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肉体労働、魔道具修理、冒険者稼業だってなんだってやります。私一人で生きて行く決意なら学園に入ると決めた時からありました(別離)



「あんた、もう学校に戻んなくていいから。退学届けは出しといたわ」


 そう顔を見るなり告げて来たのは母親です。昼間から酒を飲み、働きもせずに過ごす狭い部屋にあるのは母親の座るベッドがひとつと狭いキッチン、真ん中に小さな机と椅子があるだけ。机の上にも床にもゴロゴロと空き瓶が転がりゴミが至るところに積まれた部屋。そんな家に父親はいつの間にか帰って来なくなったので、今何をしているか生きているのかすら知りません。


「学校行きながら働いたって大したお金になんないでしょ?お酒もご飯も満足に買えやしないから、明日から仕事行ってちょうだい。もう学校辞めたんだし」

「......明日から、ってあと半年で卒業なのに」

「それはあんたの都合でしょ。そんなに待てないって言ってんのよ」


「なら母さんが前の仕事に戻ったら、っ!」


 とっさに避けたすぐそばの壁に、空の酒瓶が音を立てて割れ落ちます。


「何よ、文句あるっていうの!?怪我人の親を働かせるつもり!?」


 この母親はいつもそうです。私が小さい頃から口答えすら許さず、大きな声と暴力をもって以前の臆病な私を形成した人。学園に通うのだって必死に稼いだ自分のお金なのに、それすら許せない人。有名な魔術学園を、そこらの子供が通う読み書きの学校と同列に扱う人。

 それでも私はこの環境から抜け出したくて、卒業まで月々決まった額を家に入れる約束で説得し、入学時の親の承諾をなんとかもぎ取った経緯があります。

 ですが人間とは贅沢に慣れる生き物。私のお金をあてにして、母親は数ヵ月前から怪我を理由に働く事を辞め、とうとう私をATMとして見るようになったようです。

 先月も学園へ同じように手紙が届き、明日から働けと言っては退学届けをちらつかせ、それだけは止めてと泣く私からさらにお金を引き出しました。こう言えばいつも私が言うことを聞くので癖になったのでしょう。月に数回、何日か強制的に休まされるのを繰り返しています。バカのひとつ覚えな上に人を当てにし過ぎてますよね。怪我ってどこにしてるんでしょう。でももう、いちいち呼び戻す事すらも面倒になった、と。


 あー......めんどくさい。今の私はもはや以前の自分とは別人かもしれないです。


 以前ままであれば、約束を守ってよ!と泣きながら訴えてましたが同じようにしておいた方がいいでしょうか。これでも母親と思い必要とされたい気持ちの残る私はどうしてもこの人を見捨てられずにいましたが、そういった事を以前の記憶として客観的に状況を見ることが出来たのは良いこと、って......待てよ?

 もう退学届けを出したなら、学園の事は非常に残念ではありますが......これはこの母親と縁を切るチャンスでは?


 閃きました。そうと決まれば長居は無用、さくっと外に行きましょう。そこで手続きも済ませましょう。

 家を出る際、なんとなく後ろを振り向き「......いってきます、母さん」と声をかけました。当然こちらを向くことも返事もありません。やっぱりというか何というか、まぁいいんですけど。私が折り合いをつけるためにした事なので。愛を欲しがる幼い子供だった自分に、現実を見せただけです。

 分かったでしょう?以前の私。愛してくれる親もなく、親しい友人もない私にはもう、戻る場所など無いのだと。それはとても自由な事でもあるんです。大丈夫ですよ、前世自由を謳歌し過ぎた先輩の私がいるんですから怖くなんてありません。

 これから私は、ようやく私の為に生きられます。


 外を歩きながら考えをまとめます。今後学園の荷物はどこかに預けるとして、ひとまずその足で向かったのは今まで何度も足を運んだ場所。家から程近い大通りに面したギルドです。

 私は学生をしながら定期的に魔道具をここで買い取ってもらい、場合によっては依頼を受け仕事をこなし、そうして得たお金で学園に通い、自分の食費を賄い、今まで母親にもここからお金を支払っていました。言わば銀行のような仕組みも持つ場所なんです。

 顔見知りの受付の人に聞けば、やはり最近は過剰にお金を引き出されて、ギルド側に借金まで出来ていました。はぁ、とため息をひとつこぼし、手持ちの荷物から売却予定の魔道具を渡して返済に当てます。最近作ったものは先生方の協力もあって珍しい効果のついた物ばかりだった為、毎月母親に渡す金額の数ヵ月分まで借金を返済しても残りました。

 これだけあれば、もういいでしょう。


「今日も何か依頼を受けるの?」


 そう訪ねられて首を横に振り、先程得たお金の袋を前に出し「ご迷惑をかけてすみませんでした」と頭を下げます。

 この数ヵ月、母親に呼び出される度余分に魔道具を売り、足りなければ適当な依頼を受けて来たのでそう聞かれるのもいつもの事です。ただ彼女は私の事情を知ってか、短期間で他よりは実入りのいい依頼を回してくれる事が多かったように思います。きっと酒臭いあの母親の対応をしてもくれていたのでしょう、同情からかも知れませんがそのおかげで今まで学園にも通えていたのです。感謝の気持ちも込めて頭を下げて、ひとつお願いを聞いてもらう事にしました。


「このお金はいつものように母親に渡して下さい。それから、次に母親が来たらこれも渡して下さい」


 そう言って私は1つに結んでいた髪を掴むと、持っていたナイフで躊躇せず髪を根元から切りました。ブツッと音を立てて感触が手に伝わるのを感じながら、いつも使っていた髪の飾り紐ごと受付に髪の束を置きます。短くしたのは初めてで、後ろが軽くなって変な感じがします。まぁじきに慣れるでしょう。


「依頼中に運悪く死亡したと、これは遺髪だと言ってもらえませんか?こんな事を頼んで申し訳ないのですが、遺体を用意する訳にはいかないのでそうですね、遠い所に依頼に出た事にして、死んだ事も出来れば来月に伝えていただければ、......?」


 助かるのですが、と伝えようとした所で、受付の女性の異変に気が付きました。ひどい表情で受付に置いた髪から目を離しません。あの、聞いてましたか?と声をかけようとしたその時。


「......い、」

「い?」

「いぃぃやあぁぁあ!!!女の子が、女の子がこんな髪を切っちゃうなんて信じられないだから何度も言ったのにあのバカギルマス悠長な事言ってるからこんな事になったのよっもおぉ許さないぁんの野郎ぉっ!!!」


 目の前で突然悲鳴をあげて最後は唸るように低い声で叫ばれました。

 その体のどこからそれ程の声量が?と聞きたくなる上に、流れるように悪態をついてその足で奥に走って行って部屋をノックもせずに開けて入り、また何か叫んでいるようです。

 え、な、なに?周りにいた数人も驚きから誰も喋らず、扉の向こう以外は異様な静けさです。

 しばらくして静かになった部屋から、無茶苦茶にひっかかれて殴られた姿で男性が出て来ました。後ろにいる受付の女性はハンカチをもってボロボロ涙を流しています。誰がやったって、多分泣いてるあの人です、よね?

 私に向かってヨロヨロと手招きするここの責任者、と思われる男性が不気味過ぎて近寄りたくないのですが......

 その場から動けない私に、周りにいた人が「ギルマスに呼ばれてるよ?」「ちゃんと話聞いてもらいな?」と背中を押してくれました。なんで皆さんそんな痛ましそうな顔を?殴られた男性の心配をしてる人、1人もいないとかどうなってるんでしょう?




「だからね?グスッ、あなた来る度にどこか怪我して自分の為にお金を使う素振りもない、母親だとかいう女が喚き散らして平気であなたのお金を下ろしていく、こんな状況をほっといていいのかってずっと前から言ってたのよ、私。確かに貧民街が近いギルドだから他所より子供が出入りする事も多いけどこんな優秀な子を働かせているのは異常なのよ、異常!あなたは自力であの学園にも通ってるんでしょう?勉強の妨げになっている現状を見過ごすのかって、ギルドとして介入するべきだって何度も何度も!ズズッ、なのに数カ月前から様子を見た結果が今日のこれよ、遅すぎるわ髪が元の長さに戻るのにどれだけかかるか分からないのよ男は!しかも遺髪ですって、そんな決断までさせてしまった事がっ、何も出来なかった事がっ、大人として一番っ情けないのよぉぉぉ」


 と、奥の部屋に通されソファーに座るなりそう泣きながら話す受付の女性の横で、傷だらけになった男性からも「......彼女の言う通りだ、すまない」と頭を下げて謝罪されました。私としては周りの大人の事など考えてもいなかったので、意外と見てくれている人がいたんだな、と内心少し喜んでしまった位なんですけど。

 

 私の座るソファーと向かいに座る二人の間のテーブルには、魔力の源と言われる私の遺髪予定が置かれています。実際にはそんな根拠はなく、髪を切っても私の体に影響はまったくありません。ですが「今後の魔道具作りだって影響があるんじゃ」とその髪を見ながら生活の心配をしてくれる男性。

 世間一般でそれは常識ですもんね。なので魔力に変化がない事は伝えず別の理由として、元々母親が学園に退学届けを出してしまったので当分は作業にはかかれない事を説明しました。自由になると決めたんですから、まずは色々チャレンジしたいと思います。生活が落ち着いたらまた魔道具の研究もしたいし、ずっとという訳ではないと伝えると、男性が「作業場ならここにあるし、依頼を受ける合間にここで魔道具を作ったらどうだ?」と提案してくれました。女性もその横で頷き「空いている部屋もあるから寝泊まりも出来るわ」と言ってくれます。罪滅ぼしでしょうか、そうすれば確かに今すぐ生活も安定します。大変ありがたい申し出です。

 学園に入る前はここで作業場を提供してもらっていたので、私もそれは考えました。が、


「......ここには今後も母が来るでしょうし、死んだ私がここに出入りするのを誰かに見られて、母の耳に入るのが怖いんです。もう、関わりたくないんです」


 そう答えるのが正解でしょう。別に私は母親に会った所で平気で他人のフリする事も出来ますが、心配してくれたこの人達には今後、お金を引き出せなくなった母親が迷惑をかけるのが目に見えています。その対応と死亡通知、それだけやってもらえたら十分です。私がいなくなれば母親も仕事をするか父親を捜すかするんじゃないでしょうか?あら、こう考えると案外悪くない結果になるのでは。

 私一人生きて行く位なんとでもなるでしょうし、いざとなれば働き先なんて大きい街に行けば見つけられるでしょう。楽観的に聞こえるかも知れませんが、せっかく自由になったんです。しばらくはのんびりしたいと思います。

 私自身の事は問題ない事をアピールする為に笑ってそう伝えると、二人とも泣きそうな、ゆがんだ顔になってしまいました。強がりに見えましたかねぇ、精神年齢は大人なので、ホントに心配いらないんですが。


 結局、ここから一番近い大きな街のギルドの紹介状と、女性の親族がやっているその街の食事処兼宿屋の働き口も紹介されました。もちろん住み込みで、以前からもしも匿うならと考えてくれていた候補地だそうです。い、いいんでしょうか。

 世話を焼かれるって、慣れてなくて何だかむずむずします、ね。


 サイレスもこんな気持ちだったんでしょうか。



 そして結局勧められるがままに、すぐに大きな街へと移動して一週間。

 紹介状を書いてもらったギルドで簡単な魔道具の修理や制作を引き受けながら、昼食時と夕食時の忙しい間だけ宿代がわりに食事処を手伝います。前世接客業でのアルバイト経験が活きて結構動けます。というか肉体労働って気持ちいいですね。何も考えずに体を動かして程よく疲れて、働いてるって実感があって。忘れてました。


 生活が安定してからギルドを通して学園にも連絡を入れ、寮の荷物はさらに一週間後に手元に送ってもらいました。なんと無限収納(インベントリ)に入って!

 あまりの待遇に一気にテンションが上がってしまいました。こ、この魔道具どうしたんですかぁ!?手紙も何も付いてないのはおかしいなと思いますが、説明も無いなら貰っちゃいますよ!?いいんですか?

 うわぁすごい、希少な魔道具に触れる機会なんてめったにないので興奮します。ふむふむ、なるほどここがこうなって、へぇぇ。案外私でも理解できる図式です。でもこれだと自然劣化に耐えられないし数量に限界が......私は紙に図式を書き込みながら改善点を見つけて行きます。少し書き換え新たに加えてバランスを見ていると、やってみようかなという気になってしまいました。

 思い立ったら即行動の私は、いつも使っている鞄の底へ下書きした図式を置き、火の魔術で焼き付けながら魔力を流します。む、むむ。やっぱり使用する魔力量が倍必要なのは桁違いにしんどいですね!でもギリギリいけます。二週間ぶりに術を使用しますし、最近夜更かしもしない上に食生活が改善されたので魔力はたっぷりあります。初めて作る魔道具に手を加えたものなんて失敗することも考えられますがまぁ、失敗=発動しないだけです。その経験から次の挑戦へ繋がるのですからそれも成功のもと、ですね。

 ふふ、やっぱり魔道具制作って楽しいですね。胸の奥で湧き上がるワクワクとした高揚感に浸りながら、それでも油断なく確実に作業を進めて行きます。


 でも......誰がこんな配慮をしてくれたんでしょう。まさかうちの担当教諭?なら絶対受け取りたく無いんで、必ずいつか成功させて送り返さねば。なんて静かに決意しながら最後まで魔力を流して完成です!

 ハイ出来ました!......噓でしょ、出来ちゃいまし、た......自分の才能が恐ろしいです。丸々届いた荷物を自分の鞄に移す事が出来てしまいました。寮の自室に置いていた荷物丸々ですよ?これさえあれば寝る場所さえあればどこにでも自由に行けます。

 という訳で学園にこの貴重な無限収納はお返し致します!この勉強料はどこにお支払すればいいんでしょう。あ、中に新しい魔道具や珍しい物なんか色々入れて送りましょう。寮で作っていた既製品を改良した物や試作品で鞄の中が溢れている事ですし、先生方ならば新しい発見があれば教えてくれるかも。学園を退学になったからといって、やり取りを制限するほど狭量な学園ではなかったと思いますし。やだ、今日の私は冴えてますね!

 お世話になったお礼と、後世の呪術返士達の役に立てばと私からは手紙を添えて、翌日には手続きを済ませ荷物を送りました。





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