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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ワニの庭、肉の国

作者: 一乗寺らびり

5文字以上の回文を見つけた時って、妙に嬉しくなりますよね。


※注意※

少しばかり残酷かつ胸糞の悪い表現があります。

そういった物が苦手な方は、読むのを控えるか、覚悟しつつ注意して読むようお願いいたします。

「なあリョウ、『ワニの庭』と『肉の国』の話って知ってるか?」

「いや、知らん。なんだそれ?」


 学校からの帰り道、タケが妙なことを言い出した。


「昨日駅前のバーガー屋で、南高の奴らが話してるのが聞こえたんだけどさ」

「また盗み聞きかよ、いい加減それ趣味悪いしやめておけよな」


 タケは飲食店などで、他の客の話に聞き耳を立てて、わざわざこちらに教えてくることが多々ある。反応にも困るし、正直やめてほしいものだ。


「まあまあ。で、そいつらが言うには、まず『ワニの庭』って言葉を3日覚えてると、ワニの庭に連れて行かれて、犬に噛み殺されるんだってさ」

「……なんでワニの庭なのに犬が出てくるんだよ……」

「さあ? 聞いてただけだし知らんよ」


 こいつはいつもそうだ。盗み聞きしたよくわからない話を、聞き間違えているのかそのままなのか知らないが、意味がわからないようなものでも教えてくるのだ。


「で、一応聞くけど『肉の国』の方は?」

「『肉の国』って言葉を3日覚えてると、生肉に囲まれた部屋に閉じ込められるんだってさ」

「ああ、そっちはちゃんと繋がっているのな」


 なんの事はない、くだらない都市伝説みたいな話だ。似たような話はいくつも聞いたことがある。


「そんでな、これらには一応対処法があってな」

「あ、まだ続きあったのかそれ」

「ワニの庭や肉の国連れていかれた場合、それらの場所を逆さまに叫ぶと出してもらえるんだとか」

「逆さまねえ、ワニの庭、肉の国……おいこれ、どっちも回文じゃねえか」


 ワニノニワ、ニクノクニ。そう、どちらの言葉も回文、つまり逆から読んでも全く同じ言葉になるのだ。『トマト』や『新聞紙』と同じだ。


「あ、本当だ。この場合どうなんだろ? 普通に『ワニノニワ』とか『ニクノクニ』って言っても出してもらえるのか?」

「知らねえよ。どこかのアホが考えた、下らない作り話だろ」


 どうせ、元々話してた南高の奴らが考えていた、冗談か何かだろう。これ以上考えるのも馬鹿らしい。


「そんなしょうもないこと考える前に、来週の試験の対策でも考えとけよ。お前、ただでさえ成績ヤバいんだからさ」

「でもよ、なんかうまく出来てると思わねえか? 逆から読んでも同じ言葉を、逆さまに言えないと逃げられないって」

「どうせたまたま見つけた回文が、そいつにとっては面白かったから、こから話を広げただけだろ。第一なんだよ、ワニの庭とか肉の国って。ワニの庭はなんかファンシーだし、逆に肉の国はグロいし」

「誰だぁ!! 胸くそ悪い言葉を言う奴は!!」


 突如、後方から怒鳴り声が飛んできた。驚いて振り返ると、鬼のような形相の老人が、こちらを睨みつけている。


「お前らどこでそれを知った!? 二度と口にするんじゃない!!」

「お、おい! あの爺さんヤバそうだぜ! 逃げるぞリョウ!!」

「お、おう!」


 俺とタケは、老人の反対方向へ、全力疾走で逃げていった。

 老人はその後も何かを怒鳴っていたが、それを聞き取る余裕など全く無かった。


「ハア……ハア……なんだよあのジジイ……」

「知らねえよ……見たことないけど、あの辺に住んでるやつなのか……?」


 しばらく全力で走った後、疲れ果てた俺とタケは公園のベンチで休んでいた。


「第一胸くそ悪い言葉ってなんのことだよ……俺たち何かあのジジイに向かって言ったか?」

「いや全く……あ、もしかして、『ワニの庭』と『肉の国』か?」


 思い当たるとしたら、それしかない。もしかしたら、あの話をしているときに、怒鳴ってきた老人とすれ違っていたのかもしれない。気づかなかったが。


「……そうかもしれないけど、これってそんなにアレな言葉なのか?」

「さあ……知らねえよ……」


 考えようとしたが、走り疲れてもはや頭が回らない。

 これ以上何も進展もなさそうな上、何よりも疲れた。俺たちは、早々に各々の家へと帰っていった。


***


「なあ、なんでこの道通るんだよ。昨日のこと忘れたのか?」

「だって、一番近道になるじゃんか。遠回りすると帰る時間遅くなるしさ」


 あんなことがあった翌日だというのに、俺とタケはいつもと同じ帰り道を歩いていた。登校時はわざわざ違う道を選んだというのに。


「もしかしたらあのジジイ、この辺に住んでるんじゃなくて、たまたま散歩でここを通っただけかもしれないし。それだと他の道の方がヤバいじゃん」

「その理屈だと、安全な道なんてこの世になくなるぞ」


 タケの考えはよくわからない。俺と脳の造りが違うんだろうか。


「まあ、また遭遇したら逃げればいいだけ……あ!」

「おいおい、今度はどうし……!」


 驚くタケの視線の先に、昨日のあの老人が立っている。

 しかし、昨日とどうも様子が違う。鬼のような形相ではなく、物悲しそうな、そして申し訳無さそうな顔でこちらを見ている。


「あれ、昨日のジジイだよな?なんか雰囲気ちがくね?」

「別人みたいに違うな……」


 困惑する俺とタケに向かって、老人がゆっくり歩いてくる。身構える俺たちに向かって、老人は突如頭を下げた。


「昨日は怒鳴ったりして、申し訳なかった……思いだしたくもない言葉を、君たちが口にしているのが聞こえて、頭に血が昇ってしまってな……」

「え……い、いえ……」


 急なことに呆気にとられていると、老人は頭を上げた。かなりの高齢だが、顔の造りに厳つさの面影が見え、だけど優しさも見え隠れしていた。


「君たち、あの言葉をどこで知った? 誰かから聞いたのか?」

「え、ええ。他の学校の奴らが話してるのを、こいつが聞いたんですって。怪談話のような感じの内容で」

「怪談話、か……なぜ今になって……」


 老人の表情は、とても暗く、悲しそうで、しかし怒りも感じるような、複雑なものだった。


「なあ爺さん、『ワニの庭』と『肉の国』って何か意味あるの?」

「おいバカ! すいません、こいつ空気が読めない奴で……」


 こいつはどれだけ無神経なんだ。あれほどの形相で怒るほどだ、思い出したくもない言葉なのだろう。


「だって気になるじゃん。どういう意味の言葉なのかさ」

「だからってお前!」

「……知りたいなら話しても良い。いや、むしろその方がいいのかもしれない」


 タケを咎める俺に対し、老人は静かに言った。


「だが、この話はとても後味の悪い、気分を害するようなものだ。聞いても後悔しないというなら、教えてあげよう」


***


 老人の家に招かれた俺とタケは、客間でお茶をご馳走になっていた。


「……さて、順を追って話そうか。あれは50年ほど前のこと、この町にとんでもない悪童がいた」

「50年前? そんな昔の話が関係あるのか?」

「おそらく、そうだ。その悪童なんだが、とても暴力的でタチの悪い奴でな。ヤクザの幹部の息子である立場を利用して、あちらこちらで暴れまわっていたんだ。物は壊すし盗む、人は老若男女問わず殴る、他にも口では言いづらいようなことも……悪逆非道を体現したような鬼だった」

「え、そこまでやってて野放しだったんですか? 捕まらなかったんですか?」

「そいつの親も狡猾な奴でな、被害者に多額の金を押し付けた上で脅しをかけたんだ。受け取ったなら無かったことにしろ、通報したらわかっているな、とな。そのせいで、被害届が出ることは稀で、出されても何かあったのか、すぐに被害者が取り下げていたよ」

「酷い話ですね……」


 老人の顔に、悔しさが混じり始めていた。


「そんな地獄が続いたある日、その悪童はとある少年に難癖をつけた。理由は顔が気に食わなかったと、理不尽なものだ。取り巻き二人と散々少年を殴った後、取り巻きの一人がある提案を出したんだ」


『なあ、こいつワニを放った庭に投げ込まねえか? きっと面白いものが見られるぞ』

『ワニのいる庭にか……ワニの庭……おい、ワニの庭って逆から読んでも同じじゃねえか? これすげえ面白いな!』


「ワニを放った? 本物のワニがいたのか?」

「いや、ワニとは悪童が飼っていた犬の愛称だ。シェパードなんだが凶暴に育てられてて、しかも噛む力が強くてな。それでそいつらはワニって呼んでいたんだ」

「まさか、犬ってそういう……」

「それでこの悪童、『ワニの庭』という言葉が回文であることがえらく気に入ったみたいでな、殴り飽きた少年を犬が放たれた庭に放り込むと、こう伝えたんだ」


『ここはワニの庭だ。もしこの場所を逆さまに読むことができたら、ここから出してやるよ』


「でも、それって無理じゃね? だって逆から読んでも……」

「そう、同じ言葉になるだけだ。当然初めから出す気はない。しかし、さんざん殴られた上に、凶暴な犬のいる場所に放り込まれた少年は、必死に『ワニノニワ』と叫び続けたそうだ」


『おいおい、逆さまになってねえぞ! 早く逆に言わねえと、ワニに食われちまうぞ!!』


「……ついに少年は、犬に噛み殺されてしまったんだ」

「うわ……惨すぎる……」

「この時、取り巻き二人は殺すつもりは無かったらしく、直前で止めようとした、と言っていたよ。ここまでのことをやっておいて、よく言えたものだ。しかし、悪童はこの光景がとても面白かったのか、ずっと笑っていたそうだ」

「うわ……」


 老人の顔に、強い怒りも湧いてきているように見えた。


「……悪童は、取り巻き二人に強く口止めし、次のことを考えていた。同じように、回文で面白いことができないか、とな」

「まさか、それで出てきのが……」

「そう、『肉の国』だ。悪童は、時小学生の少女を誘拐し、人一人が入る大きさの中に閉じ込めたんだ。溢れんばかりの大量の生肉と……ワニに食い殺された少年の亡骸と一緒にな……」

「うっ……」


 想像し、吐き気を催したが、なんとか耐えた。ここまで聞いてしまったのだ、後戻りはできない。


『そこは肉の国だ! そこの名前を逆さまに読むことができたら出してやるよ!』


「少女は泣き叫びながら、『ニクノクニ』と連呼し続けた。しかし当然、出されることはなかった」

「なんでそんな酷いことを……」

「さあな、狂人の考えはわからんよ。少女が誘拐されて三日後、我慢しきれなくなった取り巻きたちが自首してな。悪童の家に警察が突入し、少女を救うことはできたのだ」

「ああ、それはよかった……のか?」

「悪童は、誘拐の現行犯で逮捕された。その後、ワニに食い殺された少年の殺人罪も適用される運びとなった。取り巻き達も共犯で逮捕され、事が事だからか、悪童の親父も、息子を救うような動きはしなかった」

「捕まったんなら、それで全部解決なんじゃねえの?」

「……いや、この話はここで終わらなかった。助けられた少女は精神が壊れてしまい、一年後に自殺してしまった。その家族も、少女の葬儀から数日後に全員心中したよ。殺された少年の家族は、事件の数年後、いつの間にか一家丸ごと消えていた」


 何も言えなかった。事件は解決されていても、結局、誰も救われていないではないか。


「捕まった悪童と取り巻きたちに関しては、当時は未成年に対する処罰が軽くてな……少年院に数年入っただけで、すぐに娑婆に出て来る、予定だった」

「だった?」

「悪童たちが捕まった数日後、三人共死んだよ。拘置所での事故死、それが報告結果だった」

「事故死って、三人共? 不自然すぎじゃねえの?」

「この町の警察たちは、奴らに煮え湯を飲まされてきた者ばかりだった。真実はわからんが、ああそういうことか、と納得してしまったよ」

「……」

「そして、奴らが事故死した報が流れた晩、悪童と取り巻きたちの家が全焼した。出火原因は不明な上、どの場所でも、炎が家屋全体を包み込むまで、誰も消防に通報しなかったんだ。野次馬はたくさんいたのにな」

「え、その場にいた人たちは、火事をただ見てたってことですか?」

「その通り。その上、どの場所でも誰一人、燃え盛る家屋から逃げ出せず、全員焼け死んだ。全部の場所で、だ。ワニもその時、焼け死んだ」

「……それって、まさか……」

「火事の方に関しては、私は現場にいなかった。だから、そこで何が起きていたのか、一切わからんよ。ただ……そういうことだとしても、不思議ではないよな、とな」


 おそらく、俺が想像しているような事がそこで起きていたのだろう。


「あいつらの家族も、あいつらの悪行をエスカレートさせていった原因でもある。住民たちの憎しみは凄まじいものだっだろう。それ以来、『ワニの庭』と『肉の国』の言葉を知っている者は、忌み嫌う言葉として、決して口に出すことはなかった……これが、私が君たちについ怒鳴ってしまった理由だ」

「……つらいことを思い出させてしまって、すいませんでした」


 老人の目には、うっすら涙が浮かんでいた。怒りや悲しみ、悔しさといった、いろいろな感情が混じり合っているのだろう。


「でも、爺さん詳しすぎないか? 当時を知っているとはいえ、捕まったやつの言葉までなんで知ってるんだ?」

「……実は私は、当時警察官でな。着任したての若造だったが、あいつらの悪行や、あの事件には深く関わっていたんだ。何よりも、あいつの取り調べに同席していてな……」

「ああ、それで……」

「あいつ、さも楽しそうに全てを話していたよ。細かい状況を、自分の感想と一緒に大笑いしながらな……」

「本当の狂人ですね、そいつ……」

「だからな、人前では絶対に言えないことなんだが……正直スッとしたんだよ。あいつらが死んだと聞いたときと、その家族も皆焼け死んだと聞いたときに、な」


***


「……なんか、凄まじい話だったな……」


 老人の話が終わり、俺とタケは、重い足取りで帰路についていた。

 タケは老人の家を出てから、何も喋らない。俯いて、何かを考え込んでいるようだった。


「しかし、南高の奴らの話、あれどこから仕入れたんだろうな」


 老人によると、当時の事件について知る者はいるものの、進んで話す人はまず居ないという。また、犬に噛み殺された話や、生肉塗れの箱に閉じ込めた話は、警察関係者と被害者の遺族しか知らない情報で、あまりに惨い内容から報道規制がかかり、一般人で知る者はいないはずだという。

 では、元々この話をしていた南高の奴らは、どこでこの話を聞いたのだろうか。誰か、当時の警察関係者から話が漏れたのだろうか。それとも……


「……なあ、リョウ」


 黙っていたタケが、唐突に口を開いた。


「おう、何だ? 南高の奴らのことか?」

「いやさ、ずっと考えてて今思いついたんだけどさ」


 タケは足を止め、真剣な顔でこちらを見つめてきた。


「『エイの家』って、面白いと思わない?」


アカエイは尻尾に毒針持っているんですってね。

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