次の日からさっそく出待ち!まずは胃袋を掴まなければ、料理は必要最低限しかした事ないですが弱音を吐いててもいけません、誰の口に入るか考えればなんとかなります!まずは本を読んで勉強です(徹夜)
「あ、おはようございますサイレス。一緒に登校しませんか?」
男子寮の入り口でそう声をかけた私は、他の呪術返士の生徒三人と授業の話をしていました。男子寮の前で待ち伏せなんて目立つ事も、男子生徒多数と話す事も、以前の私なら絶対しませんでしたね。
「......しない。あと呼び捨てにすんな」
「朝からつれない態度ですねぇ。そこがまたいいんですけど。皆さんお話ありがとうございました、お先に失礼します」
今まで話していた皆さんには頭を下げ、そのまま無言で横を通り過ぎた彼に「待って下さい」と声をかけ、少し後ろをついて行きます。
目の前には不機嫌そうにゆらゆらと揺れる、長くてしなやかな黒いしっぽがあります。後ろを歩けるなんて私にはご褒美ですね。朝から眼福です。よく見ればヒョウ柄なので、黒猫獣人ではなく黒豹獣人なんですよ。頭の上には黒髪の中に小さな耳もちゃんとあります。今日は寝ぐせで分かりにくいですね。珍しいな、と思いそのままそう話しかけました。
「寝癖が付いたままですよ?今日は珍しく寝坊でもしたんですか?」
「......」
「夜更かしすると毛艶が悪くなるようですよ、以前からよく隣の席の女子は気にしてました。あ、そういう私もよく本を読んでいて夜更かししてましたから、人の事をあまりとやかく言えませんね」
「......」
「そう考えると、昨日対戦した黒魔術士の考案された術式は利便性がありますね。情報量を調整すれば脳への負担も軽減されるかと。ですがあれは考えようによっては状態異常です、呪術士にも使えそうだと思いませんか」
「朝からうるせえ」
「まぁ、すみません。一緒に登校出来るのが嬉しくて、ついはしゃいでしまいました」
「......ハァ~~~、性格も変わってんじゃねえか?」
手を後頭部にやりガリガリと搔きむしる姿を眺めながら、彼とは対照的に弾んだ声が私の口から出ていました。暗に以前の私はそうではなかった、と言われているように聞こえたものですから、つい。
「まぁ嬉しい。以前から私の事を気に留めて頂いてたんですね。性格が変わったとは思いませんでしたが、溢れる感情を自分の中に押しとどめているのが難しくて。その結果ですねきっと」
「......今日こそ医者に診てもらえよ」
そう言ってまた大きなため息をつかれましたが、ご心配頂けてるのが嬉しい私は右から左に聞き流しておきました。術がかかっているだけで、どこも悪くはありませんから。そう、普通の術なら先生の解呪の呪文ですぐに戻るはずなのです。私にかけられたのは、おそらく魅了なのだろうと思います。どこまでも確信がないのは呪術士本人であるサイレスもそれを覚えていないから。
彼が使える呪術で唯一、己に返って来なかったもの。心のどこかでそれを意識していたのか、無意識なのかは分かりませんけれど、ひどい状態異常の中彼は呪術を使い、私はそれを感じ取りましたし、無防備な状態で術にかかるのを周りも見ていたのは確かです。
慌てて近寄ってきた先生方の言葉が聞こえない程、私はサイレスから視線を外す事なくぼーっと見つめ続けていたそうです。客観的に見てそれは恋に落ちた状態。解けない魅了にかかったままの私は、彼にすれば面倒な事になったとしか言いようがないはず。私といえばそれを口実に付きまとい行為を容認されてご機嫌ですよ?
獣人の彼を、サイレスを見て思い出しましたが、前世の私は彼のような容姿がとにかく好きだったんです。獣人に限らず全身モフモフの大きな熊さんから小さな小鳥さんやネズミさんまで広く愛してました。何が理由かハッキリ思い出せませんが、動物が好きなのに飼えない事でもその愛を拗らせていったような気がします。そうして今目の前には好みドンピシャな耳としっぽ付きの獣人さん。魅入られても不思議はありません。それがさらに術をかけられたとなれば、きっと記憶との親和性が高かった為に深くかかったのではないでしょうか。とはいえ全て憶測ですので適当です。そんな事別にどうだっていいんです。
はぁぁ、今も目の前の幸せに胸が痛いほど高鳴り、揺れるしっぽから目が離せません。コスプレじゃない生きたしっぽ。我慢のきく内に一度だけでも触らせて頂けると嬉しいのですが、親しくもないのに触られるのを嫌うんでしたっけ。我慢我慢。
術にかかった直後から先生にも本人にもどうやっても解けないので、皆さん首をひねって話し合われてましたがその日は結局分からずじまい。分かりやすい症状というのが強い魅了状態で、発動時に目が合っていた事から恐らく「一目惚れ」に近いのでは、となりました。あ、命名は私です。どこかの国にそんな症状が書いてある本を読んだ、といえば割とすんなり通りました。
まぁ生活には支障はないだろう、一晩寝たら治るかもしれないという事で現在にいたるのですが、ふふっ、私としてはとても楽しい気分なので、卒業までこのままでも全くかまわないのですが。
でもきっとそうもいかない事は、私が一番分かっています。今まで頑張ったご褒美と思って一時でも側にいられる事を感謝するのが丁度いいでしょうね。
そんな楽しい時間もあっという間に学校へ到着してしまい終了です。周囲には珍しい組み合わせの私達へ何度も視線を向ける生徒が増え、遠巻きにひそひそと話し声まで聞こえてきます。ざっと見て獣人と人の割合は4対6でそこまで珍しくはありませんが男女比は7対3。これでも女性が増えた方なんですよ?
そんな目立つ私達へと、学園前にいた人物がさわやかに話しかけてきました。
「やあ!今日も『ヒトメボレ』にかかったままのようだな」
「......」
「そのようです」
何も言わないサイレスと短く肯定した私を交互に見て「実に面白いな!」と言うのは、昨日対戦した変人の黒魔術士です。戦闘中ではないので当然ローブを被っていません。魔力を高める為に髪を伸ばし、顔面偏差値高めの爵位持ちの変人は普通にしていても目立ちます。彼の登場で私達まで余計に目立ってしまいました。これは流石に今の私でも居心地は良くありません。
変人の横には同じ黒魔術士で彼の侍従をしている生徒が一人。こちらの人物は昨日私とパーティを組んで下さった方です。そういえば、と思い出して彼に向かって頭を下げます。
「お礼を言うのが遅くなり申し訳ありません、昨日は大変お世話になり助かりました。ありがとうございました」
「ああ、自分はただの侍従で爵位はないし普通の言葉遣いでかまわないよ。昨日はお疲れ様」
相変わらずお優しい人です。変人と一緒にいる事で苦労も多いのでしょう。お人よしなのか尻拭いに慣れてらっしゃいます。とは言えこちらの方の顔面偏差値も大変高めです。優しい人柄と優秀な術士という事で人気が高いらしいですね。お二人とも私の好みではありませんが。そんな事を考えていたら、続く言葉に耳を疑いました。
「昨日は本当に面白いものが見られたし。三人同時に崩れ落ちる瞬間なんて最高だったなぁ......へぇ~、サイレス以外には無表情なんだね。あ、ジロジロ見てごめんね、気を悪くしたなら謝るよ」
この発言で彼がただのお人よしではないと分かりました。その気弱なふりは擬態ですか?まぁ主人が変人なのですから当然ですかね。でもあなた侍従ですよね?主人の無様な試合結果を口にして問題ないんですか?
その言葉が聞こえたのか、サイレスがこちらを振り向くのが分かりました。目が合う前に口元が自然と上がり笑顔になります。今日私と目が合うのは朝会った時以来ですね。以前は目が合った事など一度もなかったのに。
「無表情......?」
「君が見ていない時、だよ」
「これも術の影響なのか?感情はどうなっている?」
サイレスに見られているのは嬉しいですが、少々他の視線が鬱陶しいですね。あなた達に見せる為に笑顔になったのではありません、お金取りますよ。
「注目も浴びていますし、そろそろ時間も差し迫っているようです。こんな所ではなく中へ入ってはいかがでしょう?」
笑いながらもそう言ってやれば、三人ともようやく周りの目に気が付いたようです。こちらを遠巻きにしていた生徒達は視線を向けられ、皆そそくさと校内へと移動を始めています。なるほど、美形は視線に慣れているんですね。以前の私は美形は別の生き物と認識して近寄らなかったので、囲まれると対応に困る所があります。サイレスだけならいくらでも近くにいたいんですけど。
このまま彼らと一緒にいても目立って仕方ないので、名残惜しいですが生徒の波に紛れて移動しようと思います。
ああそうだ、言い忘れていました。
「サイレス、良ければお昼をご一緒しませんか。今朝準備してきたんです」
「......ハァ?頼んでねぇ、っておい待て、」
「お昼に教室へ迎えにいきます。授業には遅れないで下さいね?お先に失礼します」
一方的に約束して離れたけど、きっとサイレスは私とお昼なんて食べないでしょう。まあ、迎えに行った所でいないかもしれませんが、こう言っておけばお昼を一緒に取る口実にはなるでしょう?
さてと、私は昨日までの学園生活をどう過ごしていたかな?と思い返してみます。いつもなら早めに登校して、この時間は教室で本を読んでいたような気が。たしか教室は、上の階......
「やぁだなあにアレ......。目立つ所で男子生徒に話しかけて」
「あんなのが特待生って意味分かんない、陰気で勉強ばっかりやってる子が何で馴れ馴れしくしてんの?」
「でも見て、あの艶のないボサボサの髪にひどい顔色。あんな姿で男子生徒のそばに行って恥ずかしくないわけ?勉強を口実にするにしても、もう少し身嗜み位整えればいいのに」
「ふふっ本当よね。もう行きましょ、相手にされるわけないんだから」
うん、最上階だったはず。記憶も問題ないし『一目惚れ』の状態でも日常生活は可能ですね。今日一日過ごして放課後は先生に報告に行かなければ。
何か聞こえた気がしますが、重要度は高くなさそうです。さくっと移動して授業の準備をしなくては。
さくっとお昼です!お迎えに行きましたがいませんでした。予想通りです。心なしかサイレスの教室がざわつきましたが、気にしないで他を探す事にしましょう。
ここかな~と食堂をのぞくと、窓側の奥の席に後ろ姿を発見。人の顔と名前を覚えるのが苦手な私ですが、いつまでも見ていたい人は別です。誰かと同席してますがかまわず突撃いたしましょう。
「サイレス、お待たせしました」
「待ってねえ」
「もう先に済ませてしまいましたか?」
「大丈夫だ、済まそうとした所を阻止しておいたぞ、私が」
「朝一緒のランチを約束していたのに、ひどい男だよねほんと」
サイレスの代わりに返事をしたのは今朝のお二人です。黒魔術士の変態とその従者。
「お二人はなぜここに?誘ったのはサイレスだけですよ?」
「まあそう言わず、サイレスを留めていた礼に同席を許してくれ。聞きたいことがあるんだ」
「まぁ私に?お断りします。サイラスとの貴重な時間が減るのが嫌なので」
「ははっ!案外ハッキリ物を言うのだな。こんな扱いを受けた事がないから新鮮だ」
喜んでいただいてようございました。私が喜んでほしい人は私との会話に興味がなさそうで残念です。
何も言わないサイレスの前にお弁当を広げながら、仕方なく空いているイスに腰を下ろします。出来れば二人きりが良かったのですが、初日からそれは望みすぎでしょうか。
諦めて重箱の蓋を開けると、サイレス以外の二人が覗き込んで感心しています。今朝早起きして寮の調理場をお借りして作ってきたんです。玉子焼きを箸でつまんでサイレスの口元へ運びます。
「......なに」
「良ければ食べて頂けませんか?一口でかまいませんから。あたたかくはないですが味は保証しますよ」
「何食べさせようとしてんだよ、恥じらいはないのか」
「ご自分からはきっと箸を伸ばしてはくれないと思ったので。フォークも用意がありますよ?」
フォークを出せば自分で刺して口に運んでました。残念、あーんはおあずけですね。
「......これ何」
「トリの唐揚げです。お肉がお好きなんじゃないかと思ってたくさん入れましたので、お口に合ったなら嬉しいのですが。こっちはそのトリが産んだ卵で作った玉子焼きです」
「ふーん」
本当に一口で食べるのをやめてしまうかも、と思っていたので嬉しい誤算です。次々と口の中に消えていきます。後で好みを聞いて明日に生かそうと強く決意します。そう考えて私は箸でつまんだままの玉子焼きを口に運びました。うん、記憶の通りに再現出来てます。懐かしい味。
「変わった食事の取り方だな。興味深い」
「......お弁当ですか?箸ですか?」
あまり積極的に話す必要はないけれど、話しかけられて無視するのもと思い直して聞けば「この料理含め全部だ」と言って唐揚げを口に入れてしまいました。許可してないのに何を勝手につまんで、あ、ちょっとお二人とも、もう食事は済んだのでは?
むすっとしながら「以前他国の文献を読んだ中にありまして」とだけ答えておく事にします。
嘘です。前世の一般階級には普通の食事の取り方です。言いながら2個目に手を伸ばされたので阻止します。
「さすが特待生だ。学園きっての才女と言われるだけあるな。飯も旨い」
「お褒め頂き光栄です。お話は以上ですか?」
「褒めて終わりな訳あるか。午前の授業で随分と派手にやっていたと聞いてな」
「まぁ、そんな他のクラスの事までいつも情報収集を?暇なんでしょうか」
「自分は興味のある事はすぐに知りたい質なんだ。術をかけたこの本のように、な」
結構失礼な物言いをしたので、怒ってくれたならここから失礼する口実になったのに。しかも昨日の本が彼の手元にあるのを見てそのまま没収されなかったのか、と意外に思いましたが即座に納得もしました。
あぁ、そういえば爵位持ちでしたね。こちらは庶民の特待生枠なので権力がコワイコワイ。
女子生徒の前に昼間からR18の本を出して来た事含め、変人から変態に格上げして差し上げます。
侍従の彼も横でニコニコしてたしなめもしません。めんどくさいと思いながら今日の午前中にあった事を仕方なく話します。
その前に説明しますと、授業や試合以外で魔術や呪術を使う事は禁止されています。なのにこの校則を破る人がいるので呪術返士だけは自身の安全性の確保の為、学園内での術の使用が認められています。ですが思い出して下さい、私たちが返せるのは呪術だけ。攻撃魔法や補助魔法をいたずらに使用されても、身に付けている魔道具には当然使用限度もあります。ひどい怪我でもなければ泣き寝入りするか、先生に報告して処罰してもらうかしかありません。それでも数は減りませんし、私自身近くを通りかかった先生に、突然のバフで移動速度が上がり階段で転倒するその現場を見て見ぬふりをされた事もあります。
通りかかった先生、というのがうちのクラスの担当教諭でした。その一件から不信感しかございません。
今朝サイレスを待つ間、同じ呪術返士クラスの男子生徒からもそういった経験が少なからずあると聞きました。おかしいですよね?理不尽ですよね?なので私が先生の代わりに同じクラスの皆さんに教えたんです。呪術返し同様、黒と白の魔術の返し方を。それが午前の出来事。私に出来るなら皆さんも出来る!大切なのはやれると信じる事だ!と授業そっちのけで熱く熱く訴えた次第です。十代の感性は素晴らしい可能性を秘めているんですね。同じように熱くなってくれた姿を見た時は目頭が熱くなりました。
午後はそれぞれの黒と白の先生を相手に魔術を弾き返す練習をする予定です。派手にやったというのはウチの担当教諭とのやり取りで、私が授業の主導権を握っているので勝敗は言わずもがな。まぁ前世の記憶をもってすればあんな小者に口で勝つ事など造作ありません。
不信感を植え付けた仕返しに見える?まぁいやだわまさかそんなうふふふ。
「私が思うに、現在の学園内の呪術返士への対応は不当だと言わざるを得ません。昨日の公式戦の申し込みも直前の呼び出し及び通告。当日の変更もしくは欠席のペナルティは取得単位数の増加に評価の減点との事後報告です。特待生枠の私に断る事はほぼ不可能なのでそれを狙っての事なのは明白。ちなみにですが、そうと知っての申し込みだったのですか?」
「......いや、まさか事後報告とは知らなかった。そうか、私が試合がしたいと軽はずみに声をかけたせいだな。すまない、そんなやり方は我々の望む所ではなかった。受付で君との試合に誘われ言われるがまま面白そうだと誘いを受けたが、......なあ、名はなんと言ったかなあの呪術返士は」
横に座る侍従に話をふる様子から、今の言葉に嘘はないと判断しますが謝罪までするなんて、意外ですね。変態だとばかり思っていましたが、魔術にだけで人間性は案外、というか爵位持ちのわりにこの対応は好感が持てます。......どうも思い違いをしていたようです。あの日は変態から一方的に話しかけて来たので、てっきり圧力込みの無理強いだとばかり。
......ふぅん。私と同じクラス、呪術返士の誘い、ですか。
「確か初対面ですよ、ニイ、ではなかったかな」
「ニイ?ニイ......ああ、万年二位。私の次席ですね」
横の従者が思い出して名前を言った時、ピンと来なかった私の発言を聞いて私たちのテーブルの周囲がブッフォ!と噴出しました。人数は軽く見ても1ダース以上。横目で周囲を確認して呆れます。やだやだ、これだけの人間が聞き耳を立てていたんですか?
でも名前を聞けた事でその理由を察する事が出来ました。私の評価を下げたいが為に強引な手を使ったようですね。そんな事で自分が上に上がれると思っているからいつまでも抜けなくて二位止まりなんですよ。
視線を戻せば向かいの席の二人も肩を震わせています。笑いのツボが分かりません。
そんな周囲の反応をよそに、サイレスが席を立ちました。
「サイレス、食後のお茶もありますよ」
「いい、飯買ってくる」
まぁ。足りなかったんですね。確かに残されたお弁当箱は空です。食べ盛りの食事量を甘く見ていたと即反省し、明日は今日の倍にしようと決意しました。
「午後の授業は是非とも一緒に受けたいな。我々にとっても有意義な時間になりそうだ」
そう考えていた時、変人黒魔術士改め変態が楽しそうにやっかいな事を言っていました。ご冗談を。合同授業の予定は当分入っていませんでしたよ。面倒なのでお弁当箱を片付けながら聞こえなかったフリをしておきます。そういえば私、お昼ご飯どうしましょう?サイレスと一緒に仲良く食べるつもりでいたんですよね。
でも空になったお弁当箱って結構、嬉しいものなんですね。誰かに作ったことすら初めてだったので知りませんでした。きっと食べ慣れないものも多かったでしょうに、こういう所ですよモテるのは。まぁお茶でも飲んで戻るのを待ちましょう。
「昨日は話しかけてもオドオドした様子だったというのに、1日で随分性格が変わったな?本当に『ヒトメボレ』の術だけのせいか?」
お茶を飲み終わり一息つきます。探りを入れるような言い方に周りも聞き耳を立ててますね。それ程に今日は朝から目立った事をした自覚は......まぁ、ありますが。伏せていた視線を上げて正面からその顔を見ると、まっすぐ目を合わせた事が意外だったようで変態の顔からすぅっと笑みが消えました。あまり踏み込んでこないで欲しいと正確に伝わりましたかね。
「恋をすると女は誰でも強く、美しく、そして臆病になるそうですよ?以前より私自身臆病な質だったのは否定しません。残るは強く美しくなるのみ。今はまだ変化の途中です」
「......ははっ!変化の途中か、それはいいな。しばらくの間楽しめそうだ」
そう言って笑う変態と感心した様子の侍従の2人を前に、何を言われ聞かれても後は愛想笑いで対応します。興味を持たれたのは予想外でしたが、関わってくるというならお手伝いしてもらいましょうか。そうですね、食べた唐揚げの分くらいは。
「おい」
「サイレス、っこれ、は何ですか?」
戻ったサイレスに向かって顔を上げれば、目の前に袋が差し出されていました。思わず受け取るとほのかに温かくふわりと良い匂いがします。
「あんたの昼飯。悪かったな全部食って」
「......いえ、ありがとうございます。あの、お代を」
「ハァ?アホかいらねぇ」
そのまま背中を向けて行ってしまうサイレスを見送ってから袋の中をのぞくと、丸いパンに具を挟んだサンドイッチのようなものがいくつかありました。
あ~~~、やばい。あのそっけなさ、たまりません......
「おい、食べないのか?」
「......幸せをかみしめているので放っておいて下さい」
「ふぅん、その姿は確かに恋する乙女だね」
どうしましょう、外見だけではなく中身も好ましいなんて。
この熱い想いは午後の授業で発散するしかないです。そうですね、万年2位と担当教諭を中心にぶつけるしかないですね。呪術返しの対象は何も術士本人にでは無くてもいいのですから。