暗黒物質(ダークマター)創造
帝都へ向けて出発した一行は、最初の野営地に停泊する。
そこで、魔狼の取った行動とは !?
馬車の中で揺られること半日、馬たちと馬車の中にいる俺とミュレイの事を考えてのことだろう、速度は人の駆け足くらいで進んでいく。それでも慣れない馬車での移動に俺のお尻が途中から悲鳴を上げていた。
太陽は西へと傾いていたが、夕方には、まだ少し早い時刻になったところで、馬車は街道を少し外れた開けた場所へと停まった。
「ミュレイ様、エヴェイユ殿。本日は、窮屈な狭い馬車の中でお疲れ様でした。今夜は此処でキャンプを張ろうかと思いますので、準備が整うまで車外で自由にお過ごしください」
馬車の扉が開くと、隊長のアルベルトが一日馬に乗っていたというのに、疲れた様子も見せず笑顔で話しかけてきた。
道中の馬車の中では、ミュレイから帝都の話を聞いたり、湖畔の洞窟で過ごした二か月間の話で盛り上がったりしていたので、時間が経つのは意外と早く感じた。
霧騎士の皆さんは、手慣れた様子でキャンプを張ったり、焚火を造ったりと忙しく働いている。
俺とミュレイは、特にすることも無かったのだが、何となく手持ち無沙汰だったので、俺は森へと入って食べられそうな果物を採取したり、野生動物を狩って来たりした。ミュレイは、俺が採取してきた果物を洗って食べやすいように切り分けてくれた。
「雑多な用事は、我々が行いますので、ゆっくりと休んで頂いて宜しいのですよ」
狩ってきた野牛の血抜きをして、部位ごとに解体作業をしていると、隊長のアルベルトがやってきて、申し訳なさそうに話しかけてきた。
「自分の食べる分くらいは、自分で用意した方が良いかと思いましてね。それに、食材を節約しながらよりも、皆でお腹一杯食べられた方が楽しいじゃないですか」
俺は自分が好きでやっていることなので、皆さんが気にする必要が無いと伝えた。そして、隊長さんへと野牛の柔らかな部位を皆で食べましょうと放り投げる。
「正直に申しまして、狼殿の食べる量が判らなかったので、持ってきた食材だけで足りるのか不安がありました。でも、これだけの量の肉と果実が捕れたのであれば、安心して食事を作る事ができるので、有難く使わせて頂くことにします」
隊長のアルベルトが笑顔で食材を受け取ってくれたことによって、野外の移動中とは思えない豪華な夕食を皆で食べることができた。
特に疲れも無かった俺は、少し仮眠した後、眠れなくなっていた。そこで、焚火の前に置かれた丸太に座ると、自分の魔導書を開いて魔法の詳細を確認していく。
ミュレイと過ごした二か月間は、主に水と光の魔法を練習していた。それに加えて風や地の魔法も使ってみたのだけれど、火と闇に関しては使いどころが難しく、殆ど練習していなかった。特に闇に関しては、相手に痛みを与える魔法や精神異常を起こすような魔法が多く、ミュレイに対して使ってみたいと思うことが無かったことにも起因する。
そんな中でも異彩を放っていたのが、“暗黒物質創造”と言う魔法だ。俺の生前での知識としては、暗黒物質とは、宇宙空間に広がる未知なるエネルギーの総称だった気がする。そんな物を作り出して何をするのだろうか。
ミュレイの話だと「闇夜魔法の使い手は、帝国でも極僅かしか居ないの。それも、5番目程度までしか精霊を行使できないから、殆ど謎に包まれた魔法なんですよ!」と興奮気味に言われた。そんな状況だから、十分な研究もされていないので、俺が第一人者になることも可能な分野みたいだ。
空が曇っているせいか、星を見つけることのできない暗闇の中、ただ焚火の灯りだけが周囲を照らしていた。俺は魔導書を閉じて左手に持ち、思いついた手順を形にしていく。
「日光を司る精霊王と契約を交わせし者、エヴェイユの名において、7番目の光の精霊を行使せん。闇からの保護!」
最初に闇に対する耐性を上げる日光魔法を使った。次に何かに惹かれるように魔導書の闇夜の頁を開くと、焚火から離れた森の中へと独り歩みを進め、そして、光が一切ない場所まで来ると、右手の掌を上空に向けた状態で呪文の詠唱に入る。
「闇夜を司る精霊王と契約を交わせし者、エヴェイユの名において、16番目の闇の精霊を行使せん。暗黒物質創造!」
凄い勢いで球形に漆黒の闇が集まってくる。興奮した俺は、魔法力を全開にして闇を逃がさないように包み込んで押さえつける。
周囲から全ての闇を集めるが如く、大量の闇が俺の掌に乗っかっているのを実感しだしたその時、突如として球形の闇が急激に圧縮されて小さくなっていった。
そして、目もくらむような輝きに包まれたかと思うと、野球の玉ほどの大きさをした青白く発光する宝石が1つ、俺の掌の上に出現した。
「何かできた……」
我に返った俺は、掌にある透明な正二十面体の宝石に魅せられていた。
「理論上だと、炭素を超高温で超圧縮するとダイアモンドになるんだったかな。それと同じような原理なのか?」
俺は、出来上がった宝石を右手で掲げて色々な角度から覗いてみる。
「それにしても、暗黒物質を圧縮して出来る宝石って、何だろうか?」
答えなんて見つかる訳も無く、暗闇の中で青白く発光する宝石を見ていると、後方が騒がしくなっていた。
気配を探ってみると、どうやらミュレイや霧騎士の皆さんが、さっきの光で目が覚めて此方へと向かってきているようだ。
真っ暗な森の中へ入ってきたミュレイ達に、何かの攻撃を受けたわけではなく、俺が魔法の実験をしていただけだから心配いらないことを説明した。
それから場所をキャンプが張ってある場所へと移して、正二十面体の透明な宝石を皆に見せながら、これが出来上がった経緯を丁寧に説明した。
思い付きで魔法の実験をしたことをミュレイには怒られたが、どちらかと言うと一緒に実験がしたかったらしく、残念がっているようだ。その証拠に次回からは実験をする時は、事前に相談して、ミュレイが同席した上で行うことを誓わされた。
「それにしても、不思議な魅力がある宝石ですね」
ミュレイにしても、初めて見る物らしく、興味津々といったところだ。他の面々も何だか判断の付かない宝石だといった感じだったのだが、二人だけ何か知っている風な顔をして、遠巻きに眺めている様子だが、宝石へと向けられた目線は、真剣そのものだった。
「そんな……そんな馬鹿なこと……あるのかしら……?」
皆が何で出来ているのか議論していると、馬車の御者台を任されていた女性騎士二人が疑問を口にしながら近づいてきた。
「……少し、宝石を見せて頂いても宜しいでしょうか?」
控えめに聞いてきたのは、アメリアだ。もう一人の名前はオリビアと言い、二人は双子だそうだ。顔も背格好も似ているのに加えて、騎士鎧も帝国からの支給品の為、二人を見分けられる唯一の違いは、ホクロの位置しかない。アメリアは唇の右上に小さなホクロが有り、オリビアは唇の右下に小さなホクロが有る。二人に言わせると性格などにも違いがあるそうだが、出会って間もない俺には判断が付かない。
二人は宝石を手に取って眺めると、得心が行ったように顔を見合わせる。
「本来であれば、これほどの大きさの物は在り得ないのですが、これは賢者の石だと思います」
アメリアの断定に近いその言葉に反応したのは、ミュレイとアルベルトだ。
「賢者の石と言うと、真金や真銀などを錬金術で創り出すのに必要と言われる素材ですよね」
ミュレイとアルベルトは異なる理由から、この宝石の正体を知っていたようだ。
後で聞いた話だが、ミュレイは護符などを作成する際に使う筆の材質や魔墨と呼ばれる魔法力を溶かし込むことができる墨の素材として使われていることから、賢者の石と言う言葉を知っていたらしい。
また、アルベルトの方は、自分が使っている両刃の剣で芯の部分や胸当ての模様を模っている部分の素材として真銀が使われていることから、その精錬に賢者の石が必要ということは聞いたことがあったらしい。
「はい。その賢者の石です」
アメリアが答えるが、手にしている賢者の石のことが信じられないのか、表情から驚きが消えていない。その横にいるオリビアも宝石に見入っていたが、知識のある自分たちが説明しなければと言う使命感からか、必死に宝石から目線を外して、こちらに向き直ると説明を引き継いでくれた。
「詳細な説明を付け加えるなら、自然界で稀に発掘される米粒大の大きさで、黄金なら3kgを真金に、銀なら15kgを真銀へと変化させることができる。と言われています。そもそも数十年に一度と言う極低確率で産出され、これ程の大きさの賢者の石が実在したという記録も、人工的に作り出すことに成功したという記録も存在しません」
「私達の母が国家錬金術師でしたので、一度だけ見せて貰ったのですが、大きさは違いますが、闇の中で青白く光る正二十面体など他に聞いたこともありませんので、間違いないかと思います」
「錬金術の秘儀と言われているように、真金や真銀の製造方法は、国によって完全に秘匿されているので確かめる術は有りませんが、どちらを錬成によって創り出すにしろ、必ず必要になる触媒が賢者の石です」
「そんなものが目の前に、しかもこの大きさの物にお目にかかる事ができるなんて……」
二人は交互に説明を繰り返した後、自分たちが話している事と現実に手にしている賢者の石の大きさとの相違点から言葉を失った。
「どちらにしても、エヴェイユ殿には、皇帝陛下への謁見をして頂かなければならなくなりましたね」
隊を預かる身として、アルベルトが提案してくるが、俺に拒否権は無さそうだ。
「ただ、この賢者の石をどうするかが問題になってきますね。もちろん、我らが皇帝陛下へ献上するのであれば、大変喜ばれることは間違いないとは思います。でも、軍事力の面から考えると、世界の軍備を司る天秤が帝国有利へと大きく傾くことになるでしょうから、我が帝国も他の国もエヴェイユと賢者の石の製造方法を、放っておくことの出来ない事態となるでしょうね。場合によっては、エヴェイユを巡る世界大戦すら起こりえる話になってきますね」
ミュレイの言葉に俺は、思い付きと好奇心で世界の軍事バランスすら脅かしかねない国家機密に関わる技術を発見してしまったらしいことに慌てていた。
「いっその事、この辺に埋めて捨て置くと言うのは……ダメですよね」
俺が無かったことにしようとしても、最早遅きに失した後だった。皆に気づかれる前ならいざ知らず、米粒程度でも超貴重な宝石っぽい物が野球の玉の大きさで目の前にあるのだから。
「とりあえず“これ”は、こちらの魔封箱にでも入れて、外に存在がバレないように封印しておいた方が良さそうですね」
ミュレイが持ち出してきたのは、元の世界で宝箱と呼ばれていた物とそっくりな形状をしていた。ただし、大きさはティッシュボックス程だろうか。
俺は素直に上蓋が開かれた宝箱へと、賢者の石と呼ばれた自ら青白く輝く宝石を入れた。
すると不思議なことに、賢者の石と呼ばれる宝石から放たれていた輝きも、濃厚な闇の気配も完全に遮断された。
俺を始め、賢者の石の扱いに困っていた面々に安どの表情が灯る。
……だが、この賢者の石を巡っての騒動は、これで終わりにはならなかった。
帝都へ向けた旅は、賢者の石が鍵となります。
そして、まだまだ騒動は終わりません。
次回は、「魔物の暴走」です。
また、来週の金曜日の夕方にお待ちしています。




