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夢から覚めるのはあっという間でした。とても幸せで楽しくてこれから先の運全部使い切ってしまったのかも知れませんが自業自得です(号泣)



 術をかけられてから三日経ちました。私は今日も絶好調です。

 記憶の戻った初日から注目を浴びる私ですが、呪術返士クラスの特待生といえば「ああ、あの」とまで言われるようになりました。どういう意味なのかまで知りませんがまったく気にならないので放っておきます。

 毎日放課後は解呪の呪文を先生にかけられていますが状況は変わらず、他の先生方にも相談し話し合ってきましたが、現在はどちらかと言えば職員室で先生方との意見交換の時間となっています。だって解けないんですもん。私にはその理由が思い当たりますが。

 まあそれより、さすがその道の専門でもある先生方。昨日は魔術科の黒白呪の先生方だけでなく戦闘科の騎士クラスの先生も同席しておりました。物理攻撃に魔法付与とか夢がありますよね。剣に魔方陣をあらかじめ描いておけば可能なのではないかと盛り上がりました。それ位誰でも思いつくって?よく考えて下さい、騎士科の生徒には基本魔力は無いんですよ。ここにもまた訳の分からない線引きがあります。それを前提に『魔力が無くても誰でも使える魔道具』の研究が必要で、そっちも面白くて毎日寝不足です。常に寝不足なのは記憶を思い出す前からなので最早今更、ではありますが。

 今まで本で読んだ知識と今の私の発想と実力を魔道具に込めるのは時間を忘れてしまう程。前世ゲームの中でしか無かった派手な魔術演出を魔道具に込めれば度肝を抜きますよ~!既に完成された分野とまで言われた魔道具、まだまだ可能性は無限大ですよふふふふっ!

 あ、魔術の研究の方も順調です。今では私自身簡単な属性魔法であれば扱えるまでになりました。黒魔術の分野ではありますが、そもそも強い適性はありつつも明確な線引きなど本来ないのでは?という考えの元に変態とその従者に手ほどきを受けて私自身で証明して見せました。変態なんて呪術に片足を突っ込みつつあります。元々新しい魔術を生み出すほどの天才、私の提案に「その発想はなかった!」と個人で検証を進めています。やはりこの学園、固定観念が邪魔してますね。その内呪術士の中からも呪術返しが使える人が出てくるかも。

 変態は呪術でしたが、従者の方は白魔術の方向で補助魔法に適性が見られます。どこまでもサポート気質、使える魔術に思わず納得です。そんな彼らと先生方とで議論し、可能性を模索する放課後は本当に有意義な時間なんです。サイレスは残念ながら調べものがあるそうで別行動なんですが、それが終わったら放課後一緒に議論したいと伝えています。まだ実現してませんが、そのあと一緒に帰る口実に出来ればいいなぁ、なんて。いかにも青春ですよね、いいですよね。

 え?職員室にうちの担当教諭がいるだろうって?ああ、空気ですよ空気。


 そうしてサイレスとの関係も、3日経って少し変化が。というか、慣れたんでしょうね私という存在が近くにいるという現状に。横にいても空気のような存在になれて私的には大変満足しておりますっ!!他人に笑われてもまったく痛くも痒くもありません!私の頭の中は三分の一を魔術や学校生活に、三分の二をサイレスに充てているといっても過言ではありません。早朝からお弁当の準備に始まり、昨日からはおやつも準備しています。登校時に呪術クラスの今日の流れを勝手に確認して伝え、食事が済んだら屋上で昼寝する所にお邪魔して枕と日陰になるパラソルのセッティング、このパラソルも魔道具になっていまして爽やかな風が時折吹く仕様となっています。もちろん売ってないので作りました!授業中はさすがに同席できませんが、椅子の上のクッションは低反発で疲労を感じさせず集中力アップに貢献、窓際の生徒を買収して窓を開けさせるなど温度管理も万全。他にも快適に授業を受けられるよう休憩時に飲み物を届ける等業者に手配済みです。それを知ったサイレスからは「これもお前か......」と気が付いてくれた上に「人をダメにする気か」とお褒めの言葉と頭にチョップを戴きましたぁ!!ありがとうございます!!


 私の行動理由はサイレス中心。本人には理解されず諦められている節がありますが、最近は楽しくて楽しくて。ああ、もっと時間があればいいのに。とまあ、このように私はすべて好きでやっているんですが、周囲からは私達が客観的にどう見えているのか。

 そこに私の落ち度がありました。



 そんな楽しい日々に終わりが訪れたのは、その日のお昼休憩でした。


 場所はいつもの食堂ではなく中庭ですが、私は手に怪我を負い、かけていた眼鏡は地面で割れ、周囲から非常に注目を浴びています。

 何が起きたか初めからご説明しますね。


 昨日までは食堂で食事をとっていたんですが、必ず変態とその従者に邪魔をされまして。サイレスが初日に気に入った唐揚げを2日目は容赦なく奪われた事で、彼らもそれを気に入ったのだと分かった次第です。そのおかげというとおかしいですが、今朝なんとサイラスから「昼は外で食うぞ」と登校中にお誘い頂いたのです。喜ぶ私とは対照的にちょっと機嫌が悪いように見えましたが、普段から寡黙なサイレスがさらに寡黙になっている理由にはその時は思い至りませんでした。

 そしてようやく念願叶って二人きりの昼食の機会が訪れました。今は横に並んで歩き、食事が出来る場所を探しています。そう、隣を歩いています。随分距離が近くなったと思いませんか?野良ネコの餌付けに成功して懐きはじめたような錯覚があります。前世でも今世でもそんな経験が皆無な私は内心、わーいと踊り出したい程喜び脳内ははしゃいでます。ですがサイレスは今朝と変わらず不機嫌な様子。顔には出ていませんが、雰囲気が......


 そんな風にサイレスに集中していたからすぐに気が付けませんでした。中庭を通りかかった際、後方から私にではなく、サイレスに向かって行く攻撃魔法に。


「っ! サイレスっ」


 とっさにお弁当を持っていた手でサイレスの背をガードしましたが、包んでいた風呂敷が破れて今や四段になったお重が音を立てて落ちます。


「っ!?っおい!」

「サイレス、怪我はないですか!?大丈夫ですね?はぁあ良かったです......ってお弁当が、お昼が台無しに」

「アホかお前!なんの心配だよ血ぃ出てんだろそっちの手だよ!」

「血?」


 珍しく大きな声を上げるサイレスに驚き、言われた方を素直に見ればパタパタと流れた血が地面にいくつも雫を落としています。


 こんな怪我をサイレスが負う所だった、という事実に頭の中で何かが切れました。プッツーンです。

 術が飛んできた方向を見れば見覚えのない魔術士の男女。黒魔術を使ったのは男子生徒の方ですね。真っ青になって女子生徒に何か言っています。

 問題は、この女子生徒の方。こっちは()()()、白魔術を使わなかったようです。

 女子生徒の頭の上には耳があるので獣人です。しかもサイレスと色ちがいですが同じ豹。っく!別にうらやましくなんてないんだから、なんて頭の隅で考えながら無表情で近付いて行きます。


「......なによ、今術を使ったのはこいつよ」

 と苛立たしげに男子生徒を指さして言ってきましたが構いません。私は無事な方の手で思いっきり、力いっぱい張り手をかましてやりました。

 中庭にスパーンッ!と良い音が響きます。彼女の顔、随分良い音が鳴りますね。少しだけ溜飲が下がりました。


「な、......に、すんのよっ、このっ!」


 逆上した彼女からもお返しに張り手が飛んできたので甘んじて叩かれてやります。動揺してるんでしょうね、私より威力が低く鈍い音しかしませんでした。やっぱり私の叩き方が上手いのかも。

 叩かれた衝撃で眼鏡が落ちましたが構わず問いかけます。「痛いですか?」と。

 

「はぁ!?」

「叩かれた頬が痛いのは当然です。私が言っているのは叩いた方の手です」


 中庭は静まり返っています。周囲の建物からも視線を感じるので注目されているのは分かりますが仕掛けてきたのはあちらです。私は売られた喧嘩を買っているだけ。


「学園で戦闘中もしくは授業中以外で、教師の許可なく魔術の使用を禁じている事は誰でも知っていますが、その意味を、あなたは真剣に考えた事はありますか?痛みに慣れて鈍感になるんですよ。自分の痛みだけではありません。人を傷つける痛みにもそれは言えます。ぜひその叩いた手の痛みは忘れないで下さい」


 彼女の視線が私の怪我をした腕へと動くのが見えます。興奮状態の膨らんだしっぽは動揺からか徐々に下がり始め、その瞳は揺れ始めて見えます。

 今さら罪悪感ですか?あなたが防御をかけた上で、隣の男子生徒が攻撃をするはずだったのでしょう?それなら出血すらしない事がほとんどです。今の私はすべての魔術の使用も感知出来ますから、あなたが防御魔法を使用するのを途中で止めた痕跡も見えます。

 彼が青くなった理由は私の負った予想外の怪我に、でしょう。

 視線は制服が破れ血に染まる腕からはなれません。あら、その隙間から肌がのぞいて見えでもしました?私、傷だらけですもんね。

 私も前世の記憶が戻ったその日、着替える為に服を脱いで驚きました。始めは傷の多さに、次に普段から傷が絶えない事に。そして自分自身、それに慣れてしまっている事に。戦闘中は絶対呪術を受ける事はないけれど、学園生活や仕事中は違います。いつも誰にも見付からないように小さくなって終始びくびくしていたのもこのせいです。痛みに臆病にならないワケがないでしょう?

 それにしても後方からなのはさすがに頭にきました。いつもならこれ以上関わらないのに今日は止まりません。


「あなた方の魔術は人を傷つける為に学んでいるわけではないのでしょう?いつまでもこんな卑怯な事をしていたら卒業出来ませんよ」

「な、じゅ、呪術返士のくせに脅す気!?そもそもあんたが纏わりついてるからでしょう!?目障りなのよ!それにこんな事で罰則なんて、今までっ」

「そこですよ、そこ。おかしいと思いませんか?目障りだから何ですか?それで人をいたずらに傷付けて何もないと?あっても軽い罰則しかないと今後も、それこそ卒業後もそうだと思っているんですか?」

「......ど、どういう、意味?」


 横で空気になっていた男子生徒がようやく発言しました。ちらりと視線をやって「大多数の呪術返士が泣き寝入りしていると思っているならおめでたい頭ですね」と言っておく。とりあえず彼は処罰ものでしょう。女子生徒が防御魔法を使わなかったとはいえ、人に向けて魔術を使用したのはご自分です。


「ここは学園ですよ?誰がいつ、どこで何度魔術を行使したか、もし先生がその全てを記録されていたら?それを被害者である呪術返士が報告しないのは弱く劣っているからだと?大した罰則がないのは自分達が勝っていて優遇されているからだと?本気でそう思ってるんだとしたら、私からは御愁傷様です、としか言いようがありません」


 私は別にお人好しでは無いので、これ以上ヒントを与える気なんてさらさらないんですけど。今言った事に確証はありません。ですがおそらく、現在の問題に対して学園側が何もしていないなんて事は考えにくいのです。そしてそこに生徒の考えが至るよう残り半年で先生方も動くはず。案外この一件がきっかけになるかも知れません。でしゃばるのは良くないと、分かっているんですが......

 分かってはいても、根本が黒い金髪の、前世でいうヤンキーのような頭をした豹獣人の彼女が、涙目で震えながらそれでもにらんで来るのがあまりにも可愛くって、ついつい喋り過ぎてしまいました。


「......でしたら今後もどうぞそのまま胡坐(あぐら)をかいていればいい。呪術返士クラスは既に次の段階へと進んでいるとだけ言っておきます。攻撃方法を持たない私達呪術返士がやり返さないのは痛みを知っているから。跳ね返し傷を受けるのは今後はあなた達です。分かっていて我慢していても、自分達に魔術を向けられる日々に積もるものはあるんです。次からは容赦なく、コレで行きますからね」

「「......」」


 そう言って頬をぺちぺちと叩いて見せると沈黙した2人。言いたい事は言ったし、落ちたお弁当を回収してさっさと移動しましょう。ちょっと人目が多すぎます。

 サイレスの所に戻ってくると、お弁当は、あれ?なぜか変態の従者が抱えてますね。というか既につまんでモグモグ食べてますね。それ一度地面に落ちたやつですが。

 眼鏡はいつの間にかその横で変態黒魔術士がヒビを直しています。それまさか時間を巻き戻してます?それとも物質変化?さすが変態は魔術を編むのも変態ですね、大変便利で気になります。それでお弁当も元に戻したなら確かに食べられますね。

 そう考えていると腕を掴まれ、どう見ても不機嫌な顔で私を見るサイレスに肩をそっと押されて、すぐ側のベンチにすとんと座っていました。流れるようなスマートさに感動する私をよそに、サイレスの視線は怪我をした箇所を見下ろしたまま動きません。


「あの、たいした事はありませんよ?もう出血も止まって」

「いるわけないでしょう!」


 うわびっくりした。

 すぐ横から大きな声を出した人の顔を見て、どこかで見たなと頭をひねります。「私の顔もう忘れたんですか!?」と非難され思い出しました。そうですそうです、彼女3日前の公式戦で、私を見かねて数合わせにパーティを組んでくれた心優しい白魔術士さんでした。

 問答無用で怪我をした腕を癒されている間、サイレスがしばらくの間傍を離れている時に「私の友人がごめんなさい」と小さな声で謝罪されました。いわく、私が張り手をかました獣人の彼女は以前からサイレスを想っていたらしいです。そこへ最近呪術返士がまとわりついて面白くなかったと。彼女の挑戦的な目はそのせいか、と納得しました。

 私にかかったままの魅了と友人、両方の事情を知っているものだから知らない所でずっとフォローしてくれていたのでしょう。私と試合した時と同様ほっとけない(たち)なんですね。......こんな友人を持ってうらやましいです。余計なことは言わずにただ治療のお礼だけ伝えておきました。

 傷が塞がるやいなや戻ったサイレスは隣に座り、腕に残る血を淡々と拭っていきます。慌てて他の傷跡を見られたくなくて「あとは自分で」と言っても無視されてしまい、今は手際よく包帯を巻かれています。治癒してくれた白魔術士さんに声をかけていたのも包帯の手配もサイレスのようですが、私が何を言ってもここまで一言も返してくれません。


「......ごめんなさい、あの、試験的に魔術を寄せ付けない魔道具を身に着けていたので、その、余波が隣にいるサイレスに及ぶ結果となってしまい......危険に晒して、すみません」


 沈黙が辛くて、つい謝ってしまいました。

 そう、攻撃魔法がサイレスへ行った理由も防御魔法が使われなかった理由も私のせい。私自身は魔道具を着けていますが、別の対象に向けた魔術を妨害すれば、それは当然私を傷つけます。まだ自分で作った魔道具も万全ではないと痛感しました。とっさに黒魔術と判断しそれを的確に弾けなければ、いつまでたっても私は呪術返士のままでしょう。

 いつかこの名前を払拭したいと思うのに。

 あまりにも呪術返士のイメージというものは悪く、そしてこんなに固定観念の強い職はありません。もう一つの特徴でもある魔道具制作は私の得意とする所ではありますが、魔道具士と呼ばれるのは店を持つものの特権です。ならば第一線で呪術だけでなく黒と白両方の魔術も返し、魔道具によって身を守り仲間を守れる盾になれば。

 それは最早呪術返士という枠に収まらないと思いませんか?そうなったら何と呼ばれるんでしょう?身代わり人形ではない事を祈ります。

 そして、出来ることなら卒業までに。時間は少ないのですが、今のペースなら何かの形できっと___



 そう考えていた時、後ろの建物の窓から先程ここであった事を話す声が耳に飛び込んできました。


「お前さっきの見てたか?すげぇな、自分から身代わりになりに行くって。あの呪術士どんな効果を付与した魅了を使ったんだ?」

「ああ、あれが例の?へぇ、解けなくて迷惑そうにしてるって話は聞いたけど、考えようによっちゃ便利じゃね」

「そう、しかも自分に金を使ってまで尽くしてくれてるんだと。いいよなぁ、でもどうせ事故るんならもっと可愛い子がいいよなぁ」

「だよなぁ、あの呪術俺にも使えないかなぁ~、そしたら白魔術クラスの聖女ちゃんか、美人で有名な呪術クラスの子に術をかけて......ってちょっと想像しただけで俺ヤバい」

「両手に花って最高かよ。でも解けない魅了なんてホントにあるのか?魅了の魔眼持ちより上位術になるんじゃね?」

「だっろ!?でも2、3日前から割と声かけてる奴いるけど、ずーっと無視しててすげえ感じ悪ぃんだぜ。教師になんか言われてんのかもな~。今じゃクラスで腫物扱い、授業以外は本ばっか必死に読んでて、まるであの呪術返士の特待生みたいで笑えるっていうかさ、」

「!っおい、窓開いて......やっべぇ、行こうぜ」


 いつもなら無視する周囲の声。けして大きくはありませんが、不思議とハッキリ聞こえて目を見開きます。

 私が好きにやりたい放題していた結果、あんな事を、陰でサイレスは言われて......?


 


 ああ、なんて、事。


 私のしていた事はただの自己満足です。どうして気が付かなかったんでしょう?

 どれほど彼に不愉快な思いをさせていたんでしょう?

 今朝から不機嫌だった理由は、昼食を外でとる理由は、少しでも目立たないように、静かに過ごしたい彼の、理由は。

 ああ、堰を切ったように次から次に理由の答えが湧きます。はたから見ていた彼らの表現は何も間違っていません。

 そう、寝ぐせのついた髪は遅くまで起きていたから。放課後も調べものをしていたのは解呪の方法を探していたから。不機嫌なんてそんなの当然です。あの一件のせいで腫物扱いなんて環境も、うるさい外野の声も私の行動もみんな望まないものばかり。全部全部不機嫌の理由でしかないのに。

 なんで周りの声を無視できたんでしょう?関係ないなんて、相手の立場になって考えていない私の傲りでしかないのに。身嗜みに気を使わない私が側にいて、恥ずかしかったんじゃ。陰で何を言われても、私に言わなかった。違う、呪術をかけた手前、言えなかったんです、ね。


 何も私に求めない事にただ甘えて改善もせず努力もせず、側にいることを許容されていただけの、私。

 

 心臓の位置が痛く、にぎっている手が震えて、力が、上手くこもりません。

 こんなタイミングで今更、本当の事を伝えても遅いかもしれない。でも、誰にそう見られたとしても彼には伝えておかなければ。動揺で震えてしまうのを抑え、なんとか声を絞り出します。

嫌な焦りで頭はいっぱいで、心を占めるのは大きな大きな後悔だけだったとしても。

「あ、あのっ、サイレス、私は、あなたを本心から想っていますっ、術の影響等ではなく、私は、私はちゃんと、サイレスの事を以前から、だから魅了は私には」


「......俺は、」


 ぽつりと、サイレスが小さな声でつぶやく声が聞こえました。

 自分の思考にのめり込む程の衝撃からハッと顔を上げ、続く言葉を待ちます。



「自分を大事にしない奴が大嫌いだ」






 大嫌い、


 というのは私の事でしょうか。

 それが、答え。


 気が付けば既に包帯は巻き終わって、私の腕からサイレスの手も離れています。それでもその視線は私の怪我を負った場所に留まったまま。......私、自分の事を大事にしている自覚はないので、今回の件で嫌われてしまいました?

 いえ、元から好かれていたとは思えませんが、自ら盾になり傷を負う行動は術の影響だと思われているのかも。

 私の告白を遮るのも、術の影響で私が心を偽っているのだと、そう思われているのなら......それも、仕方ない、ですね。


 私はそれ以上何も言わず、言いかけたままの口を黙って閉じました。

 こんな事はサイレスの望むものではなかったのでしょう、いえ、こうなるなんて想像、あの場にいた誰にも出来なかったはずです。それこそ前世の記憶の扉が開く前の自分にだって。

 サイレスが自分のした事に後悔した表情でうつむき、腕の包帯を見る姿は周りが羨む姿とはとてもかけ離れています。こんな事を言われるたびに自分を責めていたんでしょうか。

 大嫌いだと言いながら、私にやめてくれと言えないサイレスの「自分を大事にして欲しい」という願いにも聞こえた、なんて言うのはさすがに愛が重すぎますか?それともふざけるなと、怒るでしょうか。私の行動こそ、私が払拭したかった身代わり人形そのものに見えているのですから。

 でも誓って、私が自分の意思でサイレスを庇ったんですが、側にいると呪術を使うサイレスは今後も自分を責めるのでしょうか。

 何をしても呪術の、あの時の魅了を理由にしていたツケが回ってきたのなら。


 それなら、もう私に出来る事なんて、これしか。



「......術が、解け、ました」

「......は?」


 座っていたベンチから静かに立ち上がり、怪我をした腕を隠すようにそうおずおずといった様子で伝えます。思わぬ言葉にサイレスも顔を上げたのが声で分かり、私の様子を注意深く観察しているだろう視線を感じます。でも以前の私ならきっと、サイレスではなくとも目を合わせたままで話をする、なんてとてもじゃないけど出来なかったので。顔が見られないまま、これだけは伝えておきます。


「あの、恐らく、ですが先程の『大嫌い』という言葉がきっかけだったのでは、と」

「......本当、か?」

「はい、あの、記憶もしっかりあります。この数日、ご迷惑をおかけして本当に、申し訳ありません、でした。今後は、けして、馴れ馴れしく話しかけたりしません」


 周りからも「術が、解けた?」「本当に?」という声が聞こえます。良かった、ここでこのやり取りを見た人からきっと話が広まり、またサイレスの周囲は静かになる事でしょう。


「......いや、俺のした事が原因だ。戦闘後にまで呪術を使用した俺が悪かった。......でも、本当に解けたのか?何か後遺症があるかもしれない、すぐ医務室か教師の所へ行こう」

「あの、今からすぐに見てもらいます、ので。私ひとりで、平気です」

「そう、か。その、......解けて良かった」


 ほっとしたのが滲み出るような声を聞いて、込み上げてくるものを必死で我慢し頭を下げ「手当て、ありがとうございました。失礼します」と言って背中を向け、まっすぐ校舎の入り口へ向かって歩きます。走り出さないよう意識して、ゆっくりと。

 そういえば、眼鏡。まぁ、誰にも必要ない物なのできっと、お弁当と一緒に机に戻しておいてくれるでしょう。そんなに度も強くないので普段から無くて困るわけではありませんし。直してもらったのに受け取るのを忘れてしまったな、と余裕のない頭の隅で考えます。次に変態と従者に会ったらお礼を、......会ったら、どう対応しましょうね。今の素はこれなのですが、根ほり葉ほり聞かれますかね?でもそれも初めだけで、すぐ記憶から忘れられるでしょう。もうお弁当を作る事も無いですし。私の事なんて本来誰も気に留めない存在だったんですから。サイレスだって、すぐ......


 廊下の隅、生徒のいなくなった辺りで立ち止まり、包帯の巻かれた腕を持ち上げます。


 やっぱり、嫌いとハッキリ言われると結構動揺するものなんですね。自分からこの関係を終わらせたのに、痛みのない腕のかわりに心臓は締め付けられるように痛くて、息が詰まってうまく呼吸できません。

 私がこのまま一緒に居たくても、サイレスが責任を感じ困るだけの関係なんてダメです。そんなのサイレスにとって不幸でしかありません。私のせいで既にしなくていい我慢を強いておいて、これ以上側にいたいというのは我儘、です。

 なんとか自分が納得出来るように理由を並べますが、本当はショックです。軽く聞こえるかも知れませんが、目の前が涙で膜が出来ていて、前が見えなくて動けない位です。いくらこぼしても溢れて止まりません。眼鏡、かけてなくて良かったです。


 私の、せいで。やりたい放題行動した結果告白も無かったことになって初めて後悔して、こんなの。泣く資格なんて、ありませんね。

 

 そうしてしばらくの間ジッとしていると、いつの間にか次の授業が始まっていました。授業をサボったのなんて初めてです。どんなに体調が悪くても授業を欠かした事など無かったのに、と考えると少し笑ってしまいました。そのまま体調が悪い生徒の休む部屋、いわゆる医務室に足を向け、授業が終わるまでゆっくりしようと決めました。どんな野生動物だって傷ついたら休みます。そう言い訳しながら部屋に入ると、中にいた優しい雰囲気の、看護師さんのような女性が駆け寄ってきて心配してくれました。そりゃあそうですよね。ボロボロ泣きながら制服が破れ血がついたままの女子生徒が来たら普通心配しますし慌てます。でも普段から怪我を隠すのが癖の私は、ここを利用するのは初めてで、何を言えば良いのか分からなくて。

 なのにその女性は「痛かったのかな?もう大丈夫、ここでは安心していいからね」と何も聞かずに優しくしてくれ、空いていたベッドに横になった後も怪我を見たりととても心配してもらえて。悲しい気持ち一色だった反動か、嬉しくなって素直に「何年も好きだった人にフラれてしまったんです」と言えました。女性はただ「そうなの、頑張ったのね」と言って受け止めてくれました。

 たったそれだけのやり取りでしたが、満足したのか気がつけばそのまま眠っていたようです。

 目が覚めた後、医務室へタイミング良く来た一人の教師が声をかけてきました。「ご家族から連絡がきているよ」と差し出された手紙を受け取り、その足で数日間の休みを届け出しに向かう為に起き上がります。読んだ所でまたいつもの内容でしょう。心配そうな看護師の女性にお礼を言って退室すれば、まだ頭の中がぼんやりとしている気がしました。

 

 自業自得とはこの事です。いえ、こうなって良かったのかもしれません。

 合わせる顔がなかったですから。



 夢のような三日間はこうして終わりを迎えました。






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