第三話 ~帝都での旅~
旅の仲間と帝都へと辿り着いたエヴェイユ達。
今回から帝都での活動(4部構成)が始まります。
俺達の旅に同行するようになった真竜へと進化を果たしたアラインヘルシャフトは、そのままの姿でいると如何に柴犬程の大きさとはいえ目立つので、人型へと変化できないかと聞いてみると、あっさりと人間の姿へと変化することが出来た。
真竜アラインヘルシャフトの人間としての姿は、年の頃は二十代前半で、肌も髪も真っ白なフランス人形の様なお嬢さんと言った風だった。最初に見た時には、余りの可愛らしさに全員の思考が一旦停止してしまった程だ。そして、身に着けている服は、青白く淡く発光する生地で出来たワンピースだったのだが、真竜としての自然に漏れ出る魔力を性質変化させて創り出した物らしい。俺も魔狼から人へと変化する時の服に困っていたので、やり方を聞いて試してみたけれど、上手くできなかった。残念。また、重力制御も出来ているので、重さも二十台の女の子相当の重さしかない。
驚愕すべきは、人への変化と重力制御、それから着る服の創造までを一連の流れとして、呪文の詠唱すら必要とせず、当たり前のように行ったことだ。
「女性の若い方だったのですね」
と、何となく俺が疑問を口にした。それに対して、
「厳密にいえば、我に性別は無いぞ。変化し易かったのが女性体と言うだけだ。それと、竜は百年経つと人間でいうところの一歳年を取り、一万年近くまで生きるのが出来る種族だぞ」
と、アラインヘルシャフトに教えてもらった。
それからの帝都への最後の一日は、連日の騒動の疲れもあってか馬たちの速度が出なかった。その為、帝都の周囲を囲む外壁へと辿り着いたのは、すっかり日が落ちてからになってしまった。当然のように外壁を出入りするための大門は占められており、俺達一行は街へと入る手立てが無かったので、門の外で野宿をする覚悟をしていた。
「見張りの衛兵に城門を開けさせることも可能かと思いますが、如何いたしましょうか?」
霧騎士の隊長を任されているアルベルトがミュレイへと伺いを立てる。
ミュレイは、少し思案顔をしたが、
「大丈夫みたいですよ。間もなく扉が開きますから、確認作業だけして中へ入れてもらえそうです」
すると、ミュレイの言葉を裏付けるように大門の横についている小さな扉が開き、若い兵士が一人でてきた。
それを見たミュレイが得意満面に「ねっ言った通りでしょう♪」と、ばかりに振り向いた。
「私は、騎士レオンと申します。ミュレイ様と付き添いの騎士様方、それから御連れの方々ですね。ご案内いたしますので、私に続いて此方の小門より順次お入りください」
「へっ……」
隊長のアルベルトが何かを言おうとしたが、レオンと名乗る人物と目が合い言葉を失った。そして、楽しそうなミュレイにも何やら止められていたし、他の霧騎士の面々も苦笑している。
如何に小門とは言え、人や馬が通るには余裕をもって通過することができるので、騎士レオンに続いてミュレイ、俺、アラインヘルシャフト、霧騎士の皆さんの順に門を潜っていく。最後にアルベルトが門を潜ってから扉を閉めて、左右の金属で出来た金具に閂をしっかりと通して、厳重に扉が開かないようにした。
「皆さんお疲れのところ大変申し訳ないのですが、非常事態でもない限り夜に城の門を開けることは出来ません。ですので、今夜は城下街の宿にお泊り頂き、明日の朝一番で城へ入れるように迎えの馬車を手配しておきます」
小門を潜ったところで騎士レオンから城の決まり事を聞き、街の中央通りを歩いて宿まで向かった。彼が用意してくれたのは、街一番と言う豪華な宿だった。
「皆様、夜遅くまで御疲れ様でした。私、この宿を任されております、ジェシカと申します。一晩の宿では御座いますが、どうぞ御寛ぎ下さいませ。先ずは、御風呂の準備が整っておりますので、ゆっくりと身体をほぐしてください。その後、御夕食を御持ち致しますね」
女将と思わしき方が、騎士レオンに何かを言われて、直ぐに俺達へと対応してくれた。霧騎士の皆さんの馬たちも、宿に常駐する厩務員の方々が大切に手入れをしてくれるそうだ。
そこで、俺は一抹の不安を抱えていた。それは、真竜アラインヘルシャフトと違い、俺の人化は魔法で行っているので、どうしても制限時間が有るのだ。当然、時間が来れば魔法は解かれ、魔狼としての姿に戻ってしまう。今までは、俺の正体を知っている人達しか側に居なかったから気にしていなかったけれど、よくよく考えてみれば、巨大な狼が突然現れたら恐慌状態に陥ってしまうなと、嫌な不安が脳裏に過ったのだ。
俺は風呂へと向かうミュレイに声をかけた。
「すいません、ミュレイ。ちょっと良いですか」
「何かしら?」
ミュレイは何時ものように振り返り、俺の言葉を待ってくれる。
「その……。元の姿に戻った時の対処を考えていなかったもので……」
俺は後頭部を掻きながら、何も考えずに門を潜ってしまったこと、宿に入ってしまったことを説明した。
「そうでしたね。それでしたら、大広間をエヴェイユの為に借りてしまいましょう。女将さんにだけ説明をして、女中さんたちには、中を覗かないように厳命して貰えば良いですよね」
ミュレイは簡単そうに解決策を提示してくれ、騎士レオンを通して正にその通りに手配してくれたようだ。大浴場も俺が一人で使えるように霧騎士の皆さんまで配慮して下さり、魔狼の姿でのんびりと湯船に浸かることが出来た。
最後に俺の毛と共に汚れが浮く大浴場の湯船に対して、魔法を一つ試してみる。
「水冷を司る精霊王と契約を交わせし者、エヴェイユの名において、3番目の水の精霊を行使せん。純水作成!」
すると、巨大な湯船の御湯は、汚れの一切が無くなり、入れたての状態へと戻った。
これから霧騎士の皆さんや他の宿泊客の方も使うのだろうから、湯船は綺麗にしておかないとね。
俺は外見変化と重力操作を使って十歳ほどの人間の姿へとなると、浴室を後にする。脱衣所では、真新しい下着とバスローブのような物が折り畳まれて台の上に置かれていたので、素直にそれを着ることにする。
廊下に出ると、女中さんが一人待機してくれていた。
「女将より、エヴェイユ様の身の回りの御世話係を仰せつかりました。サラと申します。必要なことが有れば、御遠慮なく何なりと御申し出ください。宜しく御願致します」
「エヴェイユと申します。短い間ではありますが、此方こそ宜しくお願いします」
俺の方でも簡潔に挨拶を返しておく。どうやら魔狼である俺の正体を女将が気にしてくれて、廊下で待機するように指示を出してくれたのだろう。心遣いに感謝である。
サラさんは俺を連れ立って、宿の食事をする宴会場まで案内をしてくれた。足さばきが見事で、歩く時の音を殆どさせないで滑るように動いていく。物腰も穏やかなので、一緒に居て非常に落ち着いた雰囲気になる。
「此方が本日御食事を提供させて頂く御部屋になります。既にレオン様、ミュレイ様、アラインヘルシャフト様が御待ちです」
そう俺に話してから、サラさんが扉を三回ノックすると、内側から扉が音も無く開かれた。
部屋の中へと案内された俺が見たのは、華美にならない程度に豪華な装飾をされた家具と丁寧に仕上げられた内装であった。
その部屋に置かれていたテーブルは、俺の実家にあった一般家庭の食卓を縦横に二倍にして面積を四倍にした程度の大きさがあった。
そのテーブルの最奥にアラインヘルシャフトが座り、その隣の席は空席となっている。手前の列の奥にミュレイが座っていて、一番扉側の席に騎士レオンが座っている。
「お待たせしてしまったようで、申し訳ありません。とても良い御湯でしたので、つい長湯をしてしまいました」
「我も今席に着いたところだ。気にするな」
アラインヘルシャフトは、笑顔で答えてくれた。どうやら、彼女(?)も長湯を楽しんだようだ。
「私も部屋にある御風呂を楽しんでいたので、此方に来たのは、今さっきですよ」
ミュレイも楽そうな服装に着替えており、微かに髪が濡れているようにも見える。
騎士レオンは、先ほどと同じ騎士服を着こんでいるが、腰に差していた細身の長剣は腰帯から外して、椅子に備え付けられている輪に鞘を通して立てかけている。
「では、皆さん揃いましたので、食事と致しましょう」
騎士レオンが部屋の隅に控えていた女将のジェシカさんへと手を叩いて合図をすると、ジェシカさんは奥へと一旦戻り、料理の乗ったお皿を手にしたサラさんたち女中さんを連れて来た。
真竜アラインヘルシャフトへは女将のジェシカさんが、俺には女中のサラさんが側に控えて食事中の些事に対応してくれた。また、ミュレイと騎士レオンにもそれぞれ女中さんが付いていた。食事の時に給仕や女仕が個人に付く食事なんて生前でも体験したことが無かったことなので、俺は緊張でガチガチになっていたのに対して、他の三人は場馴れしているのか、優雅に食事を楽しんでいるようだった。
食事の最中は、騎士レオンやミュレイが帝都の良いところや美味しい食事処の話を中心に教えてくれた。幾つかは馬車の中でミュレイが教えてくれたことだったが、実際に街へ入った後だから、より現実に思い描くことが出来た。
「エヴェイユさんは、こちらへと来る前は、どちらに居られたのですか?」
デザートの白いフワッとした食べ物をスプーンですくって食べていると、対面に座っている騎士レオンが質問をしてきた。
この質問を受けた時に考えたのは、魔狼の村と答えるべきか、前世に居た場所について話すべきか悩んだ。少し逡巡した俺が選んだ答えは、
「こちらの世界に転生する前に居たのは、科学が発達した人間世界でした」
と、言った回答だった。
「それは、別世界に居たと言うことで良いのでしょうか?」
騎士レオンは、驚いたというよりか興味を惹かれたという風な聞き方をしてきた。
「その考え方で会っています。私は、此処とは接点のない全く別の世界に住んでいましたし、その記憶を持ち越す形で、此方の世界に転生しています」
「だから文法や計算がとても速く習得することが出来たのですね」
ミュレイには、一緒に過ごした二か月の間の出来事の得心が言ったらしい。
「隠すつもりは無かったのですが、話しても信じてもらえない可能性が高かったので、結果的に隠すことになってしまっていて申し訳ない」
俺はミュレイに対して謝罪を口にしたが、ミュレイは首を振って否定してくれた。
「此方の世界に転生してからは、魔狼として半年ほど生活していました。ミュレイと出会ってからは、魔法で人の姿に変化することが出来ていますが、魔狼としての年齢が人間年齢に反映されているようで、現在の人間としての推定年齢は9歳ほどですね」
「面白い人生を送っておるな。我も色々な種族の者と出会ってきたが、転生をしたと言う輩とは初めて会ったぞ」
アラインヘルシャフトもその長い人生の中で初の体験であったと言う。つまり、別世界から転生してくるとことは、それだけ珍しいと言うことだろう。
「エヴェイユは凄いのですよ。精霊と契約をする際に六人の精霊王を行使する権限を更に上に座す方から賜っていましかたら」
ミュレイは精霊契約の時の事を思い出して話してくれた。
「俺は死の間際に願ったのです『強靭な肉体に膨大な魔力を宿し、前世の知識を使って色々な魔法やアイテムを生み出しながら、思う存分それらを使ってみたい』と。そうしましたら、幸運にも神様から温情を賜り、魔狼として転生させて頂くという機会を得ることが出来ました」
俺は敢えて、自分を転生してくれた存在と精霊王を束ねる存在が同じであり、それが神の使いであることを伏せて話をした。
「私が城の自室で眠っている時に水の精霊王様が私に与えた冒険は、『湖畔にやってくる魔狼へ魔法を授ける儀式を受けさせ、この世界の理を教え導くように』と言うものでした。それと同時に時期や場所、それにエヴェイユの外見などは、感覚的に覚えたので、余裕を持って動くことが出来ました」
ミュレイが俺と接した動機は、精霊契約の時に少し聞いていたので驚かなかったが、具体的な内容を聞いたのは初めてだった気がする。
他にも前世の世界では、機械文明が発達していることを話したり、魔法は存在しないということを話したりした。だが、存在しない物の話を聞いても理解が追い付かなかったらしく、機械の説明を基本からしなくてはならなくなったし、魔法が無い世界の理にも興味を持ってもらったので、延々と普段の生活について話をすることになった。
俺達は、ワインを片手にお互いの話をしながら……何故か俺はワインを水で割った物しか飲ませて貰えなかったが……。楽しいひと時を過ごさせて貰った。
自分の前世の話をすると言うのは、聴き手が興味深くしていてくれると愉しいものだけれど、少しだけ淋しさも内包するものだった。
もう、あの世界へは帰れないのだと実感したからだ。
次回「皇帝との謁見」をお楽しみに♪
毎週【金曜日】の夕方に投稿予定です。
また、見に来てください。