129話 長期休暇
「はい、はい、すみません...」
一階からお母さんの声がうっすら聞こえる。
話し相手は学校の先生のようだ。
昨日の決勝を終えた僕は高熱と疲労により完全にダウンしてしまった。
約1週間だが、ゲームの座学、学校の宿題、推しの配信、チーム練習をほぼ同時に行なっていた。
後半はこれに実際の試合が追加される。
改めて考えてみると寿命を削るような生活を送っていた...
今日の朝起きようとベッドから動こうとした瞬間、激しい眩暈と気怠さで床に倒れてしまった。
その音に駆けつけたお母さんが僕をベッドに戻して、学校に連絡を入れた。
冷たいシートをおでこに貼り、僕は体の中から湧き上がるような暑さに呼吸が浅くなる。
(なんか...何も考えられない...)
真っ白な天井を見ながらそう思った。
とてつもなく頭を使っていたせいか、何も考えられずにボーッとしてしまう。
ただ休みたいと訴える本能に従い、頭も体も力を抜いた。
ガチャリと扉が開かれ、心配そうな表情を浮かべたお母さんが入ってくる。
「歩、大丈夫?」
「う...うん...」
「また無理してたみたいだね...
学校とマネージャーさんには連絡したから、しばらくはしっかり休むこと。
また倒れちゃったらお母さんまで倒れちゃいそうよ...」
僕が倒れた音を聞いて駆けつけたお母さんの顔はふらふらとした頭でもはっきりと思い出せるほど鮮明に覚えている。
今にも泣きそうで、これまで一緒に生活して来て初めて見る顔だった。
「ごめんなさい...」
心からそう思った。
お母さんは僕の手が届く範囲に連絡用のスマホとストロータイプのボトル、ゼリー飲料を置いてくれる。
部屋には静寂が戻り、静かな時間がゆっくりと流れていく。
おでこが冷えていくのが心地良い、僕は目を閉じて眠りにつくのだった。
目が覚める。
まだ頭もふらふらするし、熱もある感じが続いているが寝起きの時に比べれば遥かに楽になった。
時計を見ると既に夕方になっており、一階から楽しげな声が聞こえて来る。
聞き覚えのある声、間違いなく渡さんだろう。
連休明けなので久しぶりに会う気がする。
僕はマスクを付けて、冷たいシートをおでこに貼り、母さんが買って来たモコモコの温かい水色のパジャマに身を包んだ状態で一階に降りる。
既に九尾狐狐であることを知っている渡さんにこれ以上隠すことなんてないだろう、なんて思いながら鏡を見た。
リビングを覗くと予想通りお母さんと渡さんがMG杯の切り抜き動画を見ながら雑談していた。
「歩おはよう、起こしちゃった?」
「おはよう、大丈夫、自然と起きた」
「お邪魔してま〜す」
「渡さん久しぶり...!」
「可愛いパジャマ着てるね」
「えへへ...お母さんが買ってくれた...」
「そうなんだ!」
渡さんがハッとしたようにカバンからプリントを取り出す。
今日学校で配られたプリントを届けに来てくれたらしい。
どうやら僕と渡さんが仲良くしている所の目撃情報が友達内で広がっていき、今ではコンビのような印象になっているそうだ。
「そういえば歩さん見たよ!MG杯!
惜しかったねぇ〜」
「うん、悔しかった...」
「そうそう!この動画見た?」
渡さんがスマホで一つの動画を見せてくれる。
その動画はチームここからのファンムービーだった。
かっこいいイントロが始まり、音合わせで僕達全員の立ち絵が並ぶ。
メロディーが流れ始めると、まずはリーダーの椿さんの活躍した場面が切り抜かれた動画が流れる。
画面右側に椿さんの立ち絵、画面下には解説の文字が表示されていた。
『絶対的エース、椿。
突破力と前線維持でチームを勝利に導いたエース。
持ち前の明るさと声量でチームのメンタルも支えた』
次に出て来たのはローバーさん。
今度は左側に立ち絵が表示される。
『エースを支えるもう1人のエース、ローバー。
椿の力を100%発揮できるのは背中を預けたローバーがいてくれるから。
つばロバが揃えば怖いものはない』
1回目のサビが終わり、2番が流れる。
画面では小豆さんの解説が始まった。
『スモークマスター、小粒小豆。
タイミング、場所と全てが完璧な縁の下の力持ち。
チームの進むべき道を邪魔するものは許さない』
曲が再度サビに入った。
その盛り上がりに負けないような活躍シーンが流れ、ニコさんの解説が映し出される。
『背中を守る者、ニコ・ウラナ。
前線で戦うチームに背後から迫る敵は誰一人通さない。
背中をニコが守ってくれるからチームは前へ前へと突き進む』
曲がラスサビ前の静かな雰囲気に変わる。
そこではチーム流れ星に圧倒される僕達が映されていた。
画面も少し暗くなっており、悲しさや悔しさを感じる。
そしてラスサビ前に訪れた静寂、そこで音が入った。
『狐狐さん、頑張ってください...』
『うん...頑張る...』
僕のその声が流れた瞬間、画面が明るさを取り戻しサビへと入った。
一気に盛り上がった所で僕が映し出される。
『覚醒した主人公、九尾狐狐。
実力差を埋め尽くす凄まじい知識量でチームを救い続けてきた。
最強と言われたチーム流れ星を1人で全滅させたのは、この九尾狐狐だけだった』
最後に僕達5人とコーチのライトさんのトイッターアイコンが並び、『チームここから、ありがとう!』と書かれ、動画は終わった。
「す、すごい...!」
「凄いよね!
私なんか感動しちゃってイラスト描いちゃった!」
動画サイトを閉じた渡さんが写真フォルダから一枚のイラストを見せてくれた。
9本ある尻尾の白い毛が輝きながら逆立ち、髪の毛も少し浮かぶように広がる。
涙を浮かべた僕の目から白い稲妻が走り、表情は迷いのない表情をしていた。
いかにも覚醒した僕、といったイラストだった。
「おぉ...」
「どう?結構力作だし歩さんに最初に見て欲しくてまだトイッターにも投稿してないんだ」
「そうだったんだ、描いてくれてありがとう!」
「マスク越しでも分かる可愛さぁ...」
「渡ちゃん分かってるね〜」
「2人とも...?」
僕は熱があることも忘れてつい楽しく話してしまう。
配信や推し活に全力になるのも良いけど、こうした時間も楽しもうと思った。
その後連絡があり、僕は長期休暇に入ることになった。
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