたままである。
見よ!この受かる気のない僕の姿を!もう何も怖くない...!
...なんて思ってはみるが、僕のために時間を作っていると考えると罪悪感で押しつぶされそうだった。
今になって自分の行動に後悔し始めるがもう面接時間が目の前である。
(やってやらぁ!)
僕は通話部屋に入室する。
面接開始時間ギリギリに入室した為、数十秒すると面接官が入ってきた。その時の入室音で体がビクリと震えた。
「はじめまして、今回面接官を務めます大空葵と言います。
まずは、一次審査の合格おめでとうございます。
今回の面接はリモートになりますので、カメラを使用していただくのですが準備は完了していますか?」
「...だ、大丈夫...です...」
久しぶりに話す家族以外の人にビビりながら、声を振り絞りお母さんに買ってもらったカメラを接続する。
面接官の葵さんは既にカメラを付けており、嘘のような美人な女性が画面に映っていた。
後ろの背景から見るに会社の一室で面接を担当するようだ。
「えと...う、映ってます...か...?」
「はい、映っています...ただもう少し部屋を明るくしていただいてもよろしいですか...?」
そう言われてハッとする。
緊張しすぎて部屋の明るさに気付いていなかった。
カーテンを閉め切り、部屋の明かりすら付けていない。
いつもはカーテンの隙間から入り込む光で十分なのだが、今日は面接である。いつものままでいい思っていたのが間違いだった。
「す、すみません!」
大急ぎで椅子から立ち上がり、部屋の電気を付け、シャッとカーテンを一気に開けると日の光が僕の目を襲う。
「うぐっ...」
「大丈夫ですか!?」
「あ、すみません...ナンデモナイデス...」
日の光で目がやられ、思わず声が漏れた。
パソコンの前に座り、画面に葵さんと僕の顔が並ぶ。
だが僕がカメラを直視できる訳もなく、既に俯き気味になる。
「ど...どうですか?」
「はい、ちゃんと映ってますよ」
「ど、どうも...」
「それでは面接を始めます。
いろいろ質問しますがリラックスしてお答えください」
そうして面接が始まる。
葵さんは手元の書類を見ながら質問をしてくる。
事前に書いたカンペが良かったのか、結構答えることができた。
葵さんは終始表情を変えず、僕の回答をメモしている。
知らぬ間に数十分が経っており葵さんの締めの言葉、通話が切れる音で我に帰る。
緊張で記憶がほとんどないが頑張って答えていた...気がする。
(...しっかり...答えてしまった)
僕はお昼ご飯に僕を呼ぶお母さんの声を聞くまでベッドでうつ伏せになっていた。
一週間後、Monster Liveからメールが届く。
僕は少し緊張しながらメールを開いた。
一次審査の合格者は十名、その内三期生として合格できるのは四名。
きっと僕は落ちている、カーテンの開け忘れ、前髪ちょんまげ、ずっと俯き気味、これほどダメダメな部分を見せたのだ。
”不合格“この文字がきっと見えるだろう、そう言う気持ちで閉じていた目を開く。
『合格』
「うそぉおおお!?」
合格の文字が視界に入った途端、椅子からひっくり返り頭を打ったのか気を失った。
目が覚めるとベッドに寝かされていて、机には「おめでとう」と書かれた付箋とコンビニのショートケーキが置かれていた。
「僕が...Monster Live...」
ブツブツと呟きながらメールに添付された資料を開く。
そこには僕のバーチャルの姿のラフ画と設定が書かれていた。
しかもほぼ完成間近の様だ、あまりにも仕事が早すぎる。
『九尾狐狐。
人里離れた山の中で暮らしていた狐の妖怪。
拾った携帯でたまたま見たVtuberという存在に惹かれ、この文化で盛り上がる人間の輪に入ろうとするが長年人と関わってこなかった狐狐はコミュ障になっていた。
人間達と語りたい、コミュ障を治したい。
九尾狐狐はこのVtuberの世界に飛び込んだ』
その設定資料と共に、白髪で九尾で幼女な狐の女の子のイラストが描かれていた。
黒いパーカー、黒いズボンという可愛げもない服装に身を包んだ女の子はどこか不安げな表情を浮かべており、表情差分には泣き顔があった。
メールの最後には「変更したい点があれば連絡下さい」と書かれている。
...気になる所があるが、この子を考えるにあたり大勢の人が関わっていると思うと、僕なんかが意見してもいいのか?と思ってしまった。
ものすごく気になる程でもないので「問題ないです」と返信する。
(もしかして面接の日に僕が前髪ちょんまげにしていたから...?)
気になる点というのは、この九尾狐狐の見た目が面接の日の僕にそっくりだったことだ。
だが、既に返信してしまったのでこの路線で突き進むのだろう...
数日が経ちデビューも近くなった事で三期生で集まることになり、シャベルのグループに招待された。
流石に逃げられないと入った瞬間、他の三人からチャットが飛んでくる。
・九尾狐狐が入場しました
『来ちゃ!』
『はじめまして狐狐ちゃん』
『はじめまして』
『すみません、来るの遅れました』
『大丈夫だよ!これから三期生同士一緒に頑張ろうね!』
『早速ですが皆さん来たようですので、通話を繋げましょう。
顔合わせも兼ねてお話しようと思います。
顔合わせと言ってもカメラを付ける必要はありませんよ』
そのチャットを合図にどんどん通話部屋に入室していく。
あっという間に僕以外が入室した。
僕も慌てて入室する。
「お!来ましたね!」
「狐狐ちゃんかわいいよぉ!」
「ひっ...」
「落ち着いて」
「...オホンッ!皆さん揃いましたね、では各自自己紹介をしようと思います。
まずは私から、面接官なので知っているとは思いますが大空葵です。
配信等で私を呼ぶときはマネージャーとお呼びください」
隙を与えないように淡々と自己紹介をするマネージャーの葵さん。
思わず静かになる、葵さんが話し終えると次の人が話しはじめた。
「はいじゃあ私!
みんなはじめまして、赤桶奈女々って言います!
名前で分かると思うけど垢舐めの妖怪です!
可愛い子が大好きです!よろしくね!」
「よろしくね奈女々ちゃん」
「よろしく」
「よろしく...です...」
「次は私。
ガシャ=ド=クロです。骸骨の妖怪です。
怖いゲームが好き。よろしく」
「ドクロちゃん可愛い!よろしくね!」
「ドクロちゃんよろしくね」
「よろしく...です...」
「次は...私かな?
はい、鬼野鳴子です!
私は鬼の妖怪ね、雑談配信とかしたいわ。
みんなよろしくね!」
「鳴子ちゃんよろしく!」
「よろしく」
「よろしく...です...」
「......。」
「あれ?次は狐狐ちゃんだよ!」
「狐狐ちゃん大丈夫...?」
「ぅ...えと...」
「無理しないでいい」
「狐狐さん、他の三人には話すのが苦手であることは伝えています。
ゆっくりでいいので慣れていきましょう」
「は...はい...」
焦る必要はない、落ち着いてと応援され僕は深呼吸をして自己紹介を始める。
「はい...!
は、はじめまして...!僕は九尾狐狐です...!
九尾の狐です、頑張るます!」
「噛んでる〜可愛い〜!よろしくね」
「よくできました!狐狐ちゃんよろしくね!」
「うん、いいと思う、よろしく」
自己紹介を終え、温かい言葉と緊張からの開放感で自然と目に涙が浮かんだ。
今喋ると絶対に泣き声になる。
こっそりティッシュを手元に準備しておいた。
「では仲良くなろうということで、急ですがお話でもしますか。
私は今後のミーティングがあるので、通話部屋にはいますがミュートにしておきますね」
葵さんはそう言うとミュートになる。
いきなりの無茶振りである。
一瞬の間が空き、奈芽さんの声が響いた。
「それじゃあ、狐狐ちゃん舐めさせて!」
「え、えぇ...?」
急な変態発言に思わず反応してしまう。
そして涙で震える声が三人に聞かれた。
「...!?え?狐狐ちゃん大丈夫!?ごめんね!?」
「いや...あの...大丈夫で...ズビッ...大丈夫です...」
「狐狐ちゃんはちゃんと話せてたわよ!大丈夫!」
「頑張ってた、大丈夫」
「あり...ありがとう、ございまず...」
自分も知らないくらい気が張っていたらしく、緊張の糸が緩んだのか涙が止まらなくなる。
ただ顔合わせしただけでこれって...
「うんうん、私達は同期だし支え合いましょう」
「そうだね!いきなり変なこと言ってごめん!」
「奈女々は自重して」
「いきなり呼び捨て!?でも良い!」
「...奈女々さんやめて下さい」
「呼び捨てでも良いんだぞ、ドクロちゃん?」
「なんか、嫌です」
「ドクロちゃん!?」
「...ふふっ」
急に始まったコントのような流れに思わず笑ってしまう。
家族以外の会話で笑ったのはいつぶりだろう...
「あ!狐狐ちゃん笑った!」
「うんうん、笑顔になってくれて良かったわね」
「よかった」
「ドクロちゃんやったね!作戦通り!」
「......」
「せめて反応ちょうだい!?」
「まあ、良かったです」
「ありがとう、ございます...」
「そうだ!三期生同士なんだし自分のアバターの設定話し合わない?」
「賛成」
「そうね、バーチャルの方の顔合わせもしましょう」
「じゃあまたまた私から!」
奈女々さんが自分のアバターの写真をチャットに載せ詳細を話し始めた。
奈女々さんのアバターは赤い髪で桶を帽子のように被ったお姉さん系の見た目だ。
特徴としてはとても長い舌を持っており、表情差分にハート目で舌を伸ばす表情があった。
ドクロさんが自分のアバターを載せる。
僕のアバターと同じくらいの小さな女の子の見た目をしており、髪はプラチナのような色をしている。
特徴は表情差分で眼帯や包帯を取った時に明らかになるのだが、眼帯や包帯の下に肌がなく骨が見えている。
だがホラーすぎず、いい感じのポップさを感じさせる。
ちなみに全身骨になることもできるそうだ。
次に鳴子さんがアバターを載せる。
金髪のロングヘア、おでこからは小さな角が姿を見せており、若者が着そうな服装に身を包んでいる。
ぱっと見は大人びた鬼の女子高生の印象を受ける。
特徴的なのがその服装には鬼を連想させる黄色と黒の縞々が所々にあるのだ。
僕も自分のアバターを載せた。
僕が詳細を話している間、三人は静かに聴いてくれた。
しかし話し終わった瞬間、前髪ちょんまげや泣き顔のことを聞かれる。
落ち着かせるまでに十分は掛かっただろう...
「みんなこれから一緒に頑張っていこうね!」
「そうね、頑張りましょう」
「うん、頑張ろう」
「は、はい...!頑張りましょう...!」
個性豊かな三人だが、僕はやっていけそうな気がしていた。
久しぶりにたくさん話して疲れたのか、今日はいつもよりも熟睡することができた。