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そうして(完結)



 無限収納を作ってから更に二週間、あれから一月経ちました。早いものですね、学園に行かなくなってもう一月です。

 私は何をしているかといえば、美味しい紅茶を手に雄大な自然を独り占めしています。はぁ、本当に超便利。こんな大草原でピクニック出来ちゃうのもこれのお陰です。水も食事も時間経過の影響なく保存出来ますし、なんならギルドの依頼を受けた先で得る大量の魔物の討伐証明だって難なく入ります。

 え、呪術返士の私がどうやって攻撃しているか、ですか?

 学園を去る前にいくつかの属性攻撃は使用出来るようになっていましたが、魔術の効かない魔物相手にはコレを使います。じゃじゃーん、この短剣です!長剣程の幅はなくレイピアほど細くもなく、手に馴染む大きさと扱いやすい軽さですが、ただの剣ではありませんよ?これも魔道具なんです。

 属性を付与して魔法剣が出来ればカッコいいなぁなんて当初は考えていたものではありましたが、私、物理攻撃はどうも不得手でして。でも木の棒は持つと振り回したくなりませんか?子供にただの木の棒を持たせると嬉しそうにしますよね?あれです。その思考のままに身の丈に合った剣に魔法陣で切れ味を追加させて振り回すだけ。素早い相手には防御の魔道具で傷ひとつ付かないのを良い事に、襲い掛かって来た所をさらに付与した特殊効果『自動カウンター』で一撃です。これならトロイ私でも問題ありません。お料理は好きなので大きめの包丁を使っている感覚なので、無理なく扱えいつでもお豆腐を切るようにサクサクと退治しています。良い魔道具を作れたとつい自画自賛してしまいますが、これがまた楽しいのなんの。

 これのおかげで平気で魔物の群れに突っ込んで行けます。この短剣を作った際に簡単にではありますがギルドで手ほどきを受けたのも良かったんだと思いますが、うまく倒せない魔物は相談したり急所を聞いてもう一度チャレンジします。自分より大きな相手を倒すのってコツがいるんですね。

 今や自分の身はすべての魔術を弾き返せる上に自分で作った魔道具で防御力も上がり敵なし、攻撃方法も初期の黒魔術と剣があるので怖い物なし。仮に怪我をしたり魔力切れを起こしても無限収納に大量に入れた回復薬で問題なし。そもそも無理しないスタイルなので危なくなった事はありません。いのち大事に、です。今頃自分を大切にしても遅いかもしれませんが、今なら冒険者としても十分食べて行けそうですよね。


 ですので、まあ簡単にいうと私一人で自己完結していまして、助けをまったく必要としていないというか。


 ......その、正直に言いますと、学園にいた時同様いまだにぼっち、です。


 言い訳ではないですが、年齢二桁になる前から依頼は地道にこなして来ましたし、実績はここ最近の短期間で本腰を入れしっかりと成功を重ねて来たので評価は高く、呪術返士なのにパーティ招待は山ほど頂きましたよ?初めはストレス発散用にでも呼ばれているのかと疑心暗鬼になっていましたが、純粋に皆さん私を評価して下さっていて。むしろいくつかのパーティと行動を共にして驚きました、学園のような扱いをまったく受けない事に。私の役割というものをちゃんと必要としてくれている事に。

 ここまでの学園内との乖離はやはり何かの情報操作がなされていると感じます。調べれば一級の呪術返士はすべての魔術を返せる人もいましたし、魔道具に至っては隣国ではここより進んだ研究が今もされているそうです。そういった情報を得るたびに思うのですが、恐らく学園内の常識という壁を壊す事が卒業試験だったのかも。確証はないです。卒業したらハッキリ分かったかも知れませんが......いえ、未練がましくていけませんね。もうそんな事考えても仕方ないのに。


 話は逸れましたがぼっちの理由は、パーティを組んだ皆さんが「自分たちでは力不足だから出直す」と私に謝って一日で去ってしまうからなんです。何度も言いましたよ?私がもっと頑張るから一緒にやりたいとも、高額取引されるような魔物の所にも行きましょう、皆さんの魔道具にもっと特殊効果や付加もつけて!と提案したりも。だけど皆さん苦笑されて、私に負担が大きすぎると口をそろえて......最初のうちは懐も温かくなるしパーティの評価も上がるし荷物は私が持つしで大変喜んでいただいてたように思うんですが......最近はおひとり様を満喫しております。

 別にその、街にいたらぼっちではないんですよ?一度パーティを組んだ皆さんは気さくに挨拶も交わしますし、情報交換だってしてます。でもずっと一緒にはいてもらえない理由は......やっぱり、私にあるんでしょうね。きっとまたあれこれやり過ぎたのでしょう。学園の頃から成長してませんね、私。


 そして今いるのは見渡す限りの大草原。いえ、もちろん用があってここにいるんですが。思えば遠くに来たもんだと遠い目になってしまいます......はぁ~。周りには誰もいないので大きなため息もつき放題ですよ~。

 ピクニックだなんだ言いながら結局はぼっちの言い訳です。こんな時物語の主人公は怪我をした動物を助けて仲良くなったり一緒に冒険する出会いがあるのに、私には一切ありません。うぅ、もふもふに癒されたいよう。お友達が欲しいよう。なんだかんだ考えすぎてたせいか、ここへ来て寂しさが募って仕方ありません。まさかもふもふにこっちでも縁がないとは。


 広げていたシートにころんと転がり空を眺めます。大変いいお天気ですが、私の胸中は真冬の曇り空のように冷たい風が吹き荒んでいます。じめじめしていて鬱陶しい事この上ない心境です。

 自由だなんだと言い訳した所で結局、あの日から私の心はからっぽのままなんだと分かってしまいました。


 自由って、なんて寂しいんでしょう。一人って事を意識するととても孤独で、時々どうしようもなく悲しくなります。今はもう前世を思い出しただけの一人の人格に落ち着いたので、前世から現世の今日までがすべて私の記憶です。それ程長い記憶の中で、私はどうしたっていつも一人を選んでいた気がします。寂しくない訳ないのに、選んだ理由はただの恐怖です。人が怖くて話しかける話題も無く、楽しそうな人を眺めて羨むだけの日々。会話をすれば何を言われるのかと恐れて、注目されては変にオドオドして笑われる前に逃げ出すだけのコミュ障でした。家にも学校にも社会にも、誰の中にも必要とされないようにして逃げてばかりいた自分の姿しか思い出せません。


 でも学園は、あそこには、私の努力で作った居場所がありました。

 同じクラスのみんな、前世の私にすれば年下で私と同じ理不尽な目に合っていて、そして共に学ぶ仲間で。なんとかしたくて声を上げたのも担当教諭にかみついたのも初めての経験でしたが、まったく怖くはありませんでした。私だけが自分以外を怖いと思っているのではなく、みんながそうなんだと、もっと早く、前世生きていた時だってこうして向き合いさえしていれば良かったんだと気が付きました。誰かの為に行動するのが強さになるなんて、知りませんでした。

 切磋琢磨した熱い授業も、夜更かしした魔道具作りも、放課後の先生方との議論も、私の作ったお弁当を一緒に食べる、あの時間も。

 自分でちゃんと考えて入った学園です。正直未練たらたらです。ほとんど寝てなくても本を読めば目が覚めました。授業は質問したい事の連続で、予習するのは発見の連続で、寮の部屋は魔道具で溢れて、たまにサイレスを見かけるだけの生活でも、以前の私はちゃんと毎日幸せでした。


「......サイレスは、」


 思わず彼の名前を口にして、呼び捨てにはもうできないなぁと気が付きます。サイレス君?馴れ馴れしいかも、さん付け、いや家名で呼ぶのが正解か。


「今頃、何をしているでしょうか」




「お前を探してこんなとこまで来てるっての」



 呟いた声に、返事が聞こえた気がします。思わず鼻で笑って首を振ります。いやいやいや。


「......何やら幻聴が。妄想が高じて私の魔力で具現化したんでしょうか。近い街でもここから3日かかるのに、人がいるなんて考えられません」

「あ?獣人なめんなよ。俺の脚ならその半分だ」

「まぁ。さすがサイレスです。では移動速度上昇がついた魔道具でもあれば更に1日は短く、」

「んな事聞いてねえ。......お前、術が解けたって嘘か?相変わらずの呼び捨てにどもりもつっかえもしねぇ」

「......っ!?」


 まさか本人がいると思わず、素で返してしまい飛び起きます。妄想でも幻聴でもなかったサイレスは、学園の黒いローブではなく一般的な茶色のローブで所々汚れています。いつも身嗜みに気を付けているはずの獣人にしては珍しいなと思いながら、混乱する頭で立ったままのサイレスを下から見上げ、馬鹿みたいに口をぽかんと開けてとじる事が出来ません。


「......否定しねぇって事が答えか」


 声に凄みが増してます。

 え、なんでエンカウント後即キレてるんですか......?あまりの剣幕に自然とエンカウントと言いましたがこの場合の(エネミー)は私ですか?え、そんな事今さら確認するためにここへ?探してたって、どんな理由で?

 冷静に話そうと思っていたのに、一気にパニックになりましたどうしましょう。


「い、いえ、術の影響はその、まったく、というかええっと、こんな所まで探しにって、私に、何かご用ですか......?」


 おそるおそる聞いてみると、これが演技だと思ったのかサイレスは更にイラっとした様子です。彼の背後で、様々な術が一斉に展開するのが見えました。ど、同時展開?これ、学園内で呪術返し出来る人いないんじゃ、なんて考えながら慌てて立ち上がって距離を取っている間に、会話も無く一気に発動され魔道具によって次々に弾かれて目の前で散り、キラキラと輝く呪術のかけら。その向こうに立つサイレスの姿を探しますが、えーと何を、してるんでしょう?明らかに呪術ではない見覚えのない魔術も見かけます。突然の事にさっぱり頭が働かず、ただただ不思議に思って首をかしげ考えますが、彼の思惑が分かりません。


「くっそっ!なんで呪術返ししてねぇのに一つもかかんねぇんだよ!」

「......あ、ごめんなさい。魔道具を常時展開して自動吸収(オート)で魔術を無効化後魔石に溜めるようにしていたの、忘れてました」

「ハァ!?何言ってんのか分かんねえけど、むちゃくちゃだな相変わらず!」

「解除しましょうか?」

「は......はぁ!?」


 視線を空中に向け、頭上に白く輝く魔法陣を見えるように出現させます。それをガラスが割れるような音を立てて、自分で粉々に粉砕してから彼に視線を戻しました。眉間の皺だけそのままで無表情になってますが、しっぽが2倍近くに膨らんでます。驚くような音だったでしょうか。


「......何してんのお前」

「? 邪魔だったのでは?」

「このっアホか!!どこ行っても命狙われてんのに、何周囲に見えるように解除してんだよ死にてぇの!?」


 あ、怒ってたんですねそのしっぽ。関係ない事考えてないとニヤけてしまいそう。サイレスが目的が何にせよ、私に会いに来たなんて、そう思うだけで嬉しくて困ります。ホントはそんな事考えてる場合じゃないのは分かっているけど。

 って、何ですか今の命を狙われているってくだり。私、そんな事知りませんが。

 でも、もしかしてそれで?まさかまさかですが心配して、ここまで来てくれたのだとしたら。


 つい笑って手を広げて見せました。


「どうぞ。今ならどんな呪術もかかります。こんな所ですし自分では解呪もできませんし、さっきの呪術をもう一度試してみて下さい」


 そう言って瞼を閉じます。

 とたん、ぶわぁっと怒気が強まったのを感じて思わずブルッと震えます。っうう、こわぁ。なんでここまで怒るんでしょうね。あ、これも自分を大切にしていない行動になるのかも。違うんですよサイレス。慌てて声をかけます。


「が、学園で迷惑をかけたお詫びです。本当は私が側にいて困っていたでしょう?好き勝手周りに言われたり孤立したり、私はあの一件であなたに迷惑をかけすぎました。申し訳ありません。ですから、その。仕返しして丁度いいんですよ?」


「......そんな事、オレはあんたに言ったか?」

「へ?」


 思わずパチリと目を開ければ、先程までの怒りはどこへと言いたくなる程呆れた顔をしたサイレスと目が合いました。

 あ、そんな大きなため息までついて。もはや呆れを隠しもしませんね、って待って下さい、え、え?なんですか?一体何がおきて?


「あんたさぁ......本当は何が一番したいんだ?」

「なに、が、一番......?」


 突然問われて頭が働きません。その質問にどんな意図があるのか図りかねます。


「あ~......やって楽しい事でも続けたい事でも何でもいい、要は自分の望みだ」

「望み、ですか」


 頷いてこちらをじっと見ているサイレスの前で、いま言えと。......ええぇ~、ハードル高い事要求されてませんか?わたしの望み、やりたい事......そんなの、直前まで考えていたんですから山程あるのに。

 中でも一番の願いだけは、さすがに本人にもう一度伝える勇気はありませんけれど。

 とりあえず、怒った理由も質問の意図も分からないままに答えを口にします。


「......そう、ですね、街の食事処で働くのはとても楽しいです。いま、お世話になっているんですが。私にも魔道具製作や冒険者の真似事をしなくても働くことが出来るんだという発見と、ほんの少しですが生きていく自信になりました」

「ふーん」

「もちろん魔道具を研究したり効率的な効果を生む方法を探したり......そこから更に新しく作り出す事も時間を忘れてしまいます。それは学園に入る前から変わりませんが」

「へぇ」

「呪術返士クラスの皆や先生方との会話も刺激になりましたし、毎日充実していました。叶うことなら学園に戻ってもっと学びたかったです。卒業したかったと、今でもそう思う位に」

「それから?」

「それから......欲を言えばもふもふの、友人が欲しいです。きっととても癒されます」

「もふ......? なぁ、それ全部やらずにここで何やってんだ?」


 サイレスが私に質問して、相槌を打たれて、会話になってるなんて内心驚きです。あら?こんなに会話したのは初めてではないでしょうか。

 そう考えながら思いつくまま言葉を並べていくとサイレスからそう尋ねられました。言われてみれば、そう、ですね。何をするのも自由なら、やりたい事や必要な事を優先するのは当然です。

 ここへはギルドの依頼で来ました。本来ならパーティ単位の依頼。ですがこれをこなせる程の実力を持ったパーティがたまたま出払っており、皆さんとても困っておられて。私はその時パーティには入っていなくてソロだったんですが思わず申し出ていました。私なら、一人でも何とか出来そうな内容だったから、その時は少々強引に。......でも今考えてみれば、受けた理由、は


 私を、誰かに必要として、欲しくて......


 って、なんて恥ずかしいんでしょう!!なんですか、それ。意識してなかったとはいえ理由がちょっと恥ずかしいんですが!確かに依頼を受けた時、ギルドの人達みんな喜んでくれると思ったんです。でも思ったのとは違う反応だったのって、喜ぶより心配してくれたから、ですね。うぅ、なんでしょうこの居たたまれない感じ。思わずその場に穴を掘って埋まりたい衝動に駆られます。前世からの年齢が実年齢にプラスされててこの子供っぽい思考、自覚すると恥ずか死ねますね!!

 思わずうずくまって小さくなり、恥ずかしさに必死に耐えている私を見て、その時サイレスが何を考えていたのか分かりません。しばらく経ってから呪術が飛んできた事に気が付きましたが、何をかけたんでしょう?サイレスの呪術は一級品です。呪術返し以外に防ぐ事は私の作る魔道具にも難しい程です。ですからあの公式戦でも魔石に溜めるという方法しか取れませんでした。なのに腹痛や頭痛などの痛みはありません。かゆみや痺れ、気持ちの悪さなども特になく、思わず自分自身を見下ろしますが何の影響もないように見えます。

 ......これではまるで、あの時のようです。


「んだよ......かかんねぇじゃん」

「え?あ、ご、ごめんなさい?一切発動させなかったんですけど、無意識に返してしまいましたか?」

「......そしたら俺が術にかかるはずだろうが」


 くそ、と言う声が心なしか元気が無いように感じました。

 あ、よく見れば耳が珍しく下向きに。ああっ、しっぽも力なく垂れて地面に落ちて。やだやだ!普段見せないそんなしょんぼりとした可愛らしい一面を見せたりしたらギャップにキュンとしちゃうじゃないですか!

 あ~~~ダメですそんな姿になった理由を聞きたいのに~トキメキで声が出ません~~~


「あー......、自信無くす......」

 ようやく声が出せそうな位に落ち着いた頃、そんな声が聞こえて疑問符が頭に浮かびました。自信、ですか?冷静になってよくよく考えても何の事か思い当たりません。


「サイレスでも自信を無くすことなんて、あるんですか?」

「......人をなんだと」

「いえその、学園でのサイレスしか知りませんが、呪術クラスのトップの成績に容姿端麗で希少な黒豹の獣人。それだけでも目をひくのに成績を鼻にかけなくていつも落ち着いていてクールで、でも私のお昼ご飯を買ってきてくれる気遣いもあって言葉は悪くとも性格は優しい、なんて完璧ですよ」

「っ、いや、あんたに優しくした覚えは、」

「優しかったですよ。話しかけても追い払いもせず、手作りのお弁当まで食べてくれました。私の体を案じて、自ら怪我の手当までしてくれました。私にかけた術が解けるよう願って毎日調べものをしてくれて、術が解けた事を喜んでくれて」

「まて、もういい止めろ。......あんたさぁ、そういうとこだぞホント。さっきの一斉展開した呪術だって、あれだけ当てれば魔道具の防御限界に達すると思って使ってんのに全部魔石に移してくなんて思いもしなかった。こっちは呪術返しされる事前提で準備してきたのに、それも全部意味ねえとか。あんたがいればもう呪術士なんか手も足も出ないって現実見せられて自信無くして当然だろ!今だって防御無しで丸裸の状態のはずだろ!?......なんだよ、呪術返しされたら、あん時の言い訳だって礼だって、術の影響で素直に言えると思って使ったってのに」

「......?言い訳、ですか?私に何の呪術を?」

「今かけたのは、前に一度お前にかけたやつだよっ!」




 それってつまり?

 真っ赤な顔のサイレス。それを呪術返しされたら言い訳出来るって、それって。

 ......え、えええ?えっへへへ!?え、待って勘違いしていたら恥ずかしいけどそういう意味でいいですか!?私にかけられた魅了を自分が返される事で、私と同じように行動できると思ったんですか?笑って、相手への好意を隠す事無く、もっと素直に話せるはずだと?

 それは無理な話です。つい嬉しくて笑ってしまいました。

 私、前世の記憶を思い出して良かったと唐突ですが今、本心からそうしみじみ思いました。


「それなら、出来れば私はかかりたくはないですね。大嫌いなんて、もう言われたくないので」


 以前から目で追っていたサイレスと、在学中に接点を持つことも、今普通に会話している事も、記憶を思い出さなければ選択しないであろう行動ばかりですから。


「あなたにかけられるより以前から、私はあなたを、サイレスを想っていたんですから。あの3日間はただの口実なんです、あなたの傍にいる為の。だから今術をかけて効かないのもまた当然です」


 解呪できない呪いだったのではありません。そもそも術にかかっていなかったんです。


「未だにしつこくあなたを想ってますから」


 だからサイレスが術にかかっても言えそうにないです。大嫌いなんて、嘘でも言いたくない。そう伝えた直後顔に衝撃がありました。

 だっ抱きしめられて、しまいました。うあ、うそやだ、人に抱きしめられたのなんていつ以来です!?記憶にないので分からないけど、これ、ダメなやつですサイレスってば細身なのになんて筋肉質......!


「んだよそれ、あいつらの言う通りかよ。やっぱ術にかかってなかったなんて気が付くわけないだろ。普通惚れた方が弱いんじゃねぇの?なんで俺がお前の後を追いかけてんの?ワケわかんねえ。あんなに好意全開で傍にいといてあっさり消えて、気にしないワケねえんだよ。いっつもニコニコしてたくせに最後に見た顔がちらついて集中できねえし、学園にもこねえし教師どもはうるせえし周りの視線はうぜぇし......なんか喋り過ぎた、くそっ、カッコ悪ぃな。......おい何黙ってんだよ、なんか言えってっ、痛てぇな」


 ご自分で腕の中にしまっておいて、何を言えと。あ、なにしてるんですか私の顔を覗き込んでこないで下さい。

 空いてる方の手で思いっきりその顔を押しのけていたら、その手を取られてしまいました。

 だって、私を追いかけてきたって、学園に来ないって知ってるって、私を喜ばせる事ばかり言ってどういうつもりですか?お金ですか?ここ最近やりたい放題ですからありますよ!サイレスに課金出来ないから貯まる一方なので貰って下さい、そして速やかに適切な距離で愛でる許可を下さい。この距離は願ってません!それに私何日もお風呂に入ってないのに、ってぅあ、もう一方の手まで繋がれて、ぅあぁぁ、サイレスと目が、合ってしまいまし......!!!なんで!そんな嬉しそうな顔で!こっち見てるんですかぁ!?


「......何その真っ赤な顔。初めてみた」

「っ!!こっち、見ないで下さ、い」


 見られてます、視線が刺さります、見すぎです!......ぎぃやぁぁぁあとうとう耳が幻聴を拾い始めました!可愛いって聞こえました嘘です待って!一度落ち着きたいですっ

 手は取られたまま、顔を見えないように反対側にそらします。いつもならすぐ無表情を取り繕えるのに。サイラスの体温が伝わってくるし、可愛いって言われた気がするし、男らしい手の感触とかもう与えられる情報が多すぎて無理です無理!また別の前世の扉がひらいたらどうしてくれます!?


「そんじゃこのままずっと俺の腕ん中だぞ」


 嬉しそうな声で、頭のすぐ上でそう言った言葉に胸が痛くなって、目頭が熱くなります。

 そんなの、ほんとは私が一番望んでいるのに。......ずるい!

 なんだか急に悔しくなって、睨むように言い返してしまいました。


「それは、こちらのセリフですよっ」


 恥ずかしすぎて苦しい位の腕の中からサイレスを見上げて、私からも背中へ腕を回します。

 あ、やっぱり撤回していいですか?この距離でその笑顔は目に毒すぎて、こんなに幸せでいいんでしょうかって近い近い近い、ひいぃぃぃ~(歓喜)



 そんな風にサイレスの腕の中でいっぱいいっぱいになっている時、上空から叩きつける強い風を感じて顔を上げます。

 巨大な翼を持った長い首と長い尾の影が真上から近付いてきます。まだ距離があるのにこの威圧感、そして酷い腐臭。


「......んな、なんで、こんなとこに、ドラゴンが」


 上を見て呟くサイレスの腕から抜け出し、彼に背を向けどこか落ち着かない気分のまま上を見上げます。足元を中心とした巨大な魔法陣が白く淡く光り、後ろに立つサイレスをさらに驚かせたでしょうか。これを用意してただ待つだけの数日、それ以上に今の私の状況に対する八つ当たりを込めて次々に他の魔術も展開していきます。『捕捉』『標的固定』『着地と同時に発動』次々に頭の中で入力していきながら、サイレスがここにいる幸運にも気が付き顔だけ振り返ります。


「サイレス、お手伝いをお願い出来ますか?」

「な、手伝いって、」

「説明は後で。今はあの呪いにかかったドラゴンを解放したいのです。大丈夫です、私が必ず足止めします」

「......わかった、あいつの呪いを解呪すればいいんだな?」


 力強く請け負ってくれたサイレスに頼もしさしか感じません。これで私は全力で相手を迎える事ができます。流石に骨の折れる作業でしたが事前準備は万全です。他国で呪いを受け既に命のない状態でありながら止まれない、死ぬことの出来ない危険で悲しい魔物を相手に、力技でもって戦闘不能にさせるつもりでした。私一人ならばどれ程時間がかかった事でしょうね。本当に、ここにサイレスがいてくれるなんて、なんのお導きでしょう?解呪出来れば動きは止まります。私は解呪の為に相手の戦闘力を下げ翼をもぎ取ればいいだけです。

 

「はい、お願いします!」


 私いま笑ってますね。私の作った派手な魔術と魔道具の効果を見てもらえるって思ったらなんだか嬉しくて、楽しくてワクワクしてます。サイレスは私が強いと知ってましたか?頭上から加速して降ってくる攻撃を魔道具で完璧に防ぎながら、私の口元には好戦的な笑顔が浮かんでいると自覚しています。というか油断するとにやけてしまいます。

 目の前に降り立つ圧倒的な存在を前に私は怯むどころか嬉々として突っ込んで行きます。補助魔法が無くても、物理攻撃が効かなくても、今の私は怖い物なんてありません。


 ようやく来ましたね!さっさと登場してくれないからさっきまで大変な目にあってたんですよもう!もうもうもう!サイレスが!私に笑顔で!可愛いって!もー!!






 そうして無事相手の無力化及び解呪に成功後、帰路につきながら心臓と頭を落ち着かせてサイレスから話を聞けば、私のいないこの一月学園内でも色々あったみたいです。

 まずうちのクラスの担当教諭、私が学園へ荷物を送った頃に職を辞していたようです。私に授業を奪われ空気扱いされ、溜まった鬱憤を生徒に向けた事が発覚したとか。本当に愚かですね。私がいなくてもクラスメイト達はみんな私と同じことが出来るのに。盛大にやり返されて自棄になった所へ、私の送った魔道具の私的使用までやってしまったんだそう。学園、大丈夫ですか?いえあの、魔道具の効果は私が一番知ってますから。でもその場を鎮静化させたのはなんと私と同じクラスの皆だそうです。私は思わずガッツポーズですよ。魔道具作りに長けているクラスメイト達はその後、自分たちで目覚ましい成果を学園で上げているそうです。その一件以降はもう誰も呪術返士を馬鹿にしない、いえ出来なくなったと聞いて自分の事のように嬉しくなりました。

 それともう一つ。その話の後サイレスに確認されて失念していましたが、私はまだ学園を辞めるための書類に何もサインしていないという事。つまり、まだ学園を辞めていない事実に当然喜びました。無限収納に手紙や書類が入っていなかったのも、あえて中から抜き取って下さった先生がいたおかげのようです。とりあえず学園に戻り、手を回してくれたらしい先生方にお礼を言いに帰りたいと思います。




 入学して一人で過ごす学園内で、同じ一人でも自分を恥じる事無くしっかりと立つ姿に何度励まされたか分かりません。彼のように、サイレスのようになれなくてもせめて、同じ一番でいたかった。特待生としてだけじゃない、私の原動力。それが憧れから気になる人になるのに時間はさほど必要としませんでした。


 そうして図らずも圧倒的な力量を示した私の姿を目にして、惚れこんでくれたらしいサイレスと共に以前のように昼食を取るのは、あの日一緒に食べる事の出来なかった中庭。その隅の方へ置かれたベンチです。



「あの、ち、近いのですが」

「我慢しろ。俺だってホントは手も握りてぇし膝に乗せて抱きしめてぇのに、お前が嫌がるから我慢してんだろ」

「抱き、......っ無理です!こ、こんな人目がある所で、というか学園に在籍中は節度ある距離をどうか保ってください」

「保ってんだろ。ほら、次はそれ食わせて」

「あああの、もうそろそろご自分で召し上がってくれませんかっ」

 

 目を細めて明らかに楽しんでいる様子のサイレスとは対照的にタジタジな私。

 もうコレ、わ、私が持ちません!!



 あの日、前世の記憶を思い出した日。

 呪術返しに失敗した私の結末は、信じられない位に恥ずかしくて楽しくて充実した学園生活となったのでした。

 いつの間にか付きまとっていたはずの私と行動を共にするようになった彼と、魔法の概念をとっぱらって伝説を作るのは学園卒業後。案外すぐ訪れる未来だったりします。



 ただこの時の私はまだ全然知りませんでした、獣人が一度相手を決めたらどうなるか、なんて。


 真っ赤になって少し離れた私から視線を外さず眺めるサイレスが「......食っちまいてぇ」と呟くのをうっかり拾ってしまいさらに顔が熱くなったのが分かります。嬉しい気持ちがまったく無いとは嘘でも言えませんが、何なんですかもう色々限界なんです助けて下さい!

 

 ......、待って、足にしっぽ、しっぽが......!!!!





後日譚とかサイレス視点も書きたいけれど、一旦完結とします!

お読み下さりありがとうございました(o^―^o)


*誤字脱字報告たくさんありがとうございます。お恥ずかしい......すべて修正いたしました。

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[一言] 面白かったです。 サイラス視点読みたいです。
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